本稿は、2022年2月16日発行の英語レポート「US Federal Reserve: Approaching lift-off」の日本語訳です。内容については英語の原本が日本語版に優先します。

米FRBが引き締めサイクルをより積極化させるとの見方の強まりを受けて、米国債は売り込まれた。このことは投資家にとって2022年のこの先何を意味するかという点について当チームの見解を紹介するとともに、アジア債券市場の見通しについて議論していく。

2022年が始まると、米国債イールドカーブのベア・フラット化(短期金利が長期金利よりも上昇)が進み、また、米国債利回りはイールドカーブ全体にわたって上昇傾向を辿った。米FRB(連邦準備制度理事会)の2021年12月16日会合以来、米国債利回りは2年物が約0.574%、5年物が約0.494%、10年物が0.389%上昇している(2022年1月27日現在)。利回り上昇の主因は、FRBが引き締めサイクルをより積極化させるとの見方の強まりであった。そのきっかけとなったのは、根強いインフレ圧力を反映した足元の経済指標や、12月のFOMC(連邦公開市場委員会)議事録において、FRBのバランスシートのランオフ(保有債券の償還金の再投資停止による自然減)が2022年に始まる可能性があることや、初回の利上げが間近であることが示唆されたという背景であった。過去10年間にわたってFRBの保有資産残高は非常に大きく積み上がっており(現在の残高は約8兆米ドル、チャート1参照)、同中銀ができるだけ早く行動を起こすことは妥当だと考えられるが、市場のボラティリティを和らげたいのであれば、明確なコミュニケーションが極めて重要となる。

チャート1

FRBの金融政策正常化の行方や金融市場への影響をめぐって市場の懸念が強まっていることから、参考のためにFRBによる過去の引き締め局面をいくつか再び取り上げてみる価値はあると思われる。過去20年間には米国の経済成長の改善に伴って米国の金利が上昇した局面が2回あった(チャート2参照)。

チャート2

FRBは2003年から2006年の間に計4.25%の利上げを実施した。この期間、米国債利回りは大方レンジ内での推移が続いた。一方、アジア地域のマクロ面の安定性が改善したことで米国の金利上昇から打撃を受けることなく、旺盛な米国需要が追い風となったことから、アジア諸国通貨は上昇した。

2015年12月から2018年12月の間において、FRBは政策金利を計2.25%引き上げた。2015年12月に利上げに転じ(フェデラル・ファンド金利を4回引き上げたのち)、2017年6月にバランスシートの縮小を発表した。実際にバランスシートが自然減に転じたのは4ヶ月後であった。新型コロナウイルスがパンデミック(世界的大流行)化した2020年に金融政策を方向転換するまでに、FRBはバランスシートを5,000億米ドル程度縮小することに成功した。米国債利回りは初回利上げから2016年前半にかけて低下したものの、のちに大規模な景気刺激策や税制改革を実施したドナルド・トランプ大統領の誕生に向かって上昇に転じた。同時に、こうした米国債利回り上昇の初期段階にかけてアジア諸国通貨は低迷した。続いて、米中貿易戦争などの外的要因により、同資産クラスに対する投資家のセンチメントは一段と悪化した。

しかし、アジア地域の大部分において成長が加速すると、アジア債券市場(クレジットおよび現地通貨建て債券)のトータル・リターンはプラスとなった(チャート3参照)。アジア・クレジット市場の場合、スプレッドの縮小とともにキャリー収益が米国債利回り上昇の影響を十二分に相殺し、JACI(JPモルガンアジア・クレジット・インデックス)コンポジット・インデックスは当該期間におけるトータル・リターンがプラスとなった(チャート4参照)。

チャート3

チャート4

現在のサイクルについてはどうか?

FRBの現在のバランスシートは、前回の正常化局面の当初と比べて満期が比較的短い証券へと傾いており、テーパリング(資産購入の段階的縮小)プロセスが迅速化するとの見方は2年物および5年物利回りへ大きな影響を及ぼしてきた。

金融政策正常化の道のりについては依然不透明感が強く、さらなる政策シグナルを求めてFRBの声明が注視されるだろう。今のところ、引き締め開始は3月で、0.25%の利上げが2022年に4~5回、続いて2023年にさらに2~3回実施されるというのが市場のコンセンサスとなっている。また、FRBは2022年中頃までにバランスシートの巻き戻しに着手すると予想されている。2014~2017年当時のサイクルに比べてより速いペースで保有資産を縮小させる可能性はあるが、それでも2017年と同様に段階的に縮小を実施していくとみている。金利や経済への影響を和らげるために、FRBは米国債およびMBS(モーゲージ担保証券)の月間保有削減額の上限を発表すると見込まれる。また、当社では、1月のFOMC会合を受けて、3月に0.5%の利上げが実施される確率が上昇したと考えている。

