当レポートは、英語による2024年3月1日発行の英語レポート「Japan transitioning from cyclical reflation to structural recovery for balanced growth」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。


最近、日経平均株価の史上最高値更新がニュースを賑わしている。市場環境が追い風であるのに加えて、海外投資家が日本についてポジティブなコメントを様々発しており、これを裏付けるように海外勢の旺盛な日本株買いが見られていることから、同指数はその後も上昇基調を維持している。しかし、世界の投資家、特に長年にわたる日本の断続的な回復の試みを実際に見てきた投資家のあいだで最大の疑問となっているのは、今回が本当にこれまでと違うのか、日本が数十年の長きにわたったデフレを伴う景気停滞から本当に脱却しつつあるのか、現在グローバル市場で広がっている金融環境緩和の恩恵を受けているだけではないのか、という点である。

日本株が、世界的な流動性の大幅向上や(米国ほか各国の金融政策が日本に比べて引き締め気味なことを受けた)ドル高・円安の恩恵を享受してきたことは間違いない。また、世界の投資家のリスクテイク意欲が高まったことも追い風となってきた。

チャート1は、2023年終盤からドル円と日経平均との相関関係が再び密接となったことを示している。第3四半期後半からの景気減速懸念で一時的に不安定化していた市場では、2023年終盤になると(シカゴ・オプション取引所のVIX指数の低下が表すように)株式リスク志向が再び強まった(チャート2参照)。リフレは、景気循環的な要素があるのは確かだが、構造的な回復のために(単独では不十分だとしても)必要な前提条件としての役割も果たす。

本稿では、リフレ動向が日本の構造的回復の土台を支えていることを示し、現在の日本株の復活を、いずれはデフレに戻る一時的な景気循環的回復として見限るべきではないと当社が考える理由を解説する。

パススルー効果:リフレの基本的特徴

日本銀行が好んで繰り返し述べているように、日本が「失われた数十年」から本当に脱却したと同中銀が断定するには、経済成長とリフレの「好循環」が必要である。一方において、日本では、生鮮食品を除いたコアCPI(消費者物価指数)の前年同月比上昇率が日銀のインフレ目標2%を2年余り上回ってきた(チャート3参照)。これは、かつてデフレに見舞われていた同国ではつい最近まで達成不可能とみられていた偉業である。2021年に始まった世界的なエネルギーおよびコモディティの価格高騰の影響が、最終的に広がって消費者にも波及した格好だ。しかし、政策タカ派が問うのは、インフレ目標2%を本当に達成できたと断定するのに、日銀はこれ以上どのような証拠を必要とするのか、ということだ。

ハト派はこの問いへの反応として、エネルギー価格やその他のコモディティ価格の上昇度合いがこのところ落ち着いており、多くの先進国でディスインフレが進行しているだけでなく、日本の実質GDPの前期比成長率が2023年第4四半期に2四半期連続のマイナスとなり(本稿執筆時点)、テクニカル・リセッションに再び陥ったことを指摘するだろう。

その一方で経済指標は、日本のリフレ傾向が永続的なものかを検討するにあたっての日銀の慎重さを裏付けると同時に、日本がより明確な構造的回復を達成する出発点に立っていることも示している。


日本の経済成長構造に見られつつあるリフレ傾向

まず、日本の最近の景気動向を検証してみよう。実質GDPは前四半期比でマイナス成長となった(本稿執筆時点)が、これは主に第4四半期のデフレーターが高止まりしているためで、名目ベースの成長率は依然として前四半期比0.3%のプラスであり、前年同期比では4.9%と良好な水準にある。この区別が重要なのは、企業収益が名目ベースで示されるからで、企業が値上げしても売上げ数量を維持できているということは、リフレの初期兆候である。チャート4が示すように、企業利益は2023年第3四半期時点で前年同期比20.1%増加した。

(構造)改革前のリフレ:近年の歴史からの教訓

このような動きは、名目GDP成長率がマイナス圏にとどまるなかで実質GDPが物価の下落を頼りに低調な成長を辛うじて遂げていた「失われた数十年」から、正に大転換である。以前のデフレ環境下では、企業が(デフレにより将来購買力が高まるとの予想から)現金にしがみつき、設備投資を先延ばしして株主価値を希薄化させることは、まったく合理的であった。しかし、日本の名目経済成長が(企業の価格決定力の回復が鈍いにもかかわらず)プラスに転じたことで、流れは大きく変わる。この名目成長率のプラス転換により、企業が利益率の拡大を追求するにあたって、現金を活用して設備投資や割安な自社株の買い戻し、賃上げを行ったり持ち合い株を売却したりすることが可能となる。企業は、こういった措置によって、当初名目の成長・売上げの回復で惹きつけた資本をキープすることができる。投資家はこれらの構造改革を何十年も待ち望んできた。小泉元首相と安倍元首相は在職当時、構造改革に着手しようとしたが、両元首相の取り組みを実現するには、火種としてリフレが必要だった。現在の環境はより強力なリフレの「火種」をもたらしており、このため過去のケースよりも構造改革が進みやすくなっている。

