本稿は2023年4月21日発行の英語レポート「Asia’s healthcare opportunities」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

アジアでは喫緊の必要に迫られてヘルスケア分野のイノベーションや投資が進んできており、域内のヘルスケア業界は現在、2000年代のテクノロジー業界と同様の状況、つまり、10年間に及ぶ投資が実を結び始めている状況にある。


アジアのヘルスケア分野のストーリー

ヘルスケア・サービスや製品に対する需要に陰りはみられない。世界的に人口高齢化が進んでいる一方、糖尿病やがんなどの慢性疾患の発症リスクを抱える人が増加している。人々の寿命が延び、よりアクティブな人生を送っているなか、治療や予防のための保健サービスのニーズも高っている。アジアほどこうしたニーズが鮮明な地域は他にない。域内には45億人以上が住んでおり、その人口は増加しているとともに高齢化も進んでいることから、より良いヘルスケア・サービスへのアクセスや、革新的で安価、かつ入手しやすい医薬品が求められている。

アジアではヘルスケア分野への投資が緊急の課題となっており、新型コロナウイルスの世界的大流行以降その緊急度は高まる一方だ。アジア各国の政府は、新型コロナウイルスがもたらす当面の脅威やより長期的な影響への対応がそれぞれ異なったが、投資を先延ばしにはできないという点については域内全体で同様の認識が持たれてきた。中国が厳格な行動制限を伴う「ゼロコロナ」政策から脱して以降分かったように、治療薬およびワクチンの開発や、それらの国民全体への効果的な供給が遅れることによる社会・経済的損害は単純にあまりにも大きく、耐えきれない。

10年余りに及ぶヘルスケア分野への投資が実を結びつつある

よい知らせとして、アジア全体でみた場合のヘルスケア課題への対応状況は、テクノロジー分野で支配的地位を獲得するために投資していた30年余り前の状況に酷似している。1990年代には集積回路(IC)、マイクロプロセッサー、他の半導体部品の製造を米国と欧州のファウンドリ(半導体受託製造企業)が独占していた。しかし、新しいテクノロジーの登場によって半導体需要が高まるなか、中国、台湾、韓国での投資やイノベーションを受けてそうした力学は大きく変化した。30年の間でアジアは世界の半導体製造の中心地となっており、市場シェアは85%を超え、半導体業界において支配的地位を確立している1

アジアのヘルスケアセクターは過去10年で同様に劇的な変貌を遂げている。その大きなきっかけとなったのは、アジアのヘルスケアを真のグローバルリーダーにしたいとの願いによる政府の投資だった。各国政府が政策やインセンティブを整備し、戦略的な優先分野に位置付けた結果、アジアのヘルスケア業界は繁栄した。域内各国の政府は、民間部門による投資や官民パートナーシップを奨励し、バイオメディカルサイエンス分野でのイノベーションの促進や高い医療水準の確保に向けて新しい規制や基準を導入、さらに農村部や以前は十分な医療サービスが受けられなかった地域に医療サービスを届けるためにデジタル医療技術の普及を促進した。ただし、政府による投資や政策はアジアのヘルスケアセクターの発展を急加速させる重要な役割を果たしてきたが、ヘルスケア業界で圧倒的な存在感を示しており、さらに高いレベルのイノベーションを実現しているとみられるのはアジアの民間企業である。

徹底的な研究開発(R&D)取り組みに加え、医療テクノロジーの大きな進歩により、新しい治療法の開発が可能になっており、臨床成果が大幅に向上している。さらに、アジアは医薬品製造のグローバルサプライチェーンにおいて重要な役割を果たしていることや、研究・開発・製造受託サービスへの需要が高まっていることから、アジア地域はヘルスケア分野の成長機会を活かすことができる他に類を見ない立場にある。

