本稿は、2023年1月17日発行の英語レポート「Future Quality Insights」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
ジョニー・ラッセル
季節の移り変わりによって自然は時が流れていくことを思い出させてくれる。それはラッセル家でも同じである。筆者の末っ子はもうすぐ18歳になるが、彼が週末に夜更かしをしている姿は、我が家にも変化がやって来ることを知らせてくれている。自分が人生の新しいステージへと向かっていることに気づかされる。胸躍る気持ちだが、20年間にわたって家族を育ててきたあとで、人生の次章が何をもたらすのか少し不安に感じているのも確かだ。マーケットでは、短期的な変化に気を囚われがちだが、子供が実家から巣立っていく例のように、それが緩やかに進む構造的な動きである場合もある。そうした動きは、より長期的かつ深い影響を及ぼす可能性があるものだ。
ベアマーケットには存在する理由がある。資金調達があまりにも容易であることを背景に今回のベアマーケットで発生した資本配分の大幅な偏りを露呈させているのだ。今では資本の供給が制限され、エネルギーについても供給されるのが当然と考えることはできなくなっている。無論、エネルギー企業の経営陣は、シェール革命の進展や気候変動の定着に伴い自社の資本コストの増加を目の当たりにしてきており、こうした事態が訪れる可能性をかなり前から認識していた。
ベアマーケットではタイムホライズン(投資の時間軸)が短縮化され、また、コスト増加によって経営陣が難しい選択を迫られることから夢のような計画は往々にして棚上げされる。これらの選択は多様なステークホルダーに対し、たいてい様々な時間軸で影響を及ぼす。したがって、パーパス(存在意義)を掲げてステークホルダー・アプローチを採用している企業は、困難な局面を乗り切る備えがより整っていると期待され、最終的に次のベアマーケットが始まるときには、向こう数十年にわたって社会が直面する重要課題を解決していく用意がより整っているかもしれない。
選択その1:安価なエネルギーの確保 vs 長期的なエネルギー転換
ロシアによるウクライナ侵攻を受けてエネルギー市場とエネルギー政策は変化している。それは当面の間だけでなく今後数十年にわたるものになるとみられる。クリーンエネルギーが求められる環境的な意義については十分に認識されていたが、現在では、コスト競争力があり安価なクリーン技術を優先する経済的な議論がより高まっている。また、エネルギー安全保障を重視する議論も然りである。しかし、クリーンで安全かつ安価なエネルギーに向けた解決策は一筋縄では行かない。
エネルギーは、現代社会において実質的にあらゆるものを作り出す上で必要となる。したがって(現在のように)不足したときには、あらゆるコストが増加し、それが消費を抑える重荷のような影響を及ぼす。20世紀初頭において一次エネルギーのコストは世界GDPの約4%を占めていた。現在、一次エネルギーは総GDPの約12%を占めており、1970年代の2回のオイルショック時と同様の水準にある。1
エネルギーは、欧州のインフレ率に対する寄与率が約45%にのぼっている(チャート1参照)。しかし、一次エネルギー全体の10~15%が世界中の人々のための食品製造に用いられていることも事実であり、インフレ圧力をさらに強める要因となっている。その他の付随的なエネルギー関連要因も加えれば、エネルギーコストによるインフレ率への直接的および間接的な寄与率は約75%2にのぼると推定できる。我々が現在直面しているエネルギー危機は足元のインフレの中心的要因であり、エネルギー供給問題を解決するまでは、インフレが高止まりして大半の中央銀行の目標値である2%を上回る状況が続くとみている。
現在、世界全体の米ドルベースでの投資額をみると化石燃料への投資額に対して、1.5倍の投資額がクリーンエネルギー技術へ費やされている。しかし、2050年ネットゼロ排出シナリオに基づくと、2030年までには化石燃料へ1ドル投資される毎に、それを大きく上回る5ドルがクリーンエネルギー供給への投資に、さらに4ドルがエネルギー効率や最終消費に関する技術に投資されるとみられる。3
クリーンエネルギー投資が加速しない場合、燃料価格のボラティリティの更なる高まりを避けるために石油・ガスへの投資額を引き上げる必要が出てくるほか、1.5℃目標の達成も危うくなる。一方、現時点で化石燃料を捨ててクリーンエネルギー推進を加速する場合、当面は太陽光や風力による貴重なエネルギー源よりも化石燃料の方が優位な状況にあることから、エネルギー不足を悪化させてしまうだけだろう。これらは長期と短期を天秤にかける選択であり、専門家でさえもうまく折り合いをつけるのが難しい問題である(参考1参照)。
