本稿は2023年5月18日発行の英語レポート「Balancing Act」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

バリュエーションの割高さと市場ボラティリティの低さからして新たな強気相場とは考えにくい

投資環境概観

2022年初頭以降、インフレ・金利ショックから戦争・コモディティ・ショック、英国の年金危機、そして今回の米国の地方銀行危機に至るまで、市場を動かす重大な出来事が立て続けに発生してきた。こういった歴史的な出来事は、予想通り、市場センチメントと株価バリュエーションの重石となった。それでも、各ショックは最終的に、おなじみの「FRB(連邦準備制度理事会)プット」(市場が動揺した際にFRB当局者がその発言等で市場をサポートしてくれるとの期待)ではなく、これまでの大規模な景気刺激策がもたらした潤沢な流動性とコロナ後の継続的な景気回復を追い風に、買いの好機となってきた。現在、我々は金融環境のタイト化が金利と信用供与の両面から大幅に進んだ段階に置かれているが、次に何が起こるのだろうか。

当社では、米国が景気後退に陥る可能性は高いものの、深刻化することはないとみている。民間部門のバランスシートは依然堅固であり、価値に疑問のある商業用不動産ローンを抱えた銀行からの融資に依存してはいないからだ。中央銀行はまだ政策転換しておらず、長期金利がFRBの意に反して低下しているなか、中銀の引き締めバイアスがその目的をどれほど達成できるのかもはっきりしないが、利上げの代償として、資金が預金から流出しより利回りの高いマネー・マーケットへと向かう動きが助長されている。

一方、労働市場は十分良好な状況を維持しており、中国の需要は回復を続け、テクノロジー株はAI(人工知能)という新たな成長チャネルを収益化し始めたことから強気になる理由がある。このような状況下、市場は概ね強気派と弱気派に分かれており、どちらか一方がより正しいと判明するまで、市場はいずれの方向にも押されながらレンジ相場を形成している。

現在のところ、株式市場はバリュエーションが(米国を中心に)割高でボラティリティも低すぎるように見受けられるため、リスクの多さを考えると、新たな強気相場を迎えようとしているとは考えにくいとみている。中国の需要回復とテクノロジー・セクターの新たな成長源については引き続き有望視しているが、市場が比較的無頓着で、今後いずれ起こるであろう経済指標の悪化、足元における地方銀行のストレスの再燃、そしておそらくは米国の債務上限をめぐって進行中の論争も十分には織り込んでいないように見えるため、当面は慎重な姿勢で臨む。

クロス・アセット

当月は、グロース資産のスコアをマイナスに、ディフェンシブ資産のスコアを中立に据え置いた。政策対応は銀行セクター危機を封じ込めるのに十分であったが、ここしばらく続いてきた金利上昇に信用環境のタイト化が加わり、景気に悪影響をもたらす可能性がある。FRBは引き締めサイクルの終わりに近づいている模様であり、一方で需要環境が若干軟化していることからインフレは減速を続けると思われる。とは言え、労働市場が安定しているとともに民間部門のバランスシートが許容範囲内にあるため、労働市場への影響が深刻化するまで、需要の鈍化は緩やかなものにとどまる可能性がある。一方で中国の需要が回復しつつあり、2023年第1四半期の企業収益も全体的に底堅さを保っているなか、過度に弱気にならないことが重要である。

グロース資産では、当面は企業収益がはるかに好調な先進国株式のスコアをプラスへと引き上げ、その分、新興国株式のスコアを中立へと引き下げた。一方、コモディティ関連株と公益事業形態の上場インフラ資産のスコアを中立に、脆弱さが残るリートのスコアをマイナスに維持した。ディフェンシブ資産ではすべての資産クラスのスコアを据え置き、金と先進国ソブリン債のスコアをプラスに、ハイイールド債と投資適格クレジットのスコアをマイナスに維持した。

マルチアセット・チームのクロス・アセット見解は、(1)グロース対ディフェンシブ、(2)グロースおよびディフェンシブ資産内でのクロス・アセット、(3)各資産クラス内での相対的な資産の見方、という3つの異なる段階で示しています。これらの段階は、選好順位の水準は資産クラスが予想可能な形で似た動きあるいは異なる動きを見せるという当社のリサーチおよび直感的認識を表しており、したがって、資産クラスのクロス・アセットでのスコアリングは理に適っているとともに、最終的により熟考された堅固なポートフォリオ構築につながります。

資産クラスの選好順位

当社の見方

グロース資産

現在は嵐の前の静けさなのか、それとも嵐が過ぎ去って静けさが戻ったのか。ほぼすべての歴史的サイクルから導き出される一般通念からすると、金融・信用の引き締めはいずれ労働市場、延いては需要を圧迫し、それが企業の収益減少と利益率圧縮につながってさらなる人員削減をもたらすという流れが、最終的に経済がリセッション(景気後退)に陥るまで続く。今回のサイクルは通常のものからは程遠く、新型コロナウイルスの感染拡大に見舞われて以来、一般通念が当てはまらないことが繰り返し証明されてきた。当社では景気に対して引き続き慎重な見方をしており、したがって従来のように企業収益に対しても慎重な見方を維持しているが、考えを変えることになり得る異例の展開についても考慮している。

