当レポートは、英語による2024年3月6日発行の英語レポート「Why we should pay special attention to Japan’s Q4 capex surge」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
最近発表された日本の経済指標の1つに、私たちは目を見張った。3月4日に発表された2023年第4四半期の設備投資額は非常に堅調な結果となり、そのなかに日本経済の構造的な回復、日銀の言葉を借りればリフレの「好循環」の兆しの強まりを示す重要な点が見られた。それは、日本の固定資産への支出が再び増加していることに加え、特に設備投資によって示唆されるソフトウェアへの支出が数十年来の高水準にあることだ(図表1参照)。ソフトウェア投資は、企業が自社の生産性向上に真摯に取り組んでいるときに行う設備投資の代表格である。日本にとって目先の明るい材料として、第4四半期の設備投資が予想以上に堅調だったおかげで、同四半期のGDPが前期比0.4%減から上方修正されて「テクニカル・リセッション」が回避される可能性が非常に現実味を帯びてきた(注:実際に3月11日に発表されたGDP改定値は前期比0.1%増へと上昇修正され、テクニカル・リセッションを回避)。
出所:財務省
しかし、投資の増加が単なる循環的なものでなく構造的なものであると当社が確信しているのはなぜだろうか。その根拠は、慢性的な労働力不足の広がりが投資急増の直接的な動機になっているとみられていることにある。12月に発表された日銀レビューは、第4四半期の設備投資(特にソフトウェア投資)を日本で進んでいる構造的回復のシグナルとして重視すべき理由を説明してくれている。
米国の例が示すように資本の労働代替はより高付加価値の雇用を創出可能に
日米両国の労働分配率は過去数十年にわたり低下傾向を辿っている。しかし、日銀が指摘するように、こうした低下の経済的背景はそれぞれの国で異なる。米国の労働分配率低下の背景は、①資本財やソフトウェアの価格が賃金に比べて相対的に下落し、それが②省力化技術・プロセスへの投資拡大につながり、これを受けてソフトウェア開発のような高スキル人材への需要が高まったというものである。その結果、米国は日本よりも労働を資本で代替できるようになり、米国では高いスキルを必要としない作業の多くが自動化されるなかでも、高スキル人材の賃金が上昇した。米国では、企業が生産性向上のために無形資産(ソフトウェアなど)に投資するとともに高スキル人材の賃金を引き上げたことで、(単純作業を自動化するために)こうした無形資産と人的資産が生産的に活用されるようになり、同時に高スキル人材への需要がさらに高まった。詰まる所、適切なスキルを備えた人材は生産性を高められることから、その相対的に高い賃金は事業運営コスト削減を達成するために支払うべき妥当な対価であり、これによって企業の利益率が向上してきたのである。したがって、こうしたマージン向上の将来予測を踏まえると、足元において米国の時価総額上位銘柄のバリュエーションが非常に高水準にあることも偶然ではない。
「迷走」から脱却:日本で進む企業の経営改革
日本は、上記のように変革的な事業投資を実施して恩恵を受ける能力が限定的となってきた。1990年代から始まった「失われた数十年」においてはそれが特に顕著だった。しかし最近では、特に人手不足の長期化やさらなる深刻化を受けて、日本は変革的技術を導入する能力が改善してきており、それは適応スピードが遅い傾向にあるサービス業でも見られている。実際、日銀は人手不足が変革的投資に対する企業の強い動機の1つになっていると説明している。人手不足が循環的なものではなく構造的なものであると企業が結論付けるには時間がかかるものの、ひとたびそれが慢性的なものであるという結論に達すれば(日銀の定義によると、慢性的な人手不足とは、概して企業による高スキル人材確保困難が5~8四半期にわたって続く状況)、企業が設備投資、特にソフトウェア投資を増やすことは確実だろう。
図表2と3は、四半期毎に発表される日銀の短観データを用いて、構造的な人手不足と投資との間のタイムラグを示したものだ。図表2の左チャートは、特に労働集約的な産業(宿泊・飲食業、サービス業、建設業など)における日銀短観の雇用人員判断DIで、数値がゼロを下回るほど高スキル人材不足が深刻化していることを示している。図表2の右チャートでは、人手不足となってから数四半期遅れで、そうした産業におけるソフトウェア投資の拡大加速が鮮明化していることが見て取れる。変革をもたらす省力化設備投資の具体例として、新型コロナウイルス流行時に小売業で「セルフレジ」の普及が拡大した。また、宿泊業界では同時期に「自動チェックイン」が新たな常識となった。これらは、ソフトウェア投資や生産性向上のための設備投資が実を結んだ例である。
