本稿は2024年8月15日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
アジアのクレジット市場は、ファンダメンタルズが引き続き下支え要因に
サマリー
- 当月の米国債市場は、米FRB(連邦準備制度理事会)の今回の利下げサイクルにおける初回利下げが大幅に前倒しされるとの見方が市場で広がるなか、大きく上昇した。FRBが政策金利を据え置いたことを受けて、利回りは月末最終日に全般的に低下した。月末の利回り水準は、2年物の指標銘柄で前月末比0.496%低下の4.26%、10年物の指標銘柄で同0.366%低下の4.03%となった。
- 当月は韓国、マレーシア、インドネシア、シンガポールの金融当局が、各々の政策会合で金融政策の維持を決定した。対照的に、中国人民銀行は複数の政策金利を引き下げた。アジア地域のインフレ圧力は、6月に和らいだ。当社では、インドやフィリピンの国債を域内の他国対比で有望視している。
- 7月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが前月末比で概ね横ばいとなったものの、米国債利回りが大幅に低下するなか月間リターンが1.32%となった。格付け別では、投資適格債は信用スプレッドが0.035%拡大するなか月間市場リターンが1.30%となり、ハイイールド債を小幅にアンダーパフォームした。ハイイールド債はスプレッドが約0.13%縮小したことを受けて月間市場リターンが1.47%となった。
- オールイン利回りが低下するなか新発債供給が増加し、利益確定売りが若干起きたことにより、6月から7月にかけてスプレッドが拡大した。こうした需給面の調整は健全なものであるとみており、買いの好機を生み出していると考えている。アジア・クレジットは、特に魅力的なオールイン利回りを確保したい域内の機関投資家からの需要が引き続き旺盛だ。しかし、一部のネガティブなリスク要因によって、アジアの信用スプレッドは年後半にボラティリティがやや高まる可能性がある。
アジア諸国の金利と通貨
市場環境
7月の米国債市場は上昇
当月の米国債市場は、FRBの今回の利下げサイクルにおける初回利下げが大幅に前倒しされるとの見方が市場で広がるなか、大きく上昇した。米国の6月の雇用統計に加えてCPIが全体的に鈍化したことを受けて、市場では早ければ9月にFRBが利下げを実施するかもしれないとの楽観的な見方が広がった。FRBの7月の会合を前に、6月の米国の個人消費支出物価指数は減速した。これを受けて、FRBの金融緩和がより早期に開始されるとの見方が一段と強まった。FRBは政策金利を据え置き、ジェローム・パウエル議長がインフレの減速が続く場合は、9月に利下げを実施する用意があることを示唆すると、月末最終日に利回りは全般的に低下した。一方、日本では、月末にかけて日銀が利上げを実施するとともに国債買入れを減額する計画を発表したことを受けて、円が大幅に上昇した。月末の利回り水準は、2年物の指標銘柄で前月末比0.496%低下の4.26%、10年物の指標銘柄で同0.366%低下の4.03%となった。
韓国、シンガポール、マレーシア、インドネシアの中央銀行は金融政策を維持、中国人民銀行は複数の政策金利を引き下げ
当月は韓国、マレーシア、インドネシアの金融当局が政策金利を据え置いた。マレーシアの中央銀行は政策金利を据え置き、最近のディーゼル補助金の撤廃を受けて今後数ヵ月はインフレが加速するとの見方を示した。しかし、補助金撤廃による企業へのコストの影響を最小限に抑えるよう軽減策が講じられていることから、同中銀はインフレの加速は管理可能な状態が続くとみている。
同様に、インドネシアの中央銀行は政策金利を据え置き、インドネシアルピアの動向を注視する姿勢を維持した。同中銀のペリー・ワルジヨ総裁は、経済は内需によって十分に下支されており、2024年の経済成長率は4.7~5.5%のレンジになるとの見通しを示した。
韓国の中央銀行も政策金利を据え置き、声明ではハト派的な政策スタンスへのシフトが示唆された。同中銀は利下げの可能性を示し、インフレの鈍化傾向や政策金利の引き下げによる経済成長と金融の安定性の見込まれる兼ね合いを包括的に評価した上で、利下げ幅と時期を決定することを示唆した。
