本稿は2023年8月15日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

当面はリスクに対してより慎重な見方


サマリー

  • 米FRB(連邦準備制度理事会)は、7月に開催した会合で0.25%の利上げを実施し、政策金利の誘導目標レンジを5.25~5.50%へと引き上げた。月末の利回り水準は、2年物の指標銘柄で前月末比0.021%低下の4.88%、10年物の指標銘柄で同0.122%上昇の3.96%となった。
  • 当月は、韓国、マレーシア、インドネシアの中央銀行が政策金利を据え置いた。また、6月のインフレ圧力は一段と和らいだ。
  • 市場ではFRBの利上げサイクルがピーク間近との見方が次第に織り込まれてきており、米国債利回りの低下圧力が強まっている。アジアの現地通貨建て債券市場では、引き続きインドネシア債券を選好している。通貨については、中国の政策当局が人民元の下支えを強化していくなか、アジア域内の通貨に対する当面の大きな逆風は解消されるとみている。こうしたなか、韓国ウォンとタイバーツについて良好な見方をしている。
  • アジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.04%縮小したことなどにより、月間リターンが0.27%となった。格付け別では、投資適格債の月間リターンが0.43%となる一方、ハイイールド債の月間リターンは-0.66%となった。
  • 中国を除くアジア地域のマクロ経済や企業の信用状況に関するファンダメンタルズ(基礎的条件)は、引き続き底堅く推移するものの、この先は経済成長が鈍化していくとみている。アジアの銀行システムは引き続き強固であり、安定した預金基盤、堅固な自己資本基盤、貸倒引当金計上前の収益性の高さなどにより、この先信用コストが小幅に上昇してもその影響を吸収することができる。一方、マクロ環境が多少悪化しているとともに先行き不透明感が強まっていることに加え、地政学的緊張の高まりやFRBの政策の行方なども考慮すると、アジアの投資適格クレジットのバリュエーションは過去の水準に比べても先進国のスプレッド対比でも、やや割高感が出ている。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

FRBは7月会合で0.25%の利上げを実施
米FOMC(連邦公開市場委員会)の議事録がタカ派的な内容となったことや米国の雇用市場の堅調なデータを受けて、年後半に再び利上げが実施されるとの見通しが強まるなか、7月の米国債市場は低調な出だしとなった。しかし、米国の6月のインフレ指標が発表され、総合・コアともに市場予想を下回ったことが明らかになると、市場では11月の利上げ予想が急速に後退した。FRBは政策金利の誘導目標を0.25%引き上げて5.25~5.50%とし、ジェローム・パウエル議長は、追加利上げについてはインフレや経済活動のデータがFRBの予想通りに減速するか次第だと明言した。欧州では、ECB(欧州中央銀行)が主要政策金利を0.25%引き上げたものの、クリスティーヌ・ラガルド総裁はユーロ圏経済の見通しの悪化を認め、近く利上げを休止する可能性があると示唆した。月末にかけては、日銀が10年物国債利回りを管理するイールドカーブ・コントロール(YCC)政策の緩和に動き、市場から金融政策正常化へのさらなる一歩と受け止められたことを受けて、世界的に債券利回りが大きく上昇した。月末の利回り水準は、2年物の指標銘柄で前月末比0.021%低下の4.88%、10年物の指標銘柄で同0.122%上昇の3.96%となった。

チャート1

韓国、マレーシア、インドネシアの中央銀行は政策金利を据え置き
マレーシアの中央銀行は、主要政策金利を3.0%に据え置き、金融政策は「若干緩和的」なスタンスを維持しており、また「今後の金融面の不均衡に関するリスクは限定的」と引き続きみていると発言した。韓国の中央銀行は、李昌鏞総裁が金融政策委員会メンバーのあいだでターミナルレート(金利の最終到達点)のコンセンサスが3.75%であることに変わりはないと言明し、もう1回の追加利上げ実施の可能性を残した。インドネシアの中央銀行は、政策金利を5.75%に維持し、6ヵ月連続での据え置きを決定した。同中銀は、銀行貸出を促進するために、一部の銀行について預金準備率を4%程度引き下げることを認めると発表した。同中銀は総じて、インドネシアルピアの安定維持に引き続き注力していると改めて述べたほか、今年の経済成長率予想については4.5~5.3%との見方を維持した。

