本稿は2023年3月30日発行の英語レポート「Asian financials: beyond the drama」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

米国の銀行破綻がアジアの銀行に伝播する可能性は低い


アジアの銀行は、各国の利上げの規模が小さいこと、金融規制当局による慎重な舵取り、銀行の高い自己資本比率および総資産に占める有価証券投資比率の健全性を勘案すると、現在の世界的な銀行混乱に巻き込まれる可能性は低いと考えられる。このことは、長期的にはアジアの銀行界にとって好材料であり、魅力を高めるものと考えている。

存続の瀬戸際に立たされている銀行の前で、預金を引き出すために来店した不満げな預金者の長い列が何日にもわたって続いた。混乱に満ちた取り付け騒ぎが2週目に入ると、資金不足に陥った銀行は金融当局に支援を求めざるを得なくなり、最終的には当局に経営を委ねた上で、資本増強策を含む再建策の適用を受けることになった。

このことは読者にとっては最近の出来事に聞こえるだろうが、先日破綻した米国の銀行の苦境についてではない。シリコンバレー銀行(SVB)でもシグネチャー銀行でもなく、1998年のインドネシアのバンク・セントラル・アジア(BCA)についてだ。

20年余が経過し、BCAは現在アジア最大級で経営が安定している銀行の1行となり、普通株式等Tier1比率は25.9%(タイプミスではなく、実に約4分の1が自己資本)にも上る。本稿は、先進国の金融システムの混乱が続く中、アジアの銀行界への伝播リスクと、近年アジアの銀行に起こった変化についての当社の見識をまとめたものである。

欧米とアジアの銀行に類似点はあるのか

まず、米国やスイスの銀行界で問題が勃発した背景と、アジアの銀行界を取り巻く環境に類似点があるかを考える。欧米とアジアの銀行の何が問題であったかについては、まるまる1冊の本を書き上げることもできるだろう。欧米で起きたことを要約すれば、SVB、シグネチャー銀行、カリフォルニアのシルバーゲート銀行、そして経営難に陥ったクレディ・スイス(スイス政府仲介により長年のライバルであるUBSが買収)のいずれも、金利上昇圧力とリスク管理・監督の不備という2つの原因に収斂されると当社は考えている。

米国では、FRB(米連邦準備制度理事会)がインフレ抑制のために2022年3月以降だけで計4.75%の利上げを行うなど、世界的に金利の上昇が続いているが、アジア諸国における利上げが小幅(均等加重平均で2.4%)であることは注目に値する。

次に、アジアの金利水準がこの1年間で上昇したとはいえ、直近10年間の平均値に戻ったにすぎず、世界金融危機以前の水準を依然大きく下回っている。さらに、シンガポール、韓国、台湾などでは、中央銀行が信用コストや銀行システムの安定性への悪影響を抑えるため、規制や監督を慎重ながら強化していることも注目される。

銀行がAT1債を含むCoCo債(偶発転換社債、[利率が高く設定される代わりに、発行銀行の自己資本水準が一定の比率を下回った場合に投資家が損失を被る仕組み])に過度に依存することに対する懸念が高まっているが、この類いの資本負債商品を利用しているアジアの銀行はほぼ存在せず、ほとんどの銀行はコア資本が要件を大幅に上回っている。

慎重で規制基準の厳しい規制当局

アジアの銀行の総資産に占める有価証券投資額の比率は、総じてかなり低いが、台湾の一部の金融機関(保険会社を含む)は、投資有価証券勘定において金利上昇に伴う損失を計上したため、2022年後半の段階で資本調達を実施した。総資産に占める有価証券投資額の比率はインドの国営銀行や中国の地方銀行では一般的に高い。ただし、どちらも、分散化が図られている上、預金の増減幅が小さいリテール層を基盤としていることから、預金不足に陥る可能性は低いとみている。さらに、中国では金利水準が低いこともリスクを低くしている要因だ。また、規制の面に関して、厳しい国では、流動比率と安定調達比率が大手銀行と地方銀行の双方に課されていることを付け加える。

アジア各国の金融規制当局にとって、アジア金融危機(現地では「IMF危機」と呼ぶ)の苦い経験はまだ記憶に新しい。金融危機を受けて、アジア各国の中央銀行は、世界で最も慎重で規律水準の高い金融規制当局の部類に数えられるようになったと当社は考えている。例えばシンガポールでは、2013年の年央に導入された総負債返済比率(金融機関が融資を実行する以前に借り手の総債務水準を評価するための指標)の規制値が、米国が現在の引き締めサイクルに入る直前に厳格化された。

また、最近の例としては、台湾におけるデジタルバンクに対する認可が挙げられる。1990年代、一般の消費者向けの民間銀行19行が認可されたが1、その後壊滅的なクレジットカード危機が発生し、現在では自立できているのは1行のみであり、残りは破綻したか、あるいは不良債権化し買収された。この失敗から学んだ政府は、デジタルバンクの認可要件を厳格化し、2019年の認可数は3行にとどまった。そのため台湾では、(2023年3月9日にSVBが経験したような)デジタルバンクで、1日で420億米ドルの取り付け騒ぎが起こる可能性は極めて低いと当社はみている。

