本稿は2023年3月6日発行の英語レポート「Today’s surgical robot, tomorrow’s robot surgeon」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

今後10年間で急成長が見込まれる世界の手術ロボット市場

医療分野における現代最大のブレークスルーの1つとみなされているロボット手術は、世界中で手術方法に革命を起こしている。その躍進が特に著しい中国は、手術ロボット企業にとっての次の成長フロンティアとなる可能性がある。


ロボット手術:SFの世界から現実へ

1976年に発表された小説「バイセンテニアル・マン」で、SF(サイエンス・フィクション)作家であり空想家の故アイザック・アシモフは物語の冒頭で、主人公アンドリュー・マーチン(人間のように生きて死ぬことに憧れる人間型ロボット)が200歳を超えると生きられないようにする複雑な手術をしてくれとロボット外科医に頼む場面を描いている。

「その指は長く、芸術的なまでの金属の曲線の形状はあまりにも優雅で相応しく、外科用メスがぴたりと合い、しばし一体化する様子を想像できるほどだった。その処置に迷いはなく、よろめくことや震えることも失敗することもないだろう」と書いて、アシモフはマーチンの陽電子頭脳を改造したロボット外科医を描写した。

ロボットによって自動で手術が行われることを予言したアシモフのビジョンは、実際、医療分野における現代最大のブレークスルーの1つとみなされているロボット手術の急速な進歩により、近い将来に現実化する可能性がある。確かに、自動ロボット手術はすでに動物を対象に始められているが、まだ人間に対して行われたことはない。2019年4月に行われた革新的な実験において、ボストン小児病院のバイオエンジニアは、鼓動しており血液で一杯の心臓の心臓壁に沿って自動で移動する自動走行ロボットを用いて、まったく外科医による指示なしで、漏れが生じていた豚の心臓弁を修復することに成功した。

ロボット手術は外科手術分野を変貌させており、新しい精密医療時代への道を作りつつあることに議論の余地はない。現在のロボット手術は侵襲性を最小限に抑えた処置という形であり、外科医が最先端のロボットシステムを操作して手術を行い、特に体内の非常に手の届きにくい部位において優れた精度、制御、視野で外科手術を行うことができる。

SFでよくある光り輝く金属製の人間型ロボット外科医という描写とは異なり、現在の手術ロボットはもっと平凡な見た目の、コンパートメント型のシステムであり、(人間の)外科医は患者の手術を行うときに手で操作するコンソールにより、複数のロボットアーム(通常は4個)、そして3D立体画像を映すカメラの動きを制御している。典型的なロボット手術システムの構成要素としては、3D画像の高解像度ビューワーが付いた外科医用コンソール、マニピュレーターまたはロボットアームを備える患者側のカート、外科医がみる解剖体の画像を拡張表示するイメージング技術を追加できるビジョンカートを備えた制御システムが挙げられる。

革命的なものはすべてそうであるように、ロボット手術は近年、確かに医療分野の流行語となっており、また、従来の外科手術の手法に比べて多くの利点をもたらすことから、テクノロジーに対応している医療機関においてますます受け入れられている。

利点と欠点

ロボット手術の主な利点は、その際立った正確性である。手先の器用さは年齢とともに衰える傾向にあり、外科医が高齢になるにつれて手の震えが手術処置の妨げになる可能性がある。従来の手術では、外科医の手の震えやおぼつかない手元がミスや不意の周囲組織損傷につながり、過度の失血や合併症につながる可能性がある。しかし、ロボット手術では、外科医の操作する素早いロボットアームがスムーズに安定して動くことができ、手術中の正確性の向上を実現している。この点において、細いロボットアーム(外科医の大きな手ではなく)は狭いスペースでの正確な動きが可能で、外科医は従来の外科手術の手法では困難または不可能な場合も処置を行えることから、ロボット手術は複雑な手術において特に有効であることを証明している。

