本稿は2023年9月20日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

当面はリスクに対してより慎重な見方


サマリー

  • 8月の米国債市場は、米国の経済成長が底堅く推移している兆しが強まったことや資金調達ニーズが高まっていること、格付け機関フィッチレーティングスが米国債の格付けを引き下げたことを受けて、月初に下落した。その後、米国債の供給が高まり、またPPI(卸売物価指数)が市場予想を上回ったほか、米FRB(連邦準備制度理事会)高官がタカ派的な発言を行うなか利回りへの上昇圧力が続いたが、中国の指標の低迷によって一部打ち消された。月末の利回り水準は、2年物の指標銘柄で前月末比0.014%低下の4.87%、10年物の指標銘柄で同0.147%上昇の4.11%となった。
  • アジアでは、インドやインドネシアの債券が域内の他国よりも良好なパフォーマンスを示す可能性があるとみている。キャリーが魅力的な水準にあることに加えて、良好なマクロ環境や政策への信認の高さが、両国の債券の追い風になるだろう。通貨については、米国の金利がピークに達したかもしれないとの見方が、米ドルに対するセンチメントの重石となる可能性があり、そうしたなかでアジア通貨が選好されるとみられる。当社では、こうした環境下でタイバーツやインドネシアルピア、韓国ウォン、シンガポールドルについて良好な見方をしている。
  • 8月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.20%拡大するとともに米国債利回りが上昇したことを受けて、月間リターンが-0.92%となった。格付け別では、投資適格債の月間リターンが-0.50%となり、ハイイールド債の月間リターンは-3.47%となった。
  • 経済成長は今後減速が見込まれるものの、中国を除くアジア地域のマクロ経済や企業の信用状況に関するファンダメンタルズは底堅さを維持すると予想している。アジアの銀行システムは引き続き強固で、安定した預金基盤や堅固な株式資本、貸倒引当金繰入れ前の収益性の好調さが、今後信用コストが若干上昇したとしても耐え得るバッファーをもたらしている。しかし、マクロ経済環境がやや悪化しているとともに、地政学的緊張やFRBの政策の行方など先行き不透明感が残っていることを考えると、アジアの投資適格クレジットもののバリュエーションは過去の水準に比べても先進国の信用スプレッド対比でも、やや割高なように見受けられる。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

米国債利回りは8月も上昇
8月の米国債市場は、米国の経済成長が底堅く推移している兆しが強まったことや資金調達ニーズが高まっていること、格付け機関フィッチレーティングスが米国債の格付けを引き下げたことを受けて、月初に下落した。その後、米国債の供給が高まり、またPPI(卸売物価指数)が市場予想を上回ったほか、FRB高官がタカ派的な発言を行うなか利回りの上昇圧力が続いたが、中国の指標の低迷によってやや打ち消された。公表されたFRBの7月の政策会合の議事録でインフレ再燃の可能性をめぐる懸念が示されると、米国債利回りは一段と上昇した。その後、市場の注目はジャクソンホール会議へと移り、ジェローム・パウエルFRB議長がインフレは「まだ高すぎる」との認識を示しながらも、FRBはさらなる動きについて「慎重に進めていく」つもりであると述べたことを受けて、米国債市場はやや落ち着きをみせた。月末にかけては、国内の指標が市場予想を下回るなか、米国債利回りは月初以降の上昇が一部反転した。月末の利回り水準は、2年物の指標銘柄で前月末比0.014%低下の4.87%、10年物の指標銘柄で同0.147%上昇の4.11%となった。

チャート1

タイ中銀は利上げを実施、その他の中銀は政策金利を据え置き
当月は、韓国、インド、インドネシア、フィリピンの中央銀行が政策金利をそれぞれ据え置く一方、タイの中央銀行は金融政策を一段と引き締めた。タイの中央銀行は、0.25%の利上げは「インフレを持続的に目標レンジ内に収める」だけでなく、「低金利の長期化で生じ得る金融面の不均衡の積み上がり」を防ぎ、「政策余地」を確保することでもあるとの考えを示した。月中に、インドネシアの中央銀行は流動性の吸収を目的とした新たなマネーマーケット商品の発行を発表し、9月中旬に発行を開始するとした。また、インドの中央銀行は、過剰流動性を吸収するために、市中銀行に現金準備率を一時的に上乗せするよう命じた。

7月の物価上昇圧力は一段と緩和
マレーシアの7月のCPI(消費者物価指数)上昇率は、比較対象となる2022年の水準が高かったことなどにより前年同月比2.0%となり、前月の同2.4%から減速した。タイの7月の総合インフレ率は前年同月比0.38%と(前月の同0.23%から)小幅に加速する一方、食品・エネルギー価格を除くコアインフレ率は同0.86%と(前月の同1.32%から)減速した。シンガポールの総合CPI上昇率は、コアインフレの低下に加えて民間輸送費の上昇鈍化を受けて前年同月比4.1%と前月の同4.5%から減速した。フィリピンの7月の総合CPI上昇率は、光熱費や食品価格の上昇ペースが鈍化したことを受けて6ヵ月連続で減速し、7月は前年同月比4.70%となった。対照的に、インドの7月の総合CPI上昇率は、野菜価格の上昇が主因となり前年同月比7.44%と15ヵ月ぶりの高水準へと加速し、インド準備銀行の目標レンジの上限を突破したものの、コアインフレ率(食品・燃料価格を除く)は前月の前年同月比5.1%から7月は同4.9%へと減速した。

