本稿は2024年7月17日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
アジアのクレジット市場は、ファンダメンタルズが引き続き下支え要因に
サマリー
- 当月の米国債利回りは、複数の主要経済指標が市場予想を下回ったことを受けて、あらゆる年限で低下した。月末の利回り水準は、2年物の指標銘柄で前月末比0.12%低下の4.76%、10年物の指標銘柄で同0.10%低下の4.40%となった。アジア域内の5月の総合インフレ率は、中国、マレーシア、タイ、シンガポール、フィリピンで加速する一方、インドネシア、インド、韓国でやや鈍化した。
- 当社では、韓国やインド、フィリピンの国債に対してポジティブな見方をしており、インドネシアの債券に対しては中立的な見方をしている。
- 6月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.09%拡大したものの米国債利回りが低下したことを受けて月間リターンが1.23%となった。格付け別では、投資適格債は信用スプレッドが約0.10%拡大するなか月間市場リターンが1.21%となり、ハイイールド債をアンダーパフォームした。ハイイールド債は、スプレッドが0.12%拡大したものの月間市場リターンが1.32%となった。
- 当月は、オールイン利回りが低下するなか新発債の供給が増加し、また利益確定売りが若干起きたことにより、スプレッドが拡大した。こうした需給面の調整は健全なものであり、買いの好機をもたらしているとみている。魅力的なオールイン利回りを確保したい域内の機関投資家からの需要は引き続き旺盛だが、アジアの信用スプレッドは幾つかのネガティブなリスクの台頭によって、年後半にボラティリティがやや高まる可能性がある。
アジア諸国の金利と通貨
市場環境
6月の米国債市場は利回りが一段と低下
当月の米国債利回りは、複数の主要経済指標が市場予想を下回ったことを受けて、あらゆる年限で低下した。米国債上昇に拍車をかけた大きな要因は、インフレ鈍化の兆候が示されたことだった。5月のCPI(消費者物価指数)とPPI(生産者物価指数)の伸びがともに市場予想を下回ったことを受けて、市場では今後の米国の利下げに対する見直しが進んだ。新規失業保険申請件数が増加するなか、米国債の上昇ペースは一段と加速した。注目すべき点として、6月の米FOMC(連邦公開市場委員会)におけるドット・プロット(政策金利見通し)では、今年見込まれる利下げが市場の予想外に1回のみとなり、3月時点の3回の利下げ予想から減少したが、利回りの低下が続いた。
一方、ECB(欧州中央銀行)は大方の予想通り0.25%の利下げを実施し、フォワード・ガイダンスで「データに基づいて判断する」との見方を示した。しかし、月末にかけて、FRB高官が忍耐強くデータに基づくアプローチを取ると強調したことを受けて、米国債利回りはそれまで低下した分の一部を戻した。月末の利回り水準は、2年物の指標銘柄で前月末比0.119%低下の4.76%、10年物の指標銘柄で同0.102%低下の4.40%となった。その他、米ドルは、フランスの政治的不透明感の高まりや中国の経済成長に対する懸念の強まりを受けて、大半の主要通貨に対して上昇した。
各中央銀行は政策金利を据え置き
当月はタイ、インドネシア、インド、フィリピンの中央銀行が政策金利を据え置いた。タイの中央銀行の金融政策委員会は、6対1で政策金利を2.50%に維持することを決定した(1人のメンバーは0.25%の利下げを支持)。この決定とともに、同中銀は2024年および2025年の経済成長率予想をそれぞれ2.6%、3.0%に据え置き、また総合インフレ率については、2024年は0.6%、2025年は1.3%との見通しを示した。
インドネシアの中央銀行は政策金利を6.25%に据え置き、ペリー・ワルジヨ総裁はインフレを抑制しルピアを支援するための先を見越した先手を打つ措置であると述べた。また、世界的な先行き不透明感があるものの、インドネシアの経済成長は中央銀行と政府の政策に支えられて堅調さを維持しており、2024年の経済成長率は4.7~5.5%のレンジになるとの見通しを示した。また、同中銀は総合およびコアインフレ率は、ともに2024年の目標レンジ内に収まると予想している。
