本稿は2023年12月13日発行の英語レポート「Global multi-asset outlook 2024」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
2023年12月
転換期にある世界
過去1年を振り返ってみると、投資の世界では2023年に関する予測の多くが外れることとなった。2023年の初めには、中国は政府の景気刺激策と経済活動の再開に支えられ、景気回復を迎えるように見受けられたが、そうとはならず、経済成長は期待外れに終始した。米国は景気減速が見込まれ、リセッション(景気後退)すら予想する向きも多かったが、これも実現せず、手厚い財政出動の継続とテクノロジー分野での新たなビジネス機会もあり、世界最大の経済大国の需要と労働市場は持ち堪えた。日本の場合はポジティブ・サプライズで、数十年にわたるデフレからようやく脱却し改革と生産性・利益向上への信頼に足る決意を示した同国は、アジアにおける投資の希望の光となった。日本の主要な特性は資本の生産的活用を懸命に推し進めていることで、これは改革を受けた動きだが、インフレ環境で生き残るために必要な術でもある。
インフレ率は政策当局の期待通り2023年に減速し、中央銀行が2024年に利下げに踏み切る道を開いたように思われる。しかし、現在多くの人が見込んでいるシナリオとは裏腹に、中央銀行が目標インフレ率を達成するのは予想以上に困難となる可能性がある。市場の一部で予想されているような大幅な利下げは、2024年が進むにつれ現実味を失うかもしれない。
米国の財政出動は2024年も追い風になり続けるとみられる。民間部門の健全なバランスシートと企業の好調なキャッシュフローを支えとして、経済はまだしばらく金利上昇の痛みを吸収し続け得る。リセッションを別とすれば、需要を減速させエネルギーや素材、労働市場で見られている構造的逼迫を十分に相殺するような明確な要因はないようだ。今や深く根付いた脱グローバル化はインフレ動向に下方硬直性をもたらし続けるとみられ、これを金利だけで克服するのは困難となるだろう。
これまでのところ、エネルギーや素材の分野における生産能力増強への投資は、通常の需要の伸びを満たすのに十分ではないようだ。一方で、生成AI(人工知能)などの技術が、生産性向上の新たな可能性をもたらしている。これによって労働市場の圧力は緩和され得るが、それには時間がかかり、すぐにインフレ圧力の低減につながるとは考えにくい。ところで、AIなどの技術には巨額の投資が続いているが、これらの産業は大量のエネルギーを消費する。
2024年の投資テーマ
当社の2024年の投資テーマは転換期にある世界の主要な特性に焦点を当てており、これには高金利の長期化や天然資源の生産不足、新たな生産性の源泉の模索などが挙げられる。転換は決して容易ではなく、低金利に慣親しんだ旧世界の特性は、新世界ではうまく機能しないかもしれない。当社では、そのような旧世界の特性の一部はシステミック・リスクをもたらす可能性すらあると考えている。「創造的破壊」が常にスムーズに進むとは限らないからだ。
2024年に向けて当社が焦点を当てている主な特性とテーマは、以下の通りである。
- インフレの減速(ただし中銀目標水準の達成は困難かもしれないが):インフレは2023年を通じて減速を続けてきたが、サービス・インフレの高止まりに逼迫続きの労働市場が加わって、各国中央銀行が目標インフレ水準を達成するのはより困難になっている。エネルギーをはじめとするコモディティ価格は一部の需要低迷を受けて軟化しているが、供給が限定的であるため下落幅は抑えられるだろう。インフレは2024年にかけて減速が続くとみており、特に欧州のように景気が急速に鈍化している地域では、その傾向が顕著になると予想する。しかし、需要が急減する(考えにくいが)ことがなければ、インフレは目標を上回った水準に根強くとどまり、各国中銀は現在の市場予想よりもさらに長い期間にわたって高金利の維持を余儀なくされるとみられる。
- デュレーションに関しては微妙な見方:イールドカーブは、大幅な利下げによって最終的に長期債保有者が報われるという前提に基づき、長短逆転の状況が続いている。しかし、米国など一部の国では、中央銀行が期待されているほどの利下げを実行できない可能性がある。上述したようなインフレ動向とイールドカーブの大幅な長短逆転を考えると、長期債には投資価値がほぼ見出せない。ポートフォリオ運用の観点からすると、デュレーションは引き続き景気鈍化の可能性に対するディフェンシブ・ポジションとしての役割を果たすが、そのようなエクスポージャーを追加するにあたっては、(カーブの長短逆転はかなりの代償を伴うため)選別的スタンスが重要となる。当社では現在、オーストラリア、日本、中国を選好している。これらの市場では、キャリー・コストを相殺するためのキャピタル・ゲインの獲得に、積極的な利下げは必要とならないかもしれないからだ。
