本稿は2023年10月20日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

当面はリスクに対してより慎重な見方


サマリー

  • 9月の米国債市場は、利回りが上昇を続けるなかイールドカーブがスティープ化した。原油価格の上昇を受けてインフレが継続するとの懸念や高金利の長期化が、米国債市場低迷の主な要因となった。月末の利回り水準は2年物の指標銘柄で前月末比0.181%上昇の5.05%、10年物の指標銘柄で同0.463%上昇の4.57%となった。
  • 足下で原油価格が上昇するなか、世界の各中央銀行はインフレに対する警戒を強めており、利上げサイクルを早期に終了した場合に引き起こされるリスクにより慎重になっている。こうしたなか、当社ではデュレーションに対してより慎重な姿勢を持つことが賢明とみており、アジア地域の大半の国のデュレーションについて概して中立な見方をしている。通貨については、中国人民元とフィリピンペソを選好する一方、韓国ウォンとタイバーツに対して慎重な見方をしている。
  • 9月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが約0.11%縮小したものの米国債利回りが上昇したため、月間リターンが-0.96%となった。格付け別では、投資適格債の月間リターンが-1.24%となり、ハイイールド債の月間リターンは0.79%となった。
  • 経済成長は今後減速が見込まれるものの、中国を除くアジア地域のマクロ経済や企業の信用状況に関するファンダメンタルズは底堅さを維持すると予想している。アジアの銀行システムは引き続き強固で、安定した預金基盤や堅固な株式資本、貸倒引当金繰入れ前の収益性の好調さが、今後信用コストが若干上昇したとしても耐え得るバッファーをもたらしている。しかし、マクロ経済環境がやや悪化しているとともに、地政学的緊張や米FRB(連邦準備制度理事会)の政策の行方など先行き不透明感が残っていることを考えると、アジアの投資適格クレジットもののバリュエーションは過去の水準に比べても先進国の信用スプレッド対比でも、やや割高なように見受けられる。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

9月の米国債市場は下落
9月の米国債市場は、利回りが上昇を続けるなかイールドカーブがスティープ化した。原油価格の上昇を受けてインフレが継続するとの懸念や高金利の長期化が、米国債市場低迷の主な要因となった。9月初旬に、ロシアとサウジアラビアは自主的な原油供給制限を年末まで延長すると発表した。これにより原油価格が世界的に上昇したことに加え、原油の供給逼迫が主要国のインフレや経済政策に影響をおよぼすとの懸念もリスクセンチメント全般の重石となり、米国債利回りは上昇した。月の中旬に、FRBは指標であるFF(フェデラル・ファンド)金利の誘導目標レンジを5.25~5.50%に据え置いたが、米FOMC(連邦公開市場委員会)参加メンバーの金利見通しであるドット・プロットではタカ派的な姿勢が示された。同時に公表されるSEP(経済・政策見通し)では、経済活動の活発化と原油価格の上昇が最近のインフレ動向を阻むのではとの懸念が示された。こうしたなか、大半の高官は年内にあと1回の利上げを実施するとの見方を維持しており、2024年および2025年に想定する利下げ幅は、2023年6月に発表したSEPの内容と比べて縮小した。とは言え、ジェローム・パウエルFRB議長は政策決定後の記者会見でタカ派的な見通しを後退させ、さらなる動きについては「慎重に」進めていくと繰り返した。月末の利回り水準は2年物の指標銘柄で前月末比0.181%上昇の5.05%、10年物の指標銘柄で同0.463%上昇の4.57%となった。