フィリピンの中央銀行も、主要政策金利を据え置いた。同中銀の金融政策委員会によると、インフレリスクは主に米の輸入関税引き下げの影響により下方シフトしている。また、同中銀は2024年のリスク調整後インフレ率予想を従来の3.8%から3.1%へ、2025年については従来予想の3.7%から3.1%へと下方修正した。同中銀のエリ・レモロナ総裁は、物価上昇圧力の後退が見込まれることを受けて、第3四半期に0.25%の利下げ、第4四半期に0.25%の追加利下げを行う可能性があることを示唆した。
他では、インドの中央銀行は政策金利を6.50%に維持し、金融政策委員会は金融緩和の巻き戻しに引き続き注力することも決定した。注目すべき点として、外部委員の2名は0.25%の利下げを支持し、政策スタンスを中立へと変更した。
5月の総合インフレ率は概して加速
5月の総合インフレ率は、中国、マレーシア、タイ、シンガポール、フィリピンで加速する一方、インドネシアやインド、韓国でやや鈍化した。フィリピンの総合CPIは、公共料金や輸送費の上昇加速を受けて前年同月比3.9%となり、前月の同3.8%から加速した。一方で、コアインフレ率(変動の大きい食品およびエネルギー価格を除く)は前年同月比3.1%となり、前月の同3.2%から鈍化した。
シンガポールの5月のコアインフレ率は前年同月比3.1%となり、3ヵ月連続で同水準の伸びとなった。サービス価格が上昇加速したものの、電気・ガス料金や小売およびその他の商品価格の上昇鈍化によって打ち消された。5月の総合インフレ率は、車両やガソリン価格の上昇を受けて前年同月比3.1%となり、前月の同2.7%から加速した。政策当局は、コアインフレ率は年内に徐々に減速し、第4四半期はより顕著に減速すると見込んでいる。
タイの5月の総合インフレ率は前年同月比1.54%と前月の同0.19%から加速し、タイ中央銀行の目標レンジである1~3%に13ヵ月ぶりに戻った。加速の主因となったのは、比較対象となる前年の水準が低かったことやディーゼル価格の補助が撤廃されたことであった。コアインフレ率(エネルギーと生鮮食品を除く)は、前年同月比0.39%と伸びがほぼ横ばいとなった。
反対に、インドネシアの5月のインフレ率は、前年同月比2.84%と前月の同3.0%から減速して市場予想よりも鈍化し、中央銀行の目標レンジである1.5~3.5%の範囲に収まった。他方、コアインフレ率は前年同月比1.93%となり、前月の同1.82%から小幅に加速した。
中国人民銀行は流通市場における中国国債の取引を検討
当月、中国人民銀行の潘功勝総裁は、流動性を管理する新たな手法として、流通市場で中国国債の取引を開始する可能性があると発表した。また、同総裁は政策金利の枠組み見直しを検討していることを明らかにし、指標となる短期金利を1つにして、7日物リバースレポ金利が基本的にこの機能を担い、1年物のMLF(中期貸出ファシリティ)金利の政策金利としての役割を縮小させると述べた。
マレーシアはディーゼル補助金を削減
マレーシアでは、広く公表されている財政補助金合理化計画の一環として6月10日にディーゼル補助金が削減された。これにより年間約40億リンギットの歳出削減が見込まれている。補助金削減の結果、ディーゼル価格は市場価格により沿った形で設定され、約56%上昇した。また、政府はガソリン補助金についても今後同様の変更を実施する意向である。
インドの選挙は予想外の結果に
インドでは、6月の総選挙でナレンドラ・モディ首相率いる政党が議会で圧倒的過半数を確保できず、市場にとって予想外の結果となったことを受けて、同国の債券や株式が当初低迷した。しかし、モディ政権のこれまでの閣僚たちが留任となるなど、新内閣の陣容から政策の継続性が示唆されたことを受けてセンチメントは反転した。
今後の見通し
韓国、インド、フィリピンの債券に対してポジティブな見方
当社では、韓国、インド、フィリピンの国債に対してポジティブな見方をしており、インドネシアの債券に対しては中立的な見方をしている。
フィリピンでは4月と5月のインフレ率が市場予想を下回り、金融当局に十分な利下げ余地があるなか、同国の中央銀行総裁による最近のハト派的な発言は、利下げに転じる可能性があることを示している。
物価上昇圧力が着実に和らいでいるインドでは、インド準備銀行の金融政策委員会の中で隔たりが拡大しており、緩和への転換が間もなく起こる可能性があることが示唆されている。また、インド国債のJPモルガンGBI-EMインデックスへの採用が6月28日から開始された。当初の組入れ比率は1%で、毎月1%ずつ拡大し、2025年3月までに最大で10%に達する見込みとなっている。この組み入れ比率の段階的な引き上げは、インド債券の価格上昇を一段と後押しするだろう。
