本稿は2024年6月28日発行の英語レポート「Balancing Act」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

グロース資産のスコアをプラスに維持、ディフェンシブ資産のスコアを中立に据え置き

投資環境概観

中央銀行がインフレを抑制しながら世界的な景気減速を回避できる可能性が引き続き高まっているなか、市場は2024年に入って以降力強い上昇を続けている。米国ではインフレが市場予想を上回る水準にとどまっているが、個人消費と雇用に若干の軟化が見られるようになってきた。これを受けて金融引き締め環境の終焉が視野に入ってきており、米FRB(連邦準備制度理事会)は現在年内に1回の利下げを予想している。このゴルディロックス(過熱せず低迷もしない適度な経済状態)的シナリオは、インフレが2~3%の範囲に落ち着く一方で経済の伸びが潜在成長率を上回るという良好な経済環境を米国にもたらす可能性がある。企業の景況感が世界的に好転しAI(人工知能)への投資が増加するのに伴い、市場は今後1年の米国企業について堅調な収益成長を予想している。2023年には景気見通しが幾分懸念されたが、世界経済は今や難局を乗り越えたようだ。

米国以外では、他の中央銀行も金融緩和を続けるとみられ、欧州とカナダはすでに利下げサイクルに入っている。これは理に適った動きだとみている。カナダと欧州では景気低迷が続きインフレも2%へと戻りつつあることから、当社では長らく、利下げサイクルを主導するのは米国ではないだろうとの見方をしてきた。米国以外の国・地域における金融引き締めの終了は市場を活性化させ、過去1年半にわたって苦戦を強いられてきたドイツなどの国々にとって追い風になると予想している。市場はボラティリティの高い状況が続くかもしれないが、金融引き締めの終了は米国以外の国において企業収益の成長を促し、世界的にリスク市場の上昇を後押しするとみている。

利下げは債券市場にとってプラスの材料となるため、ディフェンシブ資産の見通しも若干改善している。スプレッドはここ12ヵ月でかなり縮小したが、特に金利低下が市場をサポートすることから、まだある程度は縮小する可能性がある。さらに重要な点として、日本のように金利水準が低い国の投資家にとっては、為替ヘッジのコストが今後も低下し続け、為替ヘッジ後でプラスの利回りを確保できる市場が増えるとみられる。ここ12ヵ月、オーストラリアは債券のなかで資金を配分しやすい市場であった。スティープな順イールドカーブでキャッシュ・レートが低い同市場は、為替ヘッジ後でプラスの利回りが確保しやすかったからだ。しかし、欧州やカナダ、英国の金利が低下するにつれ、為替ヘッジ後でプラスの利回りを確保できる選択肢は増えていく。これを受けて、キャッシュ・レートが低下し一貫した利回りを提供するとみられる国の短期債を中心に、ポートフォリオではクレジット市場への資金配分が拡大するだろう。とはいえ、現地通貨建て新興国債券市場では、先日のインドとメキシコの選挙によって、メキシコペソの急落など依然ボラティリティの高いことが示された。当社では現地通貨建て新興国債券を引き続き選好しているが、キャリーの獲得に使われている通貨への注視の必要性が浮き彫りとなった格好だ。


クロス・アセット

当月も引き続き、グロース資産のスコアをプラスに、ディフェンシブ資産のスコアを中立に維持した。すでに金融緩和を始めている欧州やカナダを筆頭に、先進国が利下げサイクルの第1段階に入るなか、景気見通しは引き続き明るい。利下げ期待がより現実に即したものとなり、インフレ期待も抑制されているように見受けられることから、よりポジティブなリスク環境が顕在化する可能性がある。世界の景気に関しては、企業の景況感が好転しつつある模様で、企業の投資もAIやグリーン化の取り組みから生まれ得る機会を中心に回復してきている。

