本稿は2024年8月23日発行の英語レポート「Balancing Act」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

グロース資産のスコアのプラス幅を縮小し、ディフェンシブ資産のスコアを中立に維持

投資環境

株式市場は7月も続伸した。しかし、当月は好調なスタートを切ったものの、ボラティリティが高まる兆しも見られ始めるなか月末にはそれまでの上昇分がほぼ帳消しとなった。企業業績見通しは良好に推移し、米国内では大半の企業の業績が市場予想を上回った。こうしたなかでも、米国の大手ハイテク企業に対する神経質な見方が鮮明となった。人工知能(AI)への巨額の設備投資が十分な利益を生み出すかどうかが市場で疑問視され始め、企業収益が好調な結果となっても投資家の失望を招くことが多くなった。さらに、米国の失業率が徐々に上昇し続けていることや、インフレが緩和し始めている初期兆候が見られたことから、市場の注目は米FRB(連邦準備制度理事会)による初回利下げのタイミングへと移った。これを受けて、市場ではFRBの9月利下げ開始観測が織り込まれ、その後12ヵ月間で合計200ベーシスポイント(bps)近い利下げが実施されるとの見方が出てきた。こうした動きなどによってボラティリティの上昇が抑えられ、リスク資産は年末まで堅調に推移するとみられる。

米国以外においては、円の上昇や日本株式市場の急落を受けて市場の注目が日本へと向かった。日銀は7月末に政策金利を0.25%へ引き上げるとともに、国債買入れ減額計画を発表した。当初、市場はこのニュースを好意的に受け止めたが、その2日後に状況は一転した。円相場が上昇に転じるなか、円ショートのキャリートレードの巻き戻しが進み、世界のリスク資産全体が売られる展開となった。日本株は円相場との連動性が高いため、日本株式市場はストレスの兆候を示し、最終的に8月序盤にパニック状態に陥った。こうした類の市場の動揺は、概して中央銀行を慎重にさせるのに十分であるものだ。しかし、依然として市場は日銀がタカ派路線を維持することができ、引き続き円を下支えしていく可能性があると考えているように見受けられる。


クロス・アセット

当月はグロース資産のスコアのプラス幅を縮小し、ディフェンシブ資産のスコアを中立に維持した。市場のボラティリティの高まりを受けてグロース資産のスコアを引き下げたものの、引き続きスコアは中立を大幅に上回る水準に維持した。これは、FRBによる利下げが間近に迫っていると見受けられること、企業業績のポジティブサプライズ比率が過去平均を上回る推移を続けていること、米国の経済成長が予想以上に好調であること、成長を支えるために世界各国の政府が大規模な財政支出を行っていることなど、多くのプラス要因が依然として存在するためである。ECB(欧州中央銀行)やイングランド銀行、カナダ銀行がすでに利下げを開始しているなか、米国ではインフレが後退し始めているとともに失業率も上昇しており、FRBによる金融緩和開始への道は開かれている。一般的に、リスク資産が最も良好なパフォーマンスを発揮するのは、金融政策が追い風となるなかでPMI(購買担当者景気指数)が景気縮小を示す水準から景気拡大を示す水準へと上昇する環境である。また、金利低下は債券に有利に働くため、こうした環境はポートフォリオのディフェンシブ資産部分においてもより多くの機会をもたらすとみられる。

グロース資産のなかでは、とりわけ先進国株式のうちの欧州株式と英国株式のスコアを引き下げる一方、長期的な成長テーマによって先行きの見通しやすさが改善してきた米国株式を引き続き選好している。日本株については、コーポレートガバナンスの改善や収益成長の加速といった長期的な構造的ストーリーを根拠にスコアを引き上げた。ただし、当面の円高による逆風を念頭に置き、市場の調整局面においては徐々にスコアを引き上げていくつもりである。エネルギーおよび工業用金属関連株についても、ボラティリティの高まりを受けてスコアを引き下げ、よりディフェンシブなMLP資産へとシフトした。上場インフラ資産のなかでは、バリュエーションが魅力的な水準にある米国公益事業株のスコアを引き上げた。AI開発に伴うエネルギー需要の増大を受けて、同資産クラスに対してポジティブな見方をしていることを反映した。一方、新興国株式のスコアをマイナスに維持した。相対バリュエーションでは先進国株式の方が割高なものの、リスク・リワードの観点からは先進国の方が有望と考える。なお、内需主導型の経済構造や長期にわたる構造的成長ストーリーが追い風となり続けているインドなど、一部の新興国については引き続き選好している。

ディフェンシブ資産では、投資適格クレジットのスコアを若干引き上げて小幅なプラスとする一方、先進国ソブリン債のスコアをマイナスに維持した。投資適格クレジットのスプレッドは依然タイトで、米国など一部の国では世界金融危機以降の最低水準近くにあるが、利下げ観測の高まりによってスプレッドが下支えされるものとみている。スプレッドの魅力度が相対的高いのはカナダとみられる。先進国ソブリン債についても同様にカナダおよびEU(欧州連合)圏を選好している。最近では、利下げ間近とみられる米国のスコアを引き上げる一方、インフレ率が相対的に高く中央銀行がよりタカ派的な姿勢を示しているとの見方からオーストラリアのスコアを引き下げた。以前はイールドカーブの長短逆転度が大きい債券市場のスコア引き上げに慎重な姿勢を取っていたが、足元におけるイールドカーブのスティープ化や利下げの可能性を踏まえ、現在では長期債をより有望視している。

