本稿は2023年5月23日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

中国の経済再開や支援的な政策スタンスが引き続き世界のマクロ経済の低迷を下支えする重要な要素に


サマリー

  • 4月の米国債利回りは比較的小幅なレンジで推移し、中期債がアウトパフォームした。月末の利回り水準は、2年物の指標銘柄で前月末比約0.02%低下の4.01%、10年物の指標銘柄で同0.05%低下の3.43%となった。
  • アジア地域の中央銀行は政策金利を維持した。また、3月のインフレ圧力は総じて和らいだ。
  • 債券市場がより安定的となるなか、当社では相対的に利回りの高いフィリピンやインド、インドネシアの国債を選好する。通貨については、タイバーツとインドネシアルピアが引き続き域内の他国通貨をアウトパフォームすると予想している。
  • 4月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが縮小するとともに米国債利回りが低下するなか、月間リターンが0.89%となった。格付け別の月間リターンは投資適格債が1.19%となる一方、ハイイールド債が-0.76%となった。
  • 中国以外のアジア諸国では、マクロ経済および企業信用のファンダメンタルズが、2022年に比べてやや鈍化しながらも堅調さを維持するとみている。インドとアセアン諸国は、観光業の回復や国内の経済活動の再開を追い風に、輸出依存度の高い北アジア諸国に比べて好調な景気動向が予想される。全体として、アジアの信用スプレッドは、域内の良好なファンダメンタルズや世界の金融システムに対する極度な不安の後退が支えとなり、当面はレンジ圏内での推移が続くと予想する。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

4月の米国債市場は比較的小幅なレンジで推移
米国債利回りは3月にボラティリティが高まった後、4月は比較的小幅なレンジで推移し、中期債がアウトパフォームした。月初は、米国の経済指標が市場予想を下回ったことなどを受けて、米国債利回りは低下した。その後、米国の3月の雇用統計で非農業部門雇用者数が市場予想を上回る前月比23.6万人増となり、また2月の数値が速報値から1.5万人上方修正されると、利回りには上昇圧力が若干かかった。米国の3月の総合CPI(消費者物価指数)上昇率は鈍化したものの、コアCPI上昇率が引き続き堅調となったことを受けて、利回りの上昇が続いた。その後公表された3月の米FOMC(連邦公開市場委員会)会合の議事録では、最近の銀行の破綻を受けて政策金利の誘導目標を据え置く可能性について議論されたことが明らかになった。米国の小売売上高が修正され、年初から消費支出が鈍化していることが示唆されると、利回りは反転した。月末にかけては、米国の地銀に対する懸念に再び注目が集まり、米国債利回りに対する低下圧力が強まった。その後は、5月の第1週に行われる米FRB(連邦準備制度理事会)の会合を控えて投資家のあいだで様子見姿勢が広がるなか、米国債市場の回復ペースは失速した。月末の利回り水準は、2年物の指標銘柄で前月末比約0.02%低下の4.01%、10年物の指標銘柄で同0.05%低下の3.43%となった。

チャート1

3月のインフレ圧力は総じて緩和
3月は、食品価格の上昇鈍化がインフレ圧力の緩和を促した。インドの総合CPI上昇率は、燃料・光熱費(電気代など)や食品価格の上昇ペースが減速したことを受けて前月の前年同月比6.44%から同5.66%へと大幅に減速した。マレーシアの3月の総合インフレ率は、食品・飲料価格の上昇鈍化を受けて前年同月比3.4%となり、2月の水準を下回った。タイでは、総合・コアCPI上昇率がともに市場予想を下回り、それぞれ前年同月比2.83%、同1.75%となった。同様に、シンガポールでは民間輸送費や住居費、コアインフレの上昇ペースが低下するなか、総合インフレ率が2ヵ月連続で減速した。他では、フィリピンでインフレ圧力が和らぎ、総合CPI上昇率は前月の前年同月比8.6%から同7.6%へとペースを緩めた。

各国中央銀行は政策金利を維持
インドネシア中央銀行は、現在の政策金利の水準はコアインフレを確実に抑制する上で「十分である」と述べた。また、同中銀は経済成長予想を据え置いたが、総合インフレ率はこれまでの予想よりも早く8月に目標レンジの2~4%に戻ると足下で予想する一方、コアインフレ率は年内に現在の水準近辺で推移するとみている。インド準備銀行は金融政策会合において、政策金利を6.50%に据え置くことを全会一致で決定した。また、同中銀は「緩和策を巻き戻す」姿勢を維持し、2024年度(2023年4月~2024年3月)の経済成長率予想を引き上げる一方、2024年度のインフレ率予想については若干引き下げた。韓国の中央銀行は、同様に政策金利を据え置き、今年の経済成長見通しについて従来予想よりも鈍化すると予想しつつも、インフレに対処するために引き締め的な政策を維持する意向を示した。同中銀の李昌鏞総裁は、インフレ緩和の兆候がより明確に示される前に利下げを実施する可能性について排除した。他では、MAS(シンガポール金融通貨庁)は市場の予想外に金融政策(為替管理政策)を据え置き、現在の自国通貨高誘導スタンスを「中期的な物価の安定を確保するために十分タイトで、適切である」との見方を示した。MASは、コアインフレ率は今後数ヵ月にわたって高止まりするとみているものの、インフレ圧力は年後半により「明確に」低下すると予想している。

