当レポートは、英語による2024年3月27日発行の英語レポート「Trump vs. Biden II: what implications could the US election have for sustainable fixed income?」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

蓋を開けてみると、3月上旬に行われたアメリカ大統領選挙予備選の「スーパーチューズデー」は決定的な結果となった。アラバマ州、テキサス州、カリフォルニア州でさらに圧勝を収めたドナルド・トランプ候補は、共和党大会での指名獲得のために確保した代議員数が1,000人を超え、唯一の対抗馬であったニッキー・ヘイリー候補を大統領選からの撤退へと追い込んだ。これで11月のバイデン氏とトランプ氏の再対決に向けた舞台は整った。そして、このことはサステナブル債券にとって何を意味するのだろうか。

ジョー・バイデン大統領の1期目に制定された重要な法律の1つとして挙げられるのは、2022年に成立したインフレ抑制法(IRA)だ。この画期的な法律は、約3,900億米ドルの税額控除とインセンティブを、脱炭素化やクリーンエネルギー移行への資金提供、電気自動車(EV)の普及促進など、多岐にわたるクリーンエネルギー施策に振り向けることで、米国のインフレ問題を緩和することを目的としたものだった。2030年までに二酸化炭素排出量を50%削減するという米国の目標達成を近づけているだけでなく、IRAはサステナブル債券の発行と投資を支える重要な要素とされている。2024年の世界のグリーンボンド/サステナブル債券発行額は1兆ドルを超える勢いである。

もしバイデン氏が2期目当選となれば、1期目の成果をもとに取り組みをさらに拡大し、米国政府のクリーンエネルギー移行へのコミットメントを確固たるものにするために一段と進歩的な法律を制定していく機会を得るだろう。しかし、対立候補の場合はどうだろうか。トランプ氏の大統領2期目となれば、気候変動問題、特に化石燃料からクリーンエネルギーへの移行にとってどれほどの脅威になるだろうか。

トランプ氏は進められてきた米国の気候変動対策を破棄できるか?

いくつかの点において、両大統領候補の政策の違いは至って明確である。なお、大統領としてのトランプ氏の環境問題に対する見解は、かつての民間人としての自身の見解とは大きく異なっている。2009年12月のこと、彼は緊急に気候変動問題に取り組むことを支持するニューヨーク・タイムズ紙の一面広告に署名し、当時のバラク・オバマ大統領に行動を促した。しかし、大統領1期目には気候変動対策を前進させることに強く反対し、米国をパリ協定から離脱させたほか、燃費規制を緩和し、カリフォルニア州による独自の排出規制案も阻止した。今のトランプ氏は気候変動に懐疑的であるとみられており、もし大統領への返り咲きに成功した場合は、IRAをはじめとして民主党が成立させた法律の廃止を就任初日から推し進めていくだろう。このことについて、トランプ氏は選挙に向けた遊説においてすでに議論してきている。しかし、それを大統領就任後に実現できるのだろうか。

トランプ候補の選挙遊説での発言を鵜呑みにするのは得策でないように思われるのはいつものことだが、実際にIRAやその他の気候変動関連の法律を廃止しようとする場合、それが思いのほか難しい状況に直面するかもしれない理由がいくつか存在するとみられる。第1に、トランプ氏は米国議会の上院と下院の両方において十分な支持を得られない可能性がある。現在、上下両院の掌握に向けたレースは熾烈を極めているが、民主党が下院の過半数議席を奪還する可能性が高まっているように見受けられる。トランプ氏がすでに成立した法律にメスを入れようとしても、両院で明確な過半数議席を確保できていない場合には頓挫する可能性がある。オバマケア(医療保険制度改革法)廃止を目指したときもまさに同じ理由で失敗している。

