本稿は2021年12月16日発行の英語レポート「2022 Asian Equity Outlook」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
サマリー
- アジア諸国は米国の金融政策引き締めを十分に乗り切れるとみられる。政府の財政状況、そして企業の財務状況もより健全である。大半のアジア諸国は西欧諸国よりもデジタル化が進んでおり、また消費についても経済活動再開によって大きく押し上げられるとみられる。
- 中国では、環境や工業高度化、革新的なヘルスケアなど政策環境がより有利な分野で国内事業に注力するクオリティの高い企業を有望視している。インドでは、ヘルスケア、ニューエコノミー、民間セクターの銀行、不動産が魅力的に見受けられる。
- 韓国や台湾では、集積回路設計、ソフトウェア、クリーン技術、コンテンツ製作、産業オートメーションといった分野において投資機会を見出している。
- アセアン地域については、インドネシアとフィリピンを選好しているほか、継続しているサプライチェーン再編によってインドネシアやベトナムは引き続き恩恵を受けるとみている。
「自分の母親が『アドバイスが欲しい?」と聞いてくるのは形の上でそう言っているだけであって、あなたの答えがイエスかノーかは関係ない。どうせアドバイスされるのですから」というのは、米国のユーモア作家エルマ・ボンベックの言葉だ。
本稿は少しそうした感がある。
当社アジア株式チームは2020年の動向の予測に失敗し、2021年の動向については一部の予測において若干ながらより成功を収めた。ではここから、最新の年間見通しを披露することとする。2021年、筆者は様々なジャンルの本を読もうと試みた。多様なテーマに触れることで悟りや知見へと導かれ、より良い投資家になれることを期待してのことだった。例えば、スペインではどこでも、いつでも裸になることが合法らしいということが分かった。哺乳類はみな頸椎(首の骨)が7個であることも学んだ(そう、あなたも、キリンも、イルカもである)。また、アダルト関連よりも宗教関連のインターネットサイトを訪れる方が、コンピュータウイルスに感染する確率が高いということも。しかし、水晶玉が示す見通しは相変わらずぼんやりしているようにみえる。ただ、懇親会の場で多少笑いを取れ、幾度となく驚いた反応を引き出すこともできた。
その他には、ある超巨大ヨットが65万米ドルで売却されたという話も知った。そのヨットは4階建てで、2つのヘリパッド、複数のラウンジ、ダンスフロア、ジャグジーを備えていることを考えれば、ばかげているほど安いように思える。では、どんな落とし穴があるのかと疑問に思われることだろう。その「メタフラワー」という名のヨットは、イーサリアムのブロックチェーン上に作られたメタバース(仮想世界)「サンドボックス」での最も高額なNFT(非代替性トークン)取引において、投資家でありデベロッパーでもあるリパブリック・レルムが売りに出したものだった。分かりやすく言えば、リアル(実物)ではないのだ。
ビジネスやバリュエーションの原動力となる要因を特定して理解し、評価することはIRLでも十分に難しいのに(筆者のようにITに疎い方向けに説明すると、IRLとは「in real life(現実の世界において)」の頭文字)、これをバーチャル界で試みることが困難であることは言うまでもない。しかし、メタバースの登場によって我々は今後それを否応なしに迫られることになる。本稿の目的においては、メタバースとはあらゆる意味においてデジタルの世界であるとしておくことで十分だろう。例えば、パリのシャンゼリゼ通りに相当するデジタル版の通りに位置するモールは、ニューヨークのパーク・アベニューに相当するデジタル版の通りに位置する同等の大きさのモールと同じくらいの「価値」があるだろうか。IRLにおいて、それらは異なる税制、異なる金利環境、異なる文化、異なる需要パターンの影響を受ける。バーチャルの世界では、異なっている点よりも似ている点の方が多くなる。なぜなら、「天候」はデザイン可能であり、バーチャル版シャンゼリゼ通りで「スペース」を所有/賃貸するのはバーチャル版パーク・アベニューでの場合と同様に簡単であろうからだ。そして、黎明期にあるメタバースにおいて「需要」とは本当のところどういうものだろうか。「作れば後からついてくる」というケースになるのだろうか、それとも、存在する需要を供給で満たしていくというケースになるのだろうか。