韓国では、中央銀行が金融政策の年央の評価を発表し、低調な内需と供給サイドの圧力緩和を理由に、より緩和的なインフレ見通しを示した。当社では、これは政策金利の正常化が近いことを示唆しているとみている。加えて、コアCPI上昇率が着実に減速していることから、同中銀は域内の他の中央銀行に比べて早期に利下げを実施できる余地がある。
対照的に、インドネシアでは新財務相が指名されるまでのあいだ、財政悪化懸念が継続して、同国国債に対するセンチメントの重石となる可能性がある。
アジアのクレジット市場
市場環境
6月のアジア・クレジット市場は上昇
6月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが約0.09%拡大したものの米国債利回りが低下したことを受けて、月間リターンが1.23%となった。格付け別では、投資適格債は信用スプレッドが約0.10%拡大するなか月間市場リターンが1.21%となり、ハイイールド債を小幅にアンダーパフォームした。ハイイールド債は、スプレッドが0.12%拡大したものの月間市場リターンが1.32%となった。
アジアの信用スプレッドは年初から大幅に縮小したのち、当月は米国債利回りが低下するとともに新発債供給が増加するなか拡大した。ここ数ヵ月間で中国の不動産セクターが大幅に上昇したことを受けて、投資家は同国の一部の不動産銘柄で利益確定を行った。中国の国家統計局が発表した住宅価格指数は、政府が大々的な刺激策を講じたにもかかわらず5月も低迷し、センチメントに悪影響を及ぼした。中国の他の経済活動指標では、引き続き経済の様々な分野にわたってまちまちの兆候が示された。
他では、格付け機関フィッチレーティングスは、フィリピンの堅固な中期成長ポテンシャル、安定した債務水準、強力なマクロ経済政策などを理由に、同国の信用格付けを「BBB」に、見通しを「安定的」に維持した。6月末時点で、すべての主要国セグメントのスプレッドが拡大し、韓国のクレジットものがアウトパフォームする一方、マカオのクレジットものがアンダーパフォームした。
6月の発行市場は起債活動が加速
6月の発行市場では、中国と韓国の発行体が中心となり、新発債供給が顕著に持ち直した。投資適格債分野では、インドネシアのPerusahaan Penerbit SBSNによるソブリン債のディール(3トランシェで総額23.5億米ドル)やLG Energy Solutionのディール(3トランシェで総額20億米ドル)、韓国のソブリン債のディール(総額10億米ドル)を含め、計22件(総額134億米ドル)の新規発行があった。また、ハイイールド債分野の新規発行は計5件(総額21.5億米ドル)となった。
今後の見通し
ファンダメンタルズが良好であるなか健全な需給面の調整が買いの好機をもたらしている
アジアのクレジット市場は、ファンダメンタルズが引き続き下支え要因になっている。中国では、政策スタンスが全般的に徐々に緩和的となっているものの、不動産市場を中心に実体経済の回復が依然として脆弱であることから、さらなる緩和措置が実施される可能性が高い。一方、中国以外のアジア諸国では、輸出の伸びの回復が国内状況の低迷を相殺する可能性があることから、マクロ経済や企業信用のファンダメンタルズは底堅さを維持するとみられる。企業収益の伸びが鈍化し、資金調達コストが上昇するなか、非金融企業の負債比率とインタレスト・カバレッジ・レシオ(借入金などの利息の支払い能力を測るための指標)がともにやや悪化する可能性があるものの、投資適格企業を中心に大半の企業については、格付けを維持するための十分な余裕があるとみている。アジアの銀行システムは強固さを維持しており、強靭な資本基盤、および引当金計上前の収益性の好調さなどが、今後の緩やかな信用コストの上昇による影響を相殺する役割を果たすだろう。
当月は、オールイン利回りが低下するなか新発債供給が増加し、また利益確定売りが若干起きたことにより、スプレッドが拡大した。こうした需給面の調整は健全なものであるとみており、買いの好機を生み出していると考えている。ハードカレンシー建て新興国ファンドへの資金流入は依然として低調であるものの、魅力的なオールイン利回りを確保したい域内の機関投資家からの需要は引き続き旺盛だ。しかし、今後については、域内の政治的不透明感や貿易に関連する緊張、11月の米国大統領選挙の結果をめぐる懸念、先進諸国の経済成長・インフレ動向といった一部のリスクによって、年後半のアジアの信用スプレッドは、落ち着いていた年前半に比べてボラティリティがやや高まる可能性がある。
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