本稿は2023年7月18日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

需給面の追い風を受けて当面はタイトなスプレッド水準が続く可能性


サマリー

  • 6月の米国債利回りは比較的狭いレンジで推移し、短中期部分がアンダーパフォームした。月末の利回り水準は、2年物の指標銘柄で前月末比0.495%上昇の4.90%、10年物の指標銘柄で同0.193%上昇の3.84%となった。
  • 当月は、インド、インドネシア、フィリピンの中央銀行が政策金利を据え置いた。また、アジアの5月のインフレ圧力は一段と和らいだ。
  • アジアの現地通貨建て債券市場では、良好なマクロ環境を背景に、相対的に利回り水準が高い国債に対してポジティブな見方を維持している。また、利回り水準が低い国債は米国債市場のボラティリティ上昇からより打撃を受けやすいとみていることも、利回りが高い債券を選好するもう1つの理由だ。通貨については、中国人民元の低迷が当面アジア通貨の見通しの重石になるとみている。こうしたなか、インドルピーについてはより良好な見方をしている。
  • アジアのクレジット市場は、スプレッドが0.20%縮小したことなどにより、月間リターンが0.32%となった。格付け別では、投資適格債の月間リターンが-0.16%となる一方、ハイイールド債の月間リターンは3.01%となった。
  • アジア地域のマクロ経済や企業の信用状況に関するファンダメンタルズ(基礎的条件)は、昨年に比べてやや弱まるものの、底堅さを維持するとみられる。堅調な内需やインドおよびアセアン諸国を中心とした観光業の回復が財の輸出の低迷を相殺している。しかし、アジア域内、そして世界全体において不透明感が広がっていることや、アジアのクレジット市場がこれまで底堅く推移してきたことから、アジアの投資適格クレジットのバリュエーションは過去の水準に比べても先進国のスプレッド対比でも、やや割高感が出ている。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

FRBは政策金利の誘導目標を据え置き
6月の米国債利回りは比較的狭いレンジで推移し、短中期部分がアンダーパフォームした。月初は、米国の債務上限問題が解決しリスク資産が上昇したことを受けて、利回りが上昇した。(米国では2022年3月以降に政策金利の誘導目標が累積で5%引き上げられたのち)当月の半ばに米FOMC(連邦公開市場委員会)で同誘導目標の据え置きが決定されたものの、引き締めバイアスを維持していることが示された。特に、インフレが高止まりしているなか、年内に2回の追加利上げを実施する可能性が示唆された。利上げの一時停止は大方の予想通りであったものの、ターミナル・レート(利上げの最終到達点)予想の上方修正は概して予想外であった。米FRB(連邦準備制度理事会)を除き、イングランド銀行やカナダ銀行、ECB(欧州中央銀行)など世界の他の主要中央銀行はいずれも利上げを実施して、同様にタカ派姿勢を示した。その他、6月に発表された米国の主要経済指標は、引き続きFRBが容認する範囲を概ね上回った。第1四半期のGDP成長率が上方修正されたほか、5月の非農業部門雇用者数が市場予想を上回る前月比33.9万人増となるとともに、5月のコアCPI(消費者物価指数)は高止まりした。月末の利回り水準は、2年物の指標銘柄で前月末比0.495%上昇の4.90%、10年物の指標銘柄で同0.193%上昇の3.84%となった。

チャート1

インド、インドネシア、フィリピンの中央銀行は政策金利を据え置き
インド準備銀行のシャクティカンタ・ダス総裁は、緩和策の巻き戻しに重点を置いている主な理由として、インフレ見通しの不透明感を挙げた。現在、同中銀は2023年4月からの新年度の年間インフレ率を5.1%と予想しており(従来は5.2%)、実質GDP成長率については6.5%との予想を維持している。フィリピンの中央銀行は、最近のデータでは「足元の金融政策サイクルにおいて経済活動が鈍化する可能性が示唆されている」ものの、「国内の経済成長のモメンタムは当面損なわれることはないだろう」との見方を示した。また、同中銀は2023年のインフレ予想を(従来の5.5%から)5.4%に引き下げる一方、2024年のインフレ予想については(従来の2.8%から)2.9%へと引き上げた。その他、同中銀の次期総裁にエリ・レモロナ氏が任命され、7月のフェリペ・メダラ現総裁の任期満了を受けて交代となる。同様に、インドネシアの中央銀行は政策金利を5.75%に据え置き、政策声明の全般的なトーンを維持した。同中銀は、通貨の安定維持に政策の重点を置く方針を改めて示すとともに、2023年のGDP成長率予想を4.5~5.3%に維持しつつ、内需を押し上げるためにマクロプルーデンス措置を実施すると付け加えた。

