本稿は2023年12月6日発行の英語レポート「Asian equity outlook 2024」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

2023年12月


生成AIの爆発的な普及によって高金利などの長期化リスクが打ち消される

読み始める前に、500mlのボトルの水を用意して、それを飲みながら読み進めてほしい。興味深いことに、これはChatGPTが消費する水の量と等しい。生成人工知能(AI)のチャットボットと対話するたびに、ChatGPTは(データセンターやサーバーなどを冷却するために)通常約500mlの水を「飲む」(消費する)。

水のことはさておき、もし米国のFF(フェデラルファンド)金利が5%を超え、数ヵ月ではなく数年間この水準で推移すると予測される場合、おそらくその後の投資判断としてはロングデュレーション資産、高成長株、そして多くのテクノロジー株への配分をショートするか最小限に抑えるだろう。

これは、ファンダメンタルズの変化がなぜ非常に重要なのかを示している。生成AIの爆発的な普及は、テクノロジー・セクターの大部分における投資家心理と業績の両方を押し上げた。そのため、金利やインフレの高止まりが長期化するとの前提があるなかでも、テクノロジー株やテクノロジー比率の高い株式市場は2023年に大幅に下落せず、実際に、米国や台湾、韓国の市場は2023年のパフォーマンスが非常に良好となった。

大手テクノロジー企業は利益を上げており、キャッシュが潤沢で、競争の激しいAIのレースで負けるわけにはいかないことを考えると、ハイエンド・コンピューティングやニューラルネットワークへの投資は今後も続くとみられる。これにより、アジア地域の多くの部品サプライヤー(いわゆるAIのつるはしとシャベル=周辺銘柄)には持続的な追い風がもたらされるだろう。

アジアおよび一部の新興国の銀行がアウトパフォーム

しかし、テクノロジー以外の分野に目を向けると、株式市場の他の分野は異なる様相を呈している。銀行株は、経済や信用システムの健全性を測るのに良いバロメーターとなることが多いが、アジアや一部の新興国の銀行株と米国の銀行株の実例を比較してみると、このようなパフォーマンスの乖離を引き起こしているファンダメンタルズの変化は何だろうかという疑問が浮かぶだろう(チャート1参照)。

チャート1

米国の銀行株は、2023年に規制の緩さやバランスシートの脆弱性、大幅な金利上昇の圧力に晒された。短期の資金調達を中長期の投資に回す満期変換を大規模に展開していることに加えて2008年の世界金融危機以降に流動性のより低いプライベート市場が拡大してきたことを考えると、特に先進国の銀行セクターや多くの金融機関の間で金利上昇の影響が本格化するのはまだこれからだとみている。

同様に、アジアの銀行も大幅な金利上昇に見舞われている。では、なぜアジアの銀行株ははるかに好調なのだろうか?当社ではその理由として、構造改革やサプライチェーンの移転、エネルギー・トランジション関連の設備投資、バランスシートの健全さなどを兼ね備えているからだとみている。2023年のアジアの銀行セクター内では、インドとインドネシアの銀行が際立ったパフォーマンスをみせた。

大手民間銀行のBank Central Asia(インドネシア)やICICI Bank(インド)は、足下の自己資本比率がそれぞれ29%、16%となっている(それに対して規制当局が求める自己資本比率は12~13%である)。インドネシアとインドの両国では、信用の拡大(GDP比)が長年にわたり限定的であったが、良い方向へと変化しつつある。

インドとアセアンは改革や設備投資がドライバーに

インドは、2014年にナレンドラ・モディ首相が選出されて以降、改革を推進している。それ以来、インドの道路網は倍近くになり、インターネットの普及率は12%から50%超へと高まった。また、物品・サービス税が導入され、17の間接税が統合されたことにより税制が劇的に簡素化されて、生産性が向上した。世界のサプライチェーンに注目が集まるなか、Appleは2023年に主要モデルを含むスマートフォンの5%をインドで生産した。その他、世界的に流動性が逼迫している時期に、インド国債が2024年にグローバル債券インデックスに採用されることが最近発表され、これにより今後数年にわたってインドへの資金流入が押し上げられるという良好な展開が見込まれる。全体として、インドにはポジティブなファンダメンタルズの変化が豊富にあり、本格的な設備投資サイクルも進行中である。

アセアンの一部では、マレーシアやベトナムを筆頭にテクノロジー・セクターへの投資が再び高まっているが、より大きなファンダメンタルズの変化が見込まれるのはインドネシアだと考えている。この変化に加えて、ヘルスケアや金融、電気自動車(EV)製造の下流部門で、国内寄りの産業の発展を奨励することを目指す、長年の懸案であった改革が長期的な投資機会をもたらす可能性がある。

中国ではイノベーションと再生可能エネルギーに注目

あまり触れられていないが重要な点として、中国は経済が停滞し不動産市場の低迷が続いているとともに信用の危機に晒されているにもかかわらず、同国の銀行株は年初来でプラスのトータル・リターンを実現している。では、何が起きているのだろうか?