シンガポールでは、MAS(シンガポール金融通貨庁)が、金融政策全般の現状維持を決定した。また、総合インフレ率の通年予想について、ここ数ヵ月間で民間輸送費の上昇率が市場予想を下回ったことを反映して従来予想の2.5~3.5%から2~3%へと下方修正したが、2024年のコアインフレ率予想については2.5~3.5%に維持した。
対照的に、中国人民銀行は、7日物リバースレポ金利や1年物・5年物のLPR(ローンプライムレート、最優遇貸出金利)をそれぞれ0.10%引き下げたほか、1年物のMLF(中期貸出ファシリティー)金利を0.20%引き下げた。
6月のインフレ圧力は概して緩和
6月の総合インフレ率は、韓国、タイ、シンガポール、インドネシア、フィリピンで減速する一方、中国やインドでは加速した。また、マレーシアでは、総合インフレ率は伸びが横ばいとなった。
インドネシアの6月の総合CPIは、前年同月比2.51%と、前月の同2.84%から減速し、市場予想の同2.70%を下回った。減速の主因となったのは食品・飲料、たばこ価格の上昇鈍化だった。コアCPI(食品・エネルギー価格を除く)の上昇率は前年同月比1.90%となり、前月の同1.93%から減速した。
フィリピンの6月の総合インフレ率は、輸送費や公共料金の上昇鈍化が一因となり、前年同月比3.7%と前月の同3.9%から減速した。一方、コアインフレ率は前年同月比3.1%と伸び率が横ばいとなった。
シンガポールの6月のコアインフレ率は前年同月比2.9%と、2022年3月以来の水準へと大幅に減速し、市場予想を大きく下回る伸び率となった。政策当局は、減速の主因は小売品やその他の製品価格の上昇鈍化であるとの見方を示した。また、総合インフレ率は、5月が前年同月比3.1%だったのに対して、6月は民間輸送費の下落やコアインフレ率の鈍化を受けて同2.4%と大幅に減速した。
中国ではインフレが引き続き低水準にあり、6月の総合CPIの伸びはプラスとなったものの、前年同月比0.2%に留まった。コアCPIは前年同月比0.6%と、過去2年間この低水準にあり、直近1年は食品インフレが大きな押し下げ要因となっている。
インドの6月のCPI上昇率は、食品価格の上昇加速などを受けて予想外に前年同月比5.08%となり、前月の同4.75%から加速した。6月のコアインフレ率は前年同月比3.1%と、上昇率が横ばいとなった。
インドは財政赤字目標を引き下げ
インドのニルマラ・シタラマン財務相は、第3次モディ政権で初となる予算案を提出し、財政赤字の抑制を続けながら、雇用創出とインフラ支出の拡大に注力する方針を示した。注目すべき点として、2024年度(2024年4月~2025年3月)の財政赤字目標は、2月に発表された中間予算の対GDP比5.1%から同4.9%へと引き下げられた。また、同年度の市場からの借入計画も14兆100億インドルピーと、14兆1,300億インドルピーから引き下げられた。
中国の「3中全会」では政策の大幅な変更は発表されず
7月中旬に開催された中国の中央委員会第3回全体会議(3中全会)では、結果的に政策の大幅な変更はなかった。しかし、安全保障の重要性に加えて地方政府の財源配分を中央政府に対して引き上げるための調整など、既存テーマの継続に重点が置かれた。注目すべき点として、経済成長ペースは第2四半期に減速したものの、指導部は今年の成長目標である5%の達成を目指すことを発表した。
今後の見通し
インドやフィリピンの債券に対してポジティブな見方
FRBが利下げを開始するとの予想に伴い、世界の利回りが全般的に低下する傾向がアジア地域の債券利回りの低下バイアスを促すとみている。当社では、引き続きインドやフィリピンの国債を域内の他国対比で有望視している。
フィリピンの中央銀行総裁は最近ハト派的な発言を行い、利下げへと転換する可能性を示しており、過去3ヵ月においてインフレ率が予想を下回ったことから、金融当局には利下げを行う余地が十分にあるとみられる。インドでは、中央銀行の金融政策委員会のなかで隔たりが強まっていることから、近く緩和への転換が行われる可能性が示唆されている。インド国債は、6月28日からJPモルガンの新興国債券指数「GBI-EMインデックス」に組み入れられた。当初の構成比率は1%となり、同比率は月次で1%増加し、2025年3月までに最大10%に達する見込みとなっている。この組み入れ比率の段階的な引き上げは、インド債券の価格上昇を一段と後押しするだろう。
アジアのクレジット市場
市場環境
7月のアジア・クレジット市場は米国債市場が大幅高となるなか上昇
