2023年12月


本稿は2023年12月7日発行の英語レポート「Japan equity outlook 2024」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

はじめに

2023年の日本株は、TOPIXと日経平均株価が1990年以来の高値を付け、世界のほぼすべての株価指数をアウトパフォームして先進国のなかで羨望の的となるなど、非常に良好なパフォーマンスとなった。2024年は国内の様々な業界の再編が進むとともに長期的な改革措置の年になり、市場はグローバルな要因よりも日本固有の動向によって左右されると予想する。数十年にわたりデフレが続いてきた日本は、物価上昇と賃上げの好循環に入り、2024年にはついにデフレサイクルから脱却するとみている。

賃上げが国内の成長を促進

日本はインフレ環境へと移行しつつある(チャート1)。2023年のインフレは主に供給サイド主導のものであり、コモディティ価格高など本質的にグローバルな要因が影響をもたらした。しかし、2024年は供給サイドのインフレから、よりバランスの取れたシナリオ(賃金上昇や個人消費といった需要サイドの要因がより重要な役割を果たし始める状況)へと重要な転換を遂げると予想している。

日本の岸田文雄首相は、確実な賃上げを促すことによって日本経済の成長と分配の好循環を生み出すことに努めている。岸田首相が掲げる経済政策の「新しい資本主義」は、賃上げによって消費が下支えされ、企業は価格を引き上げることができるという考えに基づいており、賃上げを重要視している。11月に実施した企業・労働組合代表者との会合で、首相はこれらの組織に2024年の「春闘」交渉の一環として、2023の水準を上回る賃上げを要請した(チャート2)。なお、春闘とは「春季生活闘争」のことであり、4月からの会計年度を前に労働組合と企業経営陣が毎年行う賃金交渉を指す。

持続的な賃上げを求める岸田首相の意向は、日銀の考えと一致している。日銀は、超低金利を終了し、金融政策の正常化に向けた具体的なステップを踏み出すには、持続的なインフレとともに継続的な賃上げが必要であると強調している。

これまでのところ、こうした取り組みは上手くいっているようだ。明るい動きとして、日本最大の全国的な労働組合である連合は「5%を上回る」賃上げ(今年の「5%前後」から上昇)を要求する見込みであり、また日本最大の産業別組合であるUAゼンセンは、春闘交渉で合計6%の賃上げ(うちベースアップは4%)とさらに高い賃上げを求めている。また、春闘に先立ち、大手飲料メーカーのサントリーは、逼迫する労働市場で人材を確保し、インフレの加速に対処するために、2024年に2年連続で従業員の平均月給を約7%引き上げる計画を示した。その他、政府は中小企業の取引先に対して、値上げを受け入れるよう働きかけている。中小企業は大企業ほど収益性が高くないため、賃上げの余地が小さいとされていることから、値上げは中小企業の従業員の賃金を引き上げるために重要な要素となっている。

また、日本政府は2030年代半ばまでに最低賃金を50%引き上げることを目指している。これは低所得者層だけでなく、より重要なこととして日本の給与の中央値が引き上げられ、プラスに働くとみられる。賃上げに対する長期的な期待は、国内の消費者心理にとって重要である。人々は、今後も商品やサービスを購入する余裕があると確信する必要がある。投資家にとって、これは日本経済のファンダメンタルズの原動力が変化することを意味する。そのため、小売や消費財、サービスなど、個人消費の増加から恩恵を受けるセクターは、投資家にとってますます魅力的に映るだろう。

消費は好調を維持

賃上げは日本の経済政策の最重要課題であるが、注目すべきこととして、労働人口においてパートタイム労働者が増加しており、これは賃金統計全体に影響を与える。通常、パートタイム労働者の賃金はフルタイム労働者よりも低水準であるため、労働市場におけるパートタイム労働者の存在感の増大は、平均賃金の伸びを実際よりも鈍くみせる可能性がある。これは、賃金の伸びに関する統計の算出方法(フルタイムおよびパートタイム労働者の加重平均)によるところが大きい。

この場合、労働市場にパートタイム労働者が増えれば、賃金の上昇率は前年比で下がるかもしれない。しかし実際には、パートタイマーにも給与が支払われることから家計収入の増大に寄与し、さらに家計の可処分所得(支出や貯蓄に充てられる金額)は、フルタイムとパートタイムの仕事両方からの収入を含めた家計の総収入によって決まる。このことは、実質賃金(インフレ調整後の賃金)が過去18ヵ月間マイナスであったにもかかわらず、日本の消費が最近底堅いことと一致している。2024年にインフレ率が減速するとみられるなか、賃金の伸びは続くと予想している。これは、家計の購買力が高まる可能性を示唆しており、消費と経済成長の強まりを支えるだろう。

また、特筆すべきこととして、新型コロナウイルス感染症のパンデミックのあいだに日本の家計は支出の機会が減ったため、推定約50兆円の貯蓄が積み上がった。これらの「強制貯蓄」は今後使われ、消費をさらに下支えするとみられる。

日銀の金融政策正常化は継続

2023年に、日銀はイールドカーブ・コントロール(YCC)政策の段階的な終了に向けて大きく前進した。日銀の政策金利は現在マイナス0.10%となっているが(チャート3)、2024年を展望すると、この段階的な政策正常化プロセスで予想される次のステップは、マイナス金利政策の解除である。これは、2024年序盤における日銀のアクションの焦点になるだろう。