短期的に最適なソリューションには、開発期間が短く石油やガスを素早く市場に届けることができるプロジェクトや、油田・ガス田から漏出するガスを焼却するフレアリングやメタンガスの大気中への排出4によって毎年無駄になっている2,600億立方メートルのガスの一部を回収する技術などの分野も含まれる。これは当戦略によるEmersonへの投資を後押しした重要なポイントとなっている。
こうした領域においては需要の効率性や生産性も重要となる可能性があり、大きな進展がみられている。ドイツIFO経済研究所による最近の調査結果によると、大半の企業(このケースでは製造においてガスを主要エネルギー源として用いている企業の75%)は過去6ヵ月間において生産目標を引き続き達成しながらガス消費量を削減する方法を見つけ出している(チャート2参照)。
実際、今回のエネルギー危機に対する解決策を探す中で最も注目されている分野は省エネである。エネルギーコストが急騰するなか、企業経営者は自社事業の強靭化とエネルギー面の負担軽減を検討するとみられる。省エネ投資がもたらすであろう効果は非常に高く、リセッションが始まる場合にも棚上げされる可能性は低いだろう。このことは、当社グローバル株式戦略で長期にわたって保有しているSchneiderなどの企業や、エネルギー・サービス企業への投資機会に対する追い風となっており、そうした分野ではキャッシュフロー投資収益率が二桁台へと上昇する可能性がある。より最近の例として当戦略ではWorleyおよびSchlumbergerに投資したが、こうした見通しが大きな理由となっていることは確かだ。
選択その2:ESGの後退 vs ステークホルダー資本主義
近年のマーケットの事例からすると、リセッションに伴いコモディティ価格は調整するとみられ、もし中央銀行が現在の路線を維持するならリセッション入りは避けられないかもしれない。当社グローバル株式チームの経験則から、切り捨てられる可能性があるものについて備えておくべきと考える。広告やマーケティングなど、明らかなものもある。GoogleやMetaの没落にみられるように、こうした分野での支出削減はすでに始まっている。その他多くの企業については業績悪化が始まったばかりである。
企業は設備投資プロジェクトも削減するとみられており、以下に示すGartner社が2022年6月に実施した調査をみると、削減対象となり得る分野を窺い知ることができる(チャート3参照)。その結果は意外なものではないが、サステナビリティの向上や環境に及ぼす影響の低減に向けた投資の大幅削減は特筆すべき点だろう。
企業はサステナビリティ分野の投資削減を検討しているかもしれないが、大方の予想に反して欧州や米国(そして他の国々)の政策変更の重要な柱となっているのは、化石燃料の供給加速ではなく、風力や太陽光、水素などの代替エネルギーの普及を促すインセンティブや目標の拡充である。欧州委員会は、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて欧州連合(EU)のロシア産化石燃料への依存度を低減するべく、2022年の初めにエネルギー転換計画「REPowerEU」を導入した。例えば、同計画では、その数ヵ月前に発表された気候変動政策パッケージ「Fit for 55」で掲げられていた水素消費量目標500万トンでなく、2030年までにEUの水素消費量を2,000万トンへ拡大するよう求めている。脱炭素化の動きと短期的なエネルギーに対するニーズの間における対立が懸念されるかもしれないが、脱炭素化が社会にとってナンバーワンの目標となり続けている様子である。
ESGデータやESGインテグレーション関連の市場は天井知らずの活況を呈してきた。人口構成の変化、格差拡大、自然環境などをめぐる経済の外部性(経済行動の取引当事者以外に及ぶ影響)を重視する動きの高まり、規制を通じた国家による影響力の高まりはいずれも、そうした動きを後押しする一因となっている。しかし、以前のリセッション局面でもそうであったように、当面の課題へと注目が逸れるなか、または一部の企業にとっては単純に事業を続けていくために、企業経営陣にとってはESGへのフォーカスが薄れていくとみておくべきであろう(チャート4参照)。高い費用をかけて道徳的価値をアピールする類のものはリセッション局面で不調となる(Teslaなど)。
