本稿は2023年8月21日発行の英語レポート「Balancing Act」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

グロース資産のスコアをプラスに維持

投資環境概観

経済の車輪は前進を続けているが、これは、米FRB(連邦準備制度理事会)の翌日物金利誘導目標が2001年以来の高水準となる5.5%まで引き上げられていることを考えると、多くの人にとって予想外の状況と言えるだろう。当該政策金利はまた、2006年~2007年の最高水準である5.25%を0.25%上回っているが、当時は、その後利下げが実施されたものの、2008年9月のリーマン・ブラザーズの破綻に端を発した世界金融危機を最終的に防ぐことはできなかった。今回は、民間セクターのバランスシートと規制がともに大幅に強化されており、足元で財政出動と投資の波が加わっていることから、景気後退リスクをさらに遠ざけておくことが可能となるかもしれない。

代わりに、現在のリスク発生源は、資本コストの低さに大きく依存してきたビジネスモデルが、リスクフリー・レートの大幅上昇を受けて困難に直面していることにある。こうしたビジネスは、インフレ率が減速し実質金利が上昇し続けるのに伴い、痛手が着実に増大する。一方で、この痛みは、需要が持ちこたえる限り部分的に飲み込み得る。株式と債券の両市場は「高金利の長期化」を織り込みつつあり、この心理の変化によって、当面はボラティリティが増すとともに債券と株式の相関が高まる可能性があるが、より大規模な市場ショックが起きない限り、市場全体が下落するシナリオは考えにくい。

今にして思えば、2022年は債券バブルの崩壊と、それに伴う割高な株式のバリュエーション見直しに象徴される年であったが、予想された業績の悪化は完全には現実化しておらず、現在では収益予想が引き上げ傾向にある。実質金利の上昇は負債比率の高い企業にとって逆風となるため、クオリティが重要となるのは確かだ。もちろん、この成長継続テーマにとって重要なのは、インフレの減速が続くことである。これが覆るリスクは当面考えにくいが、当社では注視していく。

クロス・アセット

当月は、グロース資産のスコアをプラスに、ディフェンシブ資産のスコアを中立に据え置いた。景気の鈍化と金融引き締めがインフレ減速という待ち望んだ効果をもたらしており、見通しは引き続き安定している。しかし、米国を中心に財政出動の増加が消費者の経済状況の安定を促しており、これにテクノロジーへの新規投資が加わって、景気サイクルは長期化している。市場の先導役の幅が拡大したことを受けて、リセッション(景気後退)・リスクが後退したとの見方が広がっており、米国の地方銀行やエネルギー株から小型バリュー株に至るまで、最も売り込まれてきたセクターやスタイルが相当の上昇を見せている。

リセッション懸念を織り込み済みとはいえ、5.5%という米国のリスクフリー・レートの水準は非常に高く、経済が好調を維持するのに根強いハードルとなっている。一方、インフレは減速を続けており、売上げの伸びを損なうとともに利益率の維持を困難にしている。AI(人工知能)の進歩は、長期的には生産性を最終的に向上させる大きな可能性を秘めているが、その実現スピードは推測の域を出ず、一方で実質金利の上昇は、安価な資本に依存する依然数多いビジネスモデルにとって、直接的な逆風となり続けている。

AIの進歩の実現化には時間がかかるとみられるが、英米地銀のストレスやクレディ・スイスの破綻など債務ベースの投資で顕在化しているシステミックな綻びが大規模な亀裂に発展しない限り、市場はAIの進歩という有望な長期的投資機会を支持し続けると当社ではみている。

景気循環的な正常化が続くとの見方を反映し、グロース資産では、コモディティ関連株のスコアをマイナスからプラスに引き上げるとともに新興国株式のスコアも小幅ながら引き上げてプラス幅を拡大する一方、その分、上場インフラ資産のスコアを大幅なマイナスへと引き下げた。ディフェンシブ資産では、投資適格クレジットのスコアをさらに引き上げてマイナス幅を縮小する一方、その分、先進国ソブリン債のスコアを引き下げて中立とした。