グロース資産のなかでは、上場インフラ資産のスコアを大幅に引き上げて中立とする一方、先進国株式、コモディティ関連株、新興国株式、リートのスコアをおしなべて引き下げた。上場インフラ資産のスコアを中立へと引き上げたのは、エネルギーへの依存度が高いAIの今後の開発にとって極めて重要な機会を反映している。これは部分的に、コモディティ関連株にも関連している。新興国株式のスコア引き下げは、市場を押し上げられるほど企業収益がまだ伸びていない中国を中心に、投資機会が軟調であることによる。中国以外に目を向けると、中南米により魅力的な機会があるとみるが、政治面で不透明感があるため資金を配分しにくい地域となっている。加えて、先進国株式とコモディティ関連株のスコア引き下げは、主に上場インフラ資産のスコアをマイナスから中立に引き上げるのに充当するためであり、両資産クラスともスコアは依然プラスにとどまっている。

ディフェンシブ資産では、投資適格クレジットのスコアを若干引き下げて小幅のプラスとする一方、先進国ソブリン債のスコアを引き上げながらもマイナスにとどめた。投資適格クレジットのスプレッドは縮小を続けており、(米国など)一部の国では今や割高と言える水準に達している。米国以外では、オーストラリアやカナダ、欧州といった国・地域のクレジット市場が引き続き魅力的な水準にあることから、スコアを小幅ながら依然プラスに維持している。先進国ソブリン債については、最近の債券市場の下落と利下げの可能性を受けて投資魅力度が増しているものの、イールドカーブが大幅な長短逆転状態にあるため、長期債は引き続き投資配分を低めにすべきと考える。

マルチアセット・チームのクロス・アセット見解は、(1)グロース対ディフェンシブ、(2)グロースおよびディフェンシブ資産内でのクロス・アセット、(3)各資産クラス内での相対的な資産の見方、という3つの異なる段階で示しています。これらの段階は、選好順位の水準は資産クラスが予想可能な形で似た動きあるいは異なる動きを見せるという当社のリサーチおよび直感的認識を表しており、したがって、資産クラスのクロス・アセットでのスコアリングは理に適っているとともに、最終的により熟考された堅固なポートフォリオ構築につながると考えます。

資産クラスの選好順位

当社の見方

グロース資産

グロース資産は、金利とインフレがよりバランスよく市場に織り込まれてきたのに加え、製造業サイクルの回復が持続していることを追い風に、5月中旬からの上昇を維持した。しかし、循環的景気回復の兆候はいずれも、株式市場では影の薄い材料となった。半導体を中心とするテクノロジー株が大幅上昇したからだ。数ヶ月間で3桁の上昇というのは、市場がバブルに突入しようとしている、あるいはすでに突入している可能性を考えるのが妥当だ。投資機会という点で、AIをめぐり投資家心理が大きく盛り上がっているのは間違いないが、実際の企業収益という点ではどの程度現実味があるのだろうか。これまでのところ、収益成長の兆候が実際に見られていることは追い風だが、株価の上昇は依然として時価総額が最大級の企業に集中している。問題は、この先どこへ向かうのか、ということだ。

AIテーマと密接な関係にあるのがエネルギー需要の急拡大で、モデルのトレーニングに使用されるAIインフラと増加する推論アプリケーションへの電力供給だけでも、今後数年で現在の供給量の何倍にも達するとみられる。公益事業は一夜にして、配当利回りが売り物の退屈な銘柄から注目の成長機会へと変貌を遂げた。しかし、ここでも疑問が残る。ここまで高いバリュエーションを正当化できるような収益成長期待には、果たしてどの程度現実味があるのだろうか。

AIのバブル診断

AIは登場して久しいが、金利の大幅上昇を受けて市場が低迷を極めた2022年後半に世界中の人々の心を捉えたのは、ChatGPTの発表だった。金利は2023年まで上昇を続けたが、半導体チップ・メーカーのNvidiaが示した収益とキャッシュフローの並外れた成長を無視することはできなかった。利益の伸びが株価上昇率を上回っているため、PER(株価収益率)ベースのバリュエーションではNvidiaは実際1年前より割安に見える。

