本稿は、2023年3月30日発行の英語レポート「Global banking turmoil from an Asian perspective」の日本語訳です。内容については英語の原本が日本語版に優先します。

アジアの金融機関のファンダメンタルズは他地域に比べて強固


クレディ・スイスに何が起きたのか

3月上旬、米国のシリコン・バレー銀行(SVB)が突然破綻したことで、投資家はこの破綻が世界中の銀行に波及する兆候の有無を固唾を呑んで見守った。このことは、クレディ・スイス(CS)など、世界の大手銀行の株式、債券の売却を誘発した。CSの問題は、同行の年次報告書の公表直前に米国の規制当局が過年度の財務諸表に関する照会を行い公表延期になったことを契機に一気に深刻化した。数日後、CSは過去2年間の財務報告および管理手順に「重大な弱点」があることを明らかにし、その直後、筆頭株主であるサウジ・ナショナル・バンクが、CSへの追加資金援助を行わない方針を決定した。この決定が銀行界の世界的な不安が続く中で発表されたため、CSが債務不履行、ひいては破綻する懸念をさらに強めた。

スイス政府の仲介を受け、UBSはCSを全株式交換方式にて31億米ドルで買収すると発表した。これにより、CSの突然の破綻という最悪のシナリオは回避できたものの、3月19日に発表された緊急令には、CSのAdditional Tier1債(AT1債)残高の全額である158億スイスフラン(約173億米ドル)を無価値化する処理の決定が含まれていた。このことは、買収発表以降で金融界に激震が走った最大の理由であった。

AT1債は、社債条項で定められた条件が充足された場合、発行銀行は(一部または全部を)償却、あるいは株式に転換することができる。AT1債は、銀行の資本構成上、シニア債やTier2資本より劣後するため、一般的にシニア債よりも高い利率が設定される。従来の解釈では、AT1債は資本構成上、普通株式よりも上位に位置づけられていた。このことは欧州、英国、香港の銀行規制当局によって繰り返し指摘されており、シンガポールにおいても今週になって指摘されていた。したがって、CSのAT1債の全額を無価値にする一方で、普通株主が、少ないとは言え資金を回収できることが決定されたことで、AT1債市場の信頼は世界的に揺らいだ。アジア太平洋地域では、無条件反射的に金融セクターのシニア債のスプレッドが5~20ベーシスポイント(bps)、Tier2資本債(T2債)が10~30bps拡大し、AT1債の価格が2~10ポイント下落した。シンガポールや債券保有者に有利な法制を有する国の銀行を含め、安全性の高い銀行の債券のスプレッドはそこまで拡大しなかった。

また、世界の各中央銀行による積極的な利上げを通じた金融引き締め政策が、世界中の金融機関にとって圧力になっていることは間違いないが、SVBとCSの破綻の根本的な原因はそれぞれの固有の事情だったと考えられている。SVBの場合、米国の金融当局の地方銀行に対する規制と監督の甘さに加え、SVBの預金者層が一般的な銀行と異なっていたことが破綻につながったと言われている。一方、CSは以前から問題を抱えていた。CSのブランド力と長期的な事業力の弱体化は、2008年の世界金融危機時、システム的に問題のあった米国の不動産市場で起こったような与信の毀損が原因ではなく、CS自体が起こした失敗であった。一方、近年、CSに特有のガバナンスやリスク管理に不備があり、また高リスク商品を好む企業文化や事業の改革案に対する投資家の不信感を払拭することができず、ウェルス・マネジメントの預かり残高とスイス国内の預金からの資金流出が増加したと報じられている。

今後予想されること

スイスの規制当局(FINMA)がCSのAT1債を無価値化した決定は、投資家の損失を拡大させ、AT1債の不確実性を高めることにつながった。ただし、今回の決定が世界金融危機時のようなシステミックな危機に発展することはないだろう。なお、SVBの破綻に端を発した米国の地方銀行に対する不信感とそれに伴う市場の混乱がきっかけとなりCSの信用を一気に失墜させたかもしれないが、両行の抱えていた問題は全く次元の異なるものであり、広範な世界的金融危機に発展する可能性は低いと考えられる。

また、「グローバルなシステム上重要な銀行(G-SIB)」および「グローバルなシステム上重要な金融機関(G-SIFI)」の多くは、非常に厚い資本と高い流動性を有し、直近の決算において相応の利益を計上しており、また、資産の質・信用リスク面で特段の問題に直面していないことは、新型コロナウイルス感染症によるパンデミック時でさえ、全く不安がないことを示したことからも明らかである。特にアジアの銀行は、欧米先進国の銀行と比較して、一般的に堅固なファンダメンタルズを有していると言われている。アジアでは銀行に対する規制が欧米諸国より厳格であるため、資本は厚く、ビジネスモデルは保守的であり、融資と投資先は十分にセクター分散が図られ、流動性の高いポートフォリオのデュレーションも適切に管理され、預金量が安定しているなど、欧米の銀行よりも堅固であると考えられている。また、アジアでは、政府が株主になっている銀行も少なくない。

市場が安定するまでにはしばらく時間がかかると考えられ、金融機関が発行する劣後債に対する投資家の投資意欲は当面は弱い状況が続くだろう。欧米各国の規制当局が銀行界を安定させるにはまだ時間を要すると考えられ、それまでは、銀行が多少のバリュエーション・プレミアム(つまり高いスプレッド)を負担することが必要になるだろう。とはいえ、ファンダメンタルズが強いアジアの銀行の現在のバリュエーション水準を勘案すると、3月20日に価格が調整された後のスプレッド・価格にすでに大方反映されていると考える。


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