医薬品の製造および原料

1990年代まで、医薬品製造に用いられる活性化学物質(「医薬品原薬(API)」とも言う)の90%が欧米と日本で製造されていた。そうした原料は化学品サプライヤーから調達され、最終的な投薬形態(タブレット、カプセル、注射など)へと調合される。しかし、アジアは10年間にわたって医薬品産業へ投資し続け、むらのない高品質のAPIを製造する能力が高まったことで、2020年には世界のAPIの60%以上を製造するまでになった。中国だけでも一部の主要医薬品原料の輸出におけるシェアの大部分を占めるようになり、Nikkei Asiaによると、中国はその時点ですでに「抗生物質やビタミン剤のサプライチェーンにおいて不可欠な役割」を果たしていた2

世界のジェネリック医薬品需要

ジェネリック医薬品はヘルスケア分野におけるアクセスの拡大に著しく貢献しており、先進国と途上国の両方における医療費の削減に重要な役割を果たしている。ジェネリック医薬品は先発医薬品と同じAPIで作られているが、先発医薬品の特許または独占期間が過ぎたのちは大幅に低い価格で消費者に販売することができる。米国食品医薬品局(FDA)の推計によると、処方される薬の90%がジェネリック医薬品である3

ジェネリック医薬品の競争力を高めているとみられる最大の要因はそのアフォーダビリティ(購入のしやすさ)にある。ジェネリック医薬品は処方箋数量の90%を占めているが、金額ベースでは世界の医薬品支出に占める割合が23%にとどまると推定されている。ジェネリック医薬品をより利用しやすくすることで競争が生まれる。それによって治療のアフォーダビリティが改善され、より多くが医療を受けられるようになる。また、ジェネリック医薬品は医薬品業界のさらなる競争も後押しし、最終的にはより革新的な医薬品や患者にとってのより優れた治療成果へとつながる。

インドは世界最大のジェネリック医薬品輸出国であり、世界で最も製造コストが低い国の1つだ。安価な労働力、相対的に低い規制関連コスト、大規模で基盤の安定した医薬品企業の存在のおかげで、インドではジェネリックの処方薬をより低コストで製造することができる。長年かけてインドの製薬業界は規模を拡大し、続いてスケールメリットを生かしてコストを一段と低下させてきた。その結果、米国で消費される医薬品の3分の1(英国では4分の1)はインドの製薬会社によって作られている状況となっている4。2021年に、インドのナレンドラ・モディ首相は、同国ヘルスケアセクターはインドに「世界の薬局」という称号をもたらしたと宣言した5

バイオ医薬品とバイオシミラー

世界の医薬品支出の大部分はバイオ医薬品が占めている。バイオ医薬品はタンパク質、核酸、その他の生物由来の材料(細胞や組織など)で作られる。構造が明確でよく知られている化学合成薬とは対照的に複雑な性質を持つ場合が多く、例えば、バイオ医薬品が用いられる細胞および遺伝子療法は遺伝性疾患、がん、自律神経系の病気を治療することができる。

もっともながら、バイオ医薬品は特殊な製造工程が必要とされ、標準的な化学薬品よりも製造コストが高くなる。また、予定適応症が命に係わるものである場合が多いことから、バイオ医薬品は安全性と有効性を担保するために徹底的な試験やスクリーニングを行うことが条件となる。したがって、バイオ医薬品はジェネリック医薬品よりもかなり大規模な試験とスクリーニングが必要とされるのだ。さらに、バイオ医薬品製造会社は競争相手が比較的少ないことから、価格をより高く設定することができる。

ジェネリック医薬品とコンセプトが似ているものとして、先発バイオ医薬品と同様の有効性を示すことに成功したバイオ医薬品であるバイオシミラー(バイオ後続品)がある。バイオシミラーの台頭の契機となったのは一部のバイオ医薬品における特許保護の失効で、2015年以降アジアの複数のバイオシミラー企業が生産を認められ、先発バイオ医薬品と競争できるようになった。バイオシミラーは、バイオ医薬品と同等の有効性を持つ代替手段となっていき、世界中の患者へより多くの治療選択肢を、より手頃な価格で提供できる可能性を秘めている。