日銀の金融政策正常化に向けた動きは、政府のスタンスと密接に連携しているとみられる。この連携は、2013年に政府と日銀の間で定められた政策協定にまで遡る。同協定では国の経済政策を管理する上で、協調的なアプローチをとることを重視しており、このアプローチは実を結びつつある。重要なのは、日銀が行うあらゆる政策調整は、慎重かつ段階的な方法で実施される可能性が高いということだ。慎重なアプローチが取られるのは、金融市場で突如混乱が起こることを防ぐためである。したがって、金融政策の急速な「引き締め」を直ちに懸念する必要はないだろう。むしろ、日銀のアクションは「緩和的」なスタンスから「緩和度を引き下げた」スタンスへの移行と捉えるべきであり、より正常化した経済環境への緩やかな移行を意味している。

東京証券取引所が資本効率への対応要請を強化

東京証券取引所(東証)は、日本の株式市場における資本効率の向上に積極的な姿勢を示しており、当社ではこの取り組みは2024年に加速するとみている。2023年3月に、東証は3段階のアプローチ(現状分析、計画策定・開示、取組みの実行)を企業に適用して、資本コストや株価を意識した経営改善を促した。

2024年1月以降に、東証はアプローチを強化する見込みであり、これら3つの要素に対する企業の対応をモニタリングして、取組みを後押しする予定となっている。これには、企業の当該取り組みへの対応の有無を示した一覧表の公表などが含まれる。この透明性のある報告により、投資家やステークホルダーは個別企業の進捗状況を把握できるようになるだろう。

また東証は、知識の共有とベストプラクティスに関するガイドラインの策定にも取り組んでおり、経営慣行の向上を目指す企業にとって貴重な知見の共有となることを目指している。東証のイニシアチブは、透明性や責任を促進し、企業の利益と投資家の利益を一致させることで、日本の株式市場を世界の投資家にとってより魅力的なものにするだろう。

M&Aや株主アクティビズム、敵対的買収の追い風

前述したように、日本では企業改革が推し進められており、それを推進する文化的な要請が企業に行動の変革を迫っている。同時に、アクティビスト投資家の台頭は、企業に事業運営と戦略の再評価を促して、隠れた価値を掘り起こす可能性がある。チャート4は、資本効率の低さや多様性の欠如といった問題に十分に対処できなかったことを受けて、経営陣の提案が主張を強めるようになっている機関投資家からの支持を失いつつあることを示している。チャート5は、株主提案議案が株主によって承認された割合を示しており、オレンジ色のバーは、株主が提案議案を賛成多数で承認したケースを示している。経済産業省は、このトレンドに拍車をかけ、M&A市場を活性化するために、新たなM&Aガイドラインを導入した。これらのガイドラインは、M&A活動をより行いやすい環境を作り、ディール件数を増やして、市場内の付加価値を引き出すことができるように策定されている。

さらに経済産業省は、M&Aプロセスの透明性や公正性、効率性を促進することで、国内外の投資家が日本のM&A市場に積極的に参加することを目指している。これによって、ターゲット企業をめぐる競争が激化し、バリュエーションが高まり、企業は戦略的代替案を検討しようとする可能性がある。

注目に値する例として、世界的な優れた電気モーターメーカーであるニデックは、2023年11月にTakisawaを買収した。このような買収は、日本企業の株主構成や戦略に大きな変化をもたらす可能性がある。つまり、アクティビズムや敵対的買収、経済産業省の新しいM&Aガイドラインが相俟って活気のある環境が作り出されており、企業は株主に価値を提供することをこれまで以上に強く求められている。この結果、日本企業は価値を最大化しようという意欲が強まっている。

2024年はさらなる上昇が見込まれる

市場全体が上昇したにもかかわらず、日本のバリュー株(ファンダメンタルズが良好で株価倍率指標が魅力的な水準にあるという特徴を持つ)は、簿価と比較した場合に過小評価された水準で推移している(チャート6)。この傾向はすべての時価総額セグメントに当てはまるが、特に中小型株では多くの企業がまだ大幅に割安な水準で取引されており、2024年に大幅に上昇する余地がある。こうした過小評価された中小型バリュー株に注目することで、投資家はこれらの銘柄が簿価に近づき、それを上回るようになるにつれて、大幅な値上がり益を得ることができる。

まとめ

ここ数年みられた日本の良好な展開は2024年も続き、さらに強化されるだろう。2024年に、政府は正式にデフレ脱却を宣言するタイミングを待つことになるだろうが、その正確なタイミングは政治動向に大きく左右されるとみられる。例えそうであっても、日本の政策立案者と政治家は足並みを揃えており、デフレ脱却の宣言と金融政策の正常化は上手く行くはずである。このような良好な環境は日本企業にとって良い兆候であり、日本企業の多くは以前にも増して商業的な成功を収めているとともにコーポレート・ガバナンス向上の恩恵を受けている。その結果、日本は世界の投資家にとって今後も有望な投資先となり、投資家は世界の他の国々に比べて魅力的なバリュエーションで投資機会を見出すことができるはずである。


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