本稿は2024年3月21日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
アジア現地通貨建て国債は見通し良好、ファンダメンタルズが引き続きアジアのクレジットを下支え
サマリー
- 米国経済が引き続き底堅く推移していることを受けて、投資家のあいだでは米FRB(連邦準備制度理事会)の早期利下げ観測を修正する動きがさらに進んだ。月末の利回り水準は2年物の指標銘柄で前月末比0.411%上昇の4.62%、10年物の指標銘柄で同0.338%上昇の4.25%となった。
- アジア現地通貨建て国債については、インド、インドネシア、フィリピンを中心にポジティブな見通しを維持している。これら3ヵ国では、ディスインフレ傾向を受けて中央銀行には年後半に利下げ路線に転じる余地がもたらされるとみている。このように金融緩和が緩やかながらも着実に進む環境に加えて、堅調な経済成長が当該3ヵ国の債券の追い風になると予想する。
- 2月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが約0.18%縮小したものの米国債利回りが大幅に上昇したことから、月間トータルリターンが0.09%にとどまった。格付け別で見ると、投資適格債はスプレッドが約0.16%縮小したものの金利上昇圧力を受けて、月間市場リターンが-0.25%となり、ハイイールド債をアンダーパフォームした。ハイイールド債は約0.44%のスプレッド縮小を受けて月間市場リターンが2.21%となった。
- 需給面では、発行体がコストの割安な国内市場での資金調達を続けており、ハードカレンシー建て債券の純発行額が低水準にあることが、引き続きアジアのクレジット市場の大きな下支え要因になるとみている。ハードカレンシー建て新興国債券ファンドへの資金流入は依然として低調であるものの、魅力的な利回りを確保したい域内の機関投資家からの需要は引き続き旺盛だ。ただし、一部のネガティブなリスク要因が顕在化した場合は、投資適格債を中心にアジアの信用スプレッドにある程度の拡大圧力がかかる可能性がある。
アジア諸国の金利と通貨
市場環境
2月の米国債市場は下落
米国経済が引き続き底堅く推移していることを受けて、投資家のあいだでは米FRBの早期利下げ観測を修正する動きがさらに進んだ。月初に、FRBは政策金利を維持し、声明ではより中立的な姿勢にシフトした。米国連邦公開市場委員会(FOMC)声明は、成長やインフレに対するリスクはより良いバランスになりつつあるとしながらも、3月利下げ期待を後退させる内容となった。1月の非農業部門雇用者数が市場予想の前月比18万5,000人増に対して同35万3,000人増と力強い結果となったことを受けて、米国債利回りは急上昇した。その後、消費者物価指数(CPI)と生産者物価指数(PPI)の両方が市場予想を上回ったことから、短期部分を中心として米国債利回りは一段と上昇した。月末にかけては、FOMC議事録で一部のFRB高官が最近のインフレ改善について楽観的な見方をしていることが示されたものの、全体としては利下げを急ぐ必要はないとの見方をしていることが示された。月末の利回り水準は2年物の指標銘柄で前月末比0.411%上昇の4.62%、10年物の指標銘柄で同0.338%上昇の4.25%となった。
大多数の中央銀行は政策金利を据え置き、中国人民銀行は5年物ローンプライムレートを引き下げ
当月は、韓国、インド、インドネシア、タイ、フィリピンの各中央銀行が政策金利の据え置きを決定した。フィリピンの中央銀行は、2024年のリスク調整後CPI予想を4.2%から3.9%に下方修正する一方、2025年の見通しは3.4%から3.5%へと若干引き上げ、インフレ期待は「よりしっかりと落ち着いた状態にある」と指摘した。また、経済成長のモメンタムは「中期的には維持される」とみているものの、これまでの金融引き締めの影響が遅れて現れることにより、短期的には減速する可能性があるとの見方を示した。インドネシアの中央銀行は、金利据え置きの決定について、ルピア相場を安定させる方針を強化して、インフレを目標水準に維持するために将来を見据えた措置を目指す「安定を重視した金融政策」と整合的であるとした。タイの中央銀行も政策金利を据え置いたが、全会一致で決定されたわけではなく、2名の委員は0.25%の利下げを求めた。同中銀は、世界的な需要の低迷や中国の経済成長の鈍化が一因となり、国内経済は2024年に減速することが見込まれると述べた。その他、インドの中央銀行の金融政策委員会は、主要政策金利を6.5%に据え置くことを5対1の賛成多数で決定した。同中銀はまた、タカ派的な政策スタンスを維持することを選択し、政策金利を直ちに引き下げる予定はないことを示唆した。一方、中国人民銀行(中央銀行)は、苦境にある住宅市場の下支えを強化するべく、住宅ローン金利の主な目安となる5年物の最優遇貸出金利(LPR、ローンプライムレート)を4.2%から3.95%へと引き下げた。
