当レポートは、英語による2024年4月2日発行の英語レポート「Why households are key to the next phase of Japan’s “virtuous circle” of reflation」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
3月19日、日本銀行は他の先進国と同様に短期金利を主な政策手段とする従来の金融政策に戻った。ただし、金融市場は日本の構造的リフレへの道のりがまだまだ終わっていないことを認識している様子で、投資家は緩和的な金融政策環境が続く間はそれを最大限に利用していく用意があるようだ。政策金利が0~0.1%で、10年国債利回りが0.80%を突破したものの米国債に比べて堅調に推移している状況は、「リスクフリー」のソブリン債やボラティリティが非常に低下している多数のリスク資産クラスの両方にグローバルに投資して資産を積み上げていく上で魅力的な資金調達環境であることに変わりない。日本の経常収支の構造を見れば、国内で余剰資金を確保し、海外投資で資産を増やしていくことが可能な好機であることがわかる(図表1参照)。
日本が海外投資で得ている所得は羨望に値するが、その仕組みを分析するために、2種類のマルチアセット・ポートフォリオのリターンを検証する。いずれも「リスク資産」として世界株式(ACWI)、「リスクフリー資産」として7~10年物米国債バスケットに「定番」の60・40の配分で投資するが、一方は円ヘッジ(1年ローリング)ベース、もう一方は円ヘッジなしベースのポートフォリオだ(図表2参照)。
円フルヘッジ・ベースでもリターンは7%を超えており、これは世界の多くの機関投資家の年間目標利回りと比べても良好な水準だ。国内のインフレが比較的緩やかであること(したがって低金利であること)に加え、蓄積された余剰資金を考慮すれば、日本の投資家は海外投資に理想的と言っていいほどの環境下にあるとみられる。しかし、機関投資家ではなく家計のバランスシートに目を向けると、日本の消費者はそうした状況をほとんど有効活用していないことがわかる。家計のバランスシートには長年にわたって多額の現金が蓄積されてきており、直近では合計約1,100兆円にも達している。一方で、貯蓄が滞留する状況が頑なに続いているように見受けられる。消費者が世界の相対的な高利回りによるリターンを取り込むことに躊躇しているのはなぜだろうか。
以前にも指摘したように、日本の企業は名目GDPの成長の恩恵を受けて収益を拡大できてきたとしても、日本の家計にとっては、どこの国の消費者の場合もそうだが、実質ベースの収支が重要なのである。これはどういう意味だろうか。企業は輸入コストの上昇を吸収できることを実証し、それを消費者に転嫁してきた。一方、消費者が物価上昇の影響を相殺する唯一の方法は、賃上げを要求することである。他の条件がすべて同じであれば、これは雇用者にとってのコスト増加につながり、そして利益を維持していくには(消費拡大による)売上のさらなる拡大が条件となる。これこそ日銀が求めてきた「好循環」である。しかし、ここ数年の名目賃金の上昇にもかかわらず、インフレによって実質所得の伸びは抑えられ、マイナス圏にとどまっている(図表3参照)。
春闘において日本の労働組合は歴史的水準の賃上げを獲得してきており、2024年には実質所得成長率がプラスに転じると期待できる確かな理由が存在する。とは言え、実質所得の持続的なプラス成長はデータ上まだ実現しておらず、日銀はこの重要な進展が実現するのを待った上でさらなる金融緩和縮小に動くとみられる。そうした実質所得の伸びと合わせて、日銀は消費者余剰が、日本の「失われた数十年」の間のように現預金の積み増しではなく、消費拡大に振り向けられることを期待していると思われる。これが実現すればGDPの成長を後押しするとともに、金融市場に資金が回ることにもなるだろう。
家計のリフレ行動への転換:待ち望まれているが、まだ実現せず
家計がそうした期待に応じて消費を増やすと考える確固たる理由が存在する。仮に消費の伸びの加速が緩やかであったとしても、消費は日本のGDPの大きな割合を占め、純輸出の同程度の拡大よりも大きな効果をもたらすとみられる。家計行動のなかでリフレへの転換を示す可能性があるもう1つの分野は、家計投資である。現金貯蓄を積み増すことは(ゼロ金利環境であっても)デフレ経済下であれば十分に合理的であるが、たとえ緩やかであってもリフレ状況下であればそうはいかない。世界的に見ても、長年にわたり日本の家計は金融市場への投資が過度に低い水準にあった(図表4参照)。しかし、リフレの流れは、家計が金融市場に参加し、少なくともインフレに追いつけるだけのリターンを求める金銭的インセンティブをもたらしている。
この点において、2024年に施行された新NISA制度(少額投資非課税制度)はタイミングが良かった。NISAの税制優遇措置は、金融市場商品への投資による長期的な資産形成を促すだけでなく、今年に投資を開始するインセンティブにもなっている。さらに、欧米の市場関係者がよく「世界の8番目の不思議」と呼ぶ現象であり、長期的に非常に大きな力を発揮する複利効果への扉も開かれる。強化されたNISA制度は徐々に資産を積み上げていくことに焦点が当てられていることも、家計のバランスシートに恩恵をもたらす。積極的な個人投資家の間では「テーマ・ローテーション」戦略が人気なのに対し、新NISAは「ドル・コスト平均法」に基づく投資行動を奨励するものであり、「マーケット・タイミング」を計ろうとする投資行動を抑制する。機関投資家であっても個人投資家であっても常にマーケットのタイミングを捉えて売買を執行していくことは困難な場合が多く、冴えない投資結果につながりがちだ。
パズルのもう1つのピース:金融リテラシー
日本の家計は金融市場に対する関心が低い傾向にあったが、国内株価指数の史上最高値更新が続くなかチャンスを逃してきたことに気づくにつれ、もうすぐ状況は変わる可能性がある。しかし、古い習慣はなかなか抜けないものであり、家計に広がっているデフレマインドを克服するには特段の努力が必要かもしれない。デフレ環境下で家計の金融市場への関心や参加能力は低下してきたが、その要因となってきた分野の1つが家計の金融リテラシーである。
図表5は、金利、インフレ、リスクという3つの主要トピックに焦点を当て、金融リテラシーを簡易的に評価した結果を示したものである。年配層と若年層の間で金融リテラシーに明確な差があることを示しており、デフレやゼロ~マイナス金利の影響で、若い世代は主要な金融概念の理解が遅れてきた可能性が高い。
金融リテラシーが十分でないことは、家計の積極的な金融市場参加がまだ見られない理由の1つかもしれない。家計の金融市場への参加拡大が実現すれば、家計に大きな利益をもたらすだけでなく、金融市場全体の発展を後押しする可能性がある。米国では、ERISA法(従業員退職所得保障法)、確定拠出年金制度の拡大、2006年年金保護法、Secure法(退職保障強化法)、Secure法2.0(第2次退職保障強化法)など、家計の金融市場参加拡大を後押しする政策シフトが徐々に進み、金融市場資産に対する需要が大きく高まっている(図表6参照)。
日本は先進国であり、成熟した家計が今後も教育に時間と資金を費やしていくであろうことから、金融リテラシーの世代間格差はそのうち埋まっていくだろうと考えられるが、これは「好循環」の継続を表す材料として政府と日銀がともに注視していく分野となるであろう。
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