アジアの銀行システムにとってプラスに作用する根本的な変革

デジタルバンキングが最も効果を発揮するのはどの国か。当社は、インドネシア、フィリピン、インドなど、現金決済が主であり銀行数が少なく、人口が分散している国だと考えており、このような国では金融サービスが十分に浸透していない。インドネシアのある銀行にヒアリングしたところ、モバイルアプリを使った顧客獲得コストが、支店で獲得するコストの10分の1程度であることが確認できた。地方において多くの顧客を獲得するために支店網を急拡大する時代は終焉を迎えたといえる。デジタルバンキングを導入している地域金融機関は、今後大幅なコスト削減効果が期待でき、これは持続的な収益性の向上につながるだろう。

インドでは、プラスに作用する根本的な変革が起きている。この数年で、インドの銀行の事業と見通しを劇的に向上させる2つの重要な改革が実行に移された。1つは倒産法(Insolvency and Bankruptcy Code)の施行であり、それまで、4〜5年という、世界の国々のなかでも長い期間を要していた破産に関わる法的手続きを、2年という一般的な期間に短縮させ、効率を向上させた。もう1つは不動産の開発・販売規制に関する法律であり、不動産業界の成長をより持続可能にすることができるようになった。近年、アドハーと呼ばれる生体認証システムと統合決済インターフェースの導入により、これまで現金が主役だった銀行の業務と決済が大幅にシームレス化された。これらは、「製造業振興策 メイド・イン・インディア」や「生産連動型インセンティブ」とともに、信用拡大の原動力になる可能性があるとみている。

インドとインドネシアは、名目GDPに占める債務比率がそれぞれ14年以上、7年以上の間、あまり上昇していない(チャート1参照)。これは、両国において金融サービスがそれほど浸透していないにもかかわらず、である。ただし、一般に信用リスクが高くなる現在のような金利上昇環境においては、これはむしろ悪いことではないのかもしれない。

インドとインドネシアの銀行の自己資本と資金調達に関しては上述のとおりであり、バランスシートにはまだ余裕があって、いつでも成長分野への資金供与ができる態勢にある。インドにおけるアップル製品増産の拠点など、新たな分野のテクノロジー系製造企業や、インドネシアにおける電気自動車や材料加工(下流工程)の企業は成長分野の例だ。(詳しくは「ネットゼロはメイド・イン・アジア」を参照)

チャート1

債務残高が依然高い水準にある中国においても、金融当局は、シャドーバンキング、地方政府金融機関(LGFV)、不動産セクターといった金融システムにおける潜在的なシステミックリスク要因の対処に取り組んできた(同国の地方政府債務の内訳はチャート2参照)。このような取り組みは、積極的な改革が始まる前触れであろう。中国における家計資産の大半がまだ預金と不動産であることを勘案すると、長年必要とされていた私的年金改革プログラムが保険会社、資産運用会社、銀行にとって大きなビジネスチャンスとなる可能性がある。

チャート2

もう少し身近で重要な、そしてクレディ・スイス騒動で弱体化する可能性が低い分野として、シンガポールにおける戦略的に重要なプライベートバンキングとウェルスマネジメントが挙げられる(具体銀行名としては、DBS、ユナイテッド・オーバーシーズ銀行、オーバーシー・チャイニーズ銀行)。シンガポールは、慎重な規制と卓越した管理という点で、以前にも増して重要な存在になっている。特に、金融センターとしてライバル関係にある香港に対しては「中国ではない選択肢」という点が大きい。また、シンガポールの規制当局は、事業拡大のために新たな投資の仕組み(例えば変動資本会社法)を積極的に導入し推進している。総合的にみると、シンガポールの銀行はこの数年間における運用資産残高(AUM)の伸びは好調だ(チャート3参照)。


チャート3


アジアの銀行界のリスクと投資機会

当社はアジアのすべてを楽観視しているわけではない。アジアにもリスクとして認識しなければならない点が存在する。アジアの大半の銀行で取り付け騒ぎが起こる可能性は低いものの、これが最近設立されたデジタルバンク全行に当てはまるとは言えない。急激に増加した預金は急激に減少する可能性がある。幸いなことに、アジアのほとんどの国において、デジタルバンクが金融システムの大きなシェアを占める段階にはなっていない。しかし、親会社が強力でない銀行や(eコマースなどの)広範な企業グループに属さない独立系の銀行については、慎重に検討する必要があろう。

また、債務残高に関しては、中国、韓国、タイなどで増加している一方、GDPに占める債務比率に関しては、インドシナ諸国で顕著に上昇している(ベトナムは現在削減に取り組んでいる)点には引き続き警戒が必要だ。中国による経済の再開は、アジア地域全体として歓迎すべき成長のドライバーになるはずだ。

結論として、この数年で多くのポジティブな変化が起きており、米国主導の金利引き締めサイクルが終了し、ゼロ金利中毒に陥った金融機関(ノンバンクに多い)の整理を乗り切った後は、バリュエーションが非常に魅力的な水準にあるアジアの銀行界の未来は明るいとみている。


1Takatoshi Ito・Anne O. Krueger 「The Reform of the Business Service Sector: The Case of Taiwanese Financial System」

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