*マルチアセット・チームのクロス・アセット見解は、(1)グロース対ディフェンシブ、(2)グロースおよびディフェンシブ資産内でのクロス・アセット、(3)各資産クラス内での相対的な資産の見方、という3つの異なる段階で示しています。これらの段階は、選好順位の水準は資産クラスが予想可能な形で似た動きあるいは異なる動きを見せるという当社のリサーチおよび直感的認識を表しており、したがって、資産クラスのクロス・アセットでのスコアリングは理に適っているとともに、最終的により熟考された堅固なポートフォリオ構築につながると考えます。

資産クラスの選好順位

当社の見方

グロース資産

経済指標の想定以上の軟化や円高に伴うキャリートレードの巻き戻しを受けて足元では市場センチメントが悪化しているものの、グロース資産は依然魅力的である。過去の統計データをみると、例年第3四半期は市場が軟調に推移してきており、過去5年間はその傾向が特に顕著となっている。株式市場が年初から好調に推移してきたことから、ボラティリティの高まりを受けて投資家がこの機会にリスク・エクスポージャーを減らし、静観姿勢を取っていることも不思議ではないだろう。当社では、目下の市場調整局面は長期的な成長ストーリーのなかの魅力的なエントリーポイントになっているとみている。

足元の決算発表シーズンから傾向を読み取り深掘りする

現在の決算発表シーズンを見てみると、S&P500構成銘柄のうち80%以上の企業が決算発表済みとなっている。これまでのところ企業業績はかなり堅調で、決算発表を行った企業のうち約79%が市場予想を上回っている(チャート1参照)。これは過去の平均値である72%を上回っている。一方で、売上高予想を上回った企業の割合は45%にとどまり、過去平均値の55%を下回っている。このことは、企業がボトムラインでは期待以上の結果を達成しているが、トップライン、つまり売上高では苦戦していることを示唆している。こうした状況は、金融引き締め策の効果がタイムラグを伴って波及してきた結果、今回の景気サイクルが減速局面を迎えていることを映し出しているのかもしれない。しかし、FRBがハト派的な姿勢を強めれば、これらの逆風が和らいで景気上昇サイクルに転じる可能性があり、そうなればリスク資産にとってプラスに働くとみられる。

チャート1


また、これまでに比べると業績上振れによるサプライズ効果も低下してきている(チャート2参照)。これは、過去数四半期における大幅な業績上振れを受けて市場の期待値が高まったためである。当社では、今回の四半期決算で企業業績に対する期待が健全にリセットされ、今後の四半期決算に向けて舞台が整ったとみている。

チャート2

企業業績動向をセクター別で詳しく見ていくと、直近の決算発表シーズンにおいて目立ったのは金融、ヘルスケア、工業、テクノロジーであった(表1参照)。金融、ヘルスケア、工業セクターは好決算が市場から正当に評価されたが、投資家のあいだでAIへの設備投資によってもたらされる利益が投資額に見合わないのではないかとの懸念が強まるなか、テクノロジーセクターは売られた。この調整局面は、投資家による反射的な反応がもたらしたものであり、株価が年初から大きく上昇してきたことから利益確定売りの機会になっているとみられる。このような市場の調整は、長期的な投資ホライズンにおける魅力的な成長ストーリーに参加するチャンスとなり得る。

表1

グロース資産に対する確信度の強い見解

  • 長期的な成長機会を含有する米国株式のスコアを維持:足元ではセンチメントが悪化しているものの、引き続き米国のテクノロジー株を選好している。企業業績は底堅く推移しており、同セクターの長期的な成長ストーリーは損なわれていない。米国内では、株価上昇の流れがマグニフィセント・セブン以外へも広がりを見せつつあり、これは市場全体にとってプラスである。景気が鈍化しインフレが落ち着くにつれ、金融政策のハト派化を受けて米国のリスク資産は堅調に推移すると予想する。
  • 欧州株式のスコアを引き下げ:米国株式の相対バリュエーションの魅力度が高まったことを受けて、欧州株式のスコアを引き下げた。しかし、バリュー株と景気循環的グロース株の両投資機会を提供しており、ポートフォリオにバランス効果をもたらす点については引き続き評価している。ECBによる利下げサイクルの開始は、欧州株式にとって追い風になるとみられる。
  • 日本株のスコアのプラス幅を拡大:日本株は、突然の円高進行を受けて一時急落した。日銀が3月に実施した17年ぶりの利上げに続いて追加利上げに踏み切り、そのすぐ数日後に発表された米国雇用統計が軟調な結果となるなど、危うく「パーフェクトストーム(悪条件が重なる最悪の嵐)」となりそうな状況であった。前月に日本株のスコアのプラス幅を縮小したが、足元ではバリュエーションが再び魅力的な水準にあるように見受けられる。日本株については、企業が設備投資や株主還元の形で資本の活用を始める構造改革ストーリーを引き続き確信しており、市場の調整局面において徐々にスコアを引き上げていくつもりである。
  • コモディティ関連株のうちエネルギーと工業用金属のスコアを引き下げ:ボラティリティの高まりを踏まえ、エネルギー株と工業用金属株のスコアを引き下げ、よりディフェンシブなMLPや米国公益事業などの資産クラスのスコアをその分引き上げた。エネルギー株と産業用金属株は、長期的にはインフレに対して優れた分散投資効果を提供し続けるとの見方を維持しているが、当面のボラティリティの高まりを考慮し、戦術的にスコアを引き下げた。両セクターのファンダメンタルズは、景気循環と長期の両面で依然有望である。