エネルギー不足に関しては、1970年代の再来となるかもしれない。また、株主第一主義を疑問視する動きがみられているという点でも70年代に戻った感がある。(ビジネスラウンドテーブルやダボス・マニフェストなどが示すように)ビジネス界のリーダーや政治家はともに社会の根本的な変革が間近に迫っていることを示唆している。こうした緩やかな構造的変化は無論新しいものではなく、ステークホルダー資本主義が機能するためにはESGが重要な歯車の1つとなっている。
ステークホルダー資本主義へのシフトはまさにイデオロギーの転換であることから、ESGに対する反発が現在みられていることも驚きではないだろう。そのなかで最も厳しい目が向けられているのはグリーンウォッシングだ。サステナビリティ関連のアンケート調査結果が示すように、信頼度は低い。例えば、機関投資家の4分の1は、企業がサステナビリティに関する目標やコミットメントを達成するとは信じていない5。また、当然ながらESGデータの評価には困難が伴う。信用格付けの相関性は99%にのぼる一方、第三者機関によるESG格付けの相関性は38%~71%と幅がある6。ESGは資本配分の著しい偏りへとつながっており、道徳性に欠けているとみる向きもある7 8。そうした状況を受けて、一部の規制当局(米国の共和党州など)は方向転換してESG投資を全面禁止しようする動きが出ている。
しかし、現在多くの企業は、ロシアでの事業の打ち切りや高リスク国にいる社員の保護など大きな決断を下している。また、科学的根拠に基づいた目標へのコミットメントを維持し、これらを実現するための計画の策定・実行を継続している。このように、企業の長期的な意思決定においてESGを考慮することの重要性は低下しておらず高まってきている。
実際、日興アセットマネジメントでは、企業がステークホルダー・アプローチを採用すべきであると考えている。企業は自社が時代遅れにならないようにするだけでなく、長期的に意義のあるインパクトをもたらすために、中核的な戦略課題として経済の外部性の問題に取り組まなければならない。自社の存在意義をビジネスモデルへすでに組み込んでおり、多くのステークホルダーに恩恵をもたらしていることを実証している一部の企業、例えばMicrosoftや知名度では劣るがCompass Groupなどの企業はすでに成功を収めている。
近年、企業の取締役会はますます企業としての存在意義を重視するようになってきている。この一因には、パーパスこそ企業文化の原動力であり、優秀な人材の確保に効果を発揮し、また、対顧客や対サプライヤーという面においても自社の違いを浮き立たせるポイントになってきているという意識が挙げられる。
企業の取締役会はパーパスをより明確化するように外部から迫られており、その圧力は投資家からきている。その投資家自身も自らの投資について財務面だけでなくESG面での正当な根拠を示すよう求められている。
すべての企業が従うべき1つの明確に示された道などは存在しない。企業の有力なリーダーたちは社会からの期待が常に変化していくということを認識しており、また、当社では、厳しい局面において企業経営陣、ファンドマネージャー、オーナーを導く指針となるのは企業のパーパス(存在意義)であると考えている。
経営コンサルティング大手McKinseyによる最近の分析レポートは、主要なESGアプローチをまとめた枠組みを詳しく説明している。ステークホルダー資本主義の最先端を行っており、ESGを経営戦略や事業運営に完全に組み込んでいるアプローチを「先進的な慣行(Next Level Practice)」として、それらの特色を紹介している。ステークホルダー資本主義を取り入れている企業は、会社としての競争力の上に取り組んでいるとみられている。それらの企業は存在意義を持っており、ステークホルダー資本主義が競争優位性をもたらしている理由を明確に示すことができる (参考2参照)。
社員にとってもより魅力的な職場であって競合他社に比べて定着率が高く、人材獲得競争で優位に立っている。また、気候変動など我々が現在直面している問題の多くを解決するために必要とされる新しいソリューションを発見している企業もいる。
当社グローバル株式戦略の保有銘柄の多くはすでに成功を収めてきており、Danaher、Sony、John Deereなどはほんの一例である。これらの企業は独自の強力な強みを生み出しており、事業や経営の質を向上させるとともに価値を創造している(参考3参照)。