2023年第2四半期の経済成長はインドやインドネシアで加速するも、マレーシアやタイ、フィリピンでは減速
2023年第2四半期のGDP成長率(前年同期比ベース)は、インドやインドネシアで加速したものの、マレーシアやタイ、フィリピンでは減速した。インドでは、個人消費の大幅な加速が成長を押し上げ、インドネシアでは好調な家計・政府支出が同四半期の輸出の縮小を相殺した。対照的に、フィリピンではコモディティ価格の上昇や政府・個人消費の鈍化が成長の足かせとなり、マレーシアでは輸出の減速が経済活動の重石となった。

中国が発表した指標は引き続き相次いで市場予想を下回る、政策当局は利下げを実施して景気刺激策を発表
中国のCPI上昇率は6月に横這いとなったのち、7月にデフレ領域に落ち込んだ。政府が融資を促す取り組みを行っているにもかかわらず、信用需要は低いままで、7月の社会融資総量は市場予想の半分未満にとどまった。経済活動データは全般的に市場予想を下回っており、政策手段がこれまでのところ景気浮揚効果をもたらしていないことが示された。加えて、中国の住宅市場問題の深刻化や、一部のシャドーバンキング関連の信託商品で支払いが履行できていないとのニュースを受けて、市場の懸念が強まった。

指標の大幅な低迷を受けて、中国の中央銀行は複数の政策金利を0.10~0.15%引き下げた。月を通して、中国政府は経済の回復や投資家心理の改善を目指した措置も発表したが、規制当局のアプローチが引き続き的を絞ったものであったことを受けて、市場センチメントは低調な状態が続いた。月末にかけて、政策当局は不動産に関するより大幅且つ明確な緩和措置を発表し、1軒目の住宅購入者の定義を拡大するとともに、1軒目および2軒目の住宅購入者の頭金について最低要件を引き下げたほか、既存の住宅ローン金利を引き下げた。

今後の見通し

インドやインドネシアの債券を選好
FRBの現在の金融政策引き締めサイクルは、まだ終了していないにせよ、終わりに近づきつつあるとみている。とは言え、米国経済の底堅さに加え国内インフレの減速が緩やかであることから、市場ではFRBが借入金利を長期にわたって高水準に維持すると予想されている。この米国の高金利が長期化するとの見方を受けて、当社ではキャリーが高水準な債券、あるいはファンダメンタルズが良好で利回りが相対的に高い国の債券が選好される可能性が高いとみている。

アジアでは、インドやインドネシアの債券が域内の他国よりも良好なパフォーマンスを示す可能性がある。キャリーが魅力的な水準にあることに加えて、良好なマクロ環境や政策への信認の高さが、インドやインドネシアの債券の追い風になるだろう。加えて、インドの最近のインフレ再加速は一時的なものになると予想している。また、エルニーニョ現象による天候のさらなる大きな乱れがない限り、国内の物価圧力は今後安定するとみている。一方、インドネシアでは、インドネシア中銀の新たなルピア建て証券が海外からの資金流入を促進するとともに、短中期債の売り圧力を和らげる可能性がある。

タイバーツ、インドネシアルピア、韓国ウォン、シンガポールドルを選好
米国の金利がピークに達したかもしれないとの見方が、米ドルに対するセンチメントの重石となる可能性があり、そうしたなかでアジア通貨が選好されるとみられる。当社では域内でタイバーツやインドネシアルピア、韓国ウォン、シンガポールドルについて良好な見方をしている。

アジアのクレジット市場

市場環境

8月のアジア・クレジット市場は下落
8月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.20%拡大するとともに米国債利回りが上昇したことを受けて、月間リターンが-0.92%となった。投資適格債は、信用スプレッドが約0.10%拡大するなか月間リターンが-0.50%となり、ハイイールド債をアウトパフォームした。ハイイールド債は、中国不動産セクターのクレジットものの大幅な低迷が主因となってスプレッドが1.19%拡大し、月間リターンが-3.47%となった。

アジアの信用スプレッドは、中国経済をめぐる懸念が強まるなか、8月に大きく拡大した。中国では、国内のCPI上昇率は、6月に横這いとなったのち7月にデフレ領域へと落ち込んだ。政府が融資を促す取り組みを行っているにもかかわらず、信用需要は低いままで、7月の社会融資総量は市場予想の半分未満にとどまった。経済活動データは全般的に市場予想を下回っており、政策手段がこれまでのところ景気浮揚効果をもたらしていないことが示された。加えて、中国の住宅市場問題の深刻化や、一部のシャドーバンキング関連の信託商品で支払いが履行できていないとのニュースを受けて市場の懸念が強まり、アジアのハイイールド債分野を中心に資金が流出した。指標の大幅な低迷を受けて、中国の中央銀行は複数の政策金利を0.10~0.15%引き下げた。月を通して、中国政府は経済を回復させ、投資家心理を押し上げることを目指した措置も発表したが、規制当局のアプローチが引き続き的を絞ったものであったことを受けて、市場センチメントは低調な状態が続いた。月末にかけて、政策当局は不動産に関するより大幅且つ明確な緩和措置を発表し、1軒目の住宅購入者の定義を拡大するとともに、1軒目および2軒目の住宅購入者の頭金について最低要件を引き下げたほか、既存の住宅ローン金利を引き下げた。市場では全国的な措置が好感され、中国の不動産セクターのクレジットものは大きく持ち直した。