チャート1

タイの中央銀行は利上げ、その他の中央銀行は政策金利を据え置き
タイの中央銀行は9月に金融政策を一段と引き締め、政策金利を0.25%引き上げて2.50%とし、政策金利は現在中立な水準にあると述べた。とは言え、同中銀は政府の経済政策による経済成長およびインフレの上振れリスクを注視し、今後政策を検討する際にはこれを考慮していく方針であるとした。また、同中銀は2023年のGDP成長率および総合インフレ率予想をそれぞれ(従来予想の3.6%から)2.8%、(同2.5%から)1.6%へと大幅に引き下げ、成長予想を下方修正した要因の1つとして外需の低迷を挙げた。一方、2024年のGDP成長率予想については、これまでの予想である3.8%から4.4%へと大幅に上方修正し、「観光業の着実な回復や財輸出の好転、政府の政策による追加支援が下支えとなり、内需がけん引役となって成長をみせるだろう」との見方を示した。インドネシアの中央銀行は政策スタンスを維持して政策金利を5.75%に据え置き、「ルピアの安定性を強化して、グローバル金融市場の不透明感の波及的影響を予防すること」に引き続き注力していると改めて述べた。また、フィリピンの中央銀行は足元でインフレが加速するなかでも、現行の政策スタンスを維持した。同中銀のエリ・レモロナ総裁は、利上げは「11月の検討事項」であると述べたが、最終的な決定は入手可能なデータ次第となる見込みである。他では、マレーシアの中央銀行は政策金利を3.00%に据え置いた。同中銀は、外需が予想を下回るリスクが、同国の経済成長見通しに悪影響をおよぼす可能性があると述べた。とは言え、観光業の活発化や電気・電子製品セクターの回復、既存および新規プロジェクトの実施の加速によって、こうした悪影響は打ち消される可能性がある。

8月の総合CPI上昇率は総じて加速
タイの8月のCPI(消費者物価指数)は、エネルギー価格の上昇加速が主因となり、4ヵ月ぶりの高い伸びとなった。8月の総合インフレ率は前年同月比0.88%となり、前月の同0.38%から加速した。一方、同月のコアインフレ率は減速した。同様に、インドネシアの8月の総合インフレ率は前年同月比3.27%となり、前月の同3.08%から加速したが、コアインフレ率(食品とエネルギー価格を除く)は前月の同2.43%から同2.18%へと減速した。フィリピンのインフレ率は、食品価格や輸送費の上昇を受けて7ヵ月ぶりに予想外に加速し、8月の総合CPIは前年同月比5.3%と、前月の同4.7%を上回った。一方、コアインフレ率の上昇率は前月の前年同月比6.7%から同6.1%へと鈍化した。中国では、8月の物価上昇率がプラスに転じ、8月のCPI上昇率は、サービス価格が堅調な伸びをみせたことに加えて比較対象となる前年の水準が低かったことなどが主因となり前年同月比0.1%と、前月の-0.3%から加速した。対照的に、シンガポールの8月の総合およびコアインフレ率はともに小幅に減速した。総合インフレ率は、コアインフレの鈍化に加えて宿泊施設の価格上昇が緩み、民間輸送費の上昇加速を十二分に相殺したことから、前月の前年同月比4.1%から同4.0%へと減速した。

中国人民銀行は預金準備率を引き下げ、中国のデータは経済がある程度安定化していることを示唆
月中に、中国人民銀行は(市中銀行から預金を強制的に預かる比率を示す)預金準備率を0.25%引き下げることを発表した。この引き下げは預金準備率が5%を上回る銀行に適用され、9月15日に実施された。その他、中国の発表頻度の高い経済指標は、数ヵ月にわたって市場予想を下回った後、8月は比較的良好な結果となった。全体的な改善は小幅ながらも、経済が安定化している兆しが示された。中国政府が経済成長の回復に向けて取り組むなかでも固定資産投資や不動産投資は依然低調となったが、中国の鉱工業生産や小売売上高は改善をみせた。また、都市部の全世代失業率は小幅に改善し、国家統計局が発表する9月の製造業PMI(購買担当者景気指数)は6ヵ月ぶりに景気拡大を示唆する領域へと回復した。また、信用の伸びは8月に持ち直し、同月の新規銀行融資は1兆3,600億元と、前月の3,460億元から増加した。短期的な融資が中心であったものの、企業向け融資の拡大が主に増加に寄与した。社会融資総量(銀行とノンバンク融資の両方を含む)も大幅に増加して、前月の5,360億元から8月は3兆1,200億元となった。