当社グローバル株式チーム独自の経験則を裏付ける学術研究もある。Ariel Babcockらによる研究レポート「Walking the Talk: Valuing a multi-stakeholder strategy(マルチステークホルダー戦略の実践がもたらす価値)」は、ステークホルダーを重視する姿勢が、様々な業績評価指標の向上につながることを示している9。
こうした企業の経営陣はコミットしており、共感力があり、十分かつ透明性のあるデータ開示によって継続的改善の道を歩んでいることを証明している。長期的な視点で投資し、難しい決断を下す用意がある。そうした決断のなかには、様々な期間にわたって何かを得れば別の何かを失うトレードオフが伴うものもある。しかし、すべての主要ステークホルダーのために価値を生み出す明確なパーパス・ステートメント(会社としての存在意義を示す声明)に後押しされることで、これらの企業の経営陣は「言葉を実践」していくことができるのだ。
報酬・インセンティブ制度は、測定可能なESG目標や統合報告書(ダイバーシティ関連の目標や排出削減に関する目標など)と連動している。また、いわゆる「ダブル・マテリアリティ」(財務的な重大性と環境・社会的な重大性の両面を重視すること)に基づいた別個のESGレポーティングの導入など、規制強化に対応していく準備も進めている。
まとめ
結論として、クリーンで安全かつ安価なエネルギーは、2020年代最大の課題の1つになるとみられる。エネルギー転換を達成していくためには豊富なエネルギーが必要であり、低炭素社会への移行実現に積極的に取り組んでいる化石燃料企業は、そのソリューションの一旦を担うことができると考えられる。それらの企業の多くはどうすれば世界へエネルギーを大規模に供給していくことができるかを理解しており、また、クリーンエネルギーへの移行実現を可能にする財務基盤を持ち合わせている。
また、当社では、ステークホルダー・アプローチを取り入れている企業は今後社会が直面する重要課題を解決していく用意がより整っており、直面する課題や迫られる選択に対処していく上で企業としての明確な存在意義が企業経営陣を導いてくれると考えている。
詰まるところ、今行う選択によって将来のフューチャークオリティがもたらすリターンが決まるのである。
個別銘柄への言及は例示目的のみであり、当社の運用戦略に基づいて運用するポートフォリオにおける保有継続を保証するものではなく、また売買推奨を示すものでもありません。
1Thunder Said Energy, “Energy Shortage: fear in a handful of dust?”, November 2022
2日興アセットマネジメント当チーム試算
3IEA, “World Energy Outlook 2022”, November 2022
4IEA, “World Energy Outlook 2022”, November 2022
5Edelman, “2021 Trust Barometer Special report: Institutional investors”, November 2021
6Florian Berg, Julian Kölbel and Roberto Rigobon, “Aggregate confusion: The divergence of ESG ratings,” Review of Finance, forthcoming, updated 26 April 2022
7Bérengère Sim, “Ukraine war ‘bankrupts’ ESG case, says BlackRock’s former sustainable investing boss,” Financial News, 14 March 2022
8Steve Johnson, “ESG outperformance narrative ‘is flawed,’ new research shows,” Financial Times, 3 May 2021)
9Ariel Babcock et al., “Walking the talk: Valuing a multi-stakeholder strategy”, FCLTGlobal, 17 January 2022)
当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。