6月はインフレ圧力が一段と緩和
食品価格の上昇鈍化が主な要因となり、6月の総合CPI(消費者物価指数)上昇率は減速した。マレーシアの6月のCPI上昇率は前年同月比2.4%となり、前月の同2.8%から減速した。減速の主因となったのは、食品価格や外食費、宿泊料などの上昇率鈍化などであった。同様に、6月のコアインフレ率も前月の前年同月比3.5%から同3.1%へと減速した。タイの6月の総合インフレ率は、食品価格の上昇鈍化と比較対象となる前年の水準が高いことが一因となって前年同月比0.23%へと減速し、タイ中央銀行のインフレ目標レンジである1~3%を下回った。燃料価格と食品価格を除くコア指標も同様に減速し、前月の前年同月比1.55%から、6月は1.32%となった。CPIの発表を受けて、タイの商務省は物価見通しを下方修正した。現在の予想では、今年の総合CPI上昇率は前年比1~2%と、従来予想の同1.7~2.7%から引き下げられている。シンガポールの6月の総合インフレ率も、コアインフレ率の低下に加えて民間輸送費の上昇率鈍化が主因となり、前年同月比4.5%と前月の同5.1%から減速した。インドネシアでは、食品価格の大幅な上昇鈍化を受けて6月の総合インフレ率が前年同月比3.52%へと減速した。他では、フィリピンの6月の総合インフレ率は、食品価格の上昇ペースが鈍化したことや輸送費の低下が加速したことから、5ヵ月連続で減速した。

中国の中央政治局が新たな景気支援策を確約、中国人民銀行の新総裁に潘功勝氏が就任
中国の中央政治局は当月の下旬に、複雑な外部環境に加え、需要の欠如や一部企業の経営難、主要産業のシステミックリスクなど、同国経済が「新たな困難と課題に直面」しているとの認識を示した。これを受けて、経済成長を下支えするための景気支援策が発表される見込みであり、政策当局は「雇用の安定化を戦略的目標」とし、消費を押し上げるとともに、地方政府の債務リスクを軽減することを誓った。加えて、テクノロジー・セクターの新たな支援を表明するとともに、問題を抱えている不動産セクターの支援に向けて刺激策を強化すると明言した。これを受けて、人民元や中国のリスク資産は大幅に上昇した。中国人民銀行の総裁人事においては、易鋼氏の後任として潘功勝氏が正式に新総裁に就任した。大部分の市場参加者のあいだでは、今回の動きは同国政府が政策の継続性を優先している印であると受け止められた。

今後の見通し

インドネシア債券を選好
FRBによる現在の金融政策引き締めサイクルは、まだ終わっていないにしても終わりに近づいているとみられており、米国では賃金や物価の上昇圧力が後退している兆しが新たに出てきている。市場ではFRBの利上げサイクルがピーク間近との見方が次第に織り込まれてきており、米国債利回りの低下圧力が強まっている。アジアの現地通貨建て債券市場では、引き続きインドネシア国債を選好している。同国政府は、現金残高や財政黒字が健全な水準にあるなか今年の国債供給量を削減する方針を示している。加えて、インフレのさらなる減速が見込まれており、インドネシアの中央銀行は利上げサイクルを終了したと見受けられる。

韓国ウォンとタイバーツを選好
中国の最高指導部は先日開催された中央政治局会議において、投資家にとって最優先の課題への認識を示した。政策当局は積極的に支援策を拡大していく構えであり、それによって今後の中国経済の安定化が後押しされるほか、中央銀行は人民元の下支えに着手しており、アジア域内の通貨に対する当面の大きな逆風は解消されるとみられる。こうしたなか、当社では韓国ウォンとタイバーツを選好している。半導体サイクルの好転が進んでいる兆候は、韓国ウォンに対する需要の下支え要因になるとみられる。タイについては、テクノロジーサイクルの改善期待や観光収入の拡大、また、世界的な経済活動鈍化に伴い原油価格が比較的低迷していることを受けて、経常収支に改善がみられている。

アジアのクレジット市場

市場環境

7月のアジア・クレジット市場は信用スプレッドの縮小を受けて上昇
7月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.04%縮小したことなどにより、月間リターンが0.27%となった。投資適格債は、信用スプレッドが約0.08%縮小するなか月間リターンが0.43%となり、ハイイールド債をアウトパフォームした。ハイイールド債は、中国不動産セクターのクレジットものの低迷が大きく響き、スプレッドが0.69%拡大し、月間リターンが-0.66%となった。

