本稿は2023年11月24日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

ファンダメンタルズが引き続きアジア・クレジットの追い風に


サマリー

  • 当月の米国債利回りは大きく変動し、経済指標が引き続き米国経済の底堅さを示したことを受けて、米国債10年物の利回りは16年ぶりの高水準となる5.02%へと上昇した。月末の利回り水準は2年物の指標銘柄で前月末比0.044%上昇の5.09%、10年物の指標銘柄で同0.36%上昇の4.93%となった。9月のインフレ指標はまちまちとなり、アジアの中央銀行の金融政策は方向性が乖離した。
  • 足下で原油価格が上昇するなか、世界の各中央銀行はインフレに対する警戒を強めており、利上げサイクルを早期に終了した場合に引き起こされるリスクにより慎重になっている。こうしたなか、当社ではアジア地域の大半の国のデュレーションについて中立的な見方を維持するのが賢明とみている。通貨については、中国人民元とフィリピンペソを選好する一方、韓国ウォンとタイバーツに対して慎重な見方をしている。
  • 10月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが約0.20%縮小したものの米国債利回りが上昇するなか月間リターンが-0.65%となった。格付け別では、投資適格債の月間リターンが-0.67%となり、ハイイールド債の月間リターンは-0.51%となった。
  • 経済成長は今後減速が見込まれるものの、中国を除くアジア地域のマクロ経済や企業の信用状況に関するファンダメンタルズは底堅さを維持すると予想している。アジアの銀行システムは引き続き強固で、安定した預金基盤や堅固な株式資本、貸倒引当金繰入れ前の収益性の好調さが、今後信用コストが若干上昇したとしても耐え得るバッファーをもたらしている。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

10月の米国債市場は一段と下落
当月の米国債利回りは大きく変動した。月初は、米国の雇用統計が市場予想を大幅に上回る内容となったことを受けて、米FRB(連邦準備制度理事会)が追加利上げを実施する可能性が高まると、米国債は下落した。その後は、イスラエルとパレスチナのイスラム組織ハマスとのあいだで紛争が起きたことを受けて安全な投資先へと資金避難が進むなか、利回りは低下に転じた。FRBの複数の高官が、最近の長期金利の急上昇が引き締め効果の一部をもたらしていると述べるなど、FRBのハト派的な発言を受けて米国債の需要は一段と下支えされた。しかし、その後発表された米国の経済指標が引き続き米国経済の底堅さを示すなか、米国債10年物は16年ぶりの高水準となる5.02%へと上昇した。欧州では、ECB(欧州中央銀行)が、これまでの利上げを受けて需要が次第に抑制されており、徐々にインフレが緩和されているとの見方を踏まえて、政策金利を据え置いた。月末に、日銀はインフレ見通しを大幅に引き上げるとともに国債利回りの上限を一段と柔軟化し、YCC(イールドカーブコントロール)スキームのもとで1%としていた10年物利回りの上限を「目途」とすると述べた。月末の利回り水準は2年物の指標銘柄で前月末比0.044%上昇の5.09%、10年物の指標銘柄で同0.36%上昇の4.93%となった。

チャート1

域内の中央銀行の金融政策は方向性が乖離
インドネシアとフィリピンの中央銀行はともに金融政策の引き締めを再開して政策金利をそれぞれ0.25%引き上げる一方、韓国とインドの中央銀行は政策を維持した。また、MAS(シンガポール金融通貨庁)はSGDNEER(シンガポールドル名目為替レート)の傾きや中央値、バンド幅を維持した。フィリピンの中央銀行は、「さらなる二次的影響を含めた供給サイドの物価上昇圧力やインフレ期待をさらに抑えるために」臨時の利上げが必要だったとの見方を示し、必要な場合は「フォロースルー的な政策措置」を実施する用意があることも示唆した。インドネシアでは、ペリー・ワルジヨ中銀総裁が、0.25%の利上げは輸入インフレのリスクの影響を抑制するための「予防的で先制的な」措置であると述べた。また、同中銀は利上げがインドネシアルピアの安定性を支えるとみている。一方、インドの中央銀行は政策金利を据え置き、政策委員会は引き続き緩和の解除に注力していると述べた。また、同中銀は過剰流動性の積み上がりを吸収するために公開市場操作による債券の売却などを実施する可能性を発表したが、その時期や規模については詳細を示さなかった。その他、MASは経済成長見通しについて「当面低調」との見方を示し、2024年の成長率は「潜在成長率近辺」に拡大すると予想している。また、2024年から金融政策の発表を四半期ごとに変更することを明らかにしており、次回の政策声明は2024年1月下旬に発表される予定となっている。

