本稿は、2024年8月28日発行の英語レポート「If Trump wins: uncertainties and opportunities from an Asian equity perspective」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

2024年11月の米国大統領選挙が近づくなか、ドナルド・トランプ氏が2期目を確保した場合に生じ得る不確実性と機会に焦点を当てながら、アジア株式の観点からみた世界の貿易、経済、地政学的な影響を探る。


貿易と保護主義、地政学に関連するリスクの織り込み

6月27日に行われた大統領選討論会でのジョー・バイデン米国大統領の精彩に欠ける様子や、その後のNATO(北大西洋条約機構)首脳会議の記者会見における失言を受けて、民主党議員のあいだでは同大統領が選挙でドナルド・トランプ氏を打ち負かすことができるのだろうかとの懸念が高まった。その後、バイデン大統領は選挙戦から撤退し、次期大統領候補者としてカマラ・ハリス副大統領を推薦する決断を下したことにより、党の支持者たちは選挙戦略を急いで立て直すことになった。

一方で、共和党陣営は圧倒的多数でトランプ氏を大統領候補として支持した。

そう考えると、番狂わせが起きてハリス氏が支持をさらに拡大しない限り、ビジネス界の大物が米国大統領の2期目を務める可能性がある。

トランプ氏が、自身の政権下での米国経済は、バイデン政権時よりも良好だったと主張するコメントは数多くある。当社では、トランプ氏が米国の人々を魅了してきた「Make America Great Again(MAGA)、米国を再び偉大に」のスローガンに沿って、成長志向の政策を維持すると予想している。トランプ氏の減税や防衛費拡大に関する考えはこのシナリオをうまく支えるものであり、実現すれば経済は短期的に回復するかもしれない。しかし、これは財政の健全性を犠牲にする可能性が高く、国の債務や財政赤字は過去最高水準へと急拡大するだろう。

貿易不均衡が顕著な他の国・地域(中国やEUなど)に対してより保護主義的な措置をとることは、ポピュリストを喜ばせるに違いない。しかし、トランプ氏はビジネスに精通しており、有利な取引がある場合は撤回するとみている。トランプ前政権時代からバイデン現政権に至るまで、中国の広範な輸出品に相次いで関税が課されたことを考えれば、世界第2位の経済大国の株式市場は、このシナリオに関連するリスクを十分に織り込んでいるだろう。しかし、ターゲットとなる可能性のある他のアジア諸国の一部は、そうではないかもしれない。とは言え、保護主義は本当に機能するのだろうか。「トランプ1.0」から得た最も重要な教訓の1つは、市場や企業はこうした変化に適応する能力を備えているということである。米国の貿易赤字に占める中国の割合は減少したが、これは他の「友好国」における割合の増加によってほぼ完全に相殺された(チャート1)。

チャート1

地政学的な面でも、台湾・中国本土間の緊張により、さらなる混乱が生じる可能性があり、このファクターは市場にまだ十分に織り込まれていない。台湾は半導体製造の分野で世界的に優位な立場にあることから、その存在は強固な「シリコンシールド(半導体の盾)」とみなされているが、このシールドに亀裂が生じる可能性がある。トランプ氏は、ますます攻撃的になる中国が台湾を侵略した場合に、台湾は米国に防衛費を支払うべきだと公に述べている。チャート2は、アジア諸国の各国GDPに対する防衛費の割合を示している。

チャート2

トランプ氏が過去に欧州のNATO加盟国に軍事費拡大を要求したことから判断すると、ロシア・ウクライナ戦争でも同様の動きが予想される。この動きは既に広がりをみせており、NATO加盟国32ヵ国のうち23ヵ国は、軍事力強化のために対GDP 比で少なくとも2%を支出することで合意している。

貿易以外にもトランプ2.0で状況が大きく変わる可能性のある分野とは

再生可能エネルギー部門におけるファンダメンタルズの変化を掘り下げると、バイデン現政権下で成立したインフレ抑制法(IRA)をトランプ氏が批判していることを受けて、電気自動車(EV)、バッテリー、その部品のメーカーのあいだで懸念が高まっている。それらの企業の多くは韓国を拠点としている。セクション30D1の下で、EVバッテリー材料の調達における地政学的制限に適応するためにアジアの自動車メーカーに猶予期間を与える規定があるが、これが撤回される可能性があり、こうした企業のサプライチェーンに過度の圧力が生まれるかもしれない。

