本稿は2022年12月8日発行の英語レポート「2023 Singapore Equity Outlook」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

2022年を振り返って

世界の投資資産にとって過去数十年で最悪のパフォーマンスとなった2022年は、重大な転換点として記憶されるかもしれない。リターンがプラスとなった資産クラスは稀だったが、シンガポール株式は一面マイナス・リターンだらけのなかでなんとか数少ないプラス・リターン市場の1つとなることができた。2022年のストレーツ・タイムズ指数の年初来トータルリターンは、11月21日引け値時点で8%となっている。2022年のパフォーマンスがプラスとなった背景にあるのは企業収益の堅調さで、国内外の金融引き締め環境およびインフレ加速という2つの脅威にもかかわらず、EPS(1株当たり利益)の伸びが加速を続けた。

シンガポールが他国市場をアウトパフォームしたのには、様々な追い風要因がある。まず、昨年までの数年間に上昇相場の主役であったグロース株よりも、バリュー株が選好されるようになった。このトレンドの変化を引き起こしたのは債券利回りの急上昇で、バリュー色の強い銀行株をはじめ金融セクターが有利となる展開につながった。ストレーツ・タイムズ指数の50%を占める金融セクターは、金利上昇とバリュー株への回帰傾向から恩恵を受ける有利な立場にあった。このため、利益率へのコスト圧力の高まりやマクロ経済全体の成長鈍化にもかかわらず、2022年のシンガポール全体の企業利益は20%に迫る伸び1を示すとともに予想が上方修正された。

次に、シンガポール市場の配当利回り(ストレーツ・タイムズ指数で算出)は4%超と魅力的な水準を維持しており、アジア地域内で配当利回りが最も高い市場の1つとなっている。また、シンガポールの企業は2022年に増配も継続したが、これを支えたのは金融や通信サービス、資本財・サービスといったセクターからの好調なフリーキャッシュフロー創出である。フリーキャッシュフローの増加は、シンガポール企業のクオリティとキャッシュフローの底堅さを示しており、将来の配当利回りと配当の伸びにとって引き続きサポート要因となっている。

チャート1

3つ目の要因として、2022年のシンガポール経済はコロナ後の経済活動再開の恩恵を受けた。シンガポール政府は、調整の取れた再開戦略で経済の早期回復に成功し、観光その他の消費関連サービスにおける早急な回復の恩恵に浴することができた。また、投資資金フローの面で金融センターとしての優位性を確立している同国にとって、企業創業サービスの急速な拡大とアジア地域への資本流入も追い風となった。同国の投資センターとしての魅力をさらに高めたのは、MAS(シンガポール金融通貨庁)の安定した政策メッセージと、大半の貿易相手国通貨に対しシンガポールドルを上昇させようとする引き締めスタンスの継続だった。MASの金融政策スタンスを受けてシンガポールドルは対貿易加重バスケットで上昇し、域内からのシンガポールドルへの資金流入定着が一層促され、国内株式市場のリターンが下支えされた。

2023年の見通しはポジティブ

シンガポール株式市場は2022年にすでに大きくアウトパフォームしたものの、今後についても引き続きある程度ポジティブな見方をしている。2022年はシンガポールの経済回復力、金融引き締め環境、高インフレが注目されたが、2023年は景気の緩やかな鈍化、インフレのピークアウト、金融政策の緩和が予想される。これはシンガポールにとってポジティブな環境だと考える。金融政策の緩和が追い風となって2023年は企業収益の拡大が続くとみているからだ。

シンガポールの経済成長率は2022年の約3%から2023年には1~3%へと鈍化すると見ている。景気の減速は2023年前半に集中するとみられ、特に製造業の鈍化と信用状況のタイト化が顕著となるだろう。2023年後半にかけては、中国の経済活動の本格的再開と世界的な金融政策環境の緩和を受けてシンガポールも一定の景気回復が見込まれるため、経済状態が安定化するとみている。

MASを含む世界中の中央銀行がインフレを抑制すべく警戒姿勢を維持するなか、世界的に金融引き締め環境が続くとの見方から、2023年の大半は金利が高止まりすると予想している。2023年のシンガポールのインフレ率は、コアCPI(消費者物価指数)で4~5%と、比較的高い水準にとどまるとみている。2022年10月に示された直近のMASの政策ガイダンスでは、シンガポールドルの政策バンドの傾斜が引き上げられたが、中央値は据え置かれた。シンガポールの金融政策は引き締め状況が続き、2023年の最終的なターミナル・レート(利上げサイクルにおける最終到達点の金利水準)はより高くなると予想する。このような経済環境下、当社ではクオリティと収益の耐性が優れている企業を選好しており、今日のマクロ環境においてビジネス機会を捉えるのに有利な立場にあると考える、強固なバランスシートおよび価格決定力を持つ企業に注目している。一方で、景気の悪化が加速して金利のピークが早まる可能性には引き続き留意している。そのような状況になれば、高配当株やニューエコノミー・セクターを含め金利感応度の高い資産全体に影響が及ぶだろう。

シンガポール株式は、そのディフェンシブな特性と収益回復力から、リスク回避傾向と高ボラティリティの局面でアウトパフォームすると引き続きみている。またシンガポールは、中国の経済活動の本格的再開とインフレが減速した場合の金融緩和環境が追い風となりやすい立場にある。

バリュエーションもシンガポールに有利であると考える。企業利益は、2022年に20%増2となった後、2023年にはさらに13%増加する3と見込まれる。これに基づいた市場全体のバリュエーションは予想ベースのPER(株価収益率)で11倍4、実績ベースのPBR(株価純資産倍率)で1.1倍5と、過去のバリュエーション・レンジの下限近くになる。また、シンガポール株式市場は4~5%の配当利回りを提供し続けており、投資対象としての魅力を維持している。

