本稿は2024年9月17日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

アジアのクレジット市場は、ファンダメンタルズが引き続き下支え要因に


サマリー

  • 米国の労働市場が急速に軟化している兆しや米FRBがハト派的な兆候を示したことを受けて、8月の米国債利回りは一段と低下した。7月の米FOMC議事録では出席者の「大半」が金融緩和を行う準備が出来ているとの見方をしていることがさらに示された。月末の利回り水準は、2年物の指標銘柄で前月末比0.34%低下の3.92%、10年物の指標銘柄で同0.13%低下の3.90%となった。
  • アジア域内では、フィリピンの中央銀行がFRBに先駆けて、域内の主要中央銀行として(中国以外で)最初に利下げに踏み切った。アジア諸国の第2四半期の経済成長率は良好となる一方、7月の総合インフレ率はまちまちとなった。
  • 世界的な金融緩和期待を受けて債券市場がポジティブな環境となるなか、当社では高水準な利回りが引き続き投資家にとって魅力的なインドやインドネシア、フィリピンの国債を有望視している。
  • 8月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドの縮小や米国債利回りの低下が追い風となり月間リターンが1.63%となった。格付け別では、投資適格債は信用スプレッドが0.03%縮小するなか月間市場リターンが1.82%となり、ハイイールド債をアウトパフォームした。ハイイールド債はスプレッドが約0.32%縮小して月間市場リターンが0.48%となった。
  • アジア・クレジットはファンダメンタルズが堅調であり、また需給状況が引き続き良好であることから、リスクの高まりによって引き起こされ得るスプレッドの拡大を封じ込めることができると予想している。これらのリスクには、域内の政治的不透明感や貿易を巡る緊張、11月の米国大統領選挙の結果に対する懸念などが含まれる。アジアのマクロ経済や信用環境の見通しにおける最大のリスク要因は、米国や世界が深刻な景気後退に陥るリスクだが、これは当社の基本シナリオではない。市場の健全な調整は、超過収益やトータルリターンの両観点からアジア・クレジット市場のより良好な買いの好機をもたらすと引き続きみている。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

8月の米国債市場は一段と上昇
米国の労働市場が急速に軟化している兆しや米FRB(連邦準備制度理事会)がハト派的な兆候を示したことを受けて、8月の米国債利回りは一段と低下した。7月の雇用統計で、雇用者数の伸びが減速し、失業率の上昇が示されると、米国経済の減速がより急速なものになるとの懸念が広がった。こうしたなか、市場ではFRBによる9月の利下げ期待が高まり、米国の政策金利サイクルが全般的に見直され、利回りは大きく低下し、米ドルは大幅安となった。その後発表されたインフレ率が落ち着いた内容となったことを受けて、年内に大幅な追加利下げが実施されるとの見方が強まった。FBBは、9月に利下げを実施する可能性を示し、7月の米FOMC(連邦公開市場委員会)の議事録では出席者の「大半」が金融緩和を行う準備が出来ているとの見方をしていることが示され、9月に利下げが実施される可能性が裏付けられた。ジャクソンホール会議で、ジェローム・パウエルFRB議長はこの見方に沿う形で、「政策を調整する時期に来た」と述べた。月末の利回り水準は、2年物の指標銘柄で前月末比0.34%低下の3.92%、10年物の指標銘柄で同0.13%低下の3.90%となった。

チャート1

フィリピンの中央銀行は政策金利を0.25%引き下げ、その他の中央銀行は据え置き
フィリピンの中央銀行は、域内の主要中央銀行としては中国以外で最初に政策金利を引き下げた。同中銀は、政策金利を0.25%引き下げて6.25%とし、FRBに先駆けて利下げサイクルを開始した。インフレリスクは下方にシフトしているとの強い確信を示し、「現在のマクロ経済見通しにおいては、引き締め的な金融政策スタンスの緩和を検討することができるだろう」と述べた。

一方、タイの中央銀行は主要政策金利を据え置いた。しかし、この決定は全会一致ではなく、1人の委員は0.25%の利下げを主張した。同中銀は、インフレ見通しに下方リスクがあることを認め、これは需要の低迷ではなく主に供給サイドの要因によるものであるとした。

同様に、インドネシアの中央銀行は政策金利を据え置いたものの、ハト派的な姿勢を示した。同中銀は、FRBの2024年の利下げについて以前は1回のみと予想していたものの、足元では2回と予想している。政策声明では、経済成長を支える必要性が強調されるとともに、外部リスクの後退が指摘された。とは言え、ペリー・ワルジヨ同中銀総裁は利下げについて「データ次第」になるだろうと改めて述べた。