5月のインフレ圧力は一段と緩和
域内の5月の物価上昇圧力は一段と和らいだ。シンガポールの5月の総合インフレ率は、コアインフレや民間輸送費の上昇鈍化を受けて前年同月比5.1%となり、前月の同5.7%を下回った。インドネシアの5月のCPI上昇率は輸送費と衣服費の上昇鈍化が一因となり前年同月比4.0%と、前月の同4.33%から減速し、予想よりも早期に中央銀行の目標レンジである2~4%内に戻った。インドネシアの中央銀行は、インフレ率がレンジ内に鈍化するのは第3四半期になってからと予想していた。タイの5月のCPI上昇率は前年同月比0.53%と前月の同2.67%から大幅に減速し、中央銀行の目標レンジである1~3%を下回った。電気代補助金の一部家庭への拡大によって電気料金の上昇ペースが急減速したことがCPI鈍化の主な要因となった。一方、インドの5月の総合CPI上昇率は前年同月比4.25%と、2021年4月以来の低水準に鈍化し、3ヵ月連続でインド準備銀行のインフレ目標レンジ内にしっかりと収まった。他では、フィリピンの5月のCPI上昇率は、食品価格や輸送費の上昇ペースが鈍化したことから、前月の前年同月比6.6%から同6.1%へと減速した。

中国の経済指標は再び市場予想を下回る、中国人民銀行は主要政策金利を引き下げ
月中に中国政府が発表した経済指標では、同国の景気回復が5月に失速傾向となったことが示され、政府は経済成長を下支えする姿勢を改めて示した。鉱工業生産と小売売上高は、それぞれ前年同月比3.5%増、同12.7%増へと(前月の同5.6%増、同18.4%増から)伸びが鈍化した。1~5月の固定資産投資の伸びは、1~4月期の前年同期比4.7%増から減速して同4.0%増となった。また、中国の若年層の失業率は過去最高水準の20.8%へと上昇した。一方、社会融資総量は1.56兆元と、4月の1.22兆元を上回ったものの、市場予想の1.90兆元を下回った。5月の銀行融資は1.36兆元となり、こちらも市場予想の1.55兆元を下回った。社会融資総量と人民元建て銀行融資の伸びはともに大きく鈍化し、それぞれ前年同月比9.5%増、同11.4%増となった(前月は同10.0%増、同11.8%増)。

指標の大幅な低迷が相次いだことを受けて、中国人民銀行は複数の政策金利を引き下げ、また李強首相は政府が需要押し上げに向けた措置を講じる方針であることを示した。中国人民銀行は、7日物レポ金利、1年物中期貸出ファシリティ金利、LPR(ローンプライムレート)の期間1年物と5年物について、いずれも0.10%引き下げた。住宅ローンの参照金利である5年物LPRの引き下げは、市場予想(0.15%の引き下げ)よりも小幅となった。こうしたなか、国務院は「経済開発の勢いを強め、経済構造を最適化し、経済の持続的な回復を促進する」ために、「より強力な措置」をタイムリーに実施すると表明した。しかし、景気刺激策はこれまでのところ不十分であり、全国的な措置の具体的詳細が発表されなかったことを受けて、リスクセンチメントは結果的に悪化した。

今後の見通し

相対的に利回りが高い債券を選好
域内の大半の国で総合インフレ率が大幅に鈍化しており、市場の注目は経済成長にシフトしている。こうした要因を受けて、年後半における各国中央銀行の政策転換への期待が高まりつつある。アジアの現地通貨建て債券市場では、良好なマクロ環境を背景に、相対的に利回り水準が高い国債に対してポジティブな見方を維持している。また、利回り水準が低い国債は米国債市場のボラティリティ上昇からより打撃を受けやすい可能性があるとみていることも、利回りが高い債券を選好するもう1つの理由である。