7月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが前月末比で概ね横ばいとなったものの、米国債利回りが大幅に低下するなか月間リターンが1.32%となった。格付け別では、投資適格債は信用スプレッドが0.035%拡大するなか月間市場リターンが1.30%となり、ハイイールド債を小幅にアンダーパフォームした。ハイイールド債はスプレッドが約0.13%縮小したことを受けて月間市場リターンが1.47%となった。
7月のアジア・クレジット市場は、発行市場で比較的活発な起債活動が続いたにもかかわらず、割合に底堅さを維持した。市場のムードは、FRBが近く利下げに踏み切るとの予想が追い風となり、概してポジティブなものとなった。しかし、米国の大統領選挙でトランプ氏が再選を果たす可能性を受けて、中国のクレジットものを中心にこうした楽観的ムード方はやや後退した。
中国では、2024年第2四半期のGDP成長率が前年同期比4.7%となり、第1四半期の同5.3%から減速した。注目すべき点として、「3中全会」では今年の経済成長目標である「5%前後」を達成する必要性が強調された。同会議を受けて、予想外の金融政策措置が実施され、主なものとして7日物リバースレポ金利および1年物のMLF金利が引き下げられた。また、不動産セクターではまちまちの兆候がみられ、6月の販売額は改善傾向となったものの、7月は回復が失速している兆しがみられた。
アジアの他の国では、足元の第2四半期の経済成長率が発表され、シンガポールの経済成長率(速報値)は前年同月比2.9%となる一方、マレーシア(速報値)は同5.8%となり、すべての予想を上回った。
当月のパフォーマンスは主要国・地域で乖離した。信用スプレッドは、中国、香港、インド、タイ、シンガポールで縮小する一方、マカオ、韓国、台湾、フィリピン、インドネシア、マレーシアで拡大した。
7月の発行市場は起債活動が引き続き活発
6月に新発債供給が高水準となったことを受けて、7月の新規発行は鈍化したものの、発行市場の活動は堅調さを維持し、中国や韓国の投資適格級の金融機関のディールや準ソブリン債に注目が集まった。投資適格債分野では、香港政府のソブリン債のディール(10億米ドル)や中国信達のディール(2トランシェで総額10億米ドル)、Kraton Corpや中国建設銀行のディール(10億米ドル)を含め、計19件(総額102億米ドル)の新規発行があった。また、ハイイールド債分野の新規発行は計5件(総額12.5億米ドル)となった。
今後の見通し
ファンダメンタルズが良好であるなか健全な需給面の調整によって買いの好機がもたらされている
アジアのクレジット市場は、ファンダメンタルズが引き続き下支え要因になっている。中国では、政策スタンスが徐々に緩和的なものになり続けているものの、不動産市場を中心に実体経済の回復が依然として脆弱であることから、さらなる緩和措置が実施される可能性が高い。
一方、中国以外のアジア諸国では、輸出の伸びの回復が国内状況の低迷を相殺する可能性があることから、マクロ経済や企業信用のファンダメンタルズは底堅さを維持するとみられる。企業収益の伸びが鈍化し、資金調達コストが上昇するなか、非金融企業の信用指標がやや悪化する可能性があるものの、投資適格企業を中心に大半の企業については、格付けを維持するための十分な余裕があるとみている。アジアの銀行システムは強固さを維持しており、強靭な資本基盤や引当金計上前の収益性の好調さなどが、今後の緩やかな信用コストの上昇による影響を相殺する役割を果たすだろう。
オールイン利回りが低下するなか新発債供給が増加し、利益確定売りが若干起きたことにより、6月から7月にかけてスプレッドが拡大した。こうした需給面の調整は健全なものであるとみており、買いの好機を生み出していると考えている。ハードカレンシー建て新興国ファンドへの資金流入は依然として低調であるものの、魅力的なオールイン利回りを確保したい域内の機関投資家からの需要は引き続き旺盛だ。今後については、域内の政治的不透明感や貿易に関連する緊張、11月の米国大統領選挙の結果をめぐる懸念など一部のリスクを受けて、アジアの信用スプレッドは年後半にボラティリティがやや高まる可能性がある。
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