ディフェンシブ資産

当月のディフェンシブ資産におけるスコア変更は小幅にとどめた。当社では現在、カナダと欧州の利下げから恩恵を受けるようなポジションを選好している。これら2地域については、経済の伸びが潜在成長率を下回っているとともにインフレが他よりも急速にそれぞれの中央銀行の目標水準に戻りつつあることから、最初に利下げに動く可能性が最も高いと長らくみてきた。これとは対照的に、米国ではインフレが依然3%を上回っており、景気も意外に底堅い。目下、当社ではFRBについて、市場の予想以上にタカ派的な姿勢を示す可能性が高いが、年内に最初の利下げを実施する準備も進めているとみている。現地通貨建て新興国債券においては、引き続きインドを選好している。同国では、選挙で勝利を収めたモディ首相の政権下で現在の政策の継続が見込まれ、また通貨インドルピーも安定している。

日銀と円ショート

利上げを進める意向を示してきた日銀は、その方針通り7月下旬に今回のサイクルで2回目の利上げを実施し、政策金利を0.25%へと引き上げた。経済面からみても、日本のインフレ率は足元において前年同月比2.8%と、日銀の決定の正当性を十分に示す水準にあると見受けられる。しかし、それ以上にポジティブなのが日本の賃金動向である。最近のデータによると、日本の雇用市場は引き続き好調さを増しており、賃金伸び率は前年同月比4.5%にのぼっている(チャート3参照)。長年、物価上昇圧力を生み出すのに苦戦し、マイナス金利を維持してきたが、日銀がプラス金利を維持できる可能性は高まりつつある。

チャート3

円相場は、日銀が金利をより高い水準に維持していく上での主なリスク要因の1つとなっている。過去2年間、円ショートのキャリートレードは非常に高いリターンをもたらし、米ドル・ロングの場合の上乗せ利回りは6%を超えていた。こうしたなか、円は主要国通貨に対して価値が大幅に低下し、下落幅が50%にのぼったことが物価上昇に寄与した。輸入物価が上昇するとともに、海外収益のある日本企業には多額の利益がもたらされた。金利差(チャート4参照)はキャリー収益の水準を左右することから、日銀が利上げを行う一方でFRBが金融緩和を行えば、円売り圧力はある程度緩和されるとみられる。これによって円が下支えされ、最終的にはインフレ圧力が和らぐことになるだろう。今後に目を向けると、日銀はタカ派的な姿勢を維持すると予想するが、円高が進んで1ドル=140円を突破する場合には利上げのスピードに関する日銀の決意が問われる可能性もある。

チャート4

ポートフォリオ戦略の観点からは、日本のデュレーションについて慎重な見方を維持しており、円ショートについても高水準のキャリー収益をもたらすものの警戒感を強めている。日本債券については、10年物利回りが短期金利を100bps上回る水準に達すれば魅力的と判断する。日銀が利上げを進めることができれば、10年債の目標利回り水準は1.5%となり、魅力的な選択肢となるだろう。あるいは、円相場の上昇が続く場合も日本債券市場に対してポジティブな見方を強める可能性がある。インフレ率がより速く目標に到達することになり、日本債券の買い場が訪れると期待されるためである。

ディフェンシブ資産に対する確信度の強い見解

  • 満期の短い投資適格クレジット:信用スプレッドは引き続き適正水準にあるが、多くの国で依然イールドカーブが長短逆転しているため、満期が長めのクレジット物は投資魅力度が相対的に劣る。イールドカーブがスティープ化し始めれば見解を変更していくつもりだが、現段階ではイールドカーブの長短逆転が続いていることから、満期の短い投資適格クレジット物の選好を継続する。
  • 金はヘッジとして依然魅力的:金は実質金利の上昇やドル高にもかかわらず底堅さを示しており、地政学的リスクおよびインフレ圧力長期化に対するヘッジとしての有効性を証明している。
  • デュレーションを追加:主要国の中央銀行が利下げに転じていることは、世界の債券市場にとって追い風になるとみられる。利下げのタイミングを捉えるのは難しい場合もあるが、引き締め的な金融政策の終了は債券にとって好材料になると考えられる。

プロセス

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:


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