本稿は2024年9月27日発行の英語レポート「Balancing Act」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
グロース資産のスコアをプラスに維持、ディフェンシブ資産のスコアを中立に据え置き
投資環境
8月は序盤に市場のボラティリティが急激に高まったものの、最終的にグロース資産は概ね上昇し、世界の先進国株式市場の月間リターンは2.51%となった。月初には日本株式市場を筆頭として世界の株式市場が大幅に下落した。TOPIXは1日で12%下落し、日次の下げ幅としては1980年代以降で最大となった。こうした動きの原因になったとみなされているのが日銀による利上げと円キャリー・トレードの巻き戻しで、市場が動揺するなかで多くの市場参加者が損切りを迫られる展開となった。ファンダメンタルズの観点からすると、日本市場はPER(株価収益率)が長期平均近辺で推移しており依然として相対的に割安に見受けられるほか、市場予想によると引き続き今後の企業増益が期待されている。日本市場は歴史的に円相場との相関性が高く、日米金利差縮小による円高圧力の継続が見込まれるため、ボラティリティの高い状況が続く可能性がある。日本以外の市場では株価下落がそこまで深刻化せず、米国株式は一時6%下落したものの、最終的に前月末比2.3%の上昇で月末を迎えた。
一方、グローバル債券市場は好調に推移し、月間市場リターンが2.76%となった。米国債10年物の利回りは月間で0.12%低下し3.90%で月末を迎えた。米国の7月の失業率が0.2%上昇して4.3%になるとともに同月のインフレ率が前年同月比2.9%に減速したことを受けて、市場では米FRB(連邦準備制度理事会)による利下げを織り込む動きが続いた。株式市場のボラティリティの高まりや雇用の鈍化を背景に、市場に織り込まれた1年先のFRBの政策金利予想は3.50%を下回った。為替市場では、米ドルが売られるなかで円の上昇が続き、1ドル=149円台から140円台前半まで円高が進んだ。日銀の利上げとFRBの利下げによって日米金利差が円の追い風へと変わることから、当面は円高傾向が続くとみられる。
クロス・アセット*
当月はグロース資産のスコアをプラスに維持するとともに、ディフェンシブ資産のスコアを中立に据え置いた。当社がグロース資産に対して楽観的な見方をしている根拠として、FRBが9月に利下げに転じたこと、企業業績のポジティブ・サプライズ比率が過去平均を上回る推移を続けていること、米国の経済成長が予想以上に好調であること、景気を支えるために世界各国の政府が大規模な財政支出を行っていることなど、複数のプラス要因が引き続き存在する。加えて、世界的にインフレが落ち着きつつあり失業率も次第に上昇しているなか、今や多くの中央銀行が金融緩和に傾き、ディフェンシブ資産にとって良好な環境が生まれるとみられる。そうした環境では、グロース資産も好調なパフォーマンスを見せる傾向にある。本稿では、利下げサイクル開始局面における株式市場のパフォーマンスについて考察する。
グロース資産のなかでは、先進国株式全体のスコアをプラスに維持しながら、日本株のスコアを引き下げる一方でよりディフェンシブな傾向が強い英国株式とシンガポール株式のスコアを引き上げることにより、リスク・エクスポージャーのバランスを調整した。米国株式は、長期的な成長テーマの先行きの見通しやすさが改善してきたことから、引き続き選好している。日本株については、当面の円高による逆風を考慮してスコアを中立へと引き下げたが、コーポレート・ガバナンスの改善や収益成長の加速といった長期の構造的ストーリーを引き続き有望視している。したがって、市場の調整局面においては徐々にスコアを引き上げていくつもりである。コモディティ関連株についても、新車販売台数で電気自動車やハイブリッド車が大半を占めるようになっているなど逆風に見舞われていることを受けて、スコアを中立へと引き下げた。コモディティ関連株のなかでは、需要鈍化に伴い供給過剰状態が悪化しつつあるエネルギー関連株のスコアを引き下げ、よりディフェンシブなMLP(パイプラインや貯蔵施設などのエネルギー事業を主な収益源とする共同投資事業形態)資産を引き続き選好している。上場インフラ資産のなかでは、利下げサイクルが始まっているなかバリュエーションが魅力的な水準にある英国リート(上場インフラ資産に分類)について、見通しの好転を反映しスコアを引き上げた。新興国株式についても、米ドル安が進めば新興国の追い風になるとみられることから、スコアをプラスへと引き上げた。内需主導型の経済構造や長期の構造的成長ストーリーから恩恵を受けやすいインドやインドネシアなど、特定の新興国を引き続き選好している。
ディフェンシブ資産では、投資適格クレジットのスコアを小幅なプラスに維持する一方、先進国ソブリン債のスコアを引き上げてマイナス幅を縮小させた。投資適格クレジットのスプレッドは依然タイトで、米国など一部の国では世界金融危機以降の最低水準近くにあるが、利下げ期待によってスプレッドの拡大が抑制されるものとみている。カナダはスプレッドの魅力度が相対的に高く、中央銀行のハト派姿勢がスプレッドと(基準となる)国債利回りの両面で追い風になるとみられる。先進国ソブリン債のなかでは、米国のデュレーションを再び長期化させてきており、さらに最近では、為替ヘッジのコストが大幅に低下した中国のスコアを引き上げた。明るい材料として、両国とも利下げが必要となる可能性が高く、それを受けて年内は債券市場が好調に推移しプラスのリターンをもたらすとみられる。ハイイールド債については、高水準のオールイン利回り(債券発行時の国債利回り、スプレッド、発行価格のディスカウント、手数料等をすべて勘案した利回り)を提供する魅力的な資産クラスとなっており、スコアをプラスに維持している。