韓国の中央銀行は政策金利を維持したものの、2024年のインフレ率および経済成長率予想を下方修正し、今後数ヵ月のうちに緩和スタンスにシフトする可能性を示唆した。同中銀の李昌鏞総裁は、政策金利据え置きの決定は全会一致だったものの、今後3ヵ月において利下げの可能性を見込む委員メンバーの数は増加していると述べた。

アジア各国の2024年第2四半期の経済成長は良好
フィリピンの2024年第2四半期のGDP成長率は前年同期比6.3%となり、上方修正された前四半期の成長率である同5.8%を上回った。消費支出は同中銀の予想を下回ったものの、投資が11.5%増加するとともに政府支出が10.7%拡大した。

インドネシアの2024年第2四半期の経済成長率は前年同期比5.05%となり、前四半期の同5.11%からやや減速したが、堅調な家計および投資支出が主因となり予想を上回った。インドネシアの中央銀行は、通年の経済成長率を4.7~5.5%と予想している。

一方、タイの第2四半期の経済成長率は前年同期比2.3%となり、上方修正された第1四半期の同1.6%から加速するとともに、5四半期ぶりの高成長となった。2024年前半のGDP成長率が1.9%となったことを受けて、タイのNESDC(国家経済社会開発評議会)は通年のGDP成長率予想を(従来の2.0~3.0%から)2.3~2.8%へと修正した。NESDCは、観光業の回復、好調な国内の個人消費、堅調な政府支出や民間投資、輸出の回復が主要な成長ドライバーであると強調した。

他では、インドの2024年第2四半期のGDP成長率は年同期比6.7%となり、前四半期の同7.8%から減速した。経済成長は、政府支出の縮小などを受けて鈍化し、インドの中央銀行による予想の7.1%を下回った。

7月の総合CPIはまちまち
7月の総合CPI(消費者物価指数)上昇率は国によってまちまちとなり、中国、韓国、インド、タイ、フィリピンで加速する一方、マレーシアやシンガポールでは横ばいとなり、インドネシアでは鈍化した。

マレーシアの総合インフレ率は、前年同月比2.0%と3ヵ月連続で伸び率が横ばいとなった。健康、レストラン・ホテルサービス、娯楽・文化などの主要項目で上昇が加速する一方、食品・飲料価格の上昇は鈍化した。

シンガポールの7月のコアインフレ率は前年同月比2.5%と、2022年2月以来の低水準となり、2ヵ月連続で減速した。総合インフレ率は住居費の鈍化を受けて前年同月比2.4%と、伸び率が横ばいとなった。通商産業省とMAS(シンガポール金融通貨庁)は、2024年のコアインフレ率は平均2.5~3.5%、総合インフレ率は2~3%のレンジになると予想している。

一方、タイの7月の総合CPI上昇率は前年同月比0.83%となり、燃料価格や生鮮食品価格の上昇を主因として4ヵ月連続でプラスとなった。コアCPI上昇率は前月の同0.36%から同0.52%へと加速した。

中国の7月のCPI上昇率は市場予想を上回ったものの、需要低迷に関する懸念が続いた。総合CPIは、食品価格の上昇加速を主因に前年同月比0.5%となり、6ヵ月連続で伸びがプラスとなった。一方、7月のコアCPI上昇率は前年同月比0.4%となり、前月の同0.6%から減速した。

インドネシアの7月の総合CPI上昇率は前年同月比2.13%と前月の同2.51%から鈍化する一方、コアCPI上昇率は前年同月比1.95%と前月の同1.90%から小幅に加速した。

今後の見通し

インド、韓国、インドネシア、フィリピンの債券に対してポジティブな見方
パウエル議長はジャクソンホール会議で、FRBは早ければ9月に利下げを開始する用意があることを示唆し、FRBの焦点がインフレ懸念から労働市場における下方リスクの可能性へとシフトしていることを強調した。今後見込まれる金融政策の緩和が市場動向を左右するとみられ、これによって米国債利回りは一段と低下し、デュレーションに対するオーバーウェイトポジションの効果が増す可能性が高い。