HUMIRA(ヒュミラ)は、米国バイオ製薬大手AbbVieが製造する皮下注射型のバイオ医薬品で、クローン病やリューマチ性関節炎、乾癬などの自律神経系の病気の治療に用いられている。HUMIRAは2002年にFDA承認を得ており、2023年中に特許切れを迎える。以来、総売上高で世界トップの医薬品となり(新型コロナウイルスワクチンを除く)、Rx Savings Solutions社によると2021年には世界全体での売上高が200億米ドルに迫った。その他にも17の主要な先発バイオ医薬品の特許が今後10年間のうちに失効を迎える。アジアの医薬品会社や研究機関の数が増えているなか、先発品の何分の1かのコストで世界的に販売展開することができる新世代のバイオシミラーの登場が期待される。韓国によるバイオシミラーの「第1波」は2018年1月に承認された。足元では、バイオシミラーがジェネリックの低分子医薬品分野と同じシナリオを展開する「第2波」に突入しつつある様子だ。

ジェネリックとバイオシミラーの先へ:イノベーションのための市場

ジェネリックとバイオシミラー以外に目を向けると、より効果的な医薬品を求める普遍的ニーズを原動力とし、さらに重要な動きがアジアでは起こっている。ヘルスケア産業全体にとっての大きな転換点であり、また、アジアのヘルスケアが投資メガトレンドであることを裏付ける動きとして、今やアジア企業は世界的に競争力を持つ革新的な新薬候補の開発を進めているのだ。

アジアでバイオ医薬品投資の機運が高まっている背景として、2つの大きな要因が存在する。第1の要因として、アジアで最も蔓延している疾患は、予後不良やより高い致死率に結びついている。がんはその一例だ。アジアは世界人口の60%、そして世界のがん患者数の半分を占めている6。しかし、アジアで最も流行しているがんの上位5種類のうち、3つは欧米では希少疾患とみなされている。したがって、米国や欧州では患者集団の規模が小さいこれらの疾患について、革新的な医薬品の開発に向けてR&D投資を積極的に行う「巨大製薬会社」は非常にまれである。その理由には、市場のポテンシャルが小さいことだけでなく、臨床試験を行うために患者を集めるのが困難であることも挙げられる。第2の、そして同様に重要な要因は、中国やインドネシア、タイを含むアジアの主要新興国において国民皆医療保険制度が導入されたことだ。さらに、民間医療保険の普及率も上昇し始めている。以前であれば、アジア途上国の患者の多くは、所得水準に比べて治療費が高額にのぼることから最新の革新的医薬品を利用する余裕がなかった。自己負担制からシフトしたことで、アフォーダビリティの問題は解消されると期待されており、アジアの患者にはより良い医薬品へアクセスして治療成果を向上させる新しい道がもたらされているとともに、アジアにおいて新しいイノベーションの市場が作り出されている。

アジアのCXOの台頭

先進諸国の製薬会社は、多額の設備投資が必要とされることから、大規模なバイオ医薬品加工工場への投資縮小に努めてきた。その代わりに、スイスに本社を置く多国籍企業LonzaやドイツのBoehringer Ingelheimなどのバイオ医薬品受託製造企業へ大きく依存してきた。こうした外部委託のトレンドは医薬品製造分野が中心だったが、R&D分野へと拡大してきている。

外部委託について、最近では医療分野の業務受託サービスを提供する企業を指す「CXO」という名称が使われるようになっている。CXOの「X」は、研究の場合であれば「R」、開発の場合であれば「D」、製造の場合であれば「M」へと置き換えることができる。CXOは製薬会社の要求に応じてR&D受託サービスを提供するほか、臨床試験の管理・運営や医療製品の製造・実用化を行う。

