本稿は2024年7月24日発行の英語レポート「Balancing Act」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
グロース資産のスコアをプラスに維持、ディフェンシブ資産のスコアを中立に据え置き
投資環境概観
株式市場は上昇し、米国市場は大手テクノロジー企業の業績上振れと好調な見通しを受けて史上最高値を更新した。経済指標が軟化を見せインフレが下振れするなか、米FRB(連邦準備制度理事会)が早ければ9月にも利下げを行う可能性が高まったことも、市場センチメントを下支えした。米国の雇用統計も、失業率が2021年11月ぶりの水準に戻るなど、好材料となった。今では市場はFRBによる利下げを年内2回と予想しており、相場が難なく上昇できる環境が整っているようだ。リスク資産の方向性を左右するのは来たる決算シーズンとみられるが、11月に米国の選挙が控えていることから、今後数ヵ月は市場のボラティリティが高まると予想される。しかし、FRBは「ノーランディング」(景気が減速も後退もしない状態)シナリオを首尾よくやり遂げた模様であり、市場ではこれが歓迎されリスク資産の追い風となるだろう。
欧州では、フランスでマリーヌ・ルペン氏率いる極右政党「国民連合」が国民議会(下院)の過半数を獲得し単独で権力を掌握するという最悪シナリオが回避されたことで、市場にひとまず安堵感が広がった。選挙は左派連合「新人民戦線(NFP)」が最多議席を獲得するという予想外の結果に終わったが、ハング・パーラメント(どの政党も単独で過半数の議席を獲得していない状態)となったことで、極端な政策が実施される可能性が後退したため、フランスにとってはプラス材料と言える。英国の総選挙では、市場の予想通り野党の労働党が圧勝で過半数を獲得した。
クロス・アセット*
当月もグロース資産のスコアをプラスに、ディフェンシブ資産のスコアを中立に維持した。欧州とカナダで6月に利下げが実施されたのをはじめ、各国中央銀行が金融緩和に動き始めていることから、経済成長の見通しは依然ポジティブと言える。インフレが世界的に鈍化し景気も軟化するのに伴い、今や中央銀行にとっては景気を支えるために利下げを行える余地が大きくなっている。リスク資産は通常、PMI(購買担当者景気指数)が景気減速を示す水準から加速を示す水準に転じ、かつ緩和的な金融政策が追い風となっている環境下で、最も高いパフォーマンスを見せる。当社では引き続き新たな設備投資サイクルに投資機会を見出しており、特にAI(人工知能)と環境関連の取り組みに注目している。
グロース資産のなかでは、長期的な成長テーマによって先行きの見通しやすさが改善してきたなか、米国株式を中心に先進国株式のスコアを引き上げた。欧州株式についても、製造業が世界的に上向いてきたのに伴いサイクル初期の投資機会が浮上してきたため、スコアを引き上げた。一方、これらのスコア引き上げを一部相殺する変更として、日本のスコアのプラス幅を縮小した。日本株を選好していることに変わりはないが、その度合いについては若干後退させている。そのほかでは、上場インフラ資産のスコアをやや引き上げた。AI開発に伴うエネルギー需要の増大を受けて、同資産クラスに対する見方が好転したことを反映した。一方、新興国株式のスコアを引き下げた。相対バリュエーションでは先進国株式の方が割高なものの、新興国を悩まし続けている構造的および景気循環的問題はともに解決に時間がかかるとみられるため、リスク・リワードの観点からは先進国の方が有望と考える。
ディフェンシブ資産では、投資適格クレジットのスコアを若干引き下げて中立とする一方、先進国ソブリン債のスコアを引き上げてマイナス幅を縮小させた。投資適格クレジットのスプレッドは依然タイトで、(米国など)一部の国では世界金融危機以降の最低水準近くにある。スプレッドの魅力度が相対的高いのはカナダで、中央銀行のハト派姿勢がスプレッドと(基準となる)国債利回りの両面で追い風になるとみられる。先進国ソブリン債についても同様に、中央銀行に利下げ余地のあることが好材料視されるカナダおよびEU(欧州連合)圏を選好している。しかし、イールドカーブの長短逆転度が大きいことから、為替ヘッジ後利回りの観点から保有コストの比較的高い長期債に対しては、慎重な見方を維持する。