- キャリーに対してポジティブな見方:短期のクレジット物はこの20年で最も高水準の利回りを提供している。相対価値ベースで見ると、短期クレジット物の利回りは、株式市場の多くの分野、特に収益が景気サイクルに左右されやすく資本コストの上昇に晒されている分野で提供されている成長機会よりも魅力的である。高金利が企業にマイナスの影響を及ぼすとの懸念もあるが、企業のバランスシートは今のところ堅調を維持しており、景気も予想を上回っている。当社では、信用イベントが発生した場合のパフォーマンス悪化リスクを軽減すべく短期のクレジット物を選好しており、国としてはオーストラリア、カナダ、アジア諸国など経済成長率が相対的に高い市場を選好している。今後の利下げ幅次第では、他の投資機会が浮上してくる可能性もある。
- インフレ・ヘッジとしてのコモディティ:当面は、需要の弱い分野があることからコモディティ・インフレは抑制され得る。しかし、進行中の戦争の影響による供給不足を補完する追加生産能力(表面的には余剰に見えるかもしれないが)を構築するための新規投資を提供するには、現在の生産能力は構造的に不十分である(したがってインフレになりやすい)ように見受けられる。世界的なリセッション(当社の基本シナリオではない)が起こらない限り、コモディティはインフレ(およびデュレーション・エクスポージャー)に対するヘッジとして投資価値を提供しており、特にエネルギーと素材は主要な投入原材料であり強力なキャッシュフローを生み出す。AIソリューションに拍車がかかるにつれ、AI関連技術への電力供給に必要な莫大なエネルギーへの需要が増加し、安価なエネルギーの争奪戦のなかでウランなどの資源が高騰する可能性がある。
- 新たなディフェンシブ・グロース資産としてのテクノロジー株とAI関連株:生成AIについては、手の込んだオートコンプリート(自動入力補完)機能と見る向きも依然あるが、当社では、極めて重要な大量のデータから価値のある意味を引き出して、事業プロセスを促進し一部の高コストの労働力に取って代わる、抜本的な飛躍的進歩とみている。これはあらゆる産業に破壊的変化をもたらすとみられ、米国を中心とする世界の最大級テクノロジー企業は、この転換を、負債ではなく強力なバランスシートとキャッシュフローで調達した前例がないほどの巨額資本によって賄っている。需要が急激な減少した場合は、生成AIへの投資ペースが妨げられる可能性があるが、そうなっても一時的な阻害に終わるだろう。当社では、テクノロジー株とAI関連株が長期的に新たなディフェンシブ高グロース資産になると予想している。
- 構造転換期にある日本:日本は改革を推し進めており、国内企業は収益性を向上すべく、バランスシートとビジネスモデルの再構築に懸命に取り組んでいる。東京証券取引所が上場企業に対して株価純資産倍率を1.0倍以上に維持するよう努めることを要請するなど、規制面でも収益性向上のインセンティブが与えられている。さらに重要な点として、日本でインフレが定着するのに伴い、日本企業は30年にわたるデフレのあいだ事実上眠っていた多額の現金残高と資本を活用しなければならない。また当社では、日本が地政学的動向からも恩恵を受けると予想する。日本は、欧米の同盟国にアジアへの数少ないオープンなアクセスポイント(中継点)の1つを提供するとともに、中国への依存を引き続き断ち切ろうとしている欧米諸国にとって中国に代わる重要な選択肢となる。当社が考える日本の主なリスクは、日本銀行の政策正常化の方向性である。日銀は依然として極めて緩和的な政策を続けており、インフレ動向や強い引き締め状態にある他国の政策とは乖離している。日銀はイールドカーブ・コントロール(長短金利操作)から徐々に脱却しつつあり、次のステップはマイナス金利を終了して金利をプラス領域に引き上げることだろう。移行手段は市場のボラティリティを高めるとみられるが、日銀には経済が再びデフレに陥るリスクを冒すほどの引き締めを回避したい強いインセンティブがあるという意味で、当社は安心している。