中国の2023年第1四半期の経済成長は堅調、政治局は成長を重視する方針を維持
中国の2023年第1四半期の経済活動は前年同期比4.50%増となり、市場予想の同4.0%増を上回った。堅調な回復を促したのは主にサービス消費の力強さで、中国の政策当局がコロナ関連規制を解除したことが要因となった。この市場予想を上回る結果は、通年の成長率が政府目標である「5%前後」の達成に向かって概して順調であるとの予想を支えるものとなった。月末にかけて、政治局は中国の第1四半期の動向についてレビューを行い、今後数ヵ月の政策方針を打ち出した。新華社通信の報道によると、第1四半期の堅調な経済成長を受けて、指導部のあいだでは経済見通しの改善が認められつつも、持続的な景気回復を確実なものとするために、需要をさらに押し上げる必要があると認識されている。特に、政治局は財政政策の強化や、より「強力」且つ的を絞った金融政策、外国投資誘致のためのさらなる取り組みの必要性を再確認した。

今後の見通し

フィリピンやインド、インドネシアの債券を選好
世界の金利市場は落ち着きをみせ、当初主に追加利上げに向かっていた市場の懸念は、銀行問題が経済全体に波及する可能性へと移っている。これを受けて、FRBの金利軌道やターミナルレート(利上げサイクルにおける最終到達点の金利水準)予想に対する市場の織り込みが大幅に下方シフトした。債券市場がより安定するなか、当社では相対的に利回りの高いフィリピンやインド、インドネシアの国債を選好する。加えて、これらの国ではインフレ圧力がピークを打った可能性を示す兆候があり、このことが当該債券のさらなるサポート要因になるとみている。

タイバーツとインドネシアルピアを選好
通貨については、タイバーツとインドネシアルピアが域内の他国通貨をアウトパフォームするとの見方を維持する。タイバーツは、中国人観光客の回帰に伴い経常収支が好調に黒字転換するという楽観ムードが好材料となっている。一方、インドネシアは、電気自動車用バッテリーの製造ハブを目指す政府の長期計画を背景に外国直接投資の流入が期待され、これが同国通貨の需要の追い風になると予想される。

アジアのクレジット市場

市場環境

4月のアジア・クレジット市場は上昇
4月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが縮小するとともに米国債利回りが低下するなか、月間リターンが0.89%となった。格付け別では、中国の不動産セクターの低迷がハイイールド債の重石となるなか、投資適格債がハイイールド債をアウトパフォームした。月間リターンは投資適格債が約0.09%のスプレッド縮小を受けて1.19%、ハイイールド債が0.43%のスプレッド拡大を受けて-0.76%となった。

世界のマクロニュースが強弱入り混じりつつも比較的落ち着いたものとなるなか、月前半のアジアの信用スプレッドはレンジ内で推移した。なかでも、米国の経済指標が市場予想を下回ったが、中国の好調な信用指標および輸出データなどによって打ち消された。月の中旬には、中国の2023年第1四半期の経済活動が前年同期比4.50%増となり、堅調な伸びとなったことが示された。この市場予想を上回る結果は、通年の成長率が政府目標である「5%前後」の達成に向かって概して順調であるとの予想を支えるものとなった。とは言え、中国の景気回復の持続可能性をめぐる懸念や米国の金融政策に対する不透明感がアジア・クレジット市場のセンチメントの重石となり、スプレッドは拡大した。中国のテクノロジー・セクターの個別のニュースやハイイールド債を発行している一部の中国不動産企業が、さらなる低迷の引き金となった。月末に、中国の政治局は第1四半期の動向のレビューを行い、今後数ヵ月の政策方針を打ち出した。全体として、政治局は経済成長を重視する姿勢を維持し、財政政策の強化や、より「強力」且つ的を絞った金融政策、外国投資誘致のためのさらなる取り組みが必要であるとした。国別では、中国とシンガポールを除くアジア域内のすべての主要市場でスプレッドが縮小した。

4月の発行市場は引き続き低調
4月のアジアのクレジット市場では、起債活動は低調な状態が続いた。投資適格債分野では、CK Hutchison Internationalのディール(2トランシェで総額25億米ドル)を含め、計10件(総額63.2億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド債分野の新規発行は計3件(総額6.50億米ドル)にとどまった。

チャート2

今後の見通し

追い風の需給バランスと堅調なファンダメンタルズが継続する見込み
現在、地域・世界の両方で複数の相反する動向が見受けられ、より不透明な局面に入っている。先進諸国では銀行セクターのストレスに対する懸念が根強く、最近の出来事について慎重な見方が続いている。これらが、今までの累積的な政策金利の引き上げと相まって、世界の金融システムの他の分野に影響を及ぼし、まだ予想できていないリスクを引き起こす可能性がある。これにより、世界経済のダウンサイドリスクがより見通せるようになるまで、信用スプレッドの縮小度合いは限定的なものにとどまり、2023年序盤の縮小水準に戻ることは困難になるかもしれない。不測の事態を受けて銀行の貸出環境がタイト化し、先進諸国が予想以上に深刻なリセッションに陥るリスクがあることを考慮すれば尚更だろう。

しかしその一方で、中国の経済活動再開や景気支援的な政策スタンスは、世界のマクロ経済の低迷を下支えする重要な要素となる可能性が今後もある。中国を除くアジア地域のマクロ経済や企業の信用状況に関するファンダメンタルズは、2022年に比べてやや鈍化しながらも、堅調さを維持するだろう。インドとアセアン諸国は、観光業の回復や国内の経済活動の再開を追い風に、輸出依存度の高い北アジア諸国に比べて好調な景気動向が予想される。全体として、アジアの信用スプレッドは、域内の良好なファンダメンタルズや世界の金融システムに対する極度な不安の後退を追い風に、当面レンジ圏内での推移が続くとみる一方、先進諸国のリセッション懸念が広がることや不透明なリスクに対する慎重姿勢が継続することによって、スプレッドが今後より顕著に縮小することは妨げられる可能性がある。



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