「好循環」の維持:何が必要で何に注目すべきか

日本が持続可能な回復を果たすための基盤は健在とみているが、真の意味での構造転換は依然進行中で決して完了したわけではない。これはマクロ経済全体ベースでも家計レベルでも言えることだ。日本の見通しについて楽観的なスタンスをとり始めてもいいだろうが、同国が構造的な観点から決定的転換を果たしたことを示す兆候を注視していく必要がある。この点について、現在の日本において労働力の特徴となっている雇用状況に構造的要素があることを示しておきたい。2021年以前、日本の労働人口は10年超にわたって減少していたが、一方で労働参加率は、女性や従来の定年年齢(60歳)を超えた人々を中心に上昇していた。新型コロナウイルスの感染拡大までは、労働参加率の上昇傾向は賃金の抑制要因となっていたが、2021年に名目賃金の伸びはプラスに転じ、以降プラス領域にとどまっている(チャート5参照)。

労働参加率の上昇は限りがあり、今後賃金上昇の抑制要因となり続ける可能性はほぼない。一方、日本の労働組合が毎年行っている「春闘」によって労働組合員の賃金は再び上昇する可能性が高く、労組に加入していない労働者の雇用主も遅れてこれに追随するとみられる。今ではインフレ指標の変動が大きい構成要素も落ち着いてきていることから、実質賃金は2024年内にも上昇に転じるかもしれない。実質賃金が上昇すれば、家計は消費の量を減らすことなく物価上昇を受け入れられるため、リフレの実現に最も重要な条件であり、延いてはいずれ長期的な消費拡大をもたらし得る。

次のサイクル転換 - 実質賃金が将来の成長にとって重要な理由

前述した通り、名目GDPがプラス成長に転じたことは(デフレーターの上昇がその主因で実質GDP成長率は依然マイナスであっても)日本にとって大きな変化である。しかし、あまり変化していないのは成長の構図で、ここ数四半期は、輸出がその構成比率をはるかに上回る牽引役となり続けることで成長が維持されてきた。

チャート6は、2020年以降の日本のGDP増減分(前年同期比)に対する各構成部門の実質寄与度を示している。純輸出(GDPに占める割合はわずか1%)は年間増加分への寄与が大きく、構成比率がはるかに大きい家計部門と民間非住宅企業部門(GDPに占める割合はそれぞれ38%と11%)は、プラスに寄与しているもののその度合いがかなり小さい。一方、両部門とも、経済成長とリフレ期待が損なわなければ、日本のGDPの成長にもっと大きく貢献できる力があることは指摘しておきたい。

チャート7は、デフレの大きな遺産の1つでまだ方向転換できていないもの、つまり家計と企業が保持している巨額の現金残高(前者が1,000兆円超、後者が300兆円超)を示している。デフレ環境下では現金を保持することは十分合理的だが、(たとえ緩やかでも)リフレ下ではそうはならない。リフレ下の経済では、家計が現金をより有効に利用することができる方法が2つある。1つは今の消費を増やすこと(将来は同じ消費にもっとお金がかかることになるため)、もう1つはプラスのリターンが期待できる金融資産に投資すること(将来物価が上昇しても現在以上の消費ができるようにするため)である。

次回のレポートでは、家計と企業が保有する莫大な現金残高が使われることにより、日本がデフレの「失われた数十年」から真に、かつ持続的に脱却できるかもしれないと当社が予想する理由について、さらに詳しく説明する。



フィンク直美
Naomi Fink

マネージングディレクター
グローバル・ストラテジスト

2023年12月に日興アセットマネジメント株式会社に入社。日本株式、アジア株式、グローバル株式、グローバル債券など、幅広い資産クラスの包括的な投資インサイトや投資戦略を社内外に提供する役割を担う。投資戦略策定会議である「グローバル・インベストメント・コミッティ(GIC)」の議長を務めている。

当社入社以前は三菱東京UFJ銀行(現 三菱UFJ銀行)、BNPパリバ、UBSなどにおいてさまざまな市場、地域、資産クラスを対象に、マクロ経済および金融投資戦略に関する上級リサーチ職を歴任したのち、ジェフリーズ・ジャパン・リミテッドのチーフ・ジャパン・ストラテジストに就任。2013年に、経済・金融市場ストラテジーコンサルティング会社ユーロパシフィカ・コンサルティングを設立。最高経営責任者(CEO)として活躍する一方、2016年から2023年にかけてキャピタル・グループにてリタイアメント・エコノミストなども務めた。

2022年には米・シンクタンクであるEBRI(Employee Benefit Research Institute)のRetirement Security Research Centerの議長に就任。研究を主導した実績を認められ、「Research Leadership Award for Retirement Security Research Center Chair」を受賞した。また米NPO法人Coro Southern CaliforniaのWomen in Leadership ProgramやUCLA(米・カリフォルニア大学ロサンゼルス校)のWomen in Governance Programのフェローとしても活躍していた。

バルセロナ経済大学院にて修士号(専門経済分析:マクロ経済政策と金融市場)、セント・アンドリューズ大学にて修士号(優等)を取得。ファイナンシャルリスクマネージャー(FRM)の資格を持つ。

英語、日本語、フランス語、スペイン語に堪能。


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