価格決定力、実物資産、再生可能エネルギー:インフレに対抗するための重要ストーリー

2022年のシンガポールでは、経済活動の再開とコロナ関連規制の緩和に伴い、サービス価格を中心にインフレが急加速した。企業経営者は特に人件費関連のコスト管理に苦慮しており、そうした状況は2023年も続くと予想される。また長期的には、脱グローバル化やリショアリング(企業が海外に移した生産等の拠点を自国内に戻すこと)、人口動態の変化といった構造的要により、インフレ傾向は高止まりすると当社ではみている。

したがって、銘柄選択においては、足元の高インフレとコスト上昇圧力の環境下で持続可能な成長を実現できる企業がアウトパフォームすると考えている。銘柄選択の観点からは、コスト圧力が利益率を圧迫するなか、インフレ圧力に対抗できる価格決定力を持った企業を見出すことが2023年の超過収益創出のカギとなるだろう。当社では、クオリティの高い企業、すなわち強固なバランスシートを持ちコロナ後のシンガポールで持続可能な利益を達成できる企業を選好する。

セクターでは資本財・サービスを引き続き選好し、主要事業において価格決定力を有しコストを価格に転嫁できる企業に注目している。同セクターは、エネルギーの安全保障と自給自足が重要な課題である現在において、エネルギー転換や実物資産インフラへの投資機会を捉えるのに適した代替投資先ともなる。資本財・サービス・セクターのなかでは、エネルギー価格の上昇が追い風になると考える公益事業関連の企業を選好する。サステナビリティ(持続可能性)投資の継続的推進も、テーマとして拡大を見せている。公益事業会社は再生可能エネルギーのビジネス機会を積極的に追求しており、当社ではその移行ストーリーのなかで将来持続可能な利益を生み出すことのできる有望企業を見出している。これらの企業は、脱炭素化の取り組み、グリーン・ファイナンス(環境問題の解決に向けた取り組みに特化した資金調達)、成長に向けたキャピタル・リサイクル(投下資本を一旦回収し次の開発機会に回すこと)の加速を通じて再生可能エネルギーの事業ポートフォリオを再構築・拡大する明確で積極的な方針を示している。

資本財・サービス・セクターのなかでは、実物資産インフラのテーマも有望視している。政府と民間企業は、サプライチェーンのボトルネック解消への設備投資や代替電力源としての再生可能エネルギーへの投資を加速させており、そこに魅力的な成長機会があると考える。シンガポールは2030年には従来の内燃機関から脱却しようとしており、電気自動車インフラは特に有利な分野となっている。最も恩恵を受けやすいとみているのは、インフラのサプライチェーンの構築・管理や太陽光・水素などの新しいインフラ資産の運営に着実に関わっている企業だ。また、インフラに不可欠なネットワークのメンテナンス・自動化・向上に携わる企業も恩恵を享受しやすいと考える。

主要農産物の供給がタイト化しバイオ食料安全保障の重要性が高まっていることから、生活必需品セクターの消費者向け食品企業も選好する。食料供給の改善は問題解決策の1つだが、これには生物多様性と温室効果ガス排出量のリスクが複雑に絡んでくる。当社では、食料供給問題を解決するソリューション(食の安全、リサイクル、きれいな水、作物収穫量の向上、生物多様性など)を提供すべく取り組んでいる農産食品企業を有望視している。

また、金融セクターも引き続き選好している。 銀行は金利上昇環境下で純利ざやの拡大が続くと予想される。また、シンガポールが金融センターであることから、銀行は貿易におけるサプライチェーンの再構築(リショアリング)やアセアン地域への資本流入増加を収益機会としやすい立場にある。同セクターの4~5%という魅力的な配当利回りも、2023年まで持続するとみられる。

テクノロジー・セクターについては、全体的なリセッション(景気後退)・リスクが高まり始めているため、選別的なスタンスをとっている。破壊的デジタル改革など長期的トレンドが追い風となる企業や、アジアでサプライチェーンが再構築されるのに伴い貿易転換の観点で有利となる企業の選好を継続する。

不動産、リート、電気通信サービスといったセクターに対しては、金利の上昇や限定的な成長機会、他のセクターに比べて魅力に欠ける配当利回り水準を受けて、より慎重な姿勢で臨んでいる。

まとめ

まとめると、2023年に向けて、当社はシンガポールに対しよりポジティブな見方をしている。シンガポール企業は、堅調な国内経済に支えられ、2023年も2桁の利益成長を続けるとみている。2023年後半に見込まれる金融政策の緩和、魅力的なバリュエーション、中国の経済活動完全再開の可能性に伴う追い風が、株価上昇機会をもたらしている。シンガポール市場の主要なリスク要因としては、世界規模のリセッションの深刻化や世界の金融引き締めの長期化・積極化が挙げられる。

銘柄選択においては選別的なスタンスを維持し、景気が減速してインフレ圧力が高止まりするなかで価格決定力を持ち成長を維持できる企業に注目していく。最もポジティブな見通しを持っているのは資本財・サービス・セクターで、設備投資や再生可能エネルギー、エネルギー転換の分野において優れた成長機会を見出している。また、シンガポールのマクロ環境から金融および生活必需品セクターも選好する。不動産、リート、電気通信サービスについては、バリュエーションの魅力度が相対的に低く金利上昇も配当利回りへの圧力となるため、慎重な姿勢を維持する。


1Refinitivのデータに基づく(2022年11月22日現在)

2Refinitivのデータに基づく(2022年11月22日現在)

3Refinitivのデータに基づく(2022年11月22日現在)

4Refinitivのデータに基づく(2022年11月22日現在)

5Refinitivのデータに基づく(2022年11月22日現在)


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