インドルピーを選好
当社では、中国国内の経済成長鈍化懸念や同国の政策当局による大幅な政策対応の欠如を受けて人民元が低迷し、当面アジア通貨の見通しの重石になるとみている。こうしたなか、インドルピーについてはより良好な見方をしている。原油安とインドの経常赤字の縮小がルピー需要の追い風になるとみられるほか、最近インド政府は主要な多国籍テクノロジー企業からの投資を確実なものとしており、これが長期的なルピー需要をもたらす好材料になるとみている。

アジアのクレジット市場

市場環境

6月のアジア・クレジット市場は上昇
6月のアジアのクレジット市場は、スプレッドが0.20%縮小したことなどにより、月間リターンが0.32%となった。投資適格債は、スプレッドが0.11%縮小したものの、米国債利回りが上昇するなか月間リターンが-0.16%となり、ハイイールド債をアンダーパフォームした。ハイイールド債は、スプレッドが0.77%縮小し、月間リターンが3.01%となった。

アジアの信用スプレッドは、月の前半に縮小傾向となった。中国の経済活動や信用指標が5月も低調となったことを受けて、同国の政策当局が大幅な景気刺激策を実施するかもしれないとの観測が広がり、ポジティブなリスクセンチメントが下支えされた。中国の景気回復が引き続き勢いを失っていることを示唆するデータを受けて、政府は経済成長を支援する姿勢を改めて示した。特に、中国人民銀行は複数の政策金利を引き下げるとともに、李強首相は政府が需要押し上げに向けた措置を講じることを示した。一部の報道では、地方政府の支援や景況感の押し上げを目的とした特別国債の発行の可能性が報じられるとともに、苦境にある中国の不動産市場への対策として大規模な措置が見込まれていたものの、全国的な措置の具体的詳細が発表されず、結局刺激策の内容は不十分なものとなった。これに加えて、中国の不動産セクターで別のデフォルトが発生したことを受けて、中国のクレジット市場を中心としてリスクセンチメントが幾分悪化した。しかし、第2四半期末の少し前に発表された米国の経済指標が良好な内容となると、センチメントの悪化がある程度打ち消され、アジア・クレジットを含むリスク資産の需要が改善した。月末にかけては、短期的な対外資金ニーズに対応するためのIMF(国際通貨基金)からの資金支援がより近いとみられるなか、フロンティアアジア諸国のセンチメントはポジティブなものとなった。最終的に、6月はすべてのアジア主要国でスプレッドが縮小した。

6月は新規発行が引き続き低調
6月のアジアのクレジット市場では、FOMC会合を控えて起債を見送る発行体が大方を占めるなか、総額91.2億米ドルの新規発行があった。投資適格債分野では、Standard Chartered PLCのディール(2トランシェで総額20億米ドル)を含め、計12件(総額76.0億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド債分野の新規発行は計8件(総額15.2億米ドル)となった。

チャート2

今後の見通し

アジアのマクロ経済や企業信用のファンダメンタルズは堅調を維持する見込みも、バリュエーションはやや割高
アジア地域のマクロ経済や企業の信用状況に関するファンダメンタルズ(基礎的条件)は、昨年に比べてやや弱まるものの、引き続き底堅さを維持するとみられる。堅調な内需やインドおよびアセアン諸国を中心とした観光業の回復が財の輸出の低迷を相殺している。アジアの銀行システムは引き続き強固であり、当社では安定した預金基盤、堅固な株式資本、健全な資産の質、収益性の改善などにより、この先アジアの銀行は成長への逆風が多少強まるなかでも持ち堪えることができると予想している。

一方、アジア域内、そして世界全体においても複数の相反する動向が出てきており、より不透明な局面に入りつつある。こうした不透明要因には、FRBの次なる動き、先進国のリセッション(景気後退)入りリスク、中国の景気回復の鈍化、地政学的緊張の継続などが含まれる。それらに加え、アジアのクレジット市場がこれまで底堅く推移してきたことから、アジアの投資適格クレジットのバリュエーションは過去の水準に比べても先進国のスプレッド対比でも、やや割高感が出ている。一方、中国のハイイールド債市場を安定化させるには、同国当局によるより大幅な不動産市場の緩和措置が必要であると考えているが、その実現については、期待が高まっているものの依然不透明な状況が続いている。したがって、当面はリスクに対してより慎重な見方をしていく方針であるが、一方で今年は新発債の総供給量が大幅に減少しており、需給面の追い風を受けて当面はタイトなスプレッド水準が続く可能性がある点も認識している。



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