景気先行指標はリセッションを示唆し続けているが、実績ベースの経済指標はそうでもなく、また、労働市場が軟化し始めるとともに企業の利益率が縮小してきている一方で、売上高の伸びは依然問題ない。さらに、これまでのコスト削減によって利益率の安定・改善が促されており、売上高は米国のテクノロジー企業を中心に持ち堪えている。はたして、売上げが減少して労働市場の大幅な悪化が始まり、リセッションに陥ろうとしているのだろうか。従来のパターンで言えばそうなるはずだが、今回は通常予想されるのとは若干異なる展開を見せる可能性がある。

売上高・利益のドライバーとしてのインフレ

AIを中心としたテクノロジー企業の新たな成長チャネルについては楽観的な見方をしているが、景気減速が売上げを支える消費需要および設備投資にいずれ打撃を与えるとの前提に立つと、すでに割高なバリュエーションを正当化するのは難しい。(知る限りにおいて)まだリセッションに陥ってはいないが、リセッションが間近に迫っているのであれば、通常は、ネガティブな業績ガイダンスが直近の四半期決算発表で見られたよりも広範に予想されるものだ。

売上げが持ち堪えているのは、労働環境がまだ大きくは悪化していないのに加え、米国の名目GDP成長率が高水準にあり売上高を押し上げているためとみられる。つまり、インフレは売上高にとってプラスであり、コストを抑制できれば利益率にもプラスに働くということだ。あるアナリストはこれを「グリードフレーション」(「欲」を意味するグリードとインフレーションを掛けた造語)と呼んでおり、企業が利益率を維持できていること自体もインフレの原因になっていると指摘している。

チャート1


リセッションはこの動きを修正する可能性があり、当社ではそうなると予想しているが、それが必ずしも均等に起こるとは限らない。FRBは最終的に需要減退によるインフレ抑制を望んでいるとみられるが、その中心となる米国の個人消費は同国のGDPのおよそ70%を占めている(チャート2参照)。しかし、実質賃金の伸びがしばらくマイナス領域にあるなかで、名目賃金と個人消費は持ち堪えている。一方、財政支出は緩和的領域に着実にとどまっている。

チャート2


インフレ圧力は和らぎつつあるが、前年同月比の総合インフレ率が減速を続ける一方で、前月比の変化率は依然0.3%を超えている。これは、インフレ率がFRBの目標値まで減速すると期待できるようになるには、まだ時間を要することを示唆している。現時点で、FRBは利上げを終了し、インフレの減速に伴って実質金利がやがて引き締め領域へと上昇することを期待しているとみられるが、これまでの利上げの効果が経済に波及するには時間がかかると予想される一方、銀行のストレスはすでに信用供与に影響を及ぼしている。従来であれば、景気や企業収益の後退が本格的に始まってもおかしくない。しかし、従来と異なる今回のサイクルでは、リセッションが起こらないか、少なくとも均等には起こらない可能性がある。インフレ率が目標の2%まで減速しなかった場合、FRBは再び利上げを選択するのだろうか、それとも代わりにインフレ目標の引き上げを選ぶのだろうか。あるいは、AIが労働力不足を解決するのかもしれない。例えば、McDonaldsは最近、テキサス州フォートワースで、AIとロボットを使った完全自動化店舗のテスト運営を行った。人は従来の考え方にとどまりがちだが、当社では型にはまらない考え方の重要性を認識し、極めて異例なサイクルにおいてその認識に沿ったスタンスをとっている。

グロース資産に対する確信度の強い見解

  • グロースのバーベル・ポジション:ヘルスケアや生活必需品といったディフェンシブ・セクターに加え、堅固なバランスシートと持続的なキャッシュフローを有するとともに長期的な成長機会を伴うクオリティ企業を選好することにより、ディフェンシブなスタンスを維持する。
  • 銀行に対して慎重なスタンス:今回のサイクルでは金融セクターがストレスの震源地となっていることから、同セクターに対して慎重な見方をしている。(いつになるかはわからないが)FRBが利下げを始めれば、同セクターだけでなく、今回の引き締めサイクルの具体的要素から痛手を被ってきた他のセクターでも、大きな投資機会が生まれるだろう。
  • 中国需要の恩恵を受ける地域・セクター:中国の需要回復テーマについては、中国株式よりも当該テーマから恩恵を受ける地域・セクターを選好する。中国の消費者心理は「リベンジ消費」からは程遠く、回復には労働市場の本格的好転も必要であることから時間がかかっている。魅力的なバリュエーションから考えれば将来的に堅実な投資機会が見込まれるものの、企業収益が下振れしているなか、今のところはもう少し辛抱強く待ちの姿勢を維持している。

