本稿は2023年3月28日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

下方リスクはあるものの中国以外のアジア諸国の信用ファンダメンタルズは依然堅調

サマリー

  • 2月の米国債市場はイールドカーブ全体にわたって利回りが大幅に上昇し、月末の利回り水準が2年物の指標銘柄で前月末比0.62%上昇の4.82%、10年物の指標銘柄で同0.41%上昇の3.92%となった。
  • アジア地域の中央銀行は当月、国によって動きが分かれた。インドとフィリピンの中銀がそれぞれ利上げを行う一方、インドネシアと韓国の中銀は政策金利を据え置いた。域内諸国の1月のインフレ指標はまちまちの内容となった。
  • 3月下旬に米FRB(連邦準備制度理事会)の政策会合を控えて、市場は経済指標の上振れ・下振れにますます敏感になってきており、当面は金利のボラティリティが高止まりし得ると認識している。当社では、政府がともに財政健全化を目指しているマレーシアとインドネシアの国債を選好する。通貨については、タイバーツとインドネシアルピアが域内の他国通貨をアウトパフォームするとみている。
  • アジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.08%縮小するなか、米国債利回りの上昇のみを下落要因として月間リターンが-1.33%となった。格付け別の月間リターンは投資適格債が-1.29%、ハイイールド債が-1.55%となった。
  • 中国以外のアジア諸国では、マクロ経済および企業信用のファンダメンタルズが、2022年に比べてやや鈍化しながらも堅調さを維持するとみている。ファンダメンタルズが依然しっかりしていることから、年初に縮小を見せた信用スプレッドはレンジ内の推移を予想する。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

2月の米国債市場は利回りが上昇
1月に大きく上昇した米国債市場だったが、2月は市場で金利見通しが再び見直されたため売り込まれ、指標銘柄の利回りが0.28~0.62%上昇した。月初にはFRBが0.25%の利上げを行い、FF(フェデラル・ファンド)金利を4.75%としたが、物価圧力が緩和し始めたとパウエルFRB議長が認めたため、米国債は上昇した。しかし、直後に発表された1月の雇用統計が驚くほど好調な内容であったことから、同中銀が引き締め政策を当初予想されたよりも長く維持するのではとの懸念が強まり、米国債利回りは上昇に転じた。その後、米国のインフレが予想されたほど減速しなかったことを受けて、米国債は低迷が続いた。特に、1月のCPI(消費者物価指数)上昇率は前年同月比5.6%と鈍化しながらも市場予想の同5.5%に届かず、一方でFRBがインフレ指標としてより重視しているPCE(個人消費支出)コアデフレーターは、同4.7%と2022年9月以来初めて加速した。これらの指標がインフレの根強さを示すとともに、他の主要経済指標でも年初の景気モメンタムの強さが確認され、FRBが一段の引き締めを行う必要が生じる可能性が高まった。月末の米国債利回り水準は、2年物の指標銘柄で前月末比0.62%上昇の4.82%、10年物の指標銘柄で同0.41%上昇の3.92%となった。

チャート1

インドとフィリピンは利上げ、インドネシアと韓国は政策金利を据え置き
アジア地域の中央銀行は国によって金融政策の動きが分かれ、フィリピン中銀とインド準備銀行がそれぞれ利上げを行う一方、インドネシア中銀と韓国銀行は政策金利を据え置いた。フィリピン中銀は0.5%の利上げを実施した理由として、「インフレ期待が目標レンジからさらに遠ざかるのを防ぐため」と述べた。インドでは、金融政策委員会が4対2で0.25%の利上げを決定するとともに「緩和策の引き揚げ」スタンスを維持し、政策決定後の声明では景気について楽観的な見方を示した。対照的に、インドネシア中銀のペリー・ワルジヨ総裁は、現在の金融政策の引き締め度は国内景気の回復を妨げることなくインフレを抑制するのに十分であるとし、インフレは総合・コアともに当初予想以上のペースで鈍化していると付け加えた。同様に、韓国銀行も政策金利を3.5%に据え置いたが、メンバー1名が反対票を投じ0.25%の利上げを支持した。

