本レポートは、2023年10月25日発行の英語版「China and India’s contrasting inflation front」の日本語訳です。内容については英語の原本が日本語版に優先します。

中国のほぼゼロインフレ状態と、インド消費者物価の平均を上回る推移から生まれる投資機会とリスクについて考察する。


インフレの影響

インフレとは、一定期間にわたり経済全体においてモノやサービスの価格水準が上昇することであり、近年は消費者物価が記録的な高水準に達するなかで最も注視される経済指標の1つとなっている。

生活水準や経済成長、金利の方向性に著しい影響を及ぼすほか、インフレは国の経済全体におけるトップダウンの発展だけでなく、個別企業におけるボトムアップのファンダメンタルズにも大きく影響する。

トップダウンにおいては、インフレは経済全体の好調や低調を示すシグナルとなり、景気支援または景気抑制に向けた政府や中央銀行の政策・対応の決定要因となる。ボトムアップの視点でみると、インフレは、ある業種がコスト変動を価格に転嫁し、今後の投資によって持続的に利益を生み出していくための価格決定力を備えているかを示すシグナルとなる。

別の言い方をすると、インフレは経済全体と個別企業の業績の両方の変化を端的に示したものである。さらに、インフレは政治に影響を及ぼす可能性がある。それが特に顕著なのが発展途上国で、インフレは選挙の重要な争点となることが多く、政治家の当選後の人気に影響を与える場合がある。そのため、新興国市場の投資家は消費者物価の全般的な動向、そしてインフレ見通しによく注目する。実際、政府がどのようにインフレに対処しているかが将来の投資リターンに影響することは多々ある。

本稿では、中国とインドというアジア新興国のなかの2大経済大国を、インフレという切り口で比較対照する。現在、中国とインドは正反対の物価圧力に直面しており、それによってこの2つの新興経済大国の見通しが変わってくる可能性もある。中国ではインフレ率がゼロ近辺にあるが、インドでは6%を超えている(2023年8月時点)。

2023年9月末時点の年初来ベースでみると、中国人民元は対米ドルで5%超下落しているが、一方でインドルピーは対米ドルで横ばいとなっている。株式市場においても明暗が分かれている様子であり、2023年9月末時点の年初来ベースでみるとインド株式市場(MSCIインディア指数)が米ドルベースで8.0%上昇するなか、中国株式市場(MSCI中国指数)は7.3%下落している。

中国はデフレ圧力に直面

まずは中国について詳しくみていこう。中国がデフレスパイラルに直面しているのではないかという懸念が生じたのは、7月の消費者物価指数が前年同月比0.3%低下し、2021年2月以来のマイナスとなったことを発表したときだった。その後、世界第2位の経済大国である中国の消費者物価は上昇率が加速し、8月には前年同月比0.1%上昇したことを受けて、デフレ傾向の定着をめぐる懸念は和らいだ。

当社では、不動産価格の下落や、不動産不況による建設活動縮小といった逆風により、デフレ圧力は長引く可能性が高いとみている。

超低インフレやデフレは消費者行動に直接影響を及ぼす可能性がある。第1に、消費者が将来の物価下落を見越して購買を先延ばしするかもしれず、個人消費の減少につながる可能性がある。これは経済成長や雇用創出の鈍化を招きかねない。第2に、低インフレは債務負担を増大させる場合がある。インフレの欠如により債務の実質的な価値が上昇するため、家計や企業財務へのストレスが増大する可能性もある。また、低インフレは投資家の投資意欲を減退させかねない。投資家はより高いリターンを求めてインフレ率がより高い他の国へ投資する可能性があるからだ。そして、低インフレが長期化すると、物価が下がり続けるデフレスパイラルに陥り、長期的な経済停滞を招くおそれがある。

大きな流れとして、2008年の世界金融危機以降、中国の経済成長率は低下傾向を辿っている。とは言え、仮に中国政府の目標通り2023年に5%のGDP成長率を達成できたとすれば、経済が成熟化しつつある国としてはかなり良い結果であることに変わりはないだろう(中国の実質GDP成長率、インフレ率、実質金利についてはチャート1参照)。

チャート1


さらに広くみていくと、中国は現在いくつかの構造的問題に直面している。人口減少、不動産など特定分野における大きな債務負担、モノの過剰供給、輸出市場の低迷、引き締め的な金融政策などである。

中国の金融政策は歴史的に引き締め寄りの傾向があり、実質金利の過去平均は3%にのぼる。最近の景気低迷にもかかわらず、中国の現在の実質金利は依然3%となっている。ただし、世界金融危機や2015年の世界経済低迷期など、実質金利が低かった時期もある。