*マルチアセット・チームのクロス・アセット見解は、(1)グロース対ディフェンシブ、(2)グロースおよびディフェンシブ資産内でのクロス・アセット、(3)各資産クラス内での相対的な資産の見方、という3つの異なる段階で示しています。これらの段階は、選好順位の水準は資産クラスが予想可能な形で似た動きあるいは異なる動きを見せるという当社のリサーチおよび直感的認識を表しており、したがって、資産クラスのクロス・アセットでのスコアリングは理に適っているとともに、最終的により熟考された堅固なポートフォリオ構築につながると考えます。
当社の見方
グロース資産
経済指標の軟化とインフレの世界的な減速を受けて市場センチメントがリスクオン方向に転じたため、当月のグロース資産は上昇を続けて最高値を更新した。製造業関連の指標も最近の低水準から反発しており、景気拡大サイクルの可能性を示唆している。テクノロジーなど売上高や利益が好調な伸びを示し続けている一部のセクターは、株価が大幅に上昇した。しかし、このような分野は、やや資金が集中しすぎの様相を呈し始めている。したがって、当社では、分散投資の一環として他の成長源を探すようにしている。そのような長期的成長テーマとして最近広く注目を集めているのが、肥満症治療薬である。
GLP-1およびGIPとは
グルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)とグルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド(GIP)は、インスリンの分泌を促す役割を担う消化管内のホルモンである。製薬会社はかつて糖尿病治療薬として長時間作用型のGLP-1模倣薬を開発したが、まもなく食欲抑制作用により患者の体重が減少することが判明した。このインクレチンには胃排出(胃の中にある食べ物を十二指腸へと送り出すこと)を遅らせる作用もあるため、患者の満腹感が高まることになる。その安全性と体重減少における有効性により、GLP-1は2021年に高用量単独投与の肥満症治療薬としてFDA(米国食品医薬品局)に承認された。
GIPは代謝、特に脂肪燃焼を促進するという点でGLP-1に似た作用をもたらすため、GLP-1と一緒に追加で投与すると、減量効果が高まった。この二重作用薬は、2023年についに肥満症治療薬として承認された。
より最近では、これらの治療薬は心血管疾患の予防薬としてFDAの承認を受けた。現在行われている臨床試験では、慢性腎臓病、睡眠時無呼吸症候群、糖尿病など様々な疾患の症状軽減に対する有効性の証明を目指している。当局による承認を受けて、保険適用への道が開かれ一般の人々がこれらの治療薬を利用できるようになると当社ではみている。当該治療薬の獲得可能な最大市場規模は、140億米ドルから2020年代の終わりまでに1,280億米ドルへ拡大すると見込まれている。
このテーマはまだ初期の段階にあり、今後大きな成長の可能性があると考える。株価パフォーマンスの面では、肥満症治療薬を擁する企業は擁していない企業に比べて大幅に好調である。肥満症治療薬を有する製薬企業の最大手2社と肥満症治療薬を有していない製薬企業の最大手2社(時価総額ベース)の株価パフォーマンスを比較すると、経時的に大きな差が生じていることがわかる。
肥満症治療薬をすでに持っている企業も、時が経つにつれ、競争の激化に直面することになると考える。しかし、FDAの承認取得には長いプロセスを要すること、また生産体制を整えるには莫大な設備投資がかかることから、すでに持っている企業は製品ラインアップの革新・進化において引き続き有利となるはずだ。例えば、経口投与のような新しい投薬方法を考え出すことによって、競争優位性・参入障壁の高い事業を開拓できるかもしれない。
グロース資産に対する確信度の強い見解
- 長期的な成長機会を含有する米国株式のスコアを引き上げ:米国のテクノロジー株は、長期的にも景気循環的にも強い追い風が続くなか、引き続き上昇した。テクノロジー以外の銘柄は市場全体の上昇に後れを取っているが、景気が鈍化しインフレが落ち着くにつれ、金融政策のハト派化を背景に追いつき始めると予想する。
- 選挙が済んだことを受けて欧州株式のスコアを引き上げ:欧州は、特に利下げが予想される環境下、バリュー株と景気循環的グロース株の両投資機会を依然割安なバリュエーションで提供しており、ポートフォリオにバランス効果をもたらす。また英国も、利下げが見込まれるなか、バリュエーションの割安な投資機会を提供している。