こうしたシナリオの一方で、トランプ氏が当選した場合、同氏の「drill, baby, drill(掘って、掘って、掘りまくれ)」というアプローチにより環境の持続可能性に関する政策が廃止され、石油・ガスなどの生産が増加することが予想されるため、石油・ガスセクターは拡大局面を迎えるかもしれない。その結果、供給が急増して価格が下落し、インフレが抑制される可能性があるが、企業にとっては当面収益が圧迫される可能性があり、悪影響がもたらされる可能性がある。これは、IRA(2022年に初めて法制化され、現在は計画段階から実施段階へと移行している)に代表されるネット・ゼロを重視する民主党と、「掘って、掘って、掘りまくれ」という方針の共和党との間において、政策上の最大の相違点と言えるかもしれない。

トランプ氏が再選される場合、ヘルスケア・セクターは追い風を受ける可能性がある。トランプ氏は第1期政権時に薬価の引き下げを公約に掲げたが、政権内で大手製薬会社と密接な関係が築かれるなかセクターの改革は事実上阻まれ、むしろ薬価の引き上げにつながった。トランプ氏が支持基盤の反移民姿勢により迎合することは、同セクターに波及的な影響をもたらす可能性がある。つまり、コスト上昇が消費者に転嫁され、インフレをさらに助長するとみられる。今年度の米国の新規雇用の約50%は移民によるものと推定され、その大部分はヘルスケア分野となっているからだ。

トランプ氏の2期目が実現する場合、小売・消費セクターは、貿易不均衡に対処するための更なる関税引き上げの脅威を痛感することになるだろう。というのも、輸送コストの上昇が転嫁され、米国の家計支出を圧迫することになるからだ。その最たる例として、バイデン政権が今年5月に発表した中国からの広範な輸入品に対する関税の大幅な引き上げに先立ち、欧米の小売業者は中国からの貨物の前倒しに奔走したため、中国から欧米への海上運賃はその翌月に史上最高値を記録した。

さらに今後、小売業者がサプライチェーンを影響の受けにくい製造拠点に移すことで、コストも発生するとみられる。一方で、中国の工業材料に大きく依存している東南アジアの製造業者は、主に中国から材料を調達して製品を製造している場合、より厳しい監視の対象になるかもしれない。しかし、繊維産業については、工場が中国だけでなく、ベトナム、カンボジア、バングラデシュ、インドなどに幅広く分散していることから、影響は軽微とみている。

足元で描かれているトランプ2.0の世界の様子は、グローバリゼーションや多国間主義から大きな恩恵を受けてきた古い経済秩序が、その対極にある保護主義や一極主義にいかに急速に置き換わるかを物語っている。しかし、悲観的なことばかりではない。特筆すべき点として、トランプ前大統領の第1期任期中に、中国株式のリターンは85%を超え、MSCIワールドを25%も優にアウトパフォームした(チャート3)。中国の対米貿易収支がGDPに占める割合は低い。報道では貿易やトランプ氏に関するニュースが大きく取り上げられてはいるが、アジアの主要市場の大半にとっては、国内の政策の方が重要と言える。

チャート3

アジアで変化の恩恵が見込まれるのはインド

市場や企業の適応する様子が見受けられてきたなか、トランプ1.0で最も恩恵を受けたのはASEAN(東南アジア諸国連合)の一部とメキシコだった。もしトランプ2.0が現実のものとなれば、インドは見込まれる変化を活かすのに非常に優位な立ち位置にあるとみられる。インドは現在、対米貿易収支が非常に小さいため、ターゲットになる可能性が低い。さらに、インドは改革と製造業に関連する振興プログラムで大きな前進を遂げており、また地政学的に分断された両方の陣営から注目されている。シンガポールは、変化する政治情勢に巧みに対応し、金融と貿易の中心地としての優位性を維持している。

北アジアでは、中国は世界の工場から高付加価値の製品・サービスの提供へと転換している最中であり、また技術革新の中核を成す韓国や台湾は、グローバルな人工知能(AI)革命の促進に不可欠な部品を提供している。これらの理由から、当社ではアジア株式市場は底堅く推移すると予想している。最終的に、11月の米国大統領選挙で誰が勝利するとしても、アジア株式市場は様々な難局を乗り切ることができるだろう。

まとめ

変化はチャンスとリスクの両方をもたらす。当社は選挙結果を予測する上で強みがあるわけではないが、少なくともファンダメンタルズの変化に備えて、個別企業の管理・適応能力の評価を続けることはできる。本レポートを発行する時点で、トランプ氏とハリス氏は世論調査で正に拮抗しており、ハリス氏の勝利を否定することはできないが、トランプ氏が勝利する場合は、ニュースヘッドラインではなくエネルギーおよびヘルスケア・セクター、そしてインドや中国の国内政策に注目したい。


1IRAによって改正されたセクション30Dでは、対象となる新しいEVを購入する人に税額控除が与えられる。


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