本稿は2023年1月16日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

アジア債券全般に対して強気な見方

サマリー

  • 12月の米国債市場は利回りが上昇し、月末の利回り水準が2年物の指標銘柄で前月末比約0.12%上昇の4.43%、10年物の指標銘柄で同0.27%上昇の3.87%となった。
  • アジア諸国の11月のインフレ圧力は総じて和らいだ。当月は、インドやインドネシア、フィリピンの中央銀行が政策金利を引き上げた。
  • 中国は、コロナ規制をさらに緩和して、入国者に対する隔離およびPCR検査の要件を撤廃した。また、同国の指導部は「市場の信頼を大きく高める」ことを明言するとともに、経済成長を最優先課題に位置付けたほか、苦境にある不動産セクターを支援するために新たな措置を導入することも求めた。
  • アジアの現地通貨建て債券では、韓国の国債とインドネシアの債券を選好する。通貨については、シンガポールドルとタイバーツを選好する。アジアのクレジット市場は、米国債利回りが上昇したものの、信用スプレッドが約0.374%縮小するなか、月間リターンが1.66%となった。格付け別では、ハイイールド債の月間市場リターンが6.31%となり、同0.84%の投資適格債をアウトパフォームした。
  • アジアのクレジット市場は、世界の投資家のポートフォリオにおける配分が少なめとなっており、年が明けて当該資産クラスへ新たに資産・リスク配分が行われる可能性があることから、2023年序盤に信用スプレッドが縮小する余地があるとみている。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

12月の米国債利回りは上昇
米FRB(連邦準備制度理事会)は、2022年12月の米FOMC(連邦公開市場委員会)で0.50%の利上げを実施した。FF(フェデラル・ファンド)金利誘導目標のピーク水準(予想中央値)は、4.5%~4.75%から5%~5.25%へと引き上げられた。ジェローム・パウエルFRB議長はFOMC後の記者会見で、インフレ率がFRBの目標である2%に向けて鈍化していると確信するためには、「さらなる十分な根拠」が必要であると述べ、タカ派姿勢を維持した。一方、日銀は、12月20日に10年物国債利回り(誘導目標0%)の変動許容幅を従来の±0.25%程度から±0.50%程度へと予想外に広げた。日銀の会合を受けて、日本国債と米国債の利回りはともに上昇した。また、中国が国境を再開するとのニュースによって、米国債利回りは一段と押し上げられた。月末の利回り水準は、2年物の指標銘柄で前月末比約0.12%上昇の4.43%、10年物の指標銘柄で同0.27%上昇の3.87%となった。

チャート1

11月のアジアの総合CPI上昇率は総じて鈍化
域内の11月の総合CPI(消費者物価指数)上昇率は、食品価格が減速するなか総じて鈍化する一方で、コアインフレ率は高止まりした。シンガポールのコアCPIは前年同月比5.1%と伸び率が前月と同水準となり、マレーシアのコアCPIは(前月の前年同月比4.1%から)小幅に加速して、同4.2%となった。インドネシアの11月の総合CPI上昇率は、前年同月比5.42%と、前月の同5.71%から小幅に減速した。タイでは、食品価格の上昇ペースが鈍化するなか、11月の総合CPIが前年同月比5.55%となり、前月の同5.98%から減速したものの、コアインフレ率は同3.22%へとやや加速した。対照的に、フィリピンの総合CPI上昇率は、食品価格の上昇圧力が引き続き強まったことを受けて前年同月比8.0%へと加速し、3ヵ月連続で市場予想を上回った。価格変動の大きい項目を除いたコアインフレ率も、上方修正された前月の前年同月比5.9%から11月は同6.5%へと同様にペースを速めた。

金融当局はより小幅な利上げを実施
当月は、インド、インドネシア、フィリピンの中央銀行が政策金利を引き上げた。インドの中央銀行は、前回会合よりも小幅な0.35%の利上げを実施して、政策金利を6.25%へと引き上げた。重要な点として、金融政策委員会は2023年度のインフレ予想を6.7%に維持する一方で、経済成長予想を6.8%へと下方修正した。インドネシアの中央銀行は主要政策金利を0.25%引き上げて5.5%とした。同中銀は、より小幅な利上げの実施はインフレ期待を確実に低下させるためのフォローアップ措置であり、コアインフレを抑制するための「先行的で予防的な」対応であるとコメントした。フィリピンの中央銀行は、大方の予想通り政策金利を5.0%から5.5%へと引き上げ、金融環境が世界的に引き締まるなかで、今回の利上げはフィリピンペソの下支えになるだろうと述べた。また、同中銀は2022年のインフレ予想を5.8%に据え置いたものの、2023年については4.3%から4.5%へと引き上げる一方、2024年については3.1%から2.8%へと引き下げた。