*マルチアセット・チームのクロス・アセット見解は、(1)グロース対ディフェンシブ、(2)グロースおよびディフェンシブ資産内でのクロス・アセット、(3)各資産クラス内での相対的な資産の見方、という3つの異なる段階で示しています。これらの段階は、選好順位の水準は資産クラスが予想可能な形で似た動きあるいは異なる動きを見せるという当社のリサーチおよび直感的認識を表しており、したがって、資産クラスのクロス・アセットでのスコアリングは理に適っているとともに、最終的により熟考された堅固なポートフォリオ構築につながると考えます。
当社の見方
グロース資産
グロース資産は、FRBの9月利下げ幅をめぐる市場の予想が0.25~0.50%のあいだで揺れたことを受けて足元でボラティリティが高まっているものの、依然魅力的である。経済の好調さを示す指標について、悪材料とみるべきか好材料とみるべきかという点をめぐり、市場センチメントは落ち着かない状況が続いている。同様に投資家は、FRBがどれほど積極的に利下げに動くかを経済指標が左右し得ることから、好調な経済指標が実際のところ好材料なのか、あるいは低調な経済指標が悪材料なのかを思案している。いずれにせよ、経済指標が引き続き底堅く推移するなかでインフレがFRBの目標に向かって減速してきている状況は、長期的にみればリスク資産の支援材料になっていくと考える。金融政策の正常化に向けた利下げサイクルの開始は強力なリターン・ドライバーであり、過去数年間実施されてきた金融引き締めの影響からの脱却という意味で歓迎すべきものである。足元で見られているような市場の調整は、長期的な成長ストーリーに基づく投資ポジションを拡大するのに魅力的なエントリーポイントだとみている。
FRBの利下げ開始時における市場の方向性を過去の事例から考察
歴史を振り返り、FRBが利下げを開始した局面での米国株式市場の動向を考察してみると、利下げが政策金利水準の正常化を目的とするものか、リセッション(景気後退)を背景とするものかによって概ね左右されることがわかる。1984年からこれまでの利下げサイクルにおいては、前者を理由として、つまり金融引き締め局面を経て景気は鈍化しているもののリセッションには陥っていない状況で金融緩和が行われた場合、株式市場は概して上昇する傾向にあった。一方、経済がリセッションに向かっているなかでFRBが利下げを行った場合(今回については当社の基本シナリオではない)は、株式市場はその後数四半期にわたって下落する傾向にあった。
今回、FRBの緩和サイクルを促す根拠となるのは、インフレが減速する一方で失業率が低水準にとどまりGDP成長率も好調を維持する「ソフトランディング」シナリオだとみられる。9月18日のFOMC(連邦公開市場委員会)での利下げ幅については最後まで市場参加者の見方が分かれたものの、市場に織り込まれている緩和サイクル終了までの合計利下げ幅が2.00%を超えていることから、結局0.50%の利下げとなった今回の結果は、市場にとってプラス材料になるとみている。2024年におけるFRBの利下げが1回になるか2回になるかはわかりかねるが、ひとたび緩和サイクルが開始されれば、投資家は年内の利下げ回数見通しに関係なくリスクオンの姿勢を取るだろう。
9月は、過去10年のうち7年(つまり70%の確率)で米国株式が下落し、平均月間リターンが-2.3%であった。他の月と異なり、9月だけが一貫してマイナス・リターンを記録してきた。この傾向は分析対象期間を過去20年間に延ばしても変わらず、9月は1年のうちで株式市場が最も低迷する月となり続けている。9月が弱気相場となった顕著な例としては、世界金融危機が訪れた2008年や、最近では2022年などが挙げられる。
なぜ9月が株式市場にとって鬼門なのかについては、諸説ある。一説によると、投資家が例年この時期に相次いで行われる新規発行債券の募集に参加するため、株式を売却する傾向があるという。その他にも、米国の夏季休暇の時期でトレーダーが休暇に入る前に保有ポジションを手仕舞う傾向にあり、季節的な株価低迷の一因になっているという説などもある。より一風変わったものとしては、9月相場は(秋の到来に伴う日照時間の減少を受けて投資家の気分が落ち込むという)季節性感情障害によってもたらされると説明する向きもある。より単純な説明は、同月は過去に市場が低迷してきた歴史があるから投資家が様子見を決め込みやすいというように、経験則による思い込みが現実化しているだけというものだ。何はともあれ、「歴史は繰り返さないが、しばしば韻を踏む(歴史でまったく同じ事象が繰り返されることはないが、似たような事象が起きることはよくある、の意)」ことを念頭に置き、9月は短期的なボラティリティの高まりを招く可能性があることを意識しているが、リスク資産は年末にかけて好調に推移するとの見方を維持している。
グロース資産に対する確信度の強い見解
- 長期的な成長機会を含有する米国株式のスコアを維持:足元ではリスクオフ・ムードに押されているものの、引き続き米国のテクノロジー株を選好している。企業業績は底堅く推移しており、同セクターの長期的な成長ストーリーは損なわれていない。米国内では、株価上昇の流れがマグニフィセント・セブン(Apple、Microsoft、Alphabet、Amazon、Nvidia、Meta Platforms、Tesla)以外へも広がりをみせつつあり、これは市場全体にとってプラスである。景気が鈍化しインフレが落ち着くにつれ、金融政策のハト派化を受けて米国のリスク資産は堅調に推移すると予想する。
- 新興国株式のスコアを引き上げ:相対的なバリュエーションに基づいて、新興国株式のスコアをプラスに引き上げた。米国の利下げサイクル開始は歴史的にみるとドル安につながる傾向にあり、新興国にとって概してプラスに働く。内需主導型の経済構造や長期の構造的成長ストーリーが追い風となっているインドやインドネシアなど、特定の市場を選好している。同様に