1月の総合CPIはまちまち
アジア諸国の1月の総合CPI上昇率は、中国、韓国、インド、シンガポール、フィリピンで加速する一方、マレーシア、インドネシア、タイでは減速した。フィリピンの総合インフレ率は、公共料金や食品価格、住居費の上昇を一因として前年同月比8.70%と市場予想を大きく上回った。同様にシンガポールの総合インフレ率も、年明けにGST(物品・サービス税)の引き上げが実施されたため、前月の前年同月比6.5%から同6.6%へと加速した。反対に、タイの総合CPI上昇率は、エネルギー価格と食品価格の上昇鈍化に助けられ、前月の前年同月比5.89%から同5.02%へと減速した。インドネシアの総合CPI上昇率も、民間輸送費の上昇鈍化を主因として、前年同月比5.28%と5ヵ月ぶりの水準へ減速した。

シンガポール、インド、マレーシアは拡張型予算を発表
シンガポールのローレンス・ウォン財務相兼副首相は、2023年度予算で4億シンガポール・ドル(対GDP比0.1%)と小幅な財政赤字を見込んでいることを公表した。インフレ加速の影響を和らげるための的を絞った継続的措置(一時給付金、GST保証パッケージの拡大、GSTバウチャー制度の強化など)も発表された。また、固定資産税やタバコ製品への物品税の引き上げなど、歳入源のさらなる拡大も発表された。マレーシアでは、アンワル・イブラヒム首相が前政権の予算を上回る3,881億リンギットの修正予算を発表した。2023年度の財政赤字は2022年度の対GDP比5.6%を下回る同5%と見込まれ、その一部は高級品への新たな課税を含む税収増により賄われる。一方、インドの予算では、2024年度(2023年4月~2024年3月)の経済成長を資本支出と設備投資を通じて促進する政府の計画が明らかとなった。同年度の歳出は前年比7.54%増、財政赤字は対GDP比5.9%と見込まれる。

今後の見通し

マレーシアとインドネシアの債券を選好
当月、市場の織り込んでいるFRBのターミナル・レート(利上げサイクルにおける最終到達点の金利水準)が上方に調整したことを受けて、2年物および10年物の米国債利回りは今や2022年終盤のピーク水準近辺に戻っている。3月下旬に米FRB(連邦準備制度理事会)の政策会合を控えて、市場は経済指標の上振れ・下振れにますます敏感になってきており、当面は金利のボラティリティが高止まりし得ると認識している。そのような環境下、当社では、政府がともに財政健全化を目指しているマレーシアとインドネシアの国債を選好する。インドネシア国債は、世界の金利情勢が安定化すれば、海外投資家からの資金流入もさらなる追い風になると予想する。

タイバーツとインドネシアルピアを選好
通貨については、タイバーツとインドネシアルピアが域内の他国通貨をアウトパフォームするとみている。タイバーツは、中国人観光客の回帰に伴い経常収支が好調に黒字転換するという楽観ムードが好材料となっている。一方、インドネシアは、電気自動車用バッテリーの製造ハブを目指す政府の長期計画を背景に外国直接投資の流入が期待され、これが同国通貨への需要の追い風になると予想される。

アジアのクレジット市場

市場環境

アジアのクレジット市場は米国債利回りの上昇を受けて下落
当月のアジアのクレジット市場は、全体として信用スプレッドが0.08%縮小するなか、米国債利回りの上昇のみを下落要因として月間リターンが-1.33%となった。格付け別では、リスク・センチメントの低迷を受けて投資適格債がハイイールド債をアウトパフォームし、月間リターンは投資適格債が0.15%のスプレッド縮小にもかかわらず-1.29%、ハイイールド債が0.23%のスプレッド拡大を受けて-1.55%となった。