そもそも、中国経済は足下で別の大きな転換期を迎えており、不動産やサービス主導の成長ではなく、自給自足や高度な製造業的を絞った消費を優先している。このことが、地政学的緊張の高まりと相まって、特に外国人投資家の継続的な資金流出につながったのは無理もない。こうしたなか、現在中国の株式市場全体は、アジアの他の地域と比べて史上最低水準のバリュエーションで取引されているが、選別的なアプローチをとることが妥当と言える。2023年の夏場には、成長の安定化を優先する政策に顕著な変化が見られた。中国は以前から規制のサイクルが激しく、当局は強引な方法で企業を戦略的目標に向かわせることが多くあった。今回変化があったのは政策反応関数である。経済活動の刺激を目的とした、(市場に依然馴染みのある)クレジット・インパルスの大幅な上昇はもはや見込まれないだろう。現在は量ではなく、質なのだ。

投資家にとっては、市場全体を予想しようとするよりも、イノベーションや企業固有のファンダメンタルズの変化に着目する方が、長期的により高い収益が見込める可能性が高い。米国の自動車市場へのアクセスは限られているものの、中国はドイツと日本を抜いて世界最大の自動車輸出国になった。先端機器やハイエンド・チップの利用がかなり困難であるにもかかわらず、中国の多国籍テクノロジー企業である華為技術(Huawei)は、自社設計の7ナノメートルの半導体を搭載したスマートフォンの発売に成功している。これは、米国によるテクノロジー規制が実施された後に実現できるとは考えられていなかったことだ。同様に、中国の大手スマートフォンメーカー小米(Xiaomi)は、最近独自のモバイルOSを発表した。

ヘルスケア・セクターでは、バイオテクノロジー企業のBeiGeneやバイオ医薬品企業の和黄医薬(Hutchmed)のような中国企業が現在世界のベスト・イン・クラスになることを目指して競っており、また製薬会社の江蘇恒瑞医薬(Jiangsu Hengrui)やKeymed Biosciences(複数の臨床段階の資産を持つバイオテクノロジー企業)は、10年前には考えられなかったような画期的医薬品を生み出す可能性がある。アジアのヘルスケアが、非常に大きなサクセス・ストーリーを遂げているのは間違いない。10年前、当社が初めてこのセクターに専属アナリストを配置したとき、域内の投資可能な企業はわずか100社弱だった。今や投資可能な企業は300社を優に超え、その多くが中国や韓国、インドの企業であり、ますます世界的なイノベーターになりつつある。

現在、中国の株式市場の大部分は非常に割安に見受けられるが、再生可能エネルギーとEVのサプライチェーンへの注目を多少高めておくことに価値があるかもしれない。当社では以前、ネット・ゼロは「メイド・イン・アジア」だと取り上げたことがある。それは事実とみられる一方で、現在は供給過剰となっているとともに資本コストの上昇と優先順位の変化により、需要の合理化がやや進んでいる。こうしたなかでも、主要国経済は依然として石油を使用しており、また、地政学的により不安定な世界で、設備投資不足はエネルギー安全保障への関心の高まりと相俟って、今後何年にもわたって続くファンダメンタルズの変化だと予想している。再生可能エネルギーが今後辿る道のりは、資本サイクルと需給動向に左右されるとみられるが、代替エネルギー企業が従来型のエネルギー企業のバリュエーションを下回る水準で取引されている今、より注目する時期に来ている可能性がある(チャート2参照)。

チャート2

資源の新たな需要によって生まれる新たな投資機会

ここで、冒頭で述べた水と今日の変化が天然資源にもたらす、見過ごされている影響の話に戻る。

カリフォルニア大学のシャオレイ・レン氏と彼のチームの最近の論文によると、ChatGPTと平均5~50の対話をすることで、およそ500mlの水が消費される(OpenAIは、人間の書いた文章をChatGPTが分析・解読するために使用するスーパーコンピューターを冷却するために、アイオワ州中部のラクーン川とデモイン川の水を引き込んでいる)。

実際、マイクロソフトとグーグルの両社にとって、水の使用は最も急拡大している分野のひとつだ。AIデータセンターは、その機能や場所にもよるが、通常の企業向けデータセンターの3~20倍のエネルギーを消費すると推定されている。2023年に、AIの発展に伴ってデータセンターの利用が急拡大する前でさえ、企業向けデータセンターの総エネルギー消費量は、EUの平均1~2%から、シンガポールでは7%(2020年)、アイルランドでは18%(2022年)に及んでいたとみられる。

資源に対するこれらの新たな需要は、世界的なエネルギー・トランジションやエネルギーおよびサプライチェーンの安全保障に対する再注目もあるなかで、大幅な見直しを引き起こしており、大規模な設備投資を示唆している可能性がある。これらのトレンドからの追い風が見込まれる企業は、(1)供給に制約のある資源や素材、(2)グリッドの再構築に使用される資本設備、(3)これらの新たな需要が生み出す障害に対する効率的なソリューションを提供する企業だろう。

2024年も様々な出来事が起こる年になるかもしれない。そして、今日の大きな変化をうまく活かすことのできる、過小評価されている企業をより深く調査することが、長期的に持続可能なリターンをもたらす最良の方法であると当社では考えている。興味本位で、水のボトル1本を消費して、ChatGPTに2024年の見通しを聞いてみた。その結論は、少なくともしばらくの間は、水の消費効率がより高く、より鋭い分析結果を得ることができるのは、引き続き株式投資アナリストからだろう、ということだ。

年の瀬のご挨拶として、2024年が素晴らしい年になるよう、幸運をお祈りする。


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