1月はインフレが減速
アジア諸国の1月の総合インフレ率は減速を示した。シンガポールの総合インフレ率は、住居費と民間輸送費の上昇が緩和したことやコアインフレ率が鈍化したことを受けて前年同月比2.9%と、12月の同3.7%から鈍化した。インドネシアの総合インフレ率は前年同月比2.57%となり、前月の同2.61%から減速した。コアインフレ率も同様に鈍化して、前月の前年同月比1.80%から同1.68%となった。フィリピンのインフレ率は4ヵ月連続で減速し、総合CPIは前年同月比2.8%と、前月の同3.9%から上昇ペースを落とし、コアインフレ率は前月の同4.4%から同3.8%へと減速した。また、タイのインフレ率は前年同月比-1.11%となり、マイナス幅が拡大した。12月の-0.83%よりも大幅な減速となったほか、市場予想も下回っており、中央銀行の目標レンジである1~3%が一段と遠のいた。エネルギー価格の上昇鈍化が減速の主な要因となったほか、生鮮食品や運輸価格も一段と下落した。
シンガポールやインドが来年度予算を発表、インドネシアの選挙は平穏に終了
シンガポールのローレンス・ウォン副首相兼財務相は、財政収支が2023年度に赤字となったのち、2024年度(2024年4月~)には8億シンガポールドル(対GDP比0.1%)の小幅な黒字に転じる見通しであることを発表した。インドでは、ニルマラ・シタラマン財務相が暫定予算案を発表し、同国政府が財政再建に取り組むことを再確認した。2023/24年度(2023年4月~2024年3月)の財政赤字は対GDP比5.8%との予測が示され、前年の予算で見込まれていた同5.9%から下方修正された。さらに、2024/25年度(2024年4月~2025年3月)の財政赤字は同5.1%と予測されている。
インドネシアでは大統領選挙が実施され、非公式の集計結果によるとプラボウォ・スビアント候補が圧勝し、ジョコ・ウィドド現大統領の後任となることが示された。プラボウォ氏はジョコ大統領の政策路線を支持すると表明しており、政策の継続性が期待されることから、この選挙結果は市場で好感された。
今後の見通し
引き続きインドやインドネシア、フィリピンの債券に対してポジティブな見方
アジア現地通貨建て国債についてはポジティブな見通しを維持している。インフレ圧力の緩和を受けてFRBを含む主要中央銀行が利下げ路線に転じるのに伴い、先進国の債券市場で利回りの低下が見込まれるとともに、海外からの資金流入の増大が予想されることから、アジア債券に対する需要は拡大するとみられる。
当社では、インド、インドネシア、フィリピンでディスインフレ傾向が続くと予想しており、これによって、この3ヵ国の中央銀行には年後半に利下げ路線に転じる余地がもたらされるとみている。緩やかながらも着実に金融緩和に向かうことのできる環境と堅調な経済成長が相まって、当該3ヵ国の現地通貨建て債券の追い風になるだろう。加えて、これらの国々では債券の実質利回りが域内の他の国々に比べて魅力的であることも、需要のさらなるサポート要因になるとみられる。
アジアのクレジット市場
市場環境
2月はアジアの信用スプレッドが一段と縮小
2月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが約0.18%縮小したものの米国債利回りが大幅に上昇したことから、月間トータルリターンが0.09%にとどまった。格付け別で見ると、金利上昇圧力を受けて投資適格債がハイイールド債をアンダーパフォームした(概して前者はデュレーションが後者よりも長いため、米国債利回り上昇の影響をより受けやすい傾向にある)。投資適格債はスプレッドが約0.16%縮小したものの、月間市場リターンが-0.25%となった。ハイイールド債は約0.44%のスプレッド縮小を受けて月間市場リターンが2.21%となった。