その他のアジア諸国では、2023年第2四半期の経済成長が前年同期比で総じて鈍化した。例外だったのはインドとインドネシアで、両国は消費が比較的好調となったことから、同四半期のGDP成長率が加速した。その他、コロナ後の正常化が域内の企業に引き続き追い風となるなか、上半期の決算ではアジア企業の信用ファンダメンタルズの堅調さが示された。国際的な往来の再開が、小売りやサービス、ホスピタリティ関連産業の追い風となっている。銀行セクターでは、高金利が純金利マージンの拡大を通じて銀行の収益性を押し上げており、また不良債権の発生は少ない状態が続いている。資源関連分野では、価格が高止まりするなかで、資源セクターの企業は何年にもわたって債務を削減し、強固なバランスシートと流動性を構築している。一方で、業績好調なセクターばかりではなく、資金調達へのアクセスの悪化や内需の後退が中国の不動産デベロッパーの重石となり続けるとともに、需要が引き続き低調となるなか、テクノロジーやメディア、電気通信セクターの一部で低迷が鮮明となった。最終的に、8月は台湾を除くすべてのアジア主要国でスプレッドが拡大した。中国やマカオ、香港のクレジット市場は、中国の景気減速の影響が市場で不安視されるなか大きな打撃を受けた。

8月の米国債市場は、米国の経済成長が底堅く推移している兆しが強まったことや資金調達ニーズが高まっていること、格付け機関フィッチレーティングスが米国債の格付けを引き下げたことを受けて、月初に利回りが上昇した。その後、米国債の供給が高まり、またPPI(卸売物価指数)が市場予想を上回ったほか、FRB高官がタカ派的な発言をしたことを受けて利回りへの上昇圧力は続いたものの、中国の指標の低迷によって一部打ち消された。ジャクソンホール会議では、ジェローム・パウエルFRB議長がインフレは「まだ高すぎる」との認識を示しながらも、FRBはさらなる動きについて「慎重に進めていく」つもりであると述べた。その後は、国内指標が市場予想を下回ったことを受けて、米国債利回りは月初以降の上昇が一部反転した。月末の利回り水準は、10年物の指標銘柄で同0.147%上昇の4.11%となった。

8月の発行市場は引き続き低調
8月のアジアのクレジット市場では、アジアにおけるリスクセンチメントの低迷を受けて、大半の発行体が様子見姿勢を維持するなか、新規発行は総額36億9,000万米ドルにとどまった。投資適格債分野では、中国人寿保険のディール(総額20億米ドル)を含め、計3件(総額30億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド債分野の新規発行は計4件(総額6億8,500万米ドル)となった。

チャート2

今後の見通し

アジアのマクロ経済や企業信用のファンダメンタルズは堅調だが、バリュエーションは依然としてやや割高
中国では不動産セクターに対する規制緩和措置が最近拡大されており、全国的な政策措置が正しい方向へとプラスの前進を見せるのに伴い、当面は市場センチメントが改善する可能性がある。しかし、輸出の縮小や地政学的緊張、民間セクターの景況感低迷などをめぐる懸念が、経済全般や潜在的住宅購入者の心理の重石となり続ける可能性があるため、政策当局はより積極的な措置を実施していくと予想する。これまでの金融政策引き締めの影響が実体経済に表れ始めるとともに、サービス分野の繰延需要が後退するなか、経済成長は2023年後半から2024年前半にかけて減速するとみられるものの、中国を除くアジア地域では、マクロおよび企業信用のファンダメンタルズが底堅さを維持するとみられる。企業収益の成長鈍化と資金調達コストの上昇から、金融以外の企業では負債比率やインタレスト・カバレッジ・レシオにおいて若干の悪化が見られるかもしれないものの、投資適格債を中心として大半の社債には、格付けを維持できる十分な余裕があると考える。アジアの銀行システムは引き続き強固で、安定した預金基盤や堅固な株式資本、貸倒引当金繰入れ前の収益性の好調さが、今後信用コストが若干上昇したとしても耐え得るバッファーをもたらしている。

マクロ経済環境がやや悪化しているとともに、地政学的緊張やFRBの政策の行方など先行き不透明感が残っていることを考えると、アジアの投資適格クレジットもののバリュエーションは、過去の水準に比べても先進国の信用スプレッド対比でも、依然やや割高なように見受けられる。したがって、当面はリスクに対してより慎重な見方をしていく方針である。


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