- 多目的ヘッジとしての金:金は引き続きリスク・ヘッジとしての機能を果たし、2022年のロシア・ウクライナ戦争や2023年初頭の銀行危機がもたらしたような地政学的リスクやシステミック・リスクに対するプロテクションを提供する。金はまた、政府の拙策や自国通貨安をもたらす複合的政策からの安全な避難先にもなる。例えば日本では、日銀の金融緩和政策は経済をデフレから脱却させるために必要だと考えられている。このような政策の副作用は自国通貨安とインフレ加速で、金は日本人にとって強力な価値貯蔵手段として機能してきた。世界中の政府が金準備を積み上げているのは、おそらく適正水準以上に拡張した金融システムがもたらすリスクを意識してのことだろう。金はポートフォリオにプロテクションを提供するディフェンシブ資産として選好されており、現在は過去に比べて金利に左右されにくくなっている。
2024年に向けての確信度の高い見解・戦略
戦略の概観 :当社の主な目標は、インカムと成長の両方の源泉を組み合わせることにより、インフレとキャッシュ・レートを上回る実質リターンを達成することである。債券市場から創出され得る利回りの高さを考慮して、現在は景気サイクルの影響を受けやすい株式よりも、安定した利回りとリターンをもたらし得る債券を選好している。当社が選好する債券エクスポージャーとしては、キャリー水準の高い短期クレジット市場や、イールドカーブの長短逆転によるヘッジ・コストの極端な増大に見舞われていない国のソブリン債が挙げられる。株式では、高い債券利回りのハードルを上回る長期成長を提供できる機会に注目している。
株式 :当社では、今後数ヵ月(数年の可能性もある)にわたって収益と収益性向上を支えていくような構造改革が進んでいる日本の株式を選好する。この改革から最も恩恵を受けるのは、銀行など歴史的に収益性が低かった業種となる可能性があるため、バリュー志向のポジショニングが妥当と考える。
当社の日本株でのバリュー志向は、米国を中心にAI開発を推進中の大手テクノロジー企業に見出される長期成長テーマと符合する。テクノロジー・ハードウェアのサイクルも、コロナ後の過剰在庫の大半を減らし終わって上昇に転じつつある。当社では長期的な成長テーマを重視しているが、サイクルの展開次第では、新興市場や欧州の一部など潜在的な循環的投資機会において、引き続きオポチュニスティックなエクスポージャーをとっていく。
コモディティは供給の制約に直面しているが、生産能力増強のための設備投資が限定的であるため、特にエネルギー分野では莫大なキャッシュフロー創出につながっており、それが自社株買いを後押ししている。生産能力の限界と原材料・エネルギーへの投資ニーズから、コモディティ価格はサポートされやすい。重要な点として、当社ではコモディティ関連株がインフレ・リスクとデュレーション・リスクに対するヘッジとして機能するとみている。
ソブリン債 :先進国のソブリン債は米FRB(連邦準備制度理事会)のキャッシュ・レート対比で割高に見える。米国債10年物の利回りは同キャッシュ・レートを1.00%程度下回っているが、これは今後12ヵ月で大幅な利下げが行われると市場が織り込んでいることを反映している。2024年のソブリン債については、インフレおよび景気の鈍化が追い風になるとみている。しかし、イールドカーブが大きく長短逆転しているため、米国以外の投資家にとってはソブリン債のポジションは割高であり、期待されているようなキャピタル・ゲインで報われることはおそらくないだろう。したがって当社では、①オーストラリアや中国など為替ヘッジ後の利回りがより高い国の債券、②イールドカーブの長短逆転がそれほど極端ではない国の短期債、③米国債利回りが低下した場合に自国通貨が好パフォーマンスを示す可能性のある新興国債券を有望視している。
クレジット :ここ6ヵ月でクレジットに対する当社の見方はポジティブさを増しており、短期クレジット物のスプレッドを引き続き有望視している。欧州では経済成長が大きく鈍化しているが、米国やオーストラリアなど一部の経済圏は今のところ底堅さを示している。コロナ危機のあいだ、投資適格の発行体は新発債の満期を長めに設定したが、これは金利コスト上昇が悪影響を及ぼすのには時間がかかることを意味する。短期国債の高い利回りと過去の平均近辺にある信用スプレッドの組み合わせは、キャリー向上の機会をもたらしていると考える。
金 :デュレーション・エクスポージャーが主に景気減速に対するヘッジとなる一部のソブリン債に加え、金は、2024年に顕在化する可能性のある多くの地政学的リスクやシステミック・リスク、政策の誤りに対するヘッジとして、当社運用ポートフォリオの主要なディフェンシブ資産となっている。
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