当レポートは、英語による2024年5月15日発行の英語レポート「Could ESG reporting rules spark an EU-US trade war?」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

11月に予定されている米国大統領選挙は長い影を落とし続けており、第45代大統領(ドナルド・トランプ氏)と第46代大統領(現職のジョー・バイデン氏)とのあいだで争いがヒートアップするにつれ、同国の分断は広がるばかりだ。このような二極化は投資の世界でも顕著で、特に厄介な論戦の的となっているのが、環境・社会・ガバナンス(ESG)報告に関する規制格差の拡大である。

欧州の企業サステナビリティ報告指令

この問題の中心となっているのは、EU(欧州連合)が2025年に導入する予定のより包括的なESG開示要件、CSRD(企業サステナビリティ報告指令)である。これは企業に対し、社会・環境面の影響、リスクおよび機会を事業戦略に組み込むことについての情報開示を義務付けるもので、気候変動関連も含まれる。企業は、気候変動が自社の事業にとって重要でないとの判断を下した場合、しっかりとした詳細な説明を行うことが求められる。

報告要件は段階的に導入されることになっており、まず、総資産残高、純売上高、従業員数に基づいて最も規模の大きい企業から開始される。最初に対象となる企業は、2025年に発行される2024年会計年度の報告書から新ルールを適用しなければならない。CSRDの下でESGの実践に関する情報開示を開始しなければならない企業の数は、世界中で5万を超えるとみられている。CSRDの適用を受ける企業は、ESRS(欧州サステナビリティ報告基準)に従って報告を行うこととなる。

欧州サステナビリティ報告基準

ESRSの適用は2024年度の報告書から求められるため、企業は今や、スコープ3のGHG(温室効果ガス)排出量について包括的な開示を行うことになる。スコープ3の排出量は、その企業自身が直接生み出すものでも、企業が所有・管理する資産から生じるものでもなく、バリューチェーンの上流から下流まで、当該企業が間接的に原因となっている排出量である。

想像される通り、スコープ3は大半の企業においてGHG排出量の大部分を占めるが、当該排出データを収集するのは困難な作業である。企業のバリューチェーン全体を包括的に把握する必要があるからだ。したがって企業は、この広範囲に及ぶ報告要件に対処するための準備をすでに進めている。

米国版は「手加減」されたものになるか

対照的に、米国では3月、SEC(証券取引委員会)が「手加減」された規制報告の枠組みを選択した。原案では、すべての上場企業に一定のGHG排出量の算定・報告が義務付けられていたが、現在では、これが適用されるのは大企業のみとなっている。また、草案からのもう1つの重要な変更点として、企業が特定のGHGによる汚染を開示する必要があるのは、その企業自身がその排出量を「重大」、つまり投資家にとって非常に重要であると考える場合のみとなっている。

しかし、EUの法令との最大の相違点と言えるのは、米国企業はスコープ3排出量の開示、つまり自社のサプライチェーンや自社製品の消費によって発生した汚染の報告を行う必要がないことだ。

SECは、スコープ3の報告が自社の事業やサプライチェーンにもたらす負担を懸念する企業からの圧力や、報告基準は政府機関による過剰介入であると主張する共和党の政治家からの反発に屈したとして、非難を浴びている。

しかし今のところ、米国内の企業には義務付けられていないスコープ3の報告が、欧州で事業を展開している多国籍企業にとっては大きな難題となる可能性があるようだ。CSRDは、当初はEUで法人格を有する企業にのみ適用されるが、2028年1月1日以降に始まる会計年度からは、EU域内に重要な拠点を持つ非EU企業は、グループ内のすべての非EU企業を含むグローバル・ベースのGHG排出量(スコープ3を含む)を報告しなければならない。

したがって、EUに進出している米国企業は、難しい決断を迫られることになる。どこでどれだけの排出量情報を開示するかを決め、開示の一貫性を確保する措置を講じなければならない。このことは、CSRDとSECのルールとのあいだで開示要件が矛盾する可能性をもたらし、罰金や訴訟につながる可能性がある。

CSRDにより、来年から約3,000社の米国企業が排出量データの収集を求められることになるが、この数はやがて大きく増加すると予想されている。EU・米国間の規制要件格差を幾分悪化させているのは、2023年10月にカリフォルニア州が、同州で事業を営む会計報告主体を対象として、EU版と同様スコープ1、2および3の報告指令を含む独自の気候情報開示法案を可決したことだ。同法令では、「カリフォルニア州にとって、持続可能で強靭かつ豊かな未来を確保するために、公的・民間事業体に対して必須となる包括的リスク開示要件を設定する機会」としている。

本件と米国大統領選挙との関係

英国を拠点とする気候変動専門のメディア・プラットフォームCarbon Briefの最近の分析によると、11月の米国大統領選挙でドナルド・トランプ氏が勝利した場合、2030年までに米国の二酸化炭素排出量がジョー・バイデン氏の計画に比べて40億トン増加する可能性があるという1。また、EUがスコープ3排出量の開示を怠った米国企業に制裁金を科し始めれば、米国とEUのあいだで一触即発の貿易戦争が勃発する可能性もある。トランプ氏は以前EU企業に対して懲罰的関税をかけたことがあり、同じことをしたくなる衝動を抑えきれないかもしれない。

しかし、2025年に誰が大統領の座に就いたとしても、異なる報告要件の格差はEU・米国間の対立を深めることになりかねない。また、地政学的状況がすでに極めて緊迫しているなか、本件は最近のウクライナへの資金提供に対する反論と同様、共和党にとって新たな「くさび問題」(組織・団体に意見の分裂を起こさせる論点)となる可能性もある。

「あめとむち」のバランス改善

米国とEUは、サステナビリティ(持続可能性)とクリーンエネルギー転換に対して、まったく異なる「あめとむち」アプローチをとっていると言えるかもしれない。米国では、2022年に制定された画期的なインフレ抑制法により、クリーンエネルギーへの取り組みに対して3,900億米ドル近い税額控除とインセンティブが幅広く適用され、クリーンエネルギーへの転換度合いが高い企業は恩恵を受けた。対照的に、EUは規制面を推し進め、GHG排出量に関して自らの責任を実証できない企業には罰則を科している。

おそらく、企業がGHG排出量を開示し削減するにあたり、よりよい支援とインセンティブを受けていると感じられるよう、2つのアプローチのあいだでもっとバランスをとる必要があるのだろう。しかし今のところ、排出量の開示に関しては、米国が全体的な動きに有意義な関与を見せていないため、引き続きEUが事実上のリーダーとなっている。

本件はグリーンボンド市場に影響を及ぼすか

最近のレポートで指摘したように、現在世界全体で4兆米ドルであるグリーンボンドの市場規模は、2020年代の終わりまでには10兆米ドルを超える可能性があり、このような市場拡大動向を考えると、グリーンボンドやサステナブルボンドの発行を無視することはできない。政治的なことはさておき、企業がグリーンボンドやサステナブルボンドを発行することは、営利的に見て明らかに理に適っている。当社では、グリーンエネルギーは生産コスト面で優れていると考えている。また、グリーンボンドを通じて資金を提供するプロジェクトが経済合理性を伴うものであることを引き続き必ず確認するようにしており、それは今後も変わらない。


1https://www.eco-business.com/news/analysis-trump-election-win-could-add-4-billion-tonnes-to-us-emissions-by-2030/


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