当レポートは、英語による2024年8月14日発行の英語レポート「How to wean off a weak yen without fading Japan’s recovery」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。


円安は日本の企業収益、国民総所得、経常黒字を押し上げ、日本経済の回復に重要な役割を果たしてきた。しかし、いずれ金融市場が方向転換する場合に備え、日本が円安の助けを借りずに景気回復を維持していく方法を考えるべき時期に来ているのかもしれない。ポートフォリオの分散度を高める必要性や日本の構造改革の進展などは、投資家が海外へのエクスポージャーを減らして国内に再投資するよう促す追い風要因となる可能性がある。



以前から議論してきた通り、円安は日本の企業収益、特に海外収益の多い大手上場企業の収益回復を後押しする環境をもたらしてきた。日本を代表する大手企業で構成される日経平均株価は、リフレが日本に定着するなかでドル/円とともに概ね上昇基調を辿ってきた(チャート1参照)。

チャート1

一方で、幾度となく強調してきたことだが、円安はいかに有益であるとはいえ、日本の構造的な回復に取って代われるものではない。例えば、当社レポート「過度な円安水準とは」で指摘した通り、円安傾向がさらに進めばインフレ圧力が強まる可能性があり、それが他の要因によって緩和されなければ、国内の物価上昇と賃金上昇の「好循環」が損なわれかねない。

本稿では、円安のもう1つの側面について取り上げる。円安は日本の国内総生産(GDP)ではないにしても国民総所得には間違いなく好影響をもたらしてきた。このように円安は日本の経常収支にプラスに寄与している。

円安は日本の経常収支の押し上げ要因となってきた

円安が日本の海外投資に与えている影響は、日本の経常黒字が拡大し続けていることから一目瞭然だ。日本の経常黒字の構造は2010年以降変化している。2000年に入ってから最初の10年間は貿易黒字がまだ当たり前だった。チャート2は、日本の経常収支の構成が近年著しく変化していることを示している。2011年の東日本大震災後、食料や燃料などの財輸入(とともに一部のサービス輸入)が輸出を上回り、日本は貿易黒字から貿易赤字に転じた。一方で、海外への投資は増加の一途を辿り、純輸出の減少による穴を補って余りあるほどの投資収益をもたらした。企業による直接投資(海外の設備やオフィスへの投資)は多額の投資利益をもたらし、その利益は投資先国で再投資された。しかし、(コロナ禍が訪れるまで)海外投資収益のより大きな部分を占めていたのは証券投資であり、海外の経済成長と円安進行がともにその追い風となっていた。

今日でも、日本の経常黒字は主に海外投資収益によってもたらされている。しかし、変化もみられており、コロナ禍のなかで得た企業の価格決定力は定着した感がある。さらに、企業がそれぞれの投資先国で再投資する傾向にある直接投資収益についても、依然高水準で推移している証券投資収益を上回っている。

チャート2


2023年度は円で資金を調達した海外投資が驚異的なリターンをもたらした

近年、日本経済を上回るペースで拡大していた海外投資収益は、円安によって良好な水準から驚異的な水準へと変貌した。理論上の海外証券投資の例を用いて、すでに良好だった投資リターンが円安によっていかに一段と大幅に向上した可能性があるかを説明する。

2023年度(2024年3月末までの1年間)の年間トータルリターン(配当再投資ベース)をみると、MSCI ACWIが23%と良好な水準となる一方、TOPIXは5%弱だった。米国債7~10年物ポートフォリオにおいても、米国の株式と債券が通常の負の相関関係を示さなくなるなか、2023年度の年間リターンが17.4%と異例の高水準に達した。株式と債券の両方が2桁台のリターンを達成することは、もはや異常な状況と言える。一方で、ほとんどの機関投資家は日本国債を保有しているが、2024年3月時点でドル/円の前年比上昇率が26%にものぼることを加味すれば、海外株式と米国の債券への資産配分が大きい投資家は、資産配分は小さいながらも保有していた日本国債によって被った可能性のある損失の一部、または場合によってはすべてを相殺できたことになる。

2023年度末時点における円安のプラス寄与度を説明するために、ACWIの比率が60%、米国債の比率が40%となるように継続的にリバランスを行うポートフォリオを例として取り上げる(チャート3参照)。当該ポートフォリオで円ヘッジを行った場合の年間リターンは10%を超える程度だが、ヘッジを行わない場合のドル・ベースの年間リターンは約20%となる。しかし、仮にこのヘッジを行わないポートフォリオのドル・ベースのリターンを円ベースに戻すと、2024年3月末時点の年間リターンは50%に迫る。

チャート3


日本の企業や機関投資家の収益が極めて堅調な伸びを示しているのも不思議ではない。しかし、円安はつい最近まで優勢なテーマだったが、「円キャリートレード」は急激な巻き戻しに見舞われた。ついに金融市場に方向転換の兆しがみられるなか、投資家は最近の利益をある程度確定しておかなければ、円の動向、そして外国債券・株式の間にみられる異例の正相関の関係がポートフォリオの脆弱性を露呈させる可能性がある。

国内投資家が海外資産へのエクスポージャーを減らすべき合理的理由とは

日本の企業や投資家の多くは、長期的には海外投資を継続していくとみられる。しかし、2024年3月末までの1年間のリターンが例外的なものであったと考えるべき理由も存在することから、国内投資家が保有する海外資産の一部の利益を確定し、国内に再投資していくことは、中期的なアロケーション戦略として理に適っていると考える。以下、その理由を概説する。