7月のアジアの信用スプレッドは堅調な出だしとなった。しかし、中国の不動産販売件数の低迷に加え、またしても国の支援下にある中国不動産開発会社に債務再編実施の可能性が出てきたとのニュースを受けて、市場センチメントが急速に悪化し、スプレッドは一転して急拡大した。経済指標が引き続き中国の景気回復の失速を示したことから、投資家のリスク選好度は低迷が続いた。注目すべき点として、中国の第2四半期GDP成長率は、比較対象となる2022年が低水準だったことが有利に働き前年同期比6.30%と大幅に加速したものの、前四半期比ベースでは成長率がわずか0.80%にとどまり、第1四半期の同2.20%の半分未満となった。その後、投資適格債においては、李強首相とテクノロジー企業大手との会合後に中国政府から良好な内容の発言があったこともあり、信用スプレッドが幾分堅調に推移した。対照的に、中国の一部の不動産会社の債務返済能力をめぐる懸念が不動産セクターの重石となるなか、ハイイールド債の信用スプレッドは拡大基調が続いた。月の下旬には、ついに中国の中央政治局が投資家にとって最優先の課題への認識を示し、中国経済は「新たな困難と課題」に直面していると言及した。これを受けて、経済成長を下支えするための景気支援策が発表される見込みだ。同国経済の下方リスクを緩和し、また、苦境にある不動産セクターを支援するために景気刺激策を強化していく方針を政策当局が示したことを受けて、中国のリスク資産は上昇した。総じて、7月は中国を除きすべての主要国のスプレッドが縮小した。そうしたなか、マカオのカジノ・セクターは、格付け会社スタンダード&プアーズがLas Vegas Sandsとその子会社Sands Chinaの格付けを引き上げたことが追い風となり、好調に推移した。

米国債市場では、タカ派的なFOMC議事録に加え米国の堅調な雇用統計を受けて11月の追加利上げ観測が強まるなか、月の前半に利回りが上昇した。しかし、こうした利上げ期待は、発表された米国の6月のインフレ指標が市場予想を下回ると急速に後退した。月末にかけては、3つの主要中央銀行が重要な動きをみせた。FRBは0.25%の利上げを実施し、パウエル議長は今後の利上げについてのFOMCの判断はデータ次第になると明言した。ECBは主要政策金利を0.25%引き上げたものの、近く利上げを休止する可能性があると示唆し、また、日銀はYCC政策の許容変動幅を0.50%から1.00%へ拡大することを決定した。日銀の動きは大方にとって予想外となり、それを受けて世界の債券利回りが上昇した。月末の米国債利回り水準は、10年物の指標銘柄で前月末比0.122%上昇の3.96%となった。

7月の発行市場は閑散状態
7月のアジアのクレジット市場は引き続き供給が低調となり、新規発行総額が57.6億米ドルにとどまった。投資適格債分野では、Korea Electric Powerのディール(総額10億米ドル)を含め、計8件(総額47億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド債分野の新規発行は計4件(総額10.6億米ドル)となった。

チャート2

今後の見通し

バリュエーションはやや割高も、アジアのマクロ経済や企業信用のファンダメンタルズが十分なバッファーを提供
中国では景気回復の勢いが弱まっているものの、特に7月に開催された中央政治局会議の支援的なトーンを受けて、財政・金融面や不動産セクターにわたって政策緩和期待が高まっており、センチメントや経済活動が急激に冷え込む兆しが強まる場合には、政策当局がより積極的な措置を実施するとみている。これまでの金融政策引き締めの影響が重石となり始め、またサービス分野の繰延需要が弱まるなか、経済成長は2023年後半から2024年前半にかけて減速するとみられるものの、中国を除くアジア地域のマクロ経済情勢と企業の信用状況に関するファンダメンタルズは底堅さを維持するとみられる。企業収益の伸びが鈍化し、資金調達コストが徐々に上昇していることは、総じて非金融企業にとって負債比率やインタレスト・カバレッジ・レシオの若干の悪化を意味するが、投資適格債を中心に、大半にとっては十分な格付けのバッファーがあると考えている。アジアの銀行システムは引き続き強固であり、安定した預金基盤、堅固な自己資本基盤、貸倒引当金計上前の収益性の高さなどにより、この先信用コストが小幅に上昇してもその影響を吸収することができる。

マクロ環境が多少悪化しているとともに、地政学的緊張やFRBの政策の行方など先行き不透明感が強まっていることを考慮すると、アジアの投資適格クレジットのバリュエーションは過去の水準に比べても先進国のスプレッド対比でも、やや割高感が出ている。したがって、当面はリスクに対してより慎重なスタンスで臨んでいく方針である。



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