本稿は2024年10月17日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

FRBの利下げサイクル開始によってアジアに金融緩和の余地がもたらされる


サマリー

  • 米FRB(連邦準備制度理事会)は、金融界が注目するなか数年ぶりとなる利下げを実施し、0.50%の大幅利下げを行った。これを受けて、米国債利回りは全般的に低下し、短期債利回りがより大幅に低下した。月末の利回り水準は、2年物の指標銘柄で前月末比0.28%低下の3.64%、10年物の指標銘柄で同0.12%低下の3.78%となった。
  • アジアでは、FRBの利下げが見込まれていたわずか数時間前に、インドネシアの中央銀行が政策金利を引き下げ、またフィリピンの中央銀行は大手銀行の預金準備率を引き下げた。中国は景気刺激策を次々と打ち出し、低迷する景気を回復させる意向を示した。
  • FRBの利下げサイクルが開始されたことを受けて、アジア地域に金融緩和の余地が生まれている。当社では、アジアの国債利回りは、特にインド、インドネシア、フィリピンのような高利回りの国債を中心に低下傾向を示すと予想する。また、韓国やタイの国債については、それぞれの金融当局が利下げサイクルに近づいているとみていることから、ポジティブな見方をしている。
  • 9月のアジア・クレジット市場は、信用スプレッドが縮小するとともに米国債利回りが低下するなか、月間市場リターンが1.21%となった。投資適格債はハイイールド債をアンダーパフォームして、スプレッドが0.06%縮小するなか月間市場リターンが1.10%となった。ハイイールド債はスプレッドが0.23%縮小して、月間市場リターンが1.85%となった。
  • アジアのクレジット市場は、ファンダメンタルズが引き続き下支え要因になっている。中国では、政策当局が金融・財政・不動産分野にわたる、より実質的で協調的な景気刺激策をついに発表した。この動きは、少なくとも市場センチメントをある程度安定化させるとみているが、不動産セクターや実体経済全般に持続可能で大きな効果がもたらされるかはまだ不明である。また、中国以外のアジア諸国では、マクロ経済や企業の信用ファンダメンタルズは底堅さを維持するとみている。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

FRBは0.50%の利下げを実施
FRBは、長く予想されてきた利下げを9月18日に実施し、利下げ幅を0.50%とした。4年超ぶりとなるFRBの利下げを受けて、米国債利回りは当初全般的に低下し、短期債利回りが長期債利回りに比べて低下した。月初は、米国の雇用統計が予想を下回ったことを受けて、市場ではFRBが積極的な行動に出るとの見方が強まった。8月の非農業部門雇用者数は前月比14.2万人増と市場予想を下回り、また過去2ヵ月の雇用者数は合計で8.6万人下方修正された。

米国の8月のコアCPI(消費者物価指数)が市場予想を若干上回ると、利回りの低下は減速した。FRBは労働市場におけるリスクの高まりを受けて利下げを実施したものの、FRBのSEP(政策・経済見通し)や記者会見でのジェローム・パウエルFRB議長の発言がよりタカ的と受け止められたため、イールドカーブの長期部分が上昇した。

SEPでは、年内の残り2会合において合計0.50%の追加利下げを行い、2025年に1.00%の利下げ、2026年にさらに0.50%の利下げを実施して、利下げの最終到達点は2.9%になることが示唆された。中国の強力な景気刺激策が追い風となってリスク資産が押し上げられるなどリスクセンチメントが改善するなか、米国債利回りの長期部分は月末にかけて上昇基調となった。月末の利回り水準は、2年物の指標銘柄で前月末比0.28%低下の3.64%、10年物の指標銘柄で同0.12%低下の3.78%となった。

チャート1

インドネシアの中央銀行は政策金利を0.25%引き下げ、フィリピンの中央銀行は預金準備率を引き下げ
アジアでは、利下げに踏み切る中央銀行が増加するなか、インドネシアの中央銀行が政策金利を0.25%引き下げた。同中銀のペリー・ワルジヨ総裁は、利下げ決定の主な要因として、安定的かつ力強いルピア、良く管理された低インフレ、経済成長を押し上げる必要性を強調した。さらに同総裁は、ルピアの下支えを優先する従来の「安定を重視する」政策から、「安定と成長のバランス」の実現を目指す新たなアプローチへとシフトしたことを述べた。