9月の総合インフレ率はまちまち
総合インフレ率は、韓国やシンガポール、フィリピンで加速する一方、インド、マレーシア、タイ、インドネシアで鈍化した。フィリピンのインフレ率は、食品価格や輸送費の急上昇を主因に前年同月比6.1%となり、8月の同5.3%から大幅に加速した。一方、変動の大きい項目を除いたコアインフレ率は、8月の前年同月比6.1%から9月は同5.9%へと減速した。シンガポールの9月の総合インフレ率は、コアインフレや住居費の上昇が鈍化する以上に民間輸送費の上昇が加速したことから、前年同月比4.1%と前月の同4.0%から若干加速した。一方、マレーシアでは物価上昇圧力が9月に緩和し、総合CPI上昇率は食品価格や輸送費の上昇鈍化などを受けて前年同月比1.9%と、前月の同2.0%から減速した。同様に、インドネシアの9月の総合インフレ率は、昨年の燃料価格の上昇によって比較対象となる前年の水準が高かったことが主因となり、前年同月比2.28%と前月の同3.27%から減速した。

中国の指標は経済がある程度安定化していることを示唆、政策当局は景気支援を強化
中国の2023年第3四半期のGDP成長率は前年同期比4.9%増と市場予想よりも緩やかな減速となり、2023年通年の経済成長率を「5%前後」とする政府の目標に向けて、経済が順調に回復していることを示唆している。9月の経済活動指標は、経済が安定化しつつあるかもしれないとの見方を裏付ける内容となった。小売売上高は前年同月比5.5%増と、前月の同4.6%増から伸びが加速し、鉱工業生産は同4.5%増と、前月と同水準の伸びとなった。一方、1月~9月の固定資産投資は前年同期比3.1%増となり、1~8月の同3.2%増から伸びが減速した。1~9月の不動産投資は前年同期比9.1%減となり、減少率が1~8月の同8.8%減から拡大するなど、不動産セクターの低迷が引き続き中国経済の足かせとなっている。その他、中国の政策当局が景気回復を後押しするために融資を増やすよう要請したことを受けて、同国の銀行は9月に融資を拡大した。新規融資拡大を主にけん引したのは政策の緩和などによる住宅ローンの大幅な増加だったが、これが持続するかについてはまだ分からない。9月の社会融資総量は、新規国債発行が急増したことを受けて4兆1,200億元となった。

月末にかけて、政府は景気支援を強化するべく1兆元のソブリン債の追加発行を発表し、2023年の財政赤字比率を3月に設定した対GDP比3%を上回る「3.8%程度」へと実質的に引き上げた。その資金はすべて地方政府に回される見込みであり(半分が2023年、もう半分が2024年)、中央政府が地方政府の債務問題解決に向けた支援を強化する意向であることが示されている。その他、中国人民銀行の潘功勝総裁は、政策の的をより絞り、さらに強力に推し進めていく考えを示した。

今後の見通し

デュレーションのスタンスを中立に維持、インドの債券を選好
原油価格の上昇や金利の高止まりが従来予想されていたよりも長期にわたるとの見方の強まりを受けて、米国債利回りは押し上げられている。原油価格が上昇するなか、世界の各中央銀行はインフレに対する警戒を強めており、利上げサイクルを早期に終了した場合に引き起こされるリスクにより慎重になっている。こうしたなか、当社ではアジア地域の大半の国のデュレーションについて中立な見方を維持するのが賢明とみている。