出所:日本銀行(2023年12月公表の「日銀レビュー(2023-J-13)」を参照)
こうした設備投資の具体的な動機が人手不足であることを明確に示しているのが図表3だ。各年度(2020-2023年度)初時点で高スキル人材が不足していると答えた企業とそうでない企業とに分類し、有形固定資産とソフトウェアへの設備投資を集計したものだが、これを見ると、年初に人手不足に陥った企業は、そうでない企業に比べ、有形固定資産、ソフトウェアともに前年比大幅増の設備投資を行っていることが明確に分かる。
生産的投資を受けてファンダメンタルズが堅調に推移
最近の当社レポート「日本は景気循環的なリフレから構造的回復へと移行し、バランスの取れた成長へ」で指摘したように、名目GDPのプラス成長回帰が日本企業の増収を後押しし、それが増益へとつながっている。また、こうした循環的回復には、構造面のさらなる改善も伴っている。それは、フリーキャッシュフローを生産性向上のための新規投資に振り分けてきた成果である。TOPIX構成銘柄の利益率は徐々に改善してきており、それに伴って自己資本利益率も同様に改善傾向にある。
出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントが作成(2024年2月24日時点)
また、TOPIXが高値を更新する展開となったことを受けて、東証のガバナンス強化のための新上場制度において重要な指標となっている株価純資産倍率(PBR)が上昇し、平均で1倍を上回っている(図表5参照)。しかし、我々と日銀がともに指摘するように、「好循環」とはリフレーションの進展が継続していくことであり、その顕在化には時間がかかる。実際、TOPIXの平均PBRは改善したものの、依然として1倍割れの企業も沢山存在し、その多くは手元資金を活用して生産性向上技術への投資を今後強化していく余地がある(図表6参照)。
出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントが作成(2024年2月24日時点)
リフレーションが企業減少による打撃を緩和
日本の「失われた数十年」の間に通説となっていたのは、日本は人口高齢化が進み、やがて人口が減少していくなかで需要が不足していくことから、経済成長の鈍化と物価の下落が常態化するという見方だった。人口動態が直線的に推移することはめったにないのだが、そのように解釈して将来の売上高が予測されることがあり、労働市場の需給タイト化が経済に深刻な影響を及ぼすようになると企業がショックに見舞われるという状況が時折見られてきた。
そうしたショックは、必ずしもすべての日本企業にとってプラスとなる結果をもたらしてきたわけではない。実際、労働集約的なサービス業企業の倒産件数は、よりオートメーション化が容易な製造業企業の倒産件数を大きく上回っていることが明らかとなっている。図表7はサービス業と製造業の倒産件数を比較したもので、サービス業の倒産件数から製造業の倒産件数を差し引いた値が数年ぶりの高水準に達していることを示している。コロナ禍においては、人手不足による倒産が顕著となった。一方、コロナ禍が落ち着くにつれ、人手不足のなかで企業の価格決定力が回復傾向を辿るようになり、より良好な経済環境がもたらされたことで、不採算の「ゾンビ」企業が倒産していくなかでもそれによる家計所得への打撃は限定的だった。
出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントが作成(2024年2月24日時点)
依然としてセンチメントが非常に重要な理由:「デフレマインド」の打破
結局のところ、生産性を向上させている企業の成功例から学ぶということは、日本企業にとって戦いの半分でしかない。残りの半分は、景気の循環が進んでいくなかでも企業が生産性向上のための投資を継続し、確実に「デフレマインド」を過去のものにしていくことである。したがって、リフレの「好循環」を維持していくために企業が引き続き自らの役割を果たしているかを示すシグナルとして、短観や景気ウォッチャー調査の先行き判断などの企業景況感調査を日銀や市場参加者は注視していくとみられる。
当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。