インド国債がJPモルガンの債券インデックスに採用
月末にかけて、国際的なインデックスを管理するJPモルガンが、広く用いられているグローバル債券インデックスの新興国債券インデックスシリーズ(GBI-EM)にインド国債を組み入れることを発表した。JPモルガンによると、インド国債は2024年6月から10ヵ月にわたってインデックスに組み入れられ、構成比率は1ヵ月あたり1%拡大させる見込みとなっている。

今後の見通し

デュレーションのスタンスを中立へ、インドの債券を選好
原油価格の上昇や、金利の高止まりが従来予想されていたよりも長期にわたるとの見方の強まりを受けて、米国債利回りは上昇している。原油価格が上昇するなか、世界の各中央銀行はインフレに対する警戒を強めており、利上げサイクルを早期に終了した場合に引き起こされるリスクにより慎重になっている。こうしたなか、足下ではデュレーションについてより慎重な姿勢を持つことが賢明とみており、アジア地域の大半の国のデュレーションについて概して中立な見方をしている。

インド国債がJPモルガンのGBI-EMインデックスに正式に組み入れられることになり、2025年4月までにインドは同インデックスの構成比率で第2位の新興国となる見込みだ。これによって、インド市場に対する国外からの関心が高まり、短・中期的にインド国債には域内の他の国債よりも強固な下支えがもたらされるだろう。対照的に、タイの国債は新政権の支出規模をめぐる懸念を受けて、さらなる売り圧力に晒される可能性が高いとみられる。

中国人民元とフィリピンペソを選好
米国の高金利が長期化するとの見方が広がったことを受けて、米ドルが再び全面高となった。当社では、域内で中国人民元とフィリピンペソを選好する一方、韓国ウォンとタイバーツに対して慎重な見方をしている。中国人民銀行の支援策は人民元にプラスに働くとみられ、またフィリピンペソは季節的要因の追い風を受けて今後数ヵ月にわたり需要が下支えされる可能性がある。一方、原油価格の上昇は韓国やタイの経常収支にとって特にマイナスであり、両国の通貨の需要に悪影響をおよぼすとみている。

アジアのクレジット市場

市場環境

9月のアジア・クレジット市場は下落
9月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが約0.11%縮小したものの米国債利回りが上昇するなか、月間リターンが-0.96%となった。投資適格債は、信用スプレッドが約0.04%縮小したものの月間リターンが-1.24%となり、ハイイールド債をアンダーパフォームした。対照的に、ハイイールド債は、中国不動産セクターのクレジットものが回復したことなどによりスプレッドが0.72%縮小し、月間リターンが0.79%となった。

9月のアジアの信用スプレッドは、概ねレンジ内で推移した。中国の政策当局が経済成長を安定化させる政策をさらに実施するとの期待から、信用スプレッドは月初に縮小した。とは言え、中国不動産セクターのハイイールド債が顕著に回復した主因は、同セクター内における個別のポジティブな報道であった。月の中旬に、中国人民銀行は預金準備率の0.25%の引き下げを発表した。発表頻度の高い中国の経済活動指標は小幅に改善し、新規融資の創出を中心に同国の信用の伸びが幾分回復したことが示された。全体的な改善は小幅ながらも、ある程度回復の兆しが見受けられたことが、良好なリスクセンチメントの下支えとなった。しかし、原油価格が上昇するなかインフレの継続をめぐる懸念が広がったため、良好なリスクセンチメントは一部打ち消された。その後は、FRBが指標となるFF金利の誘導目標レンジを5.25~5.50%に据え置きつつも、ドット・プロットを通じてタカ派的な姿勢を示したことを受けて、市場の注目が主に米国の金利上昇に集まるなか、アジアの信用スプレッドは拡大基調となった。最終的に、当月は韓国やインドネシア、フィリピンを除くアジアの主要国でスプレッドが縮小した。注目すべき点として、米国債利回りの上昇は、デュレーションの長さからインドネシアのソブリン債と準ソブリン債の大きな重石となった。一方、インドのクレジット市場は、国際的なインデックスを管理するJPモルガンが、広く用いられているGBI-EMシリーズにインド国債を組み入れると発表したことが追い風となった。JPモルガンによると、インド国債は2024年6月から10ヵ月にわたってインデックスに組み入れられ、構成比率は1ヵ月あたり1%拡大させる見込みとなっている。

