本稿は、2023年4月3日発行の英語レポート「Resilience and attractiveness of Asian local bonds」の日本語訳です。内容については英語の原本が日本語版に優先します。

現地通貨建てアジア債券は、インフレ減速を背景に域内各国の中央銀行が利上げサイクルを終了するのに伴い、好パフォーマンスが予想される。良好なファンダメンタルズ、質の高さを伴う利回り、低い外国人保有比率といった他の要素も、この債券資産クラスの追い風になると考える。

現地通貨建てアジア債券は過去5年にわたりグローバル債券をアウトパフォーム

2018年から2022年にかけて、世界の金融市場は米中貿易戦争の長期化、新型コロナウイルスの世界的流行、インフレの加速、原油価格の高騰、地政学的混乱(つまりロシアのウクライナ侵攻)といった苦難に耐えなければならなかった。

世界の市場が2022年初頭から耐えなければならなかったもう1つの主要なストレス要因が、米FRB(連邦準備制度理事会)をはじめとする主要国中央銀行による積極的な金融引き締めで、多くの中銀が数十年ぶりの高水準となったインフレを抑制するために複数回にわたって利上げを実施してきた。

しかし、現地通貨建てアジア債券は、そのように困難な状況下でも強い耐性を発揮してきており、全体として過去5年にわたり世界の現地通貨建て債券を大きくアウトパフォームしている(チャート1参照)。

例えば、インドおよびインドネシアの国債は、2018年~2022年のあいだに現地通貨ベースでそれぞれ43%と40%を超える目覚ましいリターンを記録し、マレーシア、フィリピン、中国、タイの国債も9~21%とかなりのリターンをあげた。逆に、米国、欧州諸国、中南米諸国の大半は、同5年間における国債の現地通貨ベースのリターンがマイナスとなった。

良好なファンダメンタルズと質の高さを伴う利回り(アジアの現地通貨建て国債の多くは投資適格の信用格付けを取得している)に加え、(5年前に比べて)低下している外国人保有比率、そしてアジア諸国通貨が対ドルで上昇する可能性が追い風となっている現在の現地通貨建てアジア債券は、債券資産クラスとして魅力度が高いと言える。

当社では、アジア地域のインフレが減速傾向にあり域内諸国の中央銀行が追加利上げを控えることから、同地域の現地通貨建て債券は2023年以降も良好なパフォーマンスを維持するとみている。さらに、直近3月22日のFOMC(連邦公開市場委員会)で0.25%の利上げを行ったFRBは、利上げサイクルの終わりに近づいていると考える。現時点では、世界的な銀行危機が起きていることから、市場はFRBが次回5月のFOMCで利上げを行う確率を50%未満と織り込んでいる。

加えて、現地通貨建てアジア債券の魅力を高めると予想されるサポート材料は他にもあり、具体的には、コロナ後のアジア諸国の財政赤字縮小を受けて現地通貨建て債券の発行が減少するとみられることや、これらアジア諸国の債券が既存のグローバル債券インデックスに採用される可能性があることなどが挙げられる。

チャート1

アジア諸国の財政赤字は縮小へ

アジア債券の投資家として、当社では域内諸国の財政スタンスに特に注目している。コロナ禍のあいだ、特に2020年から2021年にかけては、ほとんどのアジア諸国でロックダウン(都市封鎖)や社会的制約が企業活動や経済活動に悪影響を及ぼすなか、自国経済を支えるために拡張的財政出動が実施され財政赤字が拡大した。

しかし、コロナ後の常態回復で域内の経済活動が再開されるのに伴って、アジア諸国は今や財政規律を強化して財政赤字の縮小に取り掛かり始めており、今年はチャート2の通りの縮小が予想されている。

チャート2

代表的な例がインドネシアで、財政赤字を2021年の対GDP比4.6%から2022年には同2.4%と大幅に縮小することに成功した。さらに、2023年については、同国政府の財政赤字目標は対GDP比2.85%と法定上限の3%を下回っている。

しかし、アジア諸国の財政赤字縮小は、現地通貨建て債券市場にどのような影響をもたらすのだろうか。まず、アジアの各国政府が直面している資金調達圧力が緩和され、その結果として、現地通貨建て債券の発行減少が予想される。債券の純発行量・供給量の減少は、一般的に債券価格のサポート要因となる。当社では、アジアの大半の国で2023年の現地通貨建て国債の純供給量が2022年に比べて減少し(チャート3参照)、域内の現地通貨建て債券への価格下落圧力が今後数四半期にわたって弱まると予想している。

チャート3

アジア債券には十分な資金流入余地

2022年3月にFRBがインフレの加速を抑制すべく一連の大幅利上げによる積極的な金融引き締めに乗り出して以降、アジアからは資金流出が見られるようになり、この動きはドル高によってさらに強まった。