さらなる変化球とでも言える点として、上場企業の最盛期が過ぎるまでの平均期間は約10年(数年前にマイケル・モーブッサン氏1が言及)であり、それは投資ユニバースが絶えず変化し続けることを示唆している。本稿執筆時点においてS&P500指数の構成比率上位8銘柄は、ナスダック指数の構成比率上位8銘柄でもあり、すべて巨大IT企業である。中国でも状況は同じで、MSCI中国指数の構成比率上位10銘柄のうち7銘柄はITビジネスとしてスタートした企業である。これは、IT企業優位の状況を反映しているとともに、世界で全面的に進んでいる「オンライン化」の動きを映し出している。そして、これらの企業はみな現在、10年前と比べて大きく様変わりしている。「プラットフォーム」への変貌は、競争優位性の強化をもたらしたが、需要独占(サプライチェーンの上流に至るまでのすべての企業にとって、プラットフォームが唯一の買い手となっている状況)が市場独占と同じように悪影響をもたらすことに各国政府が気付いてきており、今や規制当局による監視強化を招いている。そして、こうした動きは西洋と東洋の両方でみられている。
したがって、投資家が直面している主な難題、つまり企業のファンダメンタルズと、その市場価格によって示唆される期待の間の見極めは、ますます難しくなりつつある。しかし、我々は予測を行う義務を負っており、ここからはこの先の見通しを示していくことにする。
アジア諸国は米国の金融政策引き締めを十分に乗り切れるとみられる。政府の財政や企業のバランスシートはより健全な状態にあり、各国はそれぞれの実際の状況に合わせて対応を調整していくことが可能だ。大半のアジア諸国は、他に選択肢がないという理由や、これまでインフラ投資が行われておらず障害となる負の遺産がないという理由などから、欧米諸国よりも急速にデジタル化を進めている。デジタル化はデフレ圧力をもたらすが、生産性も高める。経済活動再開を受けて、消費は大幅な増加が見込まれる。さらに、欧米における需要回復はアジアの財輸出を後押しする。現在の状況からすると、米国では実質金利が2022年を通してアジア諸国よりも低い水準にとどまるとみられており、このことはアジア通貨の為替レートが安定的に推移する見通しであることを示している。歴史的にみると、為替動向は「高リスク」なアジア株式の米ドル・ベースのリターンにとっての逆風要因の1つとなってきた。域内の株式市場は、提供する成長性からすると先進諸国の株式市場に比べてバリュエーションが魅力的な水準にある。外国人投資家による保有比率についても、10年振りの低水準にある。
1“Thirty Years:Reflections on the Ten Attributes of Great Investors”, Michael J. Mauboussin, August 4, 2016
「市民ケーン」?
先日、ジーナ・レモンド米商務長官は、米国政府が、「半導体などの重要分野で中国が追いつけないよう、欧州の同盟国と協力して最先端テクノロジーへの中国のアクセスを阻止する」ことにより、中国のイノベーション(革新)のペースを鈍化させたいと考えていると述べた。中国はまた、必要なエネルギーの3分の2超を原油や天然ガスの輸入で賄っており、そのような外部への依存を減らすため、中国政府は必要な知的財産やエネルギー源を国内で開発させることを決定した。しかし、これには投資と時間が必要であり、今後数年の成長は質が向上しながらも鈍化することが見込まれる。それを国民にとってより受け入れやすくするとともに、3期目続投を確実なものとするべく、習近平国家主席は1950年代に毛沢東、1980年代には鄧小平も用いたスローガンを利用して「共同富裕」政策を打ち出した。
「市民ケーン」は、ハリウッド映画の最高傑作の1つとして賞賛されているが、それと同時に孤立主義(明らかにその成功事例)の比喩や、メディアと政治は結びついており相互に影響を及ぼし合う例となっている。今日の中国にはその両方が当てはまるか、またはどちらも当てはまらないかもしれない。
中国では、政府が「三座大山」(中国語で3つの大きな山という意味)と呼ばれる不動産、ヘルスケア、教育セクターに取り組む動きがみられており、投資家は中国株式投資に内在するリスクプレミアムの根本的な見直しを迫られている。不動産開発大手の恒大集団のデフォルト(債務不履行)問題への対応によって、企業レベルや銀行セクターにおける乱費を見逃す気はないという政府の姿勢が明らかになったほか、過剰債務体質の企業を罰するなど投資家を安心させる措置が導入された。したがって、環境や工業高度化、革新的なヘルスケアなど政策環境がより有利な分野で国内事業に注力するクオリティの高い企業を有望視している。
香港株式市場については、現実路線として、中国に関するセクションのなかの脚注のような存在になってしまっており、単独のセクションを設けて取り上げるのはもはや妥当でなくなっている。
「マリーゴールド・ホテルで会いましょう(The Best Exotic Marigold Hotel)」
群像コメディ映画の「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」は、改修されたばかりというインドのマリーゴールド・ホテルの宣伝に惹かれ、老後を送るために移住した人々が到着してみるとホテルがぼろぼろの状態で驚くという話だ。その登場人物たちが過去と折り合いをつけ、変化に対処し、最終的には幸せになる。