9月は原油価格が上昇するとともに、金利が従来予想されていたよりも長期にわたって高止まりするとの見方が強まるなか、米国債利回りは上昇した。9月初旬に、ロシアとサウジアラビアは自主的な原油供給制限を年末まで延長すると発表した。これにより原油価格が世界的に上昇したことに加え、原油の供給逼迫が主要国のインフレや経済政策に影響をおよぼすとの懸念もリスクセンチメント全般の重石となり、米国債利回りは上昇した。その後、FRBは政策スタンスを維持してFF金利の誘導目標レンジを据え置いたが、同時に公表されるSEPでは経済活動の活発化と原油価格の上昇が最近のインフレ動向を阻むのではとの懸念が示された。こうしたなか、大半の高官は年内にあと1回の利上げを実施するとの見方を維持しており、2024年および2025年に想定する利下げ幅は、2023年6月に発表したSEPの内容と比べて縮小した。このように、高金利が長期化するとの見方が広がったことを受けて、米国の金利は一段高となり、米ドルは全面高となった。月末の利回り水準は、10年物の指標銘柄で前月末比0.463%上昇の4.57%となった。

9月の発行市場は活動がやや持ち直し
9月は、月の前半を中心に投資家センチメントが落ち着きをみせたことを受けて発行市場の活動回復が促進され、新規発行は104億2,000万米ドルとなった。投資適格債分野では、LG Energy Solutionのディール2トランシェで総額10億米ドル)や韓国輸出入銀行のディール(3トランシェで総額20億米ドル)を含め、計16件(総額93億5,000万米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド債分野の新規発行は計8件(総額10億7,000万米ドル)となった。

チャート2

今後の見通し

バリュエーションは依然割高も、アジアのマクロ経済や企業信用のファンダメンタルズがバッファーを提供
中国では不動産セクターに対する規制緩和措置が最近拡大されており、全国的な政策措置が正しい方向へとプラスの前進を見せるのに伴い、当面は市場センチメントが安定する可能性がある。しかし、輸出の縮小や地政学的緊張、民間セクターの景況感低迷などをめぐる懸念が、経済全般や潜在的住宅購入者の心理の重石となり続ける可能性があるため、政策当局はより積極的な措置を実施していくと予想する。これまでの金融政策引き締めの影響が実体経済の重石になり始めるとともに、サービス分野の繰延需要が後退するなか、経済成長は2023年後半から2024年前半にかけて減速するとみられるものの、中国を除くアジア地域では、マクロおよび企業信用のファンダメンタルズが底堅さを維持するとみられる。企業収益の成長鈍化と資金調達コストの上昇から、金融以外の企業では負債比率やインタレスト・カバレッジ・レシオにおいて若干の悪化が見られるかもしれないものの、投資適格債を中心として大半の社債には、格付けを維持できる十分な余裕があると考える。アジアの銀行システムは引き続き強固で、安定した預金基盤や堅固な株式資本、貸倒引当金繰入れ前の収益性の好調さが、今後信用コストが若干上昇したとしても耐え得るバッファーをもたらしている。

マクロ経済環境がやや悪化しているとともに、地政学的緊張やFRBの政策の行方など先行き不透明感が残っていることを考えると、アジアの投資適格クレジットもののバリュエーションは、過去の水準に比べても先進国の信用スプレッド対比でも、依然やや割高なように見受けられる。したがって、当面はリスクに対してより慎重な見方をしていく方針である。


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