しかし、米国と欧州で銀行危機が起きていることから、FRBの積極的な利上げサイクルは長くは続かない可能性があるとみている。加えて、米国では急加速していたインフレが落ち着きつつあることから、FRBは引き締めサイクルの終盤に差し掛かっていると考える。実際、総合CPI(消費者物価指数)で見ると、米国の年間インフレ率は2022年6月以降減速傾向にあり、直近の2月分は6%と8ヵ月連続で鈍化するとともに2021年9月以来の低水準となった。

同様に、FRBの利上げ幅も、2022年6月・7月・9月・11月の0.75%の連続利上げから2023年2月・3月の各0.25%の利上げへと、徐々に縮小している。足元では、FRBはインフレの抑制と銀行システムの本格的混乱を回避する取り組みとのあいだで、複雑なバランス調整を余儀なくされている。

今後数ヶ月間は、世界最大の経済大国の景気減速を受けてFRBの引き締めサイクルが一服する可能性があるため、世界の金利市場が安定化してリスク選好度が回復するかもしれない。その結果、為替がドル安に振れ、海外の投資資金がアジアに還流することが考えられる。当社では、そのような動きがアジアの通貨と債券を下支えするとみている。2022年末時点で、外国人投資家の現地通貨建てアジア債券ポジションは、以前と比較して低水準にある(チャート4参照)が、アジア債券の投資環境が向上すれば、同地域への資金流入が再開されると予想している。

近い将来に海外資金のアジア債券への流入を促進し得るもう1つの要因として、アジアの一部の国債が既存のグローバル債券インデックスに採用される可能性のあることが挙げられる。韓国はFTSE世界国債インデックス(WGBI)への採用を働きかけており、同様にインドはBloomberg Barclaysグローバル総合インデックスとJPMorgan国債インデックス-エマージング・マーケッツ・グローバル・ダイバーシファイド・インデックスへの採用を働きかけている。

チャート4

アジア諸国の中央銀行はインフレ減速に伴い利上げを停止するとみられる

2022年2月のロシアのウクライナ侵攻と、それを受けた多くの先進国による対ロシア制裁措置により、小麦や植物油など主要な食料の供給が減少している。その結果、変動の大きい食品項目によって左右されやすいアジアのインフレ率は、2022年第1四半期に急激に加速した。ウクライナ戦争が続くなかで世界の食品価格は高止まりしているが、新しいサプライチェーンの確立に伴い、価格圧力は最近、特に2022年第4四半期に緩和された。

全般的に見ると、世界のサプライチェーンにおける圧力は緩和しつつある(チャート5参照)。ニューヨーク連邦準備銀行(ニューヨーク連銀)のエコノミストによる最近の研究論文で、米国のCPIの年間上昇率が12ヵ月以内に3.8%へと正常化すると見込まれているように、当社もサプライチェーン圧力の緩和が米国のCPIをはじめ世界のインフレの減速につながるとみている。世界の供給要因の指標であるニューヨーク連銀のグローバル・サプライチェーン圧力指数(GSCPI)は、米国やEU(欧州連合)のPPI(生産者物価指数)やCPIなど、世界の様々な物価指標を用いている。米国のCPI上昇率が2023年にソフトランディング(リセッションを回避した緩やかな景気減速)・シナリオに合致する水準の4%未満へと大幅減速するというニューヨーク連銀の学術的予測は、GSCPIが今後12ヵ月で過去の平均値に回帰するとの想定に基づいている。

チャート5

同時に、アジアのインフレの押し上げ要因となってきたコストプッシュ圧力(つまり食品価格部分)の鈍化に伴い、アジアのインフレ見通しが軟化してきている(チャート6参照)。(韓国、タイ、中国、インド、シンガポール、フィリピンなどの2月のCPI上昇率で見られたように)アジアでインフレが減速するにつれ、域内諸国の中央銀行は金融引き締めのペースを緩める可能性が高い。2023年3月現在、韓国、インドネシア、マレーシアといった域内の複数の中銀は、国内でインフレが減速していることからすでに利上げを停止している。

チャート6

さらに、アジアの多くの国では、PMI(購買担当者景気指数)が世界的傾向に沿って低下してきている。また、米国やEUの需要への依存度が依然高いアジアの輸出も、先進国の景気減速に伴いペースダウンし始めた。ただし、中国向け輸出が回復する可能性があり、欧米向け輸出の鈍化を相殺するかもしれない。しかし、全体的に景気見通しが悪化していることから、アジア諸国の中央銀行の大半は利上げを一旦停止すると予想する。当社では、経済成長見通しの鈍化を認識しているアジアの中銀が、金融政策スタンスのタカ派色を後退させて金利を緩和的な水準に維持するとみており、これらの材料が押し並べてアジア債券の追い風になると考えている。

外貨準備が引き続き十分な水準にあるアジアの通貨は割安

アジアの外貨準備高はここ数ヵ月で減少したが、依然として十分な水準にあり、「輸入の少なくとも3ヵ月分が外貨準備でカバーされている」というIMF(国際通貨基金)の大まかな基準を満たしている(チャート7参照)。これは、アジア経済のファンダメンタルズの健全さを明確に示すものである。