これはインド株式への投資のストーリーの典型である。つまり、状況が改善する時がやってくるだろうという魅力(「今回はこれまでと違うだろう」)、現実の理解(「ヒンドゥー」成長率。1950年~70年代末まで続いた経済成長低迷をいう)、変化(政府、経済状態、中央銀行の変化)、そして最終的には浮き沈みはあれども幸せな結末(過去20年間の米ドル・ベースの年率リターンが約13.5%)というあらすじだ。
おそらくやっと今回は違うだろう。政府が引き続き改革を進めているなか、変化のために必要な材料は揃っている。2020年11月に導入された生産連動型奨励制度(PLI)は実効性があり、弾みがついてきている。また、今年の早い時期において、政府は保険業界への外資の投資上限を引き上げた。さらに、インド国有銀行の不良債権を管理する資産再建会社の設立計画を発表したほか、新たな民営化方針を示し、戦略的に重要なセクター以外の国有企業の民営化に注力するとした。遡及課税に関する法律が廃止されたことも、適切な方向へ向けた一方となった。言葉に実行が伴ってくれば、たとえこれらの改革がスムーズには進まない場合であっても、今後10年間のインド経済は良好に推移していくだろう。そうしたなか、ヘルスケア、ニューエコノミー、民間セクターの銀行、不動産が魅力的に見受けられる。
「ラン・ローラ・ラン(Run Lola Run)」2
大勢の予想以上に長期化している新型コロナウイルスの流行が仕事、社会交流やレクリエーションにおける「普通」を一変させており、デジタルな方法・媒体が物理的なものに取って代ってきている。その度合いは(乱用されている言葉であることは承知の上だが)まさに前例のないものとなっている。そして、このことはテクノロジーがかつてないほど我々の生活の大きな部分を占めていることを意味しており、また、早い段階からささやかれているメタバースに関するうわさ話からすれば、メタバースは文字通りそして比喩的にも我々の生活の骨組みになっていくことを意味している。
これを実現可能にする上で半導体技術や付随するサプライチェーンが不可欠になることは、すでに知られている。それに必要とされるネットワーキング、計算処理、バーチャル・プラットフォーム、コンテンツ、ハードウェアは持続的な成長や、これまで想像もされてこなかった応用分野へとつながっていく。台湾と韓国はともに、そうした分野において重要な存在となり続けるだろう。中国共産党政治局内の消息筋がいないなか、中国による台湾への軍事行動、ジョー・バイデン大統領が台湾に手を差し伸べていることから米国の反応、それによってもたらされる影響などをめぐる話は完全に憶測の域を出ないものであり、起こり得ることではあるがその確率は低いだろう。したがって、このエコシステムにおいて、そうしたことにもかかわらず極めて貴重な存在になっていくとみられる企業の特定に時間を費やす方がより有意義である。我々は、集積回路設計、ソフトウェア、クリーン技術、コンテンツ製作、産業オートメーションといった分野においてそうした投資機会を見出している。
2恋人を救うために20分以内に多額の金を工面しなければならない女性を描いたスリラー映画
「ワグ・ザ・ドッグ~ウワサの真相(Wag the Dog)」3
タイについては、芝居のような政局の継続や新型コロナウイルス対応の拙さが仇となっており、見通しがぱっとしないというのが我々の見解である。マレーシアもほぼ同じ理由で同様に苦戦するとみられる。
シンガポールにおいては、新型コロナウイルス感染をゼロに抑え込む方針だが、完璧主義が裏目に出るケースに陥っているとみられる。しかし、ゆっくりではあるが同国経済の再開が進んできていることは、経済の立て直しが急務であるという認識が高まってきている兆しである。
7年ほど前にジョコ・ウィドド氏が初めてインドネシア大統領に当選したとき、同国に新しい成長の時代を呼び込んでくれると期待された。そうした期待の残り火は、2020年にオムニバス法(包括規制改革法)が可決されるまでほぼ消えかけていた。幸運にも、政府のおかげではなくデジタル経済の台頭によって、フィリピンと同様に投資家の注目が集まっている。こうした理由から、そして政治的倦怠感をよそに、インドネシアとフィリピンは相対的にみて魅力的な投資機会を提供している。続いているサプライチェーンの再編は、今後もインドネシアとベトナムにとっての追い風になるとみている。
3ある事件から国民の注目をそらすように依頼されたコンサルタントの試みを描いたコメディ映画
最後に...
また1年が過ぎ去ろうとしており、様々なイベントによって我々の見通しの再評価を迫られているなか、「昨日あなたが心配していた明日が、今日なのですよ」という米国人作家デール・カーネギーの言葉は覚えておく価値があるだろう。
年の瀬のご挨拶として、2022年が素晴らしい年になるよう、そして投資が成功するよう、幸運をお祈りする!
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