本稿は2022年5月17発行の英語レポート「A fundamental change for AI?」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。


機械学習の成長加速が始まるのに伴い、AIで先発優位性を有する大手テクノロジー企業やAIに特化したハードウェアおよびマイクロプロセッサのハイエンド・メーカー、なかでもアジアの企業が有利な立場にあると考える。

ティモシー・グレイトン/シニア・ポートフォリオ・マネジャー

新たな火花となるAI

AI(人工知能)は、先史時代に火が人類に変革をもたらしたように、社会に革命を起こすと言われている。火花が山火事を引き起こすのと同様に、2022年後半に「ChatGPT」が登場したことで、生成AIに対する熱狂が大衆のあいだで爆発的に広がり、機械学習が急成長する新時代が幕を開ける可能性がある。

Microsoftから出資を受けているOpenAIが開発した無料AIチャットボットのChatGPTは、驚くことに、2022年11月下旬の地味なリリースからわずか5日間でアクティブユーザー(一定期間内にWebサイトやアプリ等を利用したユーザー)数が100万人に達し、史上最も急速に伸びた消費者向けアプリケーション(アプリ)となった(チャート1参照)。

チャート1


オリジナルのジョークの創作からエッセイの執筆、恋愛指南までこなすChatGPTは、一夜にして有名になり、以来話題の的となっている。(テキストや画像、音声その他のデータ形式を含め)様々なタイプのコンテンツを生み出す生成AIの消費市場は、ChatGPTによって一気に盛り上がったが、期せずして、AIの提供をめぐる大手テクノロジー企業間の新たな競争に火をつけることにもなった。

OpenAIの後を追うように、世界の大手テクノロジー・プラットフォーム企業はここ数ヵ月、ChatGPTに対抗すべく、あるいはこの大ブームとなっている生成AIチャットボット人気の波に乗ろうと、自社版AIツールの展開に躍起になっている。

2023年2月、ソフトウェア大手のMicrosoftは検索エンジン「Bing」の新バージョン(Bing AIチャットボットを新たに搭載)をリリースしたが、このバージョンにはChatGPTで使われているのと同じAI技術のアップグレード版であるGPT-4が搭載されている。検索エンジン大手のGoogleは1月に「競争力における緊急事態」を宣言した後3月にAIチャットボット「Bard」をリリースし、中国の検索エンジン企業である百度(Baidu)は独自のディープラーニング(深層学習)・モデルを搭載した「文心一言(Ernie Bot)」を発表した。それに負けじと、中国のEコマース大手のクラウド・コンピューティング部門である阿里雲(Alibaba Cloud)も4月に同様のAIチャットボット「通義千問(Tongyi Qianwen)」の提供を開始するなど、枚挙にいとまがない。

敢えて言うと、AIや機械のディープラーニング能力をめぐる騒ぎは目新しいものではなく、これらのテクノロジーのバズワード(もっともらしいが実際は曖昧な定義のまま広く世間で使われてしまっている用語)は過去20年にわたり話題となってきた。しかし、5年前に比べると、AIはあらゆるものを網羅し、Sカーブ(緩やかなスタートから加速的成長を経てやがて最終的に鈍化することを表すS字型のグラフ)を急速に駆け上がる段階にきている。生成AIはすでに登場しているが、マルチモーダルUI(視線・音声など複数のコミュニケーション様式を用いたインターフェース)やIoT(モノのインターネット)デバイスの統合、音声バイオメトリクス(音声による生体認証)といった人間と機械のタッチポイントの拡大に加え、自己教師あり学習(人間によるラベル付けがされていないデータを使用して様々なタスクに有用な表現を学習する手法)、意思決定インテリジェンス(機械学習を用いた合理的な意思決定プロセスを確立するアプローチ)、責任あるAI(顧客や社会に対してAIの公平性・透明性・安全性などを担保する方法論)、高度バーチャル・アシスタント(高い精度で自然言語を理解・処理・学習し応答することができる高度なアプリケーション・プログラム)など、生成AI以外の次世代型AIの主要な注目分野でも急速な進歩が起こっている。

AIの成長加速が始まる

AIは現在Sカーブの成長加速段階に近づいており、その進化のスピードで人々を驚かせている。ファンダメンタルズ面の変化に焦点を当てることを投資哲学とする当社では、最近のAIの進化に伴い生まれてきた投資機会を有望視している。