インド国債は、現在JPモルガンのガバメント・ボンド・インデックス‐エマージング・マーケッツ(GBI-EM)インデックスに正式に組み入れられており、2025年4月までに同インデックスの構成比率で第2位の新興国となる見込みだ。これによって、インド市場に対する国外からの関心が高まり、短・中期的にインド国債には域内の他の国債よりも強固な下支えがもたらされるだろう。対照的に、タイの国債は新政権の支出規模をめぐる懸念を受けて、さらなる売り圧力に晒される可能性が高いとみられる。

中国人民元とフィリピンペソを選好
米国の高金利が長期化するとの見方が広がったことを受けて、米ドルが再び全面高となった。当社では、域内で中国人民元とフィリピンペソを選好する一方、韓国ウォンとタイバーツに対して慎重な見方をしている。中国人民銀行の支援は人民元にプラスに働くとみられ、またフィリピンペソは季節的要因の追い風を受けて今後数ヵ月にわたり需要が下支えされる可能性がある。一方、原油価格の上昇は韓国やタイの経常収支にとって特にマイナスであり、両国の通貨の需要に悪影響をおよぼすとみている。

アジアのクレジット市場

市場環境

10月のアジア・クレジット市場は下落
10月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが約0.20%縮小したものの米国債利回りが上昇するなか、月間リターンが-0.65%となった。米国債の下落を受けて、投資適格債は信用スプレッドが約0.03%縮小するなかでも月間リターンが-0.67%となり、ハイイールド債をアンダーパフォームした。一方、ハイイールド債は、スプレッドが1.22%縮小したものの、月間リターンが-0.51%となった。

当月のアジア・クレジットのスプレッドは、米国債利回りの大きな動きやイスラエル・ハマス紛争の開始にもかかわらず、概して狭いレンジ内での推移となった。アジアのハイイールド債は、取引の最終日前に上昇したものの、それまでは中国の不動産セクターをめぐる問題の根強さや域内からの資金流出が重石となり続けた。月中に、中国が発表した指標は、経済安定化の兆候をさらに示すものとなった。中国の第3四半期のGDP成長率は前年同期比4.9%増と、前四半期の同6.3%増を下回ったものの、市場予想の同4.5%を上回り、2023年通年の経済成長率を「5%前後」とする政府の目標に向けて、経済が順調に回復していることを示唆している。一方、中国の政策当局が景気回復を後押しするために融資を増やすよう要請したことを受けて、同国の銀行は9月に融資を拡大した。月末にかけて、政府が1兆元のソブリン債の追加発行を発表し、2023年の財政赤字比率を3月に設定した対GDP比3%を大きく上回る水準へと実質的に引き上げたことも、不動産セクター以外の中国クレジットものに対するセンチメントを一段と支えた。他では、マレーシアとシンガポールでは、第3四半期の成長率(速報値)が前年同期比で加速した。マレーシアの成長加速をけん引した一因はサービス・セクターで、シンガポールでは建設業およびサービス生産業が成長にプラスに寄与した。最終的に、当月は中国や台湾、インドネシア、マレーシアを除くアジアのすべての主要国でスプレッドが拡大した。マカオのクレジットものは最も低調となり、中国のゴールデンウィークに関するポジティブなニュースがあるなかでも、資金流出や米国債利回りの上昇が需要を圧迫した。

当月の米国債利回りは大きく変動した。月初は、米国の雇用統計が市場予想を大幅に上回る内容となったことを受けて、FRBが追加利上げを実施する可能性が高まると、米国債は下落した。その後は、イスラエル・ハマス紛争が起きたことにより安全な投資先へと資金避難が進むなか、利回りは低下に転じた。FRBの複数の高官が最近の長期金利の急上昇が引き締め効果の一部をもたらしていると述べるなど、FRBのハト派的な発言を受けて米国債の需要は一段と下支えされた。しかし、その後発表された米国の経済指標が引き続き米国経済の底堅さを示すと、米国債10年物の利回りは16年ぶりの高水準となる5.02%へと上昇した。欧州では、ECBは、これまでの利上げを受けて需要が次第に抑制されており、徐々にインフレが緩和されているとの見方を踏まえて、政策金利を4%に据え置いた。月末にかけて、日銀はインフレ見通しを大幅に引き上げるとともに国債利回りの上限を一段と柔軟化し、YCCスキームのもとで1%としていた10年物利回りの上限を「目途」とすると述べた。月末の米国債の利回り水準は、10年物の指標銘柄で前月末比0.36%上昇の4.93%となった。