ロボット手術の第2の利点は、侵襲性が最小限であることだ。従来の手術では、手術部位へアクセスするために患者の体に大きな切開を行う必要があり、そうした処置は往々にして患者に相当な痛みや傷、回復期間の長期化をもたらす。一方、ロボット手術は、小さな切開で患者の体に挿入される機械式アームを用いることから、より侵襲性の低い処置を実現している。最小侵襲手術(MIS)の一例は、鍵穴手術または腹腔鏡手術だ。これは、非常に大きな切開を必要とせずに外科医が腹腔・骨盤内の臓器にアクセスできる手術処置である。ただし、従来の腹腔鏡手術は、小さい切開を行うものの、長くてかさばる機器と手術を行うためのカメラを用いており、限界があった。例えば、従来型の手で扱う腹腔鏡機器は小さな切開部位から体内へ入れられるもので、(テコの働きをし、延ばすことが難しいことから)動作範囲が制限されており、経験豊富な外科医であっても操作が難しい場合もあった。そうした理由から、従来の鍵穴手術で直面した困難を克服するものとして、ロボット支援下腹腔鏡手術の手法は外科医によってますます用いられるようになっている。

ロボット手術は従来の開腹手術よりも正確性が高く侵襲性が最小限であることから、外傷や切開に関連する合併症の低減、患者の回復時間の短縮、より少ない痛みや入院期間の短縮、整容性の改善(傷跡がより小さい)など、より良好な手術成果につながる傾向がある。

さらに、ロボット手術は、患者の手術場所から離れたところから外科医が遠隔操作で実施することができる。これは、外科医が手術を行う現場にいなければならない従来の開腹手術やMISと異なる点である。実際、手術へのロボットの応用が始まったのは1970年代のことで、NASA(米国航空宇宙局)が宇宙飛行士や戦地の兵士への遠隔医療処置の提供に向けた米軍のプロジェクトを開始したのが始まりである。興味深いことに、2022年6月、上海の医療テクノロジー企業によって開発された腹腔鏡手術ロボットにより、中国の新疆ウイグル自治区にある病院と江蘇省にある病院を5G通信接続で結び、超長距離間で泌尿器科のロボット手術2件を無事に完了した。これら2つの病院は5000キロメートル近く離れており、その手術事例は現在に至るまで世界で最も長距離での5G遠隔ロボット手術となっている。

ロボット手術には多くの長所があるものの、そうした革新的な外科手術にはいくつかの短所も存在する。その顕著なものは、高額な費用がかかることである。ロボット手術システムは概して購入、保守、稼働にかかる費用が高額にのぼるため、すべての病院がこのテクノロジーを採用する資金を有しているわけではない。運転コストは近年低下しているものの、ロボット手術は依然として従来の手術と比較して高額であり、それを受けるだけの金銭的な余裕がない患者にとっては手の届かないものとなっている。

加えて、手術でのロボットの利用は、医療におけるテクノロジーの役割や、ロボットが人間の外科医に完全に取って代わる可能性など、生命倫理上の問題点ももたらしている。手術ロボットへの依存度が高まることで、人間は手術の技能を失うことになるだろうか。手術ロボットをどこまで活用すべきだろうか。患者は、知覚を持ったロボットの手に自分の命を預けることをいとわないだろうか、また、倫理的観点から生死にかかわる問題に対処するようにプログラミングできると信頼するだろうか。

ロボット手術のもう1つの潜在的短所は、外科医が習得しなければならないことが増えるという点である。新しいテクノロジーはどれもそうだが、ロボット手術システムを用いるには学習が必要となる。外科医がそのテクノロジーの扱いに熟練するには徹底的なトレーニングや練習を積まなければならない。

大きな成長性を秘めた世界の手術ロボット市場

そうしたなかでも、ロボット手術は今後大きく飛躍する可能性を秘めている。米国のビジネスコンサルティング企業であるフロスト&サリバン(F&S)は、世界の手術ロボット市場の2021年から2030年までの年平均成長率(CAGR)が21%にのぼり、2021年には約110億米ドルだった市場規模が2030年には600億米ドルを超えると予測している(チャート1参照)。