今回、中国人民銀行は資金流動性を全体的に高めるべく、住宅ローン金利の段階的引き下げや市中銀行の預金準備率引き下げなど従来とは異なる政策手段を用いている。当社では、中国政府と中央銀行は景気対策を拡大する必要があるとみている。点滴のように小出しで打ち出される金融緩和は、中国市場にとって好ましい環境を作り出していない。実際、中国では消費者信頼感や投資家センチメントが弱まりつつある。証券投資フローはマイナスで、外国人投資家は中国株を売り越している。

しかしながら、世界第2位の経済大国の物価動向は悪いことづくめでもない。明るい兆しの1つとして、物価指数バスケットの40%を占めるサービス分野ではまだ物価上昇傾向が続いている。2023年8月時点において消費者物価全体のインフレ率が前年同月比0.1%であるのに対し、サービス関連のインフレ率は平均1.3%にのぼっている。歴史的にみて中国のサービス関連インフレ率は2~3%の間で推移してきたが、新型コロナウイルス流行を受けたロックダウン(都市封鎖)期間中にはゼロを割り込んだ。サービス消費者物価指数(CPI)が上昇することは、中国の物価動向全体にとって良いことである。中国は近年成長が減速してきており、その成長の大部分も政府支出によるものである。詰まる所、中国にはインフレの加速が必要なのである。

コモディティ価格や農産物価格の上昇が中国のインフレ加速につながる可能性

中国の物価変動要因についてもう一歩掘り下げて分析してみると、農産物価格(大豆および豚肉価格)とコモディティ価格(石油や天然ガスの主成分である炭化水素を含む)が同国の物価動向の方向性と密接に関係していることが分かる(チャート2参照)。したがって、コモディティ価格高や農産物価格高は中国にインフレ上振れリスクをもたらす可能性がある。例えば、2019年に中国のインフレ率が急上昇した一因は、2018年に豚インフルエンザが発生し、豚肉の供給量が減少するなかで豚肉価格が上昇したことにあった。

チャート2


さらに、新型コロナウイルスの流行も中国のインフレ率の時系列データに歪みをもたらした。2023年の初めに経済活動が再開されて以降(そして病気などによる供給の混乱がなかったなか)、農産物の消費者物価は底を打ったように見受けられる。中国の農産物インフレ率は2%前後で推移しており、中国のCPI全体を押し上げる可能性がある。コモディティ価格高も同様である。原油価格は足元で1バレル=90米ドルを超える水準まで上昇している。中国は国内の石油需要の約59%分を輸入しており、世界最大の石油輸入国となっていることから、原油価格高は国内の物価上昇を後押しするだろう。ただし、コモディティ主導のインフレ加速と低成長が合わさればスタグフレーションに陥るリスクもある。実際、生産性の向上やその他の支出増加がみられない場合、成長なきインフレは世界第2位の経済大国である中国にとって厄介な問題となるかもしれない。

中国のインフレと株式市場への影響

中国株式市場(MSCI中国指数)は、PER(株価収益率)が20年ぶりの低水準近辺で推移しており、成長性が非常に低いとの見方が織り込まれている。2010年から2015年にかけて、インフレ率の低下とともに中国株式市場のバリュエーションは低下した。同期間の中国株式市場の平均リターンは年率1.5%で、配当を除けばマイナス・リターンであった。現在、中国は再びインフレ率が低水準かつ低下傾向にあり、同じく同国株式市場も低迷している。しかし、農産物やコモディティ価格の上昇と金融緩和策の強化を受けて中国のインフレ率が上昇に転じれば、中国株式市場も好転するとみている。企業売上高およびEPS(1株当たり利益)の成長率はインフレ率と正相関の関係を示す傾向があるからである(チャート3参照)。

チャート3


中国では企業の収益成長が2005年以降減速してきており、2016年に中国が大規模な金融緩和策を実施して世界の株式市場の上昇や中国の企業収益拡大をもたらしたときに底打ちはしたものの、その景気刺激策の効果は剥落しており、足元の中国株式市場は2016年の安値水準に逆戻りしている。中国の収益成長は厳しい状況にあり、大規模な景気刺激策の早期実施が必要とされている。それが実現すれば中国のインフレ加速も促されるとみられる。

中国企業による直近の四半期決算を受けて、2023年と2024年の業績見通しが下方修正されている。成長期待もプラス圏内ではあるが低下している。当社では、インフレ圧力の影響が企業の経営に及ぶまでには時間がかかるという前提のもと、中国企業の3年間の売上高成長率(年率)を分析してみた結果、中国のインフレ率は2024年に2%へと加速し、売上高成長率もそれに追随するとみている。そうしたシナリオが現実のものとなれば、中国の収益成長にとって良い結果となるだろう。つまるところ、中国株式市場が必要としているのは収益性向上の原動力であり、とりわけインフレ率の上昇は利益水準の上昇を後押しする鍵になると期待される。