10月の発行活動は低調
10月の発行市場は比較的静かとなり、新規発行は59億8,000万米ドルとなった。金利市場のボラティリティの高まりや11月初めのFRBの会合を控えて、発行体のあいだでは様子見姿勢が続いた。投資適格債分野では、Korea Development Bankのディール(4トランシェで総額22億米ドル)やLG Energy Solutionのディール(2トランシェで総額10億米ドル)を含め、計9件(総額48億米ドル)の新規発行にとどまった。一方、ハイイールド債分野の新規発行は計4件(総額11億8,000万米ドル)となった。

チャート2

今後の見通し

アジアのマクロ環境は良好、安定したクレジットのファンダメンタルズによって利回りを確保する歴史的な機会
主要国の経済見通しが低調なままであるとともに2024年に向けてインフレの高止まりが再びやや見受けられるなか、足元のマクロ・市場環境はほとんど変わらないか、わずかな変化にとどまる可能性がある。米国を中心とする主要国経済の底堅さを受けて、「高金利の長期化」観測が広がっており、これが年初来のトータル・リターンの重石となる一方、利回りが世界金融危機後の高水準にあるなか、金利の上昇は投資家が歴史的に高水準なオールイン利回りを確保する上で魅力を増している。

アジア・クレジット市場のファンダメンタルズ環境は、引き続き支援的となっている。中国では、最近の財政措置の強化を受けて、政策当局が厳しい状況を認識していることが示唆されている。これにより、政策当局が景気回復を拡大するための追加措置を打ち出すとの見方や、2024年の経済成長を押し上げようという決意が一段と裏付けられている。2024年前半は経済成長の減速が見込まれるものの、中国を除くアジア地域のマクロ経済や企業の信用状況に関するファンダメンタルズは底堅さを維持するだろう。企業収益の成長鈍化と資金調達コストの上昇から、金融以外の企業では負債比率やインタレスト・カバレッジ・レシオ(企業の債務返済余裕を測る指標)において若干の悪化が見られるかもしれないものの、投資適格債を中心として大半の社債には、格付けを維持できる十分な余裕があると考えられる。アジアの銀行システムは引き続き強固で、安定した預金基盤や堅固な株式資本、貸倒引当金繰入れ前の収益性の好調さが、今後信用コストが若干上昇したとしても耐え得るバッファーをもたらしている。

需給面では、発行体がコストのより割安な国内での資金調達を続けているのに伴い純供給量が減少していることから、アジアのクレジット市場は引き続き十分にサポートされるだろう。一方、投資適格債は、国内投資家からの買いに支えられているのに加え、年金基金や生命保険会社が魅力的な利回りの確保と長期の負債に対するイミュニゼーション(債券ポートフォリオのデュレーションを負債のデュレーションと一致させることにより金利変動に伴う収益の変動を低減させる手法)を求めていることから、旺盛な需要が継続している。さらに、アジア地域のマクロ環境が良好で、十分なファンダメンタルズのバッファーがあるなか、投資適格債がリスク調整後ベースでアウトパフォームを続けていることによって需要が押し上げられている可能性があり、アジアのクレジット市場は魅力を増しているとみられる。主なリスクは、インフレが根強く、米国経済の底堅さが続いているなかで、FRBが利上げ路線の継続を余儀なくされる可能性があるとともに、地政学的リスクが高まっていることだ。一方、米国の労働市場や経済活動が急減速することに加えて、支払い延滞や債務不履行の増加が、世界のクレジット市場の信用スプレッドを拡大させる可能性がある。このことが、過去の水準に比べてやや割高感が続いている様子のアジア投資適格クレジットのバリュエーションに、ある程度の圧力をもたらすかもしれない。


当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。