当月は、FRBが引き締めペースを落としたことやパウエルFRB議長が「インフレ減速のプロセスが始まった」と明言したことを追い風に、ポジティブなリスク・センチメントで始まった。しかし、米国の非農業部門就業者数が大幅な増加を示すと、市場の織り込む米国金利見通しがタカ派色を増すのに伴い、センチメントは一転した。経済指標が米国のインフレの根強さと個人消費の堅調さを示すなか、信用スプレッドは1月に比べると緩やかなペースで拡大した。とは言え、アジアの信用スプレッドは、米国債利回りの大幅上昇にもかかわらず、比較的堅調なパフォーマンスを見せた。これは、中国のマクロ経済に関するポジティブなニュースが悪材料を部分的に相殺したためで、特に、中国のインフレ圧力は、急速な経済活動の再開にもかかわらず依然落ち着いている。同国では、新築住宅の価格が16ヶ月ぶりに上昇に転じるとともに、人民元建ての新規貸出額が企業向け融資の大幅回復により急増した。また、中国銀行保険監督管理委員会と中国人民銀行は、銀行の自己資本比率規制をバーゼルⅢの新基準に合わせる改正案を発表した。リスク・センチメントの世界的な軟化を受けて、アジアを含む新興国市場への資金動向は純流出に転じた。当初は、フィリピンやインドネシアのソブリン債および準ソブリン債が弱含んだが、新興国からの資金流出が鈍化するにつれて落ち着いた。テクノロジー、メディア、電気通信といったベータ値の高いセクターや民間資本企業の銘柄は、利益確定売りと企業固有のニュースを主因として幾分低迷した。最終的に、インド、タイおよびマカオを除き、アジアの主要国のスプレッドは月間で縮小した。

2月の発行市場では起債活動が鈍化
2月のアジアのクレジット市場では、リスク・センチメントの悪化を受けて発行体が様子見スタンスとなったことから、起債活動が大幅に鈍化した。投資適格債分野では、韓国産業銀行のディール(2トランシェで総額20億米ドル)や韓国住宅金融公社(2トランシェで総額13億米ドル)を含め、計13件(総額77.7億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド債分野の新規発行は計4件(総額10.2億米ドル)となった。

チャート2

今後の見通し

追い風の需給バランスと堅調なファンダメンタルズが継続
2023年前半にアジアの信用スプレッドが縮小するという当社の予想は、中国の主要分野における政策転換などポジティブな材料によって現実化した。主要都市で「脱ゼロコロナ」に伴う感染拡大の波のピークが過ぎた模様の中国は、不動産やインターネット・プラットフォームといったセクターに対する成長重視の市場寄り政策へのシフトと相まって、景気回復のスピードと度合いが増すとみられる。これは、市場センチメントを下支えするばかりでなく、観光客の流入や製品・コモディティの輸出などを通じて、他のアジア諸国経済全体にプラスの波及効果をもたらす。今後は不透明感の強まる局面に入り、スプレッドがさらに縮小できるかどうかは、中国の民間消費の持続や半導体不況の底打ち、PMI(購買担当者景気指数)の継続的安定、新築住宅販売の回復にかかってくるだろう。それでも、当社では引き続き、中国政府が追加の景気・消費刺激策を講じるとともに外交政策スタンスを軟化させていくと期待している。ただし、地政学的緊張が完全になくなることは考えにくい。

このような環境下、中国以外のアジア諸国では、マクロ経済および企業信用のファンダメンタルズが、2022年に比べてやや鈍化しながらも堅調さを維持するとみている。観光業の回復と国内の経済活動再開が追い風となるインドおよびアセアン諸国は、輸出依存度の高い北アジア諸国よりも有利な経済展開を見せるだろう。ファンダメンタルズが依然しっかりしていることから、年初に縮小を見せた信用スプレッドはレンジ内の推移を予想する。

とは言え、その基本シナリオにも下方リスクがあることは認識している。主なものとしては、主要国でインフレが予想以上に長引く(その結果として利上げサイクルが長期化するとともにターミナル・レートが高くなる)こと、先進国の景気低迷がより深刻化すること、地政学的緊張が高まることが挙げられる。これらの下方リスクが1つ以上顕在化した場合は、アジアの信用スプレッドは現在の水準から拡大する可能性がある。


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