韓国のSamsung Biologicsや中国のWuXi Biologicsはともに、約10年前にバイオ医薬品のCXOとしてほぼ同時に台頭した。両社ともがんや自律神経系の病気、炎症性疾患の治療に用いられるモノクローナル抗体などの分野において大規模なR&D能力を構築している。これらのCXOは製造技術において比類ない専門能力の構築、製法特許の取得、治験薬申請の承認から規制当局の承認を得るための最終的な生物製剤承認申請の提出に至るまでにかかる時間の短縮化により、市場シェアを獲得している。Samsung Biologicsの顧客には、GSK、Janssen (J&Jの医薬品部門)、Merk、Eli Lilly、AstraZenecaなどが含まれる。より最近の例として、GSKは、WuXi Biologicsの技術プラットフォームを用いて開発された二重特異性および多重特性T細胞誘導抗体の最大4つまでのライセンスを取得する契約を同社と締結した7。腫瘍の死滅に効果を発揮すると期待される最高クラスの抗体へのアクセスをGSKに提供することが狙いだ8

再び半導体の例えを出すと、Samsung BiologicsなどのCXOがバイオ医薬品生産において市場シェアを獲得している状況について、半導体受注製造専業の独立系ファウンドリであり世界最大手となったTSMC (台湾積体電路製造)と同じ道を辿っていると考えられるかもしれない。しかし、Samsung Biologicsは、TSMCのようにコスト面だけで競争しているわけではないことを認識しておくことが重要である。

もちろん、こうした新しい事業運営の流れにはいくつかの課題も残っている。新型コロナウイルス流行によって、グローバルサプライチェーンの重要な構成要素において単一の調達先へ過度に依存することのリスクが表面化した。このことはテクノロジーセクター内だけでなく、医療分野にも当てはまる。さらに、米中間の対立をはじめとして、ここ数年間で地政学的リスクが高まっている。2022年には米国で半導体分野や科学技術分野に補助金を投じる法律「CHIPS and Science Act」が成立し、半導体製造の米国国内回帰を促す法整備によって競争環境は変化している。そうしたなか、ヘルスケア産業が同様の規制変更に直面することはないと考えるのは賢明ではないだろう。

それでも、ヘルスケアに関して言えば、世界全体の健康推進に向けた国際的協力・連携の強化はあらゆる人々の利益になるとみられる。新型コロナウイルスの世界的流行から世界が学んだことが1つあるとすれば、それは信頼と国際的協力の重要性に違いない。

まとめ

アジアは、既存のヘルスケアインフラを改善していくなかで依然多数の課題に直面している。しかし、過去10年間においてアジア諸国の政府が実施してきた投資は、その実を結び始めている。アジアの投資可能ユニバースにおけるヘルスケア関連企業の数は年々増加してきている。そうしたなかでも、依然としてヘルスケアセクターはアジア株式(日本を除く)市場に占める割合が非常に小さいものとなっていることから、世界の他の国々がまだ認識しておらず、適正な価値評価をしていない投資機会であることが示唆される。アジアは半導体業界を席巻することに成功し、これは過去20年間で最大のサクセスストーリーの1つとなっている。そこで投資家は次の問いを自らに投げかけてみるべきかもしれない。イノベーション、スケール、高水準かつ持続的な利益を併せ持つアジア企業は、この先20年間においてヘルスケア業界も席捲していくことができるだろうか。


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1TrendForce as cited in press release, April 25,2022

2https://asia.nikkei.com/static/vdata/infographics/chinavaccine-3/

3https://www.fda.gov/drugs/generic-drugs/office-generic-drugs-2021-annual-report

4https://www.orfonline.org/expert-speak/time-to-end-the-battle-of-indian-pharmaceutical-players-and-chinese-key-ingredients/

5https://www.business-standard.com/article/current-affairs/indiais-now-being-called-pharmacy-of-the-world-says-pm-modi-121111801288_1.html

6https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4029284/

7T細胞とは、侵入する有害物を認識し攻撃する白血球の1種である

8https://www.wuxibiologics.com/wuxi-biologics-and-gsk-enter-into-license-agreement-on-multiple-novel-bi-multi-specific-t-cell-engagers/


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