AIの成長の恩恵を享受できる企業は、先進国だけでなく、アジアでも見つけることができる。ChatGPTが一躍有名となり、短期間のうちに何百万人ものアクティブユーザーをそのAIチャットボットへ惹きつけることができたのを受け、大手テクノロジー企業が自社の最先端AIツールを企業向け・消費者向けなど複数のプラットフォームに提供し収益化することを急ぐようになったのは明らかだ。

この競争激化は、HPC(「ハイパフォーマンス・コンピューティング」、膨大なデータや複雑な演算の処理を高速で実行する機能)分野での支出増と、GPU(画像処理などに必要な演算処理を行う半導体チップ)やASIC(特定用途向け集積回路)などAI向けマイクロチップの生産につながるとみられ、いずれもハイエンド半導体メーカーの追い風になると予想される。

市場インテリジェンス企業のIDCは最近のレポートで、AI搭載システム向けのハードウェア、ソフトウェア、サービスといった世界のAI関連支出が、2023年に前年比27%増の1,540億米ドルに達すると推定している。IDCによると、世界のAI支出は2026年に3,000億米ドルを突破し、足元で進んでいる多くの製品へのAI搭載の結果、2022年から2026年までの年平均成長率は27.0%になるとみられる。

AIモデルは効率性向上とコスト低下により改良

多くのAI基盤モデルやニューラル・ネットワーク(脳の神経回路を模した数理モデル)では、膨大なデータが処理され教師なし機械学習・トレーニング(正解が決まっていない学習データを使って学習させる手法)が行われており、近年、大きな進歩を遂げるとともに高度の効率化が進んでいる。

例えば、OpenAIが新たにリリースしたGPT-4は、グラフィックや画像に対して分析・コメントを行うことができ、テキスト中心の前バージョン「ChatGPT-3.5」から大幅に改良している。研究1によると、GPT-4はChatGPT-3.5に比べて、ハルシネーション(もっともらしく聞こえるが、間違っているか無意味なAIによる回答)が53%少なく真実性(真実でない内容を作成しないようにするAIの能力度)が110%高い。さらに、このOpenAIのマルチモーダル・モデルの最新バージョンでは、米国の統一司法試験の合格率が(GPT-3.5の10%2に対し)約90%に達するなど、多くの試験で高い能力が示されている(チャート2参照)。

一般的に基盤モデルは、効率性を担保するために、パラメータやデータポイントが過度に多くない最適化レベルにある必要がある。概して、パラメータが具体的であればあるほど、モデルの生み出す結果は向上する。やがて効率性が高まれば、AIモデルのトレーニングにかかるコストも下がる。例えば、ChatGPT-3(2020年6月にリリースされたOpenAIのAIモデルの前バージョン)は、Google傘下のDeepMind(2014年にGoogleが買収)のAIモデルよりも、トレーニング・コストが大幅に低かった。

チャート2


AIの収益化

大手テクノロジー・プラットフォーム企業のなかでは、現在MicrosoftがAIにおいて大きな優位性を持っている。OpenAIとの長年にわたるパートナーシップにより、高度なAI技術・ツールを自社のプラットフォーム上でプレミアムサービスとして商品化・収益化できているからだ。

Microsoftは、自社プラットフォームでのAIモデルのリリースや当該モデルの様々な自社製品への組み込みという点で、早くからAI市場に参入していた。その最初となったのは、新しいアプリやビジネスの立ち上げに使われるプログラマー向けアプリ「GitHub」だった。2021年には、GitHubのユーザーを複数の追加補助機能でサポートするサブスクリプション形式のサービスとして、GitHubとOpenAIが開発したクラウドベースのAIツール「Copilot」の提供を開始した。2023年2月には、Azure OpenAI ServiceとGPTを活かし、2022年にリリースした顧客リレーションシップ管理システム「Viva Sales」にもAI搭載機能を追加で組み込んだ。

Microsoftはまた、プレミアムサービスとして、OpenAIのAIツールへのアクセスも提供している。例えば、コミュニケーション・プラットフォームの「Microsoft Teams」は、既存の機能にOpenAIのモデルへのアクセスをバンドルし40ヵ国語にわたるリアルタイム・即時翻訳を提供するプレミアム構造に移行している。