チャート1

2020年から2021年にかけての新型コロナウイルスの世界的大流行時には、多数の病院が新型コロナウイルス感染症患者へ十分な治療を提供するために緊急でない手術や治療処置を延期せざるを得ないなか、外科手術に大きな影響が及び、世界全体の手術件数が減少した。同時に、2020年と2021年は多くの国において制限が導入されたことで、多くの患者は大腸内視鏡検査やPSA検査(前立腺がん検査において重要な腫瘍マーカー)などの定期的に行われる緊急でない診断処置を延期しなければならなかった。しかし、世界の新型コロナウイルス感染者数が減少して普通の生活が戻るにつれ、患者数はコロナ前の水準へとすぐに戻り、ロボット手術システムの使用件数も急激に回復している。その成長ペースは2021年後半から2022年全体を通してすでに加速している。

現在、ロボット手術は世界中の医療現場において様々な手術用途に用いられている。世界で最も普及しているプログラムは腹腔鏡ロボットシステムで、それに続くのが整形外科ロボットシステムだ。米国では、手術ロボットで行われる前立腺摘除術の件数が増えている。これは、ロボットアームを用いて前立腺がんの男性の前立腺(またはその一部)を摘除する手術だ。また、ロボット手術は、より正確性が高くより侵襲性の低い手法であることから婦人科手術でも用いられている。

F&Sによると、世界の手術ロボット市場を現在リードしているのは米国とEUで、推定市場シェアがそれぞれ55%、21%にのぼる一方、急成長を遂げている中国は依然として世界の手術ロボット市場におけるシェアが5%にとどまっている(チャート2参照)。しかし、当チームでは、中国の手術ロボット市場の成長ペースは欧米諸国を上回っていく可能性が高いとみている。

チャート2

中国が次の成長フロンティアとなる可能性

中国はロボット手術分野においてすでに長年にわたり急速な進歩を遂げてきた。同国初のロボット手術システムが導入されたのは2000年代半ばで、それ以来飛躍的に技術が進化してきた。中国では複数の手術ロボット企業が独自の最先端ロボットシステムを開発しており、様々な腹腔鏡手術や整形外科手術で用いられてきた。さらに、中国は人工知能(AI)や5G技術の開発に多額の投資を行っており、それがロボット手術のさらなる進化の原動力になると期待されている。

当チームでは、ロボット手術の利点に対する認識の高まり、患者や外科医による受容加速、政府の政策による追い風を背景に、中国は今後10年間で最も急速に成長を遂げる手術ロボット市場の1つになるとみている。

中国国内でロボット手術の恩恵が一段と広がっていくにつれ普及率は上昇していく見通しである。国を挙げて科学技術の振興、普及に取り組んでおり、2025年までに医療機器産業への情報技術(IT)の融合を加速させる計画をすでに打ち出している。

2020年10月に策定された中国の第14次5ヵ年計画では、2021年から2025年にかけての新しい政策指令やトップダウンの施策が多数導入された。医療機器セクターの5ヵ年発展計画において、中国当局は2025年までに医療機器へのITやロボットの融合を加速させる方針を示しており、医療ロボットやデジタル医療プラットフォームの国産化を推進している。

中国が発表した最近の政策は、ロボット手術全般を後押しする内容となっている。2021年、中国当局は腹腔鏡手術ロボットの設置台数枠を154台から225台へと引き上げることを承認した。(中国の病院は手術ロボットの購入・入札の枠を割り当てられている)。

また、患者の金銭的負担を軽減するために、上海市と北京市は2021年に政府が保証する基本医療保険の適用範囲を拡大して腹腔鏡や整形外科のロボット手術を含めることとし、医療保険制度によってそれらのコストを部分的にカバーできるようにした。さらに2022年7月、中国は手術ロボットシステムを含む革新的な医薬品や医療機器について、いくつかの都市で試験導入されている診断区分(DRG)に基づく入院費支払制度の適用を除外した。DRGは入院する患者の様々な診断をグループやサブグループに分類するために用いられる制度で、国の医療保険制度または民間医療保険会社が入院費の管理や払戻率の決定をより効果的に行えるようにするためのものである。DRG適用除外により、今では病院や外科医がロボット支援下手術を柔軟に実施していくことができるため、ロボット手術の利用拡大に向けた良好な環境がもたらされている。