中国はコロナ規制を緩和
中国当局は、12月7日にコロナ対策のさらなる緩和を発表し、パンデミックの管理策と経済開発とのあいだで調整を図ることを強調するとともに、同日にNHC(国家衛生健康委員会)は、10項目を超える対策を発表した。12月26日には、NHCが再びコロナ規制を大幅に緩和し、新型コロナウイルスの管理について(危険度順に分けた「甲類」「乙類」「丙類」の3つのカテゴリーのうち、「甲類並みの管理を求める乙類」である)「乙類甲管理」から「乙類乙管理」へと引き下げるとともに、同ウイルスの名称を「新型コロナウイルス肺炎」から「新型コロナウイルス感染症」へと変更し、また入国者に対する隔離およびPCR検査の要件を撤廃した。12月15日から16日にかけては中央経済工作会議が開催され、指導部は「市場の信頼を大きく高める」ことを明言した。また、同会議では、経済成長を最優先課題と位置付ける一方、景気刺激策については地方財政やインフレリスク、金融面の安定性といった懸念要因を踏まえて抑制的な姿勢が示された。不動産セクターについては、住宅販売やデベロッパーの資金調達を回復させ、デベロッパーのリスク解消を支援し、「新たな不動産開発モデル」への円滑な移行を確実なものとするための新たな措置が求められた。また、「住宅は住むためのものであり、投機の対象ではない」との包括的な方針が維持されている。

今後の見通し

デュレーション全般に対して強気な姿勢を維持、シンガポール、韓国、インドネシアの債券を選好
2023年は、インフレが世界的に緩和して、世界の経済成長は低迷すると予想しており、FRBは2023年第1四半期までに利上げを一服させるとみている。こうしたなか、アジアの大半の中央銀行が利上げサイクルの終盤に近付いている可能性があることから、当社では域内の債券に対して全般的に強気な姿勢を持っている。アジア内では、米国債利回り安定化への感応度が相対的に高いシンガポールと韓国の国債を有望視している。加えて、韓国の中央銀行は、利上げサイクルを間もなく終了する可能性があるとみている。一方、インドネシアの債券は、世界の債券利回りに対する上昇圧力が和らぎ、市場の注目が域内で相対的に魅力的な実質利回りに向かうなかで、需要が高まるだろう。

シンガポールドルとタイバーツを選好
通貨については、FRBが方針転換すれば、米ドルに対する需要が後退するとみていることから、同通貨に対する見方をニュートラルからアンダーウェイトとしている。また、中国の予想よりも早い国境の再開やコロナ措置の緩和は、域内の経済成長を後押しし、ひいては外国為替市場のセンチメントを押し上げるとみられる。当社では、アジア通貨の大半がドルをアウトパフォームして、タイバーツとシンガポールドルは他のアジア通貨をさらにアウトパフォームすると予想している。シンガポールでは、コアインフレが根強く高止まりしていることを受けて、MAS(シンガポール金融通貨庁)はシンガポールドルのNEER(名目為替レート)の上昇誘導スタンスを維持するとみられる。また、タイを訪れる中国人観光客が回復することによって、タイバーツは需要が大幅に高まるだろう。

アジアのクレジット市場

市場環境

アジアのクレジット市場は中国再開への楽観的な見方から信用スプレッドが縮小
アジアのクレジット市場は、米国債利回りが上昇したものの、信用スプレッドが約0.374%縮小するなか、月間リターンが1.66%となった。リスクセンチメントが顕著に回復したため、格付け別ではハイイールド債が投資適格債をアウトパフォームした。投資適格債はスプレッドが約0.218%縮小して月間市場リターンが0.84%となり、ハイイールド債はスプレッドが1.593%縮小して月間市場リターンが6.31%となった。

11月にリスク資産が急上昇した後、当月、投資家のあいだでは中国の再開と同国の不動産セクターに関するポジティブな報道に対する期待が引き続き高まった。中国は、11月に当初の緩和措置を発表したのに続いて、広範にわたる検査要件の撤廃や自宅隔離の導入など、コロナ封じ込め策のさらなる大幅緩和を進めた。12月下旬には、中国は2023年1月初旬に国境を再開すると発表し、入国者に対して到着時に隔離要件を義務付けないこととした。これらの政策の調整や表明は、中国がひとまずコロナ規制の緩和に向かっていることを示しており、経済成長を後押しする重要な要素とみられている。また、香港とマカオも、コロナ規制の大幅緩和を発表した。中国のコロナ関連政策の緩和が予想を上回るペースで進んだことが市場センチメントを押し上げ、中国、マカオ、香港を中心に信用スプレッドは縮小した。もっとも、年末にかけて流動性が一段と低下したことから、スプレッド縮小の動きは11月に比べると緩やかなものとなった。中国の不動産セクターでは、中国証券監督管理委員会が、デベロッパーのオンショアでの株式発行による資金調達再開を承認すると発表したことが、相場を一段と押し上げた。12月は、主に中華圏の再開に注目が集まった一方で他のアジア諸国市場も上昇し、新興国債券ファンドへの資金流入によって、インドのクレジットものやフィリピンおよびインドネシアのソブリン債、準ソブリン債のスプレッドが一段と縮小した。また、台湾とタイのクレジットものも、需給要因が良好であることや中国の再開によって大きな恩恵を受ける可能性があることからアウトパフォームした。