FRBが緩和を始めるなか、アジアの各中央銀行には政策金利を正常化させる余地ができる。世界的な金融緩和期待を受けて債券市場がポジティブな環境にあるなか、当社では高水準な利回りが引き続き投資家にとって魅力的なインドやインドネシア、フィリピンの国債を有望視している。加えて、韓国の中央銀行が間もなく利下げサイクルを開始するとみられるなか、韓国の国債についてポジティブな見方をしている。

アジアのクレジット市場

市場環境

8月のアジア・クレジット市場は上昇
8月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドの縮小や米国債利回りの低下が追い風となり月間リターンが1.63%となった。格付け別では、米国債利回りが大幅に低下したことを受けて、デュレーションが長めの投資適格債がハイイールド債をアウトパフォームし、スプレッドが0.03%縮小するなか月間市場リターンが1.82%となった。ハイイールド債はスプレッドが約0.32%縮小して月間市場リターンが0.48%となった。

当月は、FRBが9月に利下げを開始するだろうとの確信が強まるなか、リスクセンチメントが改善して、アジアの信用スプレッドは縮小した。月初は、米国の景気後退の可能性が懸念されてリスク資産が売られるなか、スプレッドが全般的に大きく拡大するなど厳しい出だしとなったものの、その後発表された経済指標で景気後退懸念が行き過ぎであった可能性が示唆されると、市場は急速に落ち着きを取り戻して、スプレッドは徐々に縮小した。

中国では、信用指標の低調さが続くなど、7月の経済活動指標では第3四半期序盤の低迷が示された。市場の注目は、住宅市場の支援措置の可能性に引き続き集まった。しかし、地方政府が売れ残りの住宅を購入して低価格の住宅に転換させるために、特別地方債を発行することが認められるかもしれないとのニュースは、そうした措置の実行可能性について投資家が懐疑的な見方をしたことから、市場を下支えする影響は限定的となった。

アジアの他の国では、良好な第2四半期の経済成長率が発表された。格付け機関フィッチレーティングスは、インドの力強い中期的な成長見通し、堅固な対外ポジション、財政赤字の改善などを理由に、同国の長期外貨建て発行体デフォルト格付けを「BBB-」に、見通しを安定的に維持した。タイでは、憲法裁判所が前首相のセター・タビシン氏を解任した数日後に、ペートーンターン・チナワット氏が首相に任命された。最終的に、当月は中国、香港、インドネシア、マレーシアを除くアジアのすべての主要国・地域すべてでスプレッドが拡大した。

発行市場の起債活動は8月も引き続き活発
8月の新発債供給は鈍化したものの、発行市場の活動は堅調さを維持し、中国や韓国における投資適格級の金融機関のディールや準ソブリン債に注目が集まった。投資適格債分野では、フィリピンのソブリン債のディール(3トランシェで総額25億米ドル)やマレーシアの政府系ファンドKhazanah Nasional Berhadのディール(2トランシェで総額10億米ドル)を含め、計17件(総額80.2億米ドル)の新規発行があった。また、ハイイールド債分野の新規発行は計10件(総額24.3億米ドル)となった。

チャート2

今後の見通し

堅固なファンダメンタルズと引き続き良好な需給状況が信用スプレッドを下支え
ファンダメンタルズは、引き続きアジアのクレジット市場の下支え要因になっている。中国では、政策スタンスが徐々に緩和的なものになっているものの、実体経済や不動産市場の回復が依然として脆弱であることから、さらなる緩和措置が実施される可能性が高い。

中国以外のアジア諸国では、マクロ経済や企業の信用ファンダメンタルズは底堅さを維持するとみられるが、内需の落ち込みに加えて世界経済が一時的な低迷局面を迎える可能性もあり、今年前半の良好な水準に比べると悪化が見込まれる。こうした低迷局面に入りつつあるなか、いくつかのセクターや一部の銘柄を除き、アジアの投資適格企業や銀行の大半は財務基盤が強固で、格付けを維持するための十分な余裕がある。

当社では、これらの堅調なファンダメンタルズ、そして需給状況が引き続き良好であることから、リスクの高まりによって見込まれるスプレッドの拡大を封じ込めることができると予想している。これらのリスクには、域内の政治的不透明感や貿易を巡る緊張、11月の米国大統領選挙の結果に対する懸念などが含まれる。アジアのマクロ経済や信用環境の見通しにおける最大のリスク要因は、米国や世界が深刻な景気後退に陥るリスクだが、これは当社の基本シナリオではない。市場の健全な調整は、超過収益やトータルリターンの両観点からアジア・クレジット市場のより良好な買いの好機をもたらすと引き続きみている。


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