Microsoftにとっての究極の目標は「Office 365」にAIツールをバンドルすることであり、観測筋は近い将来の実現を期待している。Office 365のアプリは提案型機能をすでに備えているが、プレミアムのアドオン(追加機能)にお金を出すことを厭わないユーザー向けに、OpenAIのモデルで稼働するバーチャルAIアシスタントの提供の可能性など、今後さらに多くの機能が追加されると予想されている。全体的に見て、AI機能を搭載したプラットフォームに大幅なプレミアムを課しているMicrosoftは、AI機能の商業化という点において、他の大手テクノロジー・プラットフォーム企業に比べ競争優位性があるとみられている。

AIに多額の資金を投じてきてプレッシャーを感じているGoogleは、最近AIチャットボット「Bard」の提供を開始し、先発優位性をOpenAIとMicrosoftに譲ってしまったなか、AIレースで後れを取らないよう懸命になっている。FacebookとAmazonもAI搭載サービスを提供しているが、両社もOpenAIやMicrosoftにくらべると、AI覇権競争で後塵を拝している。アジア地域では、AI機能の面で有利な立場にあると当社が考えている大手テクノロジー・プラットフォーム企業の1つに、Baiduが挙げられる。当社の見方では、Baiduは中国の競合企業のなかで最も競争力のあるAI商品群を提供している。

AIの成長にあやかるハードウェア・メーカーと半導体メーカー

AI技術の急速な進歩は、AIマイクロプロセッサ、AIアクセラレータ(機械学習アプリケーションを高速化するよう設計された特殊なハードウェア/コンピューター・システム)、およびハイパフォーマンス・コンピューティング(データ処理や複雑な計算を高速で実行する能力)を可能にするその他多くのハードウェアの生産急増をもたらした。この傾向には拍車が掛かり、多くのハイエンド半導体メーカーやAIに特化したハードウェア・メーカーにとって追い風になるとみられる。

ハイエンド・ハードウェアとAI向けマイクロチップ市場では、米国のGPUメーカーNvidia Corporationと台湾の半導体製造大手である台湾積体電路製造(TSMC)が、AIに特化したテクノロジー企業の御用達サプライヤーとしてAIブームの波に最も乗りやすい有利な立場にあるとみる。

代表的なAIプロセッサにはGPU、ASIC、FPGA(ユーザーが自由にプログラミングできる大規模集積回路)などがあるが、相対的に価格が低いGPUは、並列計算能力が高く大量のデータを処理できることから、現在、ディープラーニング・アプリケーションに最も広く使用されている。Nvidiaは、世界のAI向けGPU市場において、8割超の市場シェアを占める世界最大手のサプライヤーとして君臨している。

カスタマイズの度合いが高い分リソースを必要とするASICやFPGAは、マスマーケット向け既製品タイプのプロセッサとされるGPUに比べ、設計や製造にかかるコストが高くなる。一方、これら2つのカスタマイズ用AI向け半導体のメーカーは、NvidiaがGPUでやっているような生産規模の拡大はできない。世界的な市場調査会社Global Market Insightsが2023年2月に発表したレポートによると、2022年に400億米ドルを超えたと推定される世界のGPU市場は、2023年から2032年にかけて年平均25%のペースで成長すると予想される。

ハイエンド半導体市場では、3ナノメートル(ナノは10億分の1)の最先端半導体の生産をほぼ独占しているTSMCが、AIの本格的普及に伴って成長できる有利なポジションにあるとみられる。そもそも、NvidiaはGPUとすべてのハイエンド・プロセッサの生産について、TSMCをメインのファウンドリ(半導体生産受託会社)として使っている。また、半導体メーカー最大手であるTSMCは、GoogleやIntel傘下のHavana、Amazonなどのテクノロジー・ハイパースケーラー(100万台以上のサーバー・リソースを保有するクラウド・サービス企業)向けASICの主要ファウンドリとして業界をリードしている。HPC向け半導体は今ではTSMCの売上高の4割超を占めており、この傾向は2024年と2025年も続く可能性が高いとみている。