第2に、政治的な面はさておき、IRAが米国、特に多くのいわゆる「赤い州」に恩恵をもたらしてきたことも無視できない。シンクタンクの米国進歩センターによると、特に大規模なクリーンエネルギー投資が見込まれる10選挙区のうち8選挙区において議席数をリードしているのは共和党である。現在、テキサス州には239の風力発電プロジェクトがあり、15,300基以上の風力タービンが設置されている。その結果、風力発電はテキサス州の総発電量の28.6%を占めるに至っている。「Drill, baby, drill(石油を掘りまくれ)」が方針ではあるものの、風力発電産業と増えつつあるクリーンエネルギー分野の雇用を脅かすような大統領令を押し通すことは、政治的に困難となる可能性がある。同時に、クリーンエネルギーはより費用対効果が高いことも証明されつつある。投資銀行のラザードが試算した均等化発電原価によると、再生可能なエネルギー源である風力や太陽光による陸上発電は、他のどのエネルギー源よりも発電コストが安い。つまり、風力発電と太陽光発電の経済性の高さは、これらのクリーンエネルギー源が定着していくことを示唆しており、トランプ候補が大統領に就任したとしても、任期中にその流れを絶つのは大変だろう。

燃費

話題を燃費(そして政策が逆戻りする可能性)へ移すと、EV反対派が長年指摘してきた点の1つは、EVの普及が進んでいない理由は車両自体のコスト、そして充電が必要になるまでの航続距離が限られていることにあるというものだ。しかし、こうした反論が退けられる日は近づきつつある。

2014年に出版された「Clean Disruption」において、起業家でも作家でもあり、クリーンエネルギーに先見の明がある著者のトニー・セバ氏は、リチウムイオン電池のコストは2027年までに1キロワット時あたり50米ドルになると予測した。しかし、今年1月にセバ氏が「中国はもっと早くそれを達成しそうだ」と指摘したように、現時点においてCATLとBYDはバッテリーコストを1キロワット時あたり56米ドルまで低下させている。同氏による2024年版予測では、今後10年間で1キロワットあたりのバッテリーコストは80%も低下するとみられており、それが実現すればEVの未来に非常に大きな好影響を及ぼすことだろう。また、バッテリーの密度も毎年7%ずつ向上しており、EV用バッテリーの容量も増加している。

BYDはすでに販売価格11,000米ドルのハッチバックEV「Seagull」を発売している。低価格化とバッテリー容量増加を追い風として、新世代のEVは交通分野全体を席捲していく見込みだ。その結果、クリーンエネルギー・ソリューションに対して政治的に抵抗または反発したとしても、市場原理や基本的な経済性面の現実の方が完全に勝ることになりそうだ。その経済性を否定できない以上、トランプ氏が市場原理に対抗するのはかなり難しいだろう。

グリーンボンドの発行は続く

過去1年以上にわたり、米国のESG(環境・社会・ガバナンス)関連債券の販売は、共和党の政治家や投資家からの反発を受けて低迷してきた。ブラックロックは、ESGの名がついているだけで購入を思いとどまる投資家を引きつけるために、より政治的に中立な「トランジション・インベストメント」という言葉を好んで使ってきたほどだ。

世界全体での市場規模は現在4兆米ドルだが、10年後までに10兆米ドルを超える可能性があり、そうした市場力学からしてもグリーンボンドやサステナブル債券の発行を無視することはできない。トランプ候補は、グリーンボンドやサステナブル債券を抑圧しようとしても、それは勝ち目のない戦いであることに気づくかもしれない。トランプ候補は、ビル・クリントン前大統領の政治顧問であったジェームス・カーヴィル氏の有名な言葉を考慮しておくべきかもしれない。それは、「昔は、もし生まれ変わるとしたら、大統領かローマ法王、または野球の4割バッターになりたいと考えていた。でも今は、債券市場に生まれ変わりたい。誰もが恐れる存在なのだから」というものだ。

これらの要因がいずれも示唆しているように、グリーントランジションの流れを止めることは不可能であり、トランプ候補は民主党政権で成立した法律の廃止を望んだとしても、米国の国民や身内の共和党、さらには市場から支持を得るのに苦労するであろう。米国の政治アナリストは、モメンタム(勢い)、いわゆる「Big Mo(Big Momentumの略で、大きな勢いという意味)」が政治レースにおける心理を形成することについて話したがる。ひとたび勢いがつけば止められなくなる、という考え方だ。再戦されホワイトハウスでもう4年間を過ごすのが誰になろうと、今のところ勢いは完全にグリーントランジションにあると思われる。


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