- 日本株のスコアのプラス幅を縮小:リスク・リワードのバランスがより良好な米国・欧州株式のスコアを引き上げるため、日本株のスコアのプラス幅を縮小した。日本ついては、企業が設備投資や株主還元の形で資本の活用を始める構造改革ストーリーを依然確信している。
- コモディティ関連株に対しては依然ポジティブ:当該資産クラスは、引き続きインフレに対して優れた分散投資効果を提供していることから、スコアをプラスに維持している。コモディティ・セクターのファンダメンタルズは、景気循環と長期の両面で依然有望である。
ディフェンシブ資産
当月のディフェンシブ資産におけるスコア変更は小幅にとどめ、カナダ国債と欧州の投資適格クレジットで若干の調整を行った。当社では現在、カナダと欧州の利下げから恩恵を受けるようなポジションを選好している。これら2地域では、経済の伸びが潜在成長率を下回っているとともにインフレがそれぞれの中央銀行の目標水準に急速に戻りつつあることから、最初に利下げに動く可能性が最も高いと長らくみられてきた。これとは対照的に、米国ではインフレが依然3%を上回っており、景気も意外に底堅い。当社ではFRBについて、市場の予想以上にタカ派的な姿勢を示す可能性があると考える一方、2024年後半に最初の利下げを実施する準備を進めているともみている。現地通貨建て新興国債券においては、引き続きインドを選好している。同国では、選挙で勝利を収めたモディ首相の政権下で現在の政策の継続が見込まれ、また通貨インドルピーも安定している。
フランスの選挙
欧州議会選挙で大敗を喫したフランスのマクロン大統領は、6月上旬、議会選挙の前倒しを発表するという大きな賭けに出た。これに驚いた市場では、フランス国債10年物の利回りが3.28%へと0.12%も上昇した。投資家のあいだでは、極右ポピュリスト(大衆迎合主義者)政党が議会で過半数を獲得し、ルペン党首の掲げる財政拡大的で保護主義的な「フランス第一主義」政策の多くが実施されることになるのではとの懸念が広がった。フランスは欧州でも財政赤字が大きい国の1つであるため、財政赤字を拡大させ得る政党は市場から悪材料とみなされる可能性がある。
多くの人にとって意外なことに、7月初旬に行われた総選挙の決戦投票では、左派連合「NFP」が最多議席を獲得し、マクロン大統領の中道政党が2位、ルペン氏の「国民連合」が3位という結果に終わった。
NFPは、最低賃金の引き上げや生活必需品の価格上限設定、定年を64歳に引き上げる年金改革の撤回など、左派寄りの政策を掲げて選挙戦を展開した。歳出の財源としては法人税の引き上げを提案し、政策プログラム全体のコストが財政赤字の拡大にはつながらないことを示そうとした。フランスはユーロ圏のなかでも財政赤字が大きい国の1つで、対GDP比では約5.5%となっている。
しかし、プラスに考えると、ハング・パーラメントの状態で各政党の議席数がほぼ均等であることから、真の意味での法改正を進めるのは困難になると言える。これはフランスの政治システムに不安定さをもたらすだろうが、金融市場にとっては不透明感が後退することになり、インドの選挙結果の場合と同様、結局はほぼ影響のない材料とみなされるかもしれない。当社では、フランス国債とドイツ国債の利回り格差が解散総選挙前の水準へと縮小を続けると予想しており、ECB(欧州中央銀行)が利下げサイクルに入っていることから、引き続きフランス国債をポートフォリオ内のディフェンシブ資産として選好する。
ディフェンシブ資産に対する確信度の強い見解
- 満期の短い投資適格クレジット:信用スプレッドは引き続き適正水準にあるが、多くの国で依然イールドカーブが長短逆転しているため、満期が長めのクレジット物は投資魅力度が相対的に劣る。イールドカーブがスティープ化するまでは、満期が短めのクレジット物の選好を継続する。
- 金はヘッジとして依然魅力的:金は実質金利の上昇やドル高にもかかわらず底堅さを示しており、地政学的リスクおよびインフレ圧力長期化に対するヘッジとしての有効性を証明している。
- 新興国債券の利回りは魅力的:現地通貨建て新興国債券の実質利回りは総じて非常に魅力的であり、インドなど、利回り水準が高く通貨のクオリティが高い新興国市場を選好している。
プロセス
リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:
当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。