テクノロジー機器・デバイスの「頭脳」とされるロジック半導体は、情報を処理してタスクを完了させる役割を担う。CPU(中央演算処理装置)、GPU、(機械学習アプリケーション用に設計された)ニューラルプロセッシング・ユニットなどが、ロジック半導体の例として挙げられる。

10年前はIntelがロジック半導体生産の最大手であった。その後、世界最大のファウンドリ企業であるTSMCがIntelから市場シェアを奪い、ロジック半導体の生産で45%超のシェアを持つに至ったが、この流れはハイエンド・ロジック半導体への旺盛な需要を背景に現在も加速している。

AIブームから恩恵を受ける他の主要な企業

アジアでは、AIの成長の恩恵を受ける他の企業として、台湾に本社を置くHPC半導体設計サービス企業のAlchip Technologiesや、ネットワーク・通信ソリューションの開発・製造に特化している台湾企業のAccton Technologyなどが挙げられる。

主にASICマイクロチップの設計に注力しているAlchipは、世界の大手テクノロジー企業がアウトソーシングする傾向にあり、その多くが社内のHPCやAI、機械学習のニーズに合わせた半導体生産を推し進めていることが追い風となっている。

同様に、Acctonは、AI技術の急速な普及とコンピューティング・ネットワークの低遅延化が進むにつれ、ネットワーク接続の高帯域化・高速化に対する需要が高まることが追い風になると予想される。ホワイトボックス・サーバースイッチ(OSなどのソフトウェアを含まずユーザーがソフトウェアの選択・開発や機能の追加を行えるスイッチ)市場の大手企業である同社は、来たる400Gクラウドインフラへの移行から恩恵を受けると当社ではみている。最大で100Gの4倍のデータ転送速度を誇る400Gは次世代のクラウドインフラであり、ネットワークインフラ・プロバイダーの帯域幅需要の高まりに対してソリューションを提供する。

地政学的リスク

アジアのAI分野への投資は、やりがいがある反面、米国の規制による地政学的リスクの激化を中心に、それなりのリスクもある。例えば米国では、法制化によって半導体の製造を国内に戻そうと、2022年に連邦議会でCHIPS法が可決された。

2022年10月、米国は大手半導体メーカーを含む国内企業に対し、中国企業への半導体チップやプロセッサ製造機器の供給を禁じた。同年終盤には、米国政府はAI向け半導体セクターの中国企業20社超を米商務省の取引制限企業リストに追加し、中国のテクノロジー企業に対する締め付けを拡大した。

米国はAIや半導体の分野で積極的な法整備を続ける姿勢を示しており、さらに多くの企業(特に中国企業)を取引制限企業リストに加える可能性がある。これはアジアの半導体・ハードウェア・セクターにとって新たなリスクとなる。中国のテクノロジー・プラットフォーム企業は、現時点で米国の半導体メーカーが製造するハイエンドのマイクロチップへのアクセスが限られており、半導体の改良が継続的に進むにつれ、テクノロジーのSカーブにおいて一段と後れを取ることになりかねない。

結論とESG考察

世界第二の経済大国である中国には多くの投資機会があると考えるが、アジアは、特にテクノロジー分野では中国以上の存在である。実際、韓国と台湾は世界で最も革新的な経済圏として挙げることができ、ハードウェアと半導体技術の分野でイノベーション(革新)をリードしている。

AIがテクノロジー以外の産業セクターに与える影響や、データの所有権や情報の活用、人権にもたらす影響については、まだ把握が始まったばかりである。例えば、AI技術は多くのホワイトカラーの仕事で人間に取って代わる可能性があり、労働力に大きな影響を与え得る。同時に、AIの普及は環境にも影響を及ぼす。AIのモデルやアルゴリズムはかなりの演算能力を必要とし、結果としてかなりの量のエネルギーを消費するからだ。要するに、AI企業は将来的に規制強化の対象となる可能性があり、当該企業への投資にあたっては、AIに関連するESGリスクと法規制の脅威を考慮する必要がある。

当社では今のところ、中国のAI企業に対して選別的なスタンスで臨む一方、韓国と台湾の大手テクノロジー企業、なかでもAIの成長の恩恵を享受できる企業を引き続き有望視しており、後者は今後数年間で収益拡大につながる大きな根本的変化を遂げると考えている。


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1https://lifearchitect.ai/gpt-4/

2https://openai.com/research/gpt-4/


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