アジアの信用スプレッドは、世界のリスクセンチメントが良好に推移したことや中国の政策当局が景気対策の強化を決定したことを受けて、着実に縮小した。米国経済が引き続き底堅く推移していることに加え、欧米企業の好業績に支えられ、世界的にリスクオンムードが広がった。中国では、政策当局が苦境にある住宅市場や低迷する経済の下支えに動いた。地方政府によって、数千件の住宅用不動産プロジェクトが優良プロジェクトとして「ホワイトリスト」に追加され、銀行による金融支援が促された。加えて、中国人民銀行は住宅ローン金利の主な目安となる5年物のローンプライムレートを過去最低の3.95%へと引き下げ、李強首相は、中国経済への信頼感を高めるために「現実的かつ強力」な行動を求めた。また、規制当局は高頻度取引の取締りを進めるなど、株式市場のさらなる安定化に向けた措置も講じた。春節(旧正月)休暇中の消費動向が示すように個人消費の安定化の良好な兆しがみられたことも、中国のクレジットものにとってさらなる下支え要因となった。香港では、低迷する不動産市場を押し上げるために、政府がすべての不動産価格抑制措置の廃止を発表するという想定外の展開となった。香港不動産関連のクレジットものは、このニュースに好反応を示した。インドネシアでは、大統領選挙におけるプラボウォ・スビアント候補圧勝の見込みが市場で好感された。
その他、これまでのアジア企業の決算発表は、良好な信用ファンダメンタルズを引き続き裏付ける内容となっている。ホスピタリティ、小売、消費関連セクターなどのサービス業界の業績が好調に推移していることは、アジア域内の消費が堅調であることを示唆している。テクノロジー・ハードウェア企業は引き続き、業界内における在庫削減圧力の緩和を受けて、業績の改善傾向が続いていることを示した。銀行も概して、高い収益性や強固な自己資本基盤、良好な不良債権状況を示す決算結果となった。香港と中国本土の商業用不動産へのエクスポージャーがある一部の香港の銀行は、資産の質が悪化しているものの資本バッファーは引き続き高水準にある。コモディティ関連企業は、コモディティ価格低迷を受けて減益となったが、長年の債務圧縮や設備投資抑制を受けて良好な信用特性を維持している。一方、中国国内では高額商品の購入意欲が低迷するなか、不動産の販売契約額の減少が続いている。
最終的に、2月はすべてのアジア主要国でスプレッドが縮小した。マカオのクレジットものは、春節休暇中に中国本土からの観光客数が急増したことを受けてスプレッドが約0.41%縮小し、アウトパフォームした。インドのクレジットものは、固有のニュースや企業の好決算に加えて良好なマクロ経済環境が追い風となって、堅調なパフォーマンスとなった。
起債活動は春節休暇の影響で鈍化
2月の発行市場は、春節休暇の時期を迎えて閑散状態となった。投資適格債分野では、Korea Development Bankの準ソブリン債ディール(2トランシェで総額30億米ドル)を含め、計9件(総額58.5億米ドル)の新規発行にとどまった。また、ハイイールド債分野の新規発行もわずか計1件(総額6,800万米ドル)となった。
今後の見通し
アジアの信用ファンダメンタルズや需給は良好も、割高なバリュエーションを受けて慎重な姿勢が必要
アジアのクレジット市場は、ファンダメンタルズが引き続き下支え要因になっている。中国では、政策当局が状況の厳しさを認識していることを、最近の財政措置の強化が示唆している。これは、中国の政策当局が2024年に景況感の回復と景気回復の拡大に向けて追加措置を実施するだろうとの見方を、一段と裏付けるものだ。3月5日から11日まで開催される中国の全国人民代表大会(全人代)では、政策の方向性や継続性に注目が集まるだろう。一方、中国以外のアジア諸国では、輸出の伸びの回復が国内状況の低迷を相殺する可能性があることから、マクロ経済や企業信用のファンダメンタルズは底堅さを維持するとみられる。企業収益の伸びが鈍化し資金調達コストが徐々に上昇していることを受けて、非金融企業は負債比率やインタレスト・カバレッジ・レシオがやや悪化する可能性があるものの、投資適格企業を中心に大半の企業については、格付けを維持するための十分な余裕があるだろう。アジアの銀行システムは堅固さを維持しており、安定した預金基盤や強靭な資本比率、および引当金計上前の収益性の好調さが、今後の信用コストの緩やかな上昇に対してバッファーとしての役割を果たすと考えられる。
需給面では、発行体がコストの割安な国内市場での資金調達を続けており、ハードカレンシー建て債券の純発行額が低水準にあることが、引き続きアジアのクレジット市場の大きな下支え要因になるとみている。ハードカレンシー建て新興国債券ファンドへの資金流入は依然として低調であるものの、魅力的な利回りを確保したい域内の機関投資家からの需要は引き続き旺盛だ。ただし、過去数ヵ月に大きく上昇した市場はこれらの好材料を概ね織り込んだ状態にあることから、予想を上回る世界経済の悪化や域内諸国の政治面での不透明感、地政学的緊張など、一部のネガティブなリスク要因が顕在化した場合は、投資適格債を中心にアジアの信用スプレッドにある程度の拡大圧力がかかる可能性がある。
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