スイートスポットにあるインド

物価動向という観点でみると、インドは中国とは対極的な状況にある。インドのインフレ率は、インド準備銀行(RBI)の目標である4%を上回っているものの、過去平均と比較して高過ぎる水準にあるようにはみえない。8月のインフレ率は前年同月比6.83%と7月の同7.44%から小幅に鈍化しており、過去数十年の年間平均インフレ率(約6~7%)と同水準にある。

インドの中央銀行は緩和的な姿勢を維持しているようであり、実質金利をゼロ近辺に保っている。国内の政治は景気重視の流れにある。ナレンドラ・モディ政権は3年連続で大幅な財政赤字となっているが、2024年に総選挙を控えており、同政権が近いうちに財政支出の抑制に動く可能性は低いだろう。

また、安価なロシア産原油の輸入を継続しているおかげで、インド経済は原油価格高騰の影響がまだ直撃していない。近年、インドの年間GDP成長率は概ね6%から10%の間で安定的に推移しているが、インフレ率はGDP成長率とほぼ同水準で推移している(チャート4参照)。インフレ率はGDP成長率を上回っているものの減速傾向を辿っており、現在のインドはちょうど良い魅力的な状況、いわゆるスイートスポットにある。

チャート4


RBIはインフレ率よりも実質GDP成長率を注視する傾向がある。実質GDP成長率が上昇しているときには金融政策を引き締め、実質GDP成長率が低下しているときには金融緩和を行ってきた。2024年には選挙があることから、RBIは緩和的な姿勢を維持するとみられている。

インドのインフレ動向の鍵を握るのは今後の農産物価格の推移

インドの物価指数バスケットは食品の比重が高く、ほぼ37%を占めている一方、燃料の比重は5~6%程度となっている。農産物価格は前年同期比で横ばいとなっており、国内のインフレ圧力の緩和をもたらしている(チャート5参照)。ウクライナ・ロシア戦争の激化や天候不順などにより世界の食糧供給に混乱が生じれば、インドのインフレリスク要因となる可能性もある。コモディティ全体の価格動向については、原油価格高を主因に上昇しているものの、インドのインフレにそこまで大きな影響を与えない。

チャート5


インド株式市場とインフレとの関係

インドでは、PERの逆数である株式益利回りがインフレ率と連動して動く傾向にある。今世紀初頭のコモディティのスーパーサイクル下では、インフレ率が上昇傾向を辿るなかバリュエーション指標が上昇し、インド株式市場は非常に好調に推移した。現在も類似した環境にあるように見受けられる。インフレ率が高水準で推移し、成長期待が高まってきており、市場は好調に推移し始めている。

インドの収益成長率が過去最高水準に達しつつあることは、インフレ率の持続的な上昇を意味する可能性がある。ただし、インドのバリュエーションは同国の基準からすると過度に割高な水準になく、金利上昇を受けても投資家心理は冷え込んでいない。現預金と比較した場合、株式のバリュエーションは適正な水準であるように見受けられる。

同様に、インド企業の売上高と利益の伸びは、歴史的にインフレ率との連動性がかなり高い。しかし、コロナ後は乖離がみられている。インフレ率は平坦化しており、2024年にかけて低下すると予想されているが、一方で企業の売上高と利益は引き続き拡大するとみられている。それでも、もし2024年にインド企業の売上高と利益が好調を維持する場合には、それがインフレの減速ではなく加速を後押しすることになるだろうと考えている。

以上を総合すると、インフレが抑制され、金融・財政政策が追い風となっているインド株式市場は優位な状況にあるとみられる。また、投資家が中国に代わる選択肢を探していることから、インド株式市場の上昇トレンドはしばらく続くと期待される。総じて、インド株式市場は成長サイクルの長期化を織り込みつつある。収益成長期待が依然高いなか、マクロ面の強力な追い風が企業の売上高と利益の回復を引き続き支えるとみられる。

主なポイント

  • 中国はインフレ率がゼロ近辺にあり、デフレ圧力に直面している。
  • 中国では必然的に収益期待の下方修正が起こり、また、成長や株主資本利益率(ROE)が負債によって支えられる状況は過去のものになると考えている。
  • 当社の見解では、中国はインフレ率を上昇させる必要があり、政府と中央銀行による景気刺激策の拡大が求められている。
  • 農産物やコモディティ価格の上昇と金融緩和策の強化を受けて中国のインフレ率が上昇に転じれば、中国株式市場も好転するとみている。
  • インドのインフレ率は、RBIの目標である4%を上回っているものの、過去平均と比較して高過ぎる水準にあるようにはみえない。
  • マクロ面の強力な追い風がインド企業の売上高と利益の回復を引き続き支えると期待される。
  • インド政府の財政・金融政策はともに緩和的であり、RBIは実質金利をゼロ近辺に維持している。
  • しかし、コモディティや農産物のインフレが加速すれば、2024年後半には企業の収益成長を圧迫する可能性もある。

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