当チームでは、中国の公営病院は中央政府の指令に従うため、ロボット支援下手術の実施を増やしていく可能性が高いと考えている。現在、中国には3A級の病院が約1,500施設ある。これらは、医療技術、設備、品質、サービス提供が最高水準であり最も優良な医療機関とみなされている。政府主導の施策を受けて、これらの高品質の病院におけるロボット手術の採用が増加していくことで、世界で最も人口が多い中国で事業展開する国内外の手術ロボット製造企業の成長に拍車がかかる可能性がある。

中国製手術ロボットの台頭

中国の新進気鋭の手術ロボットメーカーは、世界第2位の経済大国での製品の普及推進に向けて競争力のある価格戦略やローカル戦略を展開しており、その影響は米国のロボット手術システムメーカーIntuitive Surgical Incなどグローバルに展開する、より大手のライバルへと及び始めている。

世界の手術ロボット市場をリードするIntuitive Surgicalは1995年に設立され、現在はNASDAQに上場している。主力商品であるロボット手術システム「ダビンチ」は現在、世界の腹腔鏡手術ロボット市場において支配的な地位にあり、推定市場シェアは80%を超えている。ダビンチがロボット支援下腹腔鏡手術システムとして初めてFDA(米国食品医薬品局)に承認されたのは2000年のことだ。

Intuitive Surgicalは、システムを設置することでより長期にわたって経常収益を拡大していくことができる「システム+消耗品+サービス」型ビジネスモデルを用いて成功を築き上げている。つまり、同社は世界中の医療機関にロボット手術システムを販売していき、やがてその設置台数が増えていくにつれ、消耗品(=ロボットアーム)や保守サービスによる売上高への寄与も拡大していくのである。

米国の手術ロボットメーカーであるIntuitive Surgicalが中国市場に参入したのは2006年であり、17年近く事業展開しているにもかかわらず、中国ロボット手術市場での普及の成功は限定的なものにとどまっている。UBSのデータによると、2021年6月末現在において中国の3A級病院全体のなかでダビンチ・システムを使用している病院の割合は10%を下回っている。最近では国内の手術ロボット企業4社が参入しており、競争環境は変化した可能性がある。それらの国内企業の製品はダビンチ・システムよりも30~40%安い価格設定となっている。下の表1が示すように製品の数も増えてきている。

表1

当チームでは、革新的で競争力の高い中国の手術ロボットメーカーは、中国国内だけでなく、新興国を中心に世界中で市場シェアを急速に伸ばしていける可能性を秘めているとみている。チャート2が示すように、米国、EU、中国以外の手術ロボット市場は依然として大きな拡大余地がある。

ロボット手術の未来

ロボット手術の未来は期待で溢れているようにみえる。ロボット手術が受け入れられ、より幅広く普及するにつれ、人的ミスが顕著に減少していくとみられることから、正確性が高く侵襲性がより低いロボット支援下手術は、今後より多くの種類の手術において標準的手法になっていくと多数の専門家は考えている。

さらに、ロボット手術技術は引き続き改善していき、AIの融合によって機械がより優れ、より正確な判断を下せるようになり、手術の安全性や効率性が高まっていくと期待される。また、5Gなどの高速インターネットや高度なコミュニケーション技術のおかげで、ロボット手術により医師は地球や場合によっては宇宙のどこからでも遠隔操作で手術を実施できるようになるかもしれない。

どのような革新的技術にも共通することだが、競合相手が増加していき、20年以上にわたるIntuitive Surgicalの独占状態を崩し、中間価格帯に位置し費用対効果を重視する患者層の需要を満たしていくにつれ、コストは次第に低下していくとみられる。そのうち、世界中でロボット手術がより幅広く受け入れられるようになると、規模の利が働いてコストの低下がさらに進み、患者や医療プロバイダーにとってより利用しやすいものとなっていく可能性が高い。

自動ロボット手術はセンサーや機械学習アルゴリズム、AIの進化によって実現可能になるとみられているが、それが登場してくれば、現在の手術ロボットが将来的にはロボット外科医になっていくという考えが確かにそれほど遠くない未来に実現する可能性がある。まさにアシモフがSF小説で予見した状況だ。そこで問題となるのが、アシモフが想像したロボット工学三原則1は人間をロボットから守る上で十分だろうか、という点であり、我々はその答えを見つける必要がある。


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