マルチアセット・チームのクロス・アセット見解は、(1)グロース対ディフェンシブ、(2)グロースおよびディフェンシブ資産内でのクロス・アセット、(3)各資産クラス内での相対的な資産の見方、という3つの異なる段階で示しています。これらの段階は、選好順位の水準は資産クラスが予想可能な形で似た動きあるいは異なる動きを見せるという当社のリサーチおよび直感的認識を表しており、したがって、資産クラスのクロス・アセットでのスコアリングは理に適っているとともに、最終的により熟考された堅固なポートフォリオ構築につながると考えます。

資産クラスの選好順位


当社の見方

グロース資産

良好な経済指標に裏付けられて「ゴルディロックス(過熱せず低迷もしない適度な経済状態)的ソフトランディング(リセッションを回避した緩やかな景気減速)」シナリオが展開し続けているが、市場のモメンタムは(おそらくは切実に必要とされていた値固めを理由として)やや後退している。センチメントもやや変化した可能性があり、利下げがすぐに実施されないのであれば長期債を保有している合理性は薄れるため、それに応じてイールドカーブの長期ゾーンが押し上げられている。それでもこの動きは、企業収益見通しの新たな重石になるというより、新たな現実の消化プロセスのように見受けられる。

AIをめぐる成長ストーリーはこれまでとは異なり、ChatGPTのようなサービスが想像力をかき立てる、好奇心をそそられるような破壊的変化の道のりでもある。しかし、GPU(「グラフィックス・プロセッシング・ユニット」、3Dグラフィックスなどの描画に必要な計算処理を行う半導体チップ)需要からの堅調な追い風を反映している模様のNvidiaの収益を除けば、上述のような新技術がどれくらいのスピードで収益化されるのかを正確に見通すのは難しく、一方で金融引き締めが最終的に需要の重石となることはより明らかである。それでも、財政政策は並外れて緩和的であり、これまでの景気刺激策が効果を及ぼす経路は様々あることから、需要はそう簡単には悪化しないかもしれない。

ソーシャルメディアを中心としたドットコム・バブル以降の過去20年間と現在との大きな違いは、1990年代にスプレッドシートとインターネットが生産性を向上させたのと同様に、AIには実際に生産性を向上させる可能性があるように思われることだ。例えば、Microsoftは近々「Copilot」という生成AIアプリケーションをOffice製品群に搭載する形でリリースする予定だが、同アプリケーションの有償試用を行っている600社では生産性の向上において素晴らしい結果が示されている。

AIをめぐる「誇大宣伝」は行き過ぎだという指摘もあるが、AIに関連した業績見通しの上方修正が明確に見られ始めるのはそう遠い話ではないかもしれない。

米国テクノロジー株:バブルか本物の成長か

米国のテクノロジー株が取り沙汰されているのは、2022年の下落分をほぼ完全に取り戻したからで、これ自体も恐るべきことだが、一方でNvidiaは2021年末の水準から38%上昇している。これは理に適っているのだろうか。ある程度はそうと言えるが、論より証拠で、その証拠は概ねAIの見通しにかかっている。2022年に市場が下落したのには正当な理由があり、景気刺激策主導の需要が衰え始めるとともに金利が急速に上昇したからだが、その後、2022年11月にChatGPTが登場すると、わずか5日間でユーザーが100万人に増えた。

チャート1


人間のような文章力と幅広い知識ベースが魅力の生成AIだが、有望なビジネス・ケースとしては何が挙げられるだろうか。Nvidiaにとってのビジネス・ケースは単純明快である。AIグレードのGPUに対する需要は文字通り桁外れで、受注残が2024年まで積み上がっており、NvidiaはAI向けGPUの分野で市場を圧倒的にリードしている。株価が割高な水準にあるのは確かだが、需要と成長の見込みは現実的である。AIは単なる企業の取り組みではなく、社会的構想でもあるからだ。AIは単なるナイス・トゥ・ハブ(あるとうれしいもの)ではなく、国家安全保障の観点からはマスト・ハブ(なくてはならないもの)であることから、サウジアラビアのような国々が(表向きは時代に乗り遅れないようにとの名目で)注文できる限りのGPUを買い漁っている。