チャート7

加えて、REER(実質実効為替レート)で見ると、現在のアジア通貨は過去の長期平均値対比で割安に見受けられる。2021年、2022年と米ドルに対して下落したアジア通貨は、対米ドルのREERが直近で長期平均から2標準偏差超乖離しており、長期的な観点から割安であると言える(チャート8参照)。当社では、アジア通貨を取り巻く環境が改善しつつあると考えており、前述の通り、FRBの引き締めサイクルが終わりに近づいている可能性を受けてドル高が陰りを見せ始め、アジア通貨に対ドルでの十分な上昇余地がもたらされるとみている。アジア通貨のなかでは、観光客からの資金流入の増加や経常収支の改善が追い風になるとみられるタイバーツを選好する。また、人民元にも注目しています。世界第2位の経済大国である中国の経済活動再開と来たる景気回復によって、人民元の対ドル上昇に拍車がかかると思われることから、同通貨についても有望視している。

チャート8

インドネシア、インド、韓国の国内債券を有望視

アジア債券のなかでは、インドネシア、インド、韓国の現地通貨建て債券を最も有望視している。インドネシアの債券は、債券投資家とFDI(外国直接投資)の両方を通じた海外から同国への多額の資金流入を受けて、良好なパフォーマンスを見せると予想する。金属の採掘・加工からカソードやバッテリーセルの製造まで、電気自動車のサプライチェーンのエコシステムが盛んであるインドネシアは、外国からかなりの投資を呼び込んでいる。インドネシアに流入する旺盛なFDIは、同国の経済と通貨を支えることにより、実質利回り(名目利回りからコアCPI上昇率を差し引いたもの)ベースですでに魅力的な(チャート9参照)同国の現地通貨建て国債の投資魅力を、さらに高めると期待される。

チャート9

インドの現地通貨建て債券も実質利回りの観点から魅力的であり、相対的に高いキャリーを提供している。さらに、RBI(インド準備銀行)が近い将来に利上げサイクルを終了すれば、これがインド債券の上昇を後押しすると予想する。RBIは2月に主要政策金利であるレポ金利を0.25%引き上げて6.5%とした。他の多くのアジア中銀と同様、RBIはインフレが持続的に減速するのを待ってから利上げを中止し、自国経済が鈍化するにつれてより緩和的なスタンスに戻ろうとしている。

同様の理由から、韓国の現地通貨建て債券も良好なパフォーマンスを予想している。韓国銀行は急加速するインフレに対処するため世界で最初に利上げに踏み切った中央銀行の1つであり、2021年8月に引き締めサイクルを開始して主要政策金利を7回連続で引き上げた。しかし、2023年2月には利上げサイクルを一時停止して政策金利を3.5%に据え置いた。当社では、韓国がアジアで最初に利下げを行う国になる可能性があると考えており、金利が安定または低下する可能性と、将来的にFTSE WGBIに採用される可能性が、韓国の現地通貨建て国債のサポート材料になるとみている。

まとめ:現地通貨建てアジア債券がアウトパフォームし得る理由

過去数年にわたってグローバル債券をアウトパフォームしてきた現地通貨建てアジア債券は、インフレの減速、経済成長の鈍化、金利の安定といった世界の環境を追い風に、全体として2023年の残りおよびそれ以降も好パフォーマンスを見せると予想する。

現地通貨建てアジア債券市場は、世界の環境に加え、アジア諸国の経済成長が鈍化しながらもプラスを維持すること、そして域内の中央銀行の政策金利の調整を停止することからも恩恵を受けるとみている。インフレが減速するとともに景気見通しが悪化していることから、アジアの中央銀行は利上げサイクルの終わりに近づいていると考える。アジアの金利が安定または低下するという見通しは、同地域の債券にとって好材料となる。

現地通貨建てアジア債券市場をサポートする他の要因として、良好なファンダメンタルズ、質の高さを伴う利回り、低い外国人保有比率(その分、資金フローの回復余地が大きい)が挙げられる。また、域内の通貨が対ドルで上昇すると予想されることも、当該債券市場の追い風になるとみられる。

アジア債券のなかでは、(FDIと海外の債券投資家の両方を通じた)多額の資金流入と財政再建の恩恵を受ける可能性があるインドネシアの現地通貨建て債券を選好する。インドの債券は、RBIが利上げサイクルの終了を視野に入れているなか、引き続き魅力的なキャリーを提供している。韓国債券も、長期的な利下げ期待と債券インデックスへの採用の可能性から、アウトパフォームしやすいと考える。

現地通貨建てアジア債券に対する当社のポジティブな見方を変え得るリスクもある。インフレの再燃や世界の地政学的状況の激化、世界の銀行セクターの本格的混乱などが起きれば、世界の金融市場にリスク回避の動きをもたらすのは間違いないだろう。このようなリスクは起こり得るが、当社ではその可能性は低いと考えており、概して現地通貨建てアジア債券に有利な基本シナリオを維持している。

当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。