米国債利回りは、12月前半に総じて低下した。市場の注目が中央銀行のタカ派的な動向よりも弱いインフレおよび活動データに集まったため、利回りは月初に低下基調となった。米国の11月の総合およびコアCPIは、いずれも市場予想よりも鈍化した。FRBは12月に市場予想通り0.50%の利上げを実施したが、それに伴う声明では予想以上にタカ派的な姿勢が示され、FF金利誘導目標の「継続的な引き上げ」が適切だろうとの言及がなされた。月後半は、ECB(欧州中央銀行)と日本銀行のタカ派的な政策決定を受けて、米国債利回りは幾分反発した。

12月の発行市場では起債活動が引き続き低調
12月のアジア・クレジット市場は年末を控えて閑散となり、月間の新発債発行は合計で4件(総額9億米ドル)にとどまった。投資適格債分野では、中国工商銀行(総額2.5億米ドル)や德阳发展控股集団のディール(総額3.5億米ドル)を含め、計3件(総額8.53億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド債分野の新規発行は小規模な1件(総額4700万米ドル)にとどまり、引き続き低調となった。

チャート2

今後の見通し

2023年序盤は需給要因や底堅いファンダメンタルズ要因がアジア・クレジット市場のスプレッドの追い風に
アジアのクレジット市場は、世界の投資家のポートフォリオにおける配分が少なめとなっており、年が明けて当該資産クラスへ新たに資産・リスク配分が行われる可能性があることから、2023年序盤に信用スプレッドが縮小する余地があるとみている。このような見方の背景には、FRBの利上げペースが鈍化する可能性や、コロナ対策や不動産セクター、インターネット・プラットフォームといった特定の重要分野における中国の政策転換など、複数の好材料がある。当初の投資資金流入の波が一旦過ぎると、アジアの信用スプレッドの好展開は勢いが弱まる可能性があり、2023年第2四半期以降は、先進国の景気・インフレ動向やそれを受けた金融政策の動き次第で、市場のボラティリティが高まるかもしれない。

当社の基本シナリオとしては、2023年は米国においてディスインフレの傾向が強まるとみている。米国経済は、時期については不透明ながら、2023年中に軽度のリセッション(景気後退)に見舞われる可能性がある。現時点では、景気がかなり低迷するもののリセッションは回避されるソフトランディング・シナリオのリスクと、より深刻なリセッションに陥るハードランディング・シナリオのリスクは拮抗している模様だ。米国債利回りの基本シナリオについては、2023年を通じて徐々に低下するとみている。

中国では、政策の転換が2023年の景気回復を後押しすると考えられるものの、その実行や政策の予見のしやすさをめぐってはリスクが残っている。同国は、新型コロナウイルスへの感染により免疫を得た人口の割合が低く、医療体制も諸外国ほど整備されていないため、ゼロコロナ政策からの脱却は断続的に進められていくだろう。中国がコロナ対策の緩和を最後まで断固やり抜くこと、そして不動産セクターへの支援を単なる資金調達面の支援にとどめず、需要喚起に向けた措置へと拡大して新築住宅販売の伸びを回復させることが、中国のクレジット市場(投資適格債、ハイイールド債とも)に対するポジティブな投資家心理を維持する上で、極めて重要となる。一方、地政学的緊張については、落ち着いた模様であるものの、テクノロジー分野や台湾問題を中心に潜在的なリスク要因は残っている。

中国以外のアジア諸国では、マクロ経済および企業信用のファンダメンタルズが、輸出の低迷や世界的な金融環境のタイト化、国内金利の上昇を受けて弱まりながらも、堅調さを維持するだろう。インドとアセアン諸国は、観光業の回復や国内の経済活動の再開を追い風に、輸出依存度の高い北アジア諸国に比べて好調な景気動向が予想される。米国債利回りが低下するとともにファンダメンタルズが引き続き底堅いなか、アジアの信用スプレッドは2023年序盤に縮小し、その後レンジ圏内での推移を続けるとみている。

しかし、この基本シナリオにも下方リスクがある。主なものとしては、主要国のインフレが予想以上に根強く続き、利上げサイクルがさらに長期化するとともに政策金利のターミナルレート(利上げサイクルにおける最終到達点の金利水準)が高まるリスク、先進諸国の景気悪化がさらに深刻化するリスク、中国がゼロコロナ政策および対不動産セクター政策の緩和を後退させるリスク、(2022年第4四半期前半に韓国が直面したように)局所的な資金調達・クレジット市場のストレスが発生するリスクなどが挙げられる。こうした下方リスクの1つ以上が現実化すれば、アジアの信用スプレッドは足元の水準よりも拡大するかもしれない。


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