生成AIはアプリケーションの1つに過ぎず、その裏側では多くの画期的な進歩が起きている。例えば、Googleの子会社であるDeepmindが開発したAIシステム「Gato」は、正式なトレーニングなしで600ものタスクを学習した。これは、コンピューターが適応(または推論)して新しい概念を学習し、ユーザーのために質問に答えたり文書を書いたりする以上の仕事をこなせるようになることを可能とする、コンピューター知力の一形態であるAGI(汎用人工知能)に近いものだ。要するに、画期的技術と有望なアプリケーションがかつてない速さで開発されており、これによる生産性向上の可能性は大規模なものとなり得る。

当社は(投資の世界ではあるべき姿として)もともと懐疑論者的であり、上述の多くの潜在的利点が実現して最終的に収益に反映されるであろう時間軸については慎重であるが、これらのイノベーション(革新)は非常に現実的であり、過去20年におけるソーシャルメディアの発展よりもはるかに興味深いものだと考えている。

グロース資産に対する確信度の強い見解

  • 日本と米国を引き続き選好:日本株は自国の金融政策の(極めて)部分的な正常化を嫌気して反落したが、日本の金融政策は依然緩和的であり、改革も引き続き有望である。米国については、AIの進歩は非常に現実的であり、需要の順調さが続けば様々なセクターにわたって収益が大幅に向上するとみている。
  • 一部の新興国を選好:近く金融緩和サイクルを迎える中南米諸国、特にニアショアリング(生産拠点を地理的に近い近隣国に移転すること)と米国からの投資が追い風となるメキシコを引き続き選好する。アジア市場には一服感があるが、韓国と台湾はテクノロジー・セクター比率の高さが依然有利であり、インドはエネルギー価格の低下や製造業における新たな潜在成長機会から恩恵を受けやすい。
  • 中国と欧州に対して慎重:中国は引き続き景気の安定化に苦戦しており、欧州はテクニカル・リセッション(前期比での実質GDP成長率が2四半期連続でマイナスとなること)や依然続く金融引き締めの逆風と闘わなければならない。

ディフェンシブ資産

ディフェンシブ資産では、先進国ソブリン債のスコアをプラスから中立へと引き下げた。7月は世界の債券利回りが月を通じて上昇し、大半の国では今サイクルで最も大きく逆転していたイールドカーブが再びスティープ化し始めた。複数の中央銀行が追加利上げを実施したが、声明ではタカ派色が薄れた。これは本来であればグローバル債券の追い風となるはずだが、米国経済の底堅さを受けて、市場は今後の利下げの可能性を来年へと先延ばしで織り込み直した。高金利が長期化するとの見通しは、中央銀行の政策金利がターミナル・レート(利上げサイクルにおける最終到達点の金利水準)に到達した可能性を示しているが、イールドカーブが長期的な緩和サイクルを織り込む必要が生じるまでには、かなり時間がかかるかもしれない。当社では先進国ソブリン債に対する見方を後退させたが、多くの現地通貨建て新興国債券では実質利回りが依然非常に魅力的な水準にあり、この実質利回りの優位性が新興国通貨を対米ドルや対日本円でサポートする要因にもなっている。

一方、当月は投資適格クレジットのスコアを若干のマイナスへと引き上げた。最近の株式市場の上昇と経済指標の上振れを受けて、信用スプレッドはここ数ヶ月間、良好なパフォーマンスを示している。当社では、景気が世界的に鈍化するとともに資金調達条件のタイト化により投資適格社債の発行体にとって環境が厳しさを増すと予想しているが、一方で経済指標の上振れは世界経済が2023年にはリセッション入りしない可能性を示しており、投資適格クレジットのスプレッドは短期的には拡大しない可能性がある。しかし、スプレッドが現在低水準にあることやリセッションのリスクが残っていることを考えると、プラスのスコアはまだ正当化されない。

ハイイールド債については、ディフェンシブ資産のなかでスコアを最も大幅なマイナスに据え置いた。ハイイールド債のスプレッドは、リセッションが近いとの不安が続いているにもかかわらず、今年に入ってから特に良好なパフォーマンスを見せている。しかし、景気先行指標の鈍化や金融環境のタイト化によってスプレッドが拡大するリスクがあり、ハイイールド債の見通しは全体として不透明だと言える。当該資産クラスがこれまで底堅く推移してきたことは認めるが、最近のスプレッド縮小を受けて、景気が悪化した場合にパフォーマンスがマイナスに転じる可能性が高まっているとともに、一段のスプレッド縮小による上昇余地が減少している。