フィリピンの中央銀行は、10月25日付けでユニバーサルバンク1および商業銀行の預金準備率を2.5%引き下げて7%とすることを発表した。また、デジタル銀行と中規模または「貯蓄」銀行の預金準備率もそれぞれ2.00%、1.00%引き下げた。その他、同中銀のエリ・レモロナ総裁は、20年間で最も積極的な金融引き締めを一段と巻き戻す計画を再確認した。

一方、マレーシアの中央銀行は政策金利を2023年5月以来の水準である3.00%に据え置いた。同中銀は、経済成長について慎重ながらも楽観的な見通しを維持しており、世界的なテクノロジーのアップサイクルによる輸出の力強さ、観光客の消費拡大、安定した労働市場、投資活動の堅調な伸びが成長を支えるとみている。

8月の総合CPIは概して鈍化
8月のアジア地域の総合CPIは大半の国で鈍化した。マレーシアの総合インフレ率は前年同月比1.9%と、7月の同2.0%から減速し、コアインフレ率は同1.9%と伸びが横ばいとなった。

タイの総合インフレ率は、食品価格が上昇したものの、エネルギーコストの低下によって相殺されたことなどを受けて減速した。CPI上昇率は前年同月比0.35%となり、7月の同0.83%から鈍化した。これにより、インフレ率は3ヵ月連続でタイ中銀の目標レンジを下回った。

シンガポールのコアインフレ率はサービスコストの上昇加速などを主因に6ヵ月ぶりに加速し、7月の前年同月比2.5%から8月は同2.7%となった。総合インフレ率は、コアインフレ率が上昇したものの、それ以上に民間輸送費が下落したことを受けて、前年同月比2.2%に鈍化した。

フィリピンの8月の総合インフレ率は前年同月比3.3%と、7月の同4.4%から大幅に減速した。政策当局は、減速の主因は食品・非アルコール飲料価格の鈍化であるとした。

インドネシアの8月の総合インフレ率は前年同月比2.12%と、7月の同2.13%からほぼ横ばいを維持しながらも小幅に減速した。2022年2月以来の低水準となり、インドネシア中央銀行の目標レンジである1.5~3.5%の範囲内にしっかりと収まった。

対照的に、インドの8月の総合CPIは野菜価格の高騰などを受けて前年同月比3.65%となり、7月の同3.54%から加速した。これにより、総合インフレ率はインド準備銀行の目標である4%を2ヵ月連続で下回った。

中国の政策当局は大規模な景気刺激策を発表
9月末にかけて、中国の政策当局は減速する景気を刺激するとともに苦戦している株式市場を活性化させることを目的とした包括的な措置を発表した。これらの措置には、利下げや銀行の預金準備率の引き下げ、株式市場を下支えする新たな措置が含まれる。予想されていた通り、2軒目の住宅購入時の頭金要件も緩和され、中国人民銀行は商業銀行に対して住宅ローン金利を引き下げるよう指示することを示唆した。これに続いて、中央政治局は今年の経済成長目標を達成するとともに不動産セクターを安定化させるために「必要な財政支出」を実施する方針を示した。指導部はこれまでで最も明確な言葉で、不動産市場の低迷に歯止めをかけるために断固とした行動を取ることを誓った。

今後の見通し

インド、インドネシア、フィリピン、韓国、タイの債券に対してポジティブな見方
FRBが金融緩和を実施する前は、域内の中央銀行は国内のインフレが緩やかになっても、早期の利下げに慎重だった。それは、金利差縮小による通貨の下落を懸念したからだ。しかし、足元でFRBが金融緩和を開始し、しかも当初予想されていたよりも大幅な利下げを実施するなか、アジアの各中央銀行はより慎重なペースながらも、これに追随する可能性が高い。これにより、金利差はアジアに有利なものとなるかもしれない。

こうしたなか、アジアの国債利回りは、特にインド、インドネシア、フィリピンのような高利回りの国債を中心に低下傾向を示すと予想する。また、韓国やタイの国債については、それぞれの金融当局が利下げサイクルに近づいているとみていることから、ポジティブな見方をしている。