利上げおよび金融政策正常化の開始段階にかけて米国債利回りの上昇基調が続くとみているが、FRBによる引き締めの道筋のさらなる明確化や年後半でのインフレの緩和を受けてピークをつけると予測している。当面は、タイや韓国、シンガポール、香港などの利回り水準の低い国・地域においてデュレーションを短めとする一方、金利上昇の影響を緩和する「キャリー収益のクッション効果」が期待される利回り水準の高い国・地域においてデュレーションをよりニュートラルに保つ戦略を維持することが賢明とみている。また、中国の現地通貨建て債券市場は域内において相対的に堅調に推移すると予想していることから、中期的に中国債券に対して強気な見方を維持している。中国人民銀行による緩和的な政策スタンスへの転換に加え、好調な輸出に支えられた中国人民元の底堅い推移は、中国国債にとって強力な下支え要因になるとみている。

短期的には中国以外のアジア債券に対して慎重な見方をしているものの、アジア債券市場における外国人保有率は比較的低く、投資資金流出リスクが限定されていることには留意している。FRBがバランススート縮小計画の詳細を明らかにしたのちは市場が安定化すると予想している。その後、様々なアジア諸国におけるインフレおよび成長動向の違いが、年内における各市場のパフォーマンスのドライバーになるとみている。同様に、年後半にはインフレ圧力が緩和されると予想しており、そうなれば利回り上昇圧力が和らぐ可能性がある。

2021年6月以来、ドル指数(DXY)は着実に上昇してきており、FRBのタカ派転換を受けて6%程度上昇している。引き締めサイクルを迎えるに伴い、特に米国の実質金利上昇を受けて米ドル高基調は継続すると予想される。エネルギー価格高が長引いていることから、アジアにおいて石油純輸入量が高水準のインドやフィリピンなどの国々の通貨に対して慎重な見方をしている。アジア諸国の景気回復に伴い、インドネシアやフィリピン、インドなどの国々の経常収支は輸入増加を受けて2021年比で若干悪化するとみられることから、当該通貨に対しては慎重なスタンスが妥当と思われる。

シンガポールでは、力強い景気回復が進むなか、MAS(シンガポール通貨金融庁)が2021年終盤に金融政策の引き締めを開始し、シンガポールドルのNEER(名目実効為替レート)を上昇方向に誘導した。2022年にはNEERのさらなる上昇を容認するとみており、それを追い風にシンガポールドルは引き続き相対的に堅調に推移する見込みである。注目すべき点として、シンガポール国債はシンガポールドルのNEER上昇局面において米国債をアウトパフォームする傾向にある。

シンガポールドル建て社債市場は、政府関連企業、金融、不動産/シンガポールリートの発行体が大多数を占めている。2022年を迎えこの先、シンガポール政府が新型コロナウイルスの取り扱いをエンデミック(一定地域で普段から継続的に発生する状態)に移行しつつあるなか、シンガポールドル建て社債については概ね良好な見通しを維持している。経済や国境の完全再開は、当社アジア債券チームの運用するポートフォリオで保有するクレジットものの追い風になるとみている。銀行の資本状況は引き続き良好に推移すると予想されており、シンガポール国外での成長を促進していくために買収機会を求めていくなかでも、強固な信用格付けが維持される見込みだ。また、中国不動産セクターのボラティリティが高まっている環境下、シンガポールの不動産関連債券はポートフォリオの安定性を高める効果的な選択肢をもたらしている。債券のストラクチャーに関しては、同一の発行体による満期一括償還債よりもキャリー水準が高いことから、コール(期限前償還)日/リセット(金利再設定)日までが短く5年未満の企業の永久債および金融債を選好している。スプレッド水準が比較的高いことも金利上昇の影響に対するクッションの役割を果たすとみられている。さらに、金利上昇局面では債券の償還オプションが行使される可能性も高まる。

アジアの米ドル建てクレジット市場においては、投資適格クレジットの足元のスプレッドが前回の利上げサイクル開始時点に比べてタイトな水準にあり、このことは社債のファンダメンタルズがより良好であることを映し出している。しかし、市場で再びリスク回避の動きが強まる場合に投資家にとってのバッファーがより少ないことも意味している。したがって、満期までの期限がより短いクレジットものを保有するとともに(ファンドの投資ガイドラインによって許される場合)米国債先物を用いて米国債のデュレーションに対するヘッジを行い、デュレーションを短めに維持することが賢明とみている。また、スプレッドによるバッファーが相対的に優れ、満期までの期間が短く、期限前償還条項付の銀行劣後債を中心に、一部のBBB格クレジットも選好している。

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