日銀の政策変更

日本銀行は7月の政策決定会合で、今後「イールドカーブ・コントロールをより柔軟に運用していく」と述べ、金融緩和政策解除の第一歩を踏み出した。この「柔軟」が何を意味するのかについて、あまり詳しい説明はなかったが、日銀が国債を買い入れる水準を見れば、この運用の柔軟度をある程度予見することができる。日銀は10年物日本国債を、前月の購入水準であった0.5%の倍に相当する1.0%で買い入れると表明した。市場はこのメッセージを国債売りへのゴーサインと受け止め、利回りは以前のイールドカーブ・コントロールの水準を超えて2014年以来の高水準へと達した。日銀のこのメッセージは、国債利回りが(秩序だった形で起こる限り)1%に向かって上昇しても構わないと同中銀が考えていることを示唆しているものと考える。

今回の政策スタンス変更は、日本のイールドカーブのスティープ化にもつながるとみられる。10年物利回りが上昇できるようになった一方で、キャッシュ・レートは比較的安定した推移が続くと予想されるからだ。下のチャート2が示す通り、短期債は通常、利回りがキャッシュ・レート近辺で推移する。つまり、日銀がキャッシュ・レートを動かす環境が整ったというシグナルを出すまで、短期債は現行水準辺りに留まることになる。これは、キャッシュ・レートの急上昇に伴いイールドカーブがフラット化している他国市場とは異なるシナリオである。イールドカーブの長短逆転は景気低迷が近づいている可能性を示唆するだけではない。順イールドのスティープなカーブは、満期の長い債券ほど魅力的なキャリー機会をもたらし時間の経過とともに利回りが低下しやすくなる環境を作り出すため、債券市場の参加者に好まれる。

チャート2


債券市場として長年選好されてこなかった日本国債市場だが、日銀の政策転換により、同市場の投資魅力が世界的に増すような2つのプラス要因が生まれつつある。1つ目は、前述したように、日本債券のイールドカーブが先進国のなかで最もスティープな部類に入ることだ。米国、カナダ、ドイツ、英国などの国々ではイールドカーブが大きく長短逆転しており、短期債よりも長期債を選好するのがますます難しくなっている。

2つ目は、日本のキャッシュ・レートが他国よりもはるかに低いため、海外投資家が日本債券を保有するにあたり、為替ヘッジ・コストが非常に有利となることである。実際、日本の投資家が10年物米国債を保有する場合のヘッジ後利回りは約-2%であり、これは現在、満期が同程度の日本国債の利回り0.5%を大きく下回る(チャート3参照)。この利回り格差は過去最大の水準に達しており、日本国債は今後も売りが続けば自国の投資家にとって魅力度が一層増すと予想される。

チャート3


市場は利回りがどこまで上昇すれば日銀が反応するかを試したがっているとみられるため、日本国債のスコアをプラスとするのは時期尚早かもしれないが、そのタイミングは近く訪れる可能性がある。スティープなイールドカーブ、有利なヘッジ・コスト、10年ぶりの水準に上昇している利回りによって、市場としての魅力度が大きく増してきているからだ。


ディフェンシブ資産に対する確信度の強い見解

  • オーストラリア債券は依然魅力的:オーストラリアではインフレが落ち着きつつあるとともに消費需要が鈍化の兆しを見せていることから、オーストラリア準備銀行の政策はターミナル・レートに極めて近いと予想している。同国のイールドカーブは依然順イールドであるため、他の先進国の多くに比べて投資魅力度が高い。また、同国の投資適格債のスプレッドは先進国のなかでも最も大きい部類に入り、他国市場に比べて平均を上回る上乗せ利回りを提供している。
  • 新興国債券の利回りは魅力的:現地通貨建て新興国債券の実質利回りは総じて非常に魅力的であり、ドルの全面安を受けて当社ではクオリティの高い新興国通貨を選好している。

プロセス

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:


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