アジア通貨に対してもポジティブ
FRBが来年も緩和姿勢を維持するとみられるなか、米ドルは一段と下落する可能性があるため、大半のアジア通貨の見通しは良好なものとなるだろう。特にアジアの国債を買い入れようとする外国人投資家や国内投資家の動きによって、アジア地域のポートフォリオ配分が拡大することも、アジア通貨の需要の高まりを支える可能性がある。

アジアのクレジット市場

市場環境

9月のアジア・クレジット市場は一段と上昇
9月のアジア・クレジット市場は、信用スプレッドが縮小するとともに米国債利回りが低下するなか、月間市場リターンが1.21%となった。不動産セクターを中心に中国のハイイールド債が堅調なパフォーマンスを示したことを受けて、ハイイールド債が投資適格債をアウトパフォームした。投資適格債はスプレッドが0.06%縮小して月間市場リターンが1.10%となり、ハイイールド債はスプレッドが0.23%縮小して月間市場リターンが1.85%となった。

月初は、米国債利回りが低下するなか、アジアの信用スプレッドは拡大した。中国の低調なマクロ経済データは内需の悪化を示しており、世界第2位の経済大国が政府の掲げる成長目標を達成できないかもしれないとの懸念が高まった。これを受けて、中国の不動産セクターを中心として信用スプレッドは一段と拡大した。

FRBが0.50%の利下げを実施すると、リスク資産の上昇に拍車が掛かり、スプレッドは縮小した。中国の政策当局が包括的な景気刺激策を発表したことを受けて、中国のハイイールド債やその他中国経済とのつながりが強いセクターが大幅に上昇した。最終的に、当月はタイと台湾を除くアジアの主要国・地域すべてでスプレッドが縮小した。

9月の発行市場の起債活動は堅調
9月の発行市場は年初来で最も活発な月となり、発行総額は約180億米ドルに達し、その大部分は韓国からの発行であった。投資適格債分野では、Meituanのディール(2トランシェで総額25億米ドル)や韓国輸出入銀行のディール(3トランシェで総額20億米ドル)、インドネシア共和国のソブリン債のディール(2トランシェで総額18億米ドル)、AIA Group Limitedのディール(2トランシェで総額12.5億米ドル)、Korea National Corpのディール(3トランシェで総額12億米ドル)、CK Hutchison Internationalのディール(2トランシェで総額10億米ドル)など、150億米ドルに迫る27件の新規発行があった。一方、ハイイールド債分野の新規発行は8件(総額33億米ドル)となった。

チャート2

今後の見通し

堅固なファンダメンタルズと引き続き良好な需給状況が信用スプレッドを下支え
アジアのクレジット市場は、ファンダメンタルズが引き続き下支え要因になっている。中国では、政策当局が金融・財政・不動産分野にわたる、より実質的で協調的な景気刺激策をついに発表した。この政策パッケージは、少なくとも市場センチメントをある程度安定化させるとみているが、不動産セクターや実体経済全般に持続可能で大きな効果がもたらされるかはまだ不明である。中国以外のアジア諸国では、マクロ経済や企業の信用ファンダメンタルズが底堅さを維持するとみられるものの、世界経済が一時的な低迷局面を迎える可能性もあり、今年前半の良好な水準に比べると悪化が見込まれる。FRBの緩和サイクルの開始は、アジアの各中央銀行が金融政策を緩和する柔軟性を高めており、これによって内需は当面下支えされる可能性が高い。幾つかのセクターや個別の状況を除き、アジアの投資適格企業や銀行の大半は低迷局面に入りながらも財務基盤が強固で、格付けを維持するための十分な余裕がある。

これらの堅調なファンダメンタルズに加えて需給が引き続き良好であることから、リスクの高まりによって見込まれるスプレッドの拡大は抑えられるだろう。これらのリスクには、地政学的および貿易に関する緊張、11月の米国大統領選挙の結果に対する懸念などが含まれる。アジアのマクロ経済や信用環境の見通しにおける最大のリスクは、米国や世界が深刻な景気後退に陥ることだが、これは当社の基本シナリオではない。市場の健全な調整は、超過収益やトータルリターンの両観点から、アジア・クレジットにより良好な買いの好機をもたらすと引き続きみている。


当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。