ディフェンシブ資産

ディフェンシブ資産内では、ソブリン債のスコアをプラスに維持した。4月はFRBとECB(欧州中央銀行)の政策決定会合がない月となったが、その他の中央銀行は金融政策に変更を加えなかった。欧米の両中銀が5月のそれぞれの会合で政策金利を据え置くと予想していたわけではないが、5月の利上げは今回の世界的サイクルにおける最後の利上げとなる可能性がある。金融政策の引き締めと予想される銀行の融資基準厳格化とのあいだには通常時間差があることから、年内を通じて景気が世界的に鈍化するのに伴い、市場では利回りが低下傾向を辿るとみられる。

米国銀行のストレスとCredit Suisseの経営難に対して政府当局が強力な対応を見せたことを受けて、投資適格債の信用スプレッドは3月の高水準から縮小に転じた。デフォルト(債務不履行)は歴史的水準からすると依然低いと言えるが、第1四半期には増加し始めている。一方、欧州ですでに景気が低迷しているなか、リセッション指標は米国経済の前途に困難が待ち構えていることを引き続き示している。金融政策の引き締めと銀行融資環境のタイト化という2つの逆風により、2023年が進むにつれ資金の借り手である企業への圧力が強まっていくと予想している。

FRBの引き締めサイクルが終わりに近いと市場が予想しているなか、金はドル安と実質金利の低下を背景に好調なパフォーマンスを見せている。米国の対ロシア制裁によってドルの外貨準備通貨としての地位が「武器化」の様相を呈し、これを受けて外貨準備の分散化が急務となったため、中央銀行からの金需要も今年に入って旺盛となっている。金に対するこの追加需要が生じたことで、同じく旺盛な状況が続いている投資需要向けの供給が多少削られている。

米国の銀行融資の状況

1年あまり前に始まったFRBの積極的な引き締めサイクルにおいて、米国経済はこれまでのところ耐性を示してきた。しかし、経済の一部のセクターでは金利上昇の重圧が表れてきている。当然ながら不動産は最も明らかに悪影響を受けるセクターだが、最近では、米国における3銀行の相次ぐ破綻とCredit Suisseの救済を受けて、市場が動揺している。これらの脅威は金融当局と政府によって迅速に解決されたが、当該破綻につながった2つの要因であるキャッシュ・レートの高止まりとイールドカーブの大幅逆転は依然続いている。

これらの銀行破綻の迅速な解決が市場に好感されたのは確かだが、米国経済にはより長期的な影響が残るとみられる。銀行が流動性確保に奔走し、自行の健全さ・強靭さを投資家に確信させようとするのに伴って、融資基準は厳しくなり、企業や消費者への信用供与が後退する可能性が高い。チャート3は、FRBが4月に実施した「Senior Loan Officer Opinion Survey on Bank Lending Practices(銀行の貸出活動に対する上級融資担当者の意見調査)」(四半期毎)の結果の一部を示したものである。信用基準のデータは、商工ローンの基準を厳しくしたと回答した銀行の割合から緩和したと回答した銀行の割合を差し引いたものを使用している。融資需要のデータは、融資需要が増加したと答えた銀行の割合から減少したと答えた銀行の割合を差し引いたものを示している。

チャート3


この調査から明らかなのは、銀行は確かに直近の四半期に融資基準を厳しくしているが、それはすでに進行している傾向の継続でもあるということだ。大・中規模企業および小規模企業のいずれについても、融資基準の水準は過去のリセッションに先行する期間(グレーの網掛けで表示)に見られた状況と一致している。融資需要もすべてのカテゴリーで減少が続いており、過去のリセッション期の水準と一致している。

チャート4


チャート5

チャート4および5は、消費者向けローンの調査結果をクレジットカード、自動車ローン、それ以外に分けて示したものである。消費者向けローンも、直近の四半期で需要が若干回復したとはいえ、貸出基準が軒並み厳格化されてきている。興味深い点として、クレジットカードの借入需要は増加・減少が均衡し正味割合がゼロ近辺にある一方、自動車ローンとその他の消費者向けローンの需要は弱まってきている。これは、経済成長の鈍化に伴いクレジットカードへの依存度が高まる一方、先行き不透明感の強まりを受けて高額な消費財への需要が減少していることを示しているのかもしれない。銀行の融資基準の厳格化と信用需要の鈍化というこの調査のメッセージと、米国の景気減速を示唆する他の先行指標とを考え合わせると、今後数ヵ月はディフェンシブ資産にとって追い風の環境が続くと予想される。


ディフェンシブ資産に対する確信度の強い見解

  • クレジット物よりもソブリン債を選好:中央銀行の引き締めサイクルの終盤は、信用スプレッドと信用クオリティにとって不利な局面となりやすい。したがって、ソブリン債を選好する。
  • 中国債券を再び選好:中国は、コロナ禍からの脱却にあたって実施された景気刺激策が大規模なものではないことから、債券利回りの上昇リスクが軽減されており、また同国の国債は引き続き世界の金利動向に対して低い相関性を示している。
  • 金は良好なパフォーマンスが続く可能性:金は、実質金利の上昇とドル高というダブルの逆風が急速に後退しつつあり、投資資金の安全な避難先としての妙味も高まっていることから、価格へのサポートが強まっている。
  • プロセス

    リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

    リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:


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