  1. 公正価値(購買力平価):輸入物価は2022年当時ほどには日本の交易条件を悪化させるものではなくなっているが、円は多くの貿易相手国通貨に対する為替相場が購買力平価を大幅に下回っている。それが最も顕著なのはドル/円だろう。米国で1ドルする商品が日本では100円を若干下回る価値となっており、購買力平価ではドル/円が1ドル=100円を下回っていることを示している。通貨が長期間にわたって購買力平価から乖離することはあり得るが、年金基金のような長期目線の機関投資家は、将来の年金受給者の購買力を維持する役割を担っていることから、購買力平価を重視するべきである。最近まで行き過ぎの感があった円安は、機関投資家にとって円建て以外の資産の一部の利益確定売りを検討するべきシグナルになっているとみられる。これは、中長期的にみると円安が行き過ぎた水準から反転する可能性が高いためである。
  2. ポートフォリオの分散化:日本の投資家が驚異的なリターンを達成した一因は円安にあるかもしれない。しかし、外国株式市場(米国のウェイトが高い)と国内株式市場の両方が好調なリターンを達成したことにも起因している。こうした外国株式ポートフォリオの一部は、米国株式指数の特徴である大型ハイテク銘柄への集中度の高さが幾分反映されたものになっていたとみられる。なお、キャッシュリッチな企業や慢性的な労働力不足を抱える日本は、まさにそうしたハイテク企業による生産性向上技術を必要としている国であるかもしれない。したがって、戦略的な観点から日本が米国のハイテク・セクターへの投資を継続していく根拠はずっと存在し続ける可能性がある。そうしたなか、日本の海外技術(特に米国)への依存は、国際収支の他の部分をみても明らかである。これには日本の「デジタル赤字」や、熟練労働者不足に直面している労働集約的セクターの企業で特に多いソフトウェア投資が含まれる。したがって、国内投資家は外国株式のエクスポージャーを縮小する場合にも、最もエクスポージャーを引き下げるべきなのは米国株式ではないかもしれない。

    また、米国債は米国株式との負の相関関係を示さなくなっており、ポートフォリオにもたらす分散投資効果が従来よりも低下している。海外株式のウェイトを高位に維持するには、効果的なポートフォリオ分散戦略が必要となる。加えて、今のところ米国が財政規律を強化する兆しはみられず、米国債イールドカーブの長期ゾーンが乱高下する可能性もある。当然ながら、貿易摩擦やその他のインフレ圧力をもたらし得る保護主義的措置に関連する政治的リスクも考慮しなければならない。場合によってはより良好なエントリーポイントが訪れるまで、国内投資家は、ヘッジあり(国内債券に劣後)、ヘッジなしともに外国債券への投資配分を引き下げるべき時がきているかもしれない。機関投資家はヘッジありの外国債券の一部を日本国債で代替するのが論理的かもしれないが、そうするならば利回りが上昇したときに買い増しができるようなペースで行うのがよいだろう。日銀は(内需が好調を維持する限り)利上げを進める方針であり、日本国債は良好なリターンを獲得する役割というよりも、ディフェンシブ/分散投資効果をもたらす役割を果たす可能性がある。
  3. 長寿ヘッジのための戦略的株式投資:日本の年金基金が外国株式投資の多くを維持したいと考える理由は、国内投資家全般が国内株式投資を積み上げていくべき理由とやや似ている。将来の年金受給者の購買力を左右する大きな要因の1つは長寿であり、日本は他の多くの国に比べて長寿率が著しく高い。ラダー型の債券商品は長寿化が進む国では一般的に不利で、インフレ率がプラスの局面では尚更である。逆に、デフレ下にない国の株式のリターンは時間の経過とともに複利的に上昇していく傾向にあるが、ボラティリティの上昇ペース(時間の平方根)はより遅くなる。複利効果を発揮する期間が長いほど、資産の取り崩し期間においてポートフォリオがより長持ちする可能性が高い。現在、個人は株式保有比率が非常に低く、保有資産における現金の割合が依然として突出している(家計金融資産の50%以上)。家計のポートフォリオの調整が進むには時間がかかるとみられることから、今後の家計の購買力を守る責任を負う機関投資家は、国内投資家がまだ行っていない方法で分散投資を試みるべき十分な理由がある。
  4. 日本の構造改革:日本はデフレから脱却しつつあり、キャッシュリッチな企業は、自己資本利益率の向上に資するように資本の再配分を進めている。日本株式のバリュエーションは、ACWIのバリュエーションに比べると近年の水準により近い水準にとどまっており、日本株式への投資を継続することが賢明かもしれないことを示唆している。さらに、実質賃金がプラス圏に入り(直近のデータでは2024年6月に実質賃金が前年比1.1%上昇してプラス圏に入った)、その結果として消費行動が変化すれば、セクターローテーションが起こる可能性がある。それを受けて消費が加速するにつれ、これまで見過ごされてきたセクターの成長が追い付いてくることも期待される。ある程度円高が進む場合や海外の成長が鈍化する場合も、円安とその輸入への影響によって打撃を受けてきた国内セクターが下支えされることにより、日本資産のポートフォリオへの影響は緩和される可能性がある。

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