下のチャートは、半導体最大手2社のNvidia(茶色のライン)とTSMC(オレンジのライン)のPER動向を、「ドットコム」バブルの最大級銘柄の盛衰サイクルを通じたPER動向と比較したものだ。

チャート1


これまでのところ、少なくとも単純にバリュエーションの視点から見ただけでは、PERは妥当な水準なように見える。しかし、利益成長の予想は妥当と言えるのだろうか。将来の可能性に基づいた成長とは異なり、足元の実際の収益は非常に大幅な上振れを続けている。AIインフラへの設備投資は高水準にあり、半導体メーカーはその恩恵に浴する主な業界の1つとして、並外れて高い利益率を維持することができている。

より不透明なのは、ソフトウエア分野での勝者と敗者がどの企業になるのか、そして高額な設備投資が見込まれているような生産性向上を最終的にもたらすのかどうかだ。これは、今後数四半期で答えが出るであろう重要な問題の1つである。AIはインターネット黎明期以来最大のテクノロジー・テーマである。しかし、他の新興プラットフォームと同様、NvidiaやTSMCのように必要な部品を提供する企業が最大の勝者となることもある。

もう1つの興味深い動きは単純で、AIのトレーニングと推論に必要な膨大なエネルギーである。電力需要が既存のインフラを通じて加速的に増加している一方、テクノロジー企業は世界で最も強力なAIデータセンターを建設しようと激しい競争を事実上繰り広げており、各データセンターのエネルギー需要は新しい都市のそれに匹敵する。

結果として、公益事業セクターは、高利回りのディフェンシブ資産から、大規模な資本基盤がもたらす大幅な営業レバレッジにより需要の高成長を享受する可能性がある資産へと、大きな変貌を遂げつつある。当社では公益事業に対する見通しを引き上げたが、当該セクターは規制が厳しいことから、今後注視を深めていくことが重要になるだろう。

チャート2

当社では、AIバブルにはまだ突入していないと考えている。しかし、興奮ムードと貪欲さが注意深さと慎重なポジションテイクを上回っていることから、バブル創造の初期段階にある可能性は高い。当社がAIテーマを特に選好しているのは、関係する企業のファンダメンタルズが良好であり、やがて生産性の向上につながることが有望視されるからだ。一方で、勝者と敗者の予測が極めて困難なことも認識しており、したがって、足元のキャッシュフローの伸びが高く潜在的キャッシュフロー創出力も高い企業を網羅するセグメント全体を選好している。

グロース資産に対する確信度の強い見解

  • コモディティ関連株のスコアを引き下げ:インフレとコモディティ価格についてよりバランスのとれた市場への織り込みが進んだことから、スコアを中立近くへと引き下げた。当該セクターのファンダメンタルズは依然有望視しているものの、景気循環的および長期的ファンダメンタルズがより良好な他セクターにポジションをシフトする方が妥当と考える。
  • 日本株は利益を一部確定:日本株のスコアを引き下げて、他の資産クラスのスコアを引き上げた。為替ヘッジ後では、日本株が米ドルベースで7%(配当利回りとキャリー)超と最も高い利回りを提供しているのは間違いなく、また、当社では日本の構造改革ストーリーを依然確信している。日本株は最近落ち着いて概ね横ばいの推移となっているが、配当利回りの高さと今後の潜在的成長機会から、スコアはプラスに据え置いている。
  • 欧州の政治リスクは注視するにとどめる:フランスの選挙はマクロン大統領の望んだ通りにはいかず、さらに悪いことに、マクロン大統領が呼びかけた解散総選挙は早速裏目に出ており、極右派が大きく躍進する結果となる見込みだ。政治リスクは常に重要ではあるが、ほとんどの場合、特に金融緩和サイクルが始まったばかりの段階では、株式市場のパフォーマンスという観点からは材料視されない可能性がある。

ディフェンシブ資産

当月のディフェンシブ資産内のスコア変更は比較的小幅にとどめ、オーストラリアと欧州の投資適格クレジットで若干の調整を行った。現在、利下げを開始したカナダと欧州の投資魅力が高まっている。この2ヵ国は、経済の伸びが潜在成長率を下回っておりインフレがそれぞれの中央銀行の目標水準に戻りつつため、金利の調整が進む可能性が最も高いとみている。これとは対照的に、米国はインフレが依然3%を上回っており、FRBが市場の予想以上にタカ派的な姿勢を示す可能性が高い。当月の本レポートでは、現地通貨建て新興国債券を取り上げ、特にインドとメキシコの選挙結果に焦点を当てる。

新興国における2つの重要な選挙

この1ヵ月のあいだ、重要な選挙がいくつか実施され、新興国にスポットライトが当たった。注目すべきはメキシコとインドの2つの選挙で、市場はメキシコの選挙結果をインドよりもはるかに悲観的な見方で捉えた。2023年を通じて最も良好なパフォーマンスを見せた通貨の1つであったメキシコペソは、選挙結果に特に大きく反応して10%も下落し、2023年の上昇分の大半を数日で吐き出した。

メキシコの大統領選挙は、与党「国家再生運動」の候補者でロペス・オブラドール大統領の後継者であるクラウディア・シェインバウム氏の圧勝となった。市場や評論家は同氏の勝利を予想していたが、次点者との圧倒的大差は多くの人にとって予想外であった。議会選挙については、国家再生運動が下院で圧倒的多数を獲得し、上院では圧倒的多数にわずかに届かなかったものの躍進を見せた。

このような国家再生運動の地滑り的勝利は、同党が憲法改正に動く可能性が出てきたため、市場にはマイナス材料として受けとめられた。改憲案は裁判官の選出方法の変更を目的としており、最高裁の政治色が強まる可能性がある。これによってメキシコの法治が大きく変わり得ることから、市場が選挙結果を嫌気しボラティリティが著しく高まったのも無理はない。このような動向を踏まえ、当社では最近、メキシコに対してより慎重な見方をしている。圧倒的多数は政治の安定を妨げる力となる可能性があり、国家再生運動が司法改革を急ピッチで進めようとすれば、シェインバウム新大統領は投資家の信頼を勝ち取るのにさらなる時間を要することになるだろう。

チャート3

インドの選挙は現職のモディ首相が3期目続投を確保する結果となったが、市場は異なる反応を示した。メキシコとは違い、モディ首相の率いるインド人民党は単独では議席の過半数を獲得できず、与党連合の助けを借りて連立政権を立てざるを得ない状況となった。メキシコの国家再生運動のケースとは異なり、インド人民党は論争の的となるような問題への対策を推進しにくくなるため、政策決定は困難さを増すとみられる。市場は当初、選挙結果のニュースを受けてボラティリティの上昇に見舞われたが、最終的には、政権継続がもたらす安定を好感して選挙結果をプラス材料と見なした。ディフェンシブ資産の観点から、当社は引き続きインド債券を選好している。インド市場は、その比較的高い利回り、管理された通貨、高い経済成長、安定した政府により、短期から中期にかけて相対的にポジティブな投資環境を提供している。

チャート4

ディフェンシブ資産に対する確信度の強い見解

  • 満期の短い投資適格クレジット:信用スプレッドは引き続き適正水準にあるが、多くの国で依然イールドカーブが長短逆転しているため、満期が長めのクレジット物は投資魅力度が相対的に劣っている。イールドカーブがスティープ化するまでは、満期が短めのクレジット物の選好を継続する。
  • 金はヘッジとして依然魅力的:金は実質金利の上昇やドル高にもかかわらず底堅さを示しており、地政学的リスクおよびインフレ圧力長期化に対するヘッジとしての有効性を証明している。
  • 新興国債券の利回りは魅力的:現地通貨建て新興国債券の実質利回りは総じて非常に魅力的であり、インドなど、利回り水準が高く通貨のクオリティが高い新興国市場を選好している。

プロセス

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:


個別銘柄への言及は例示のみを目的としており、当該戦略で運用するポートフォリオでの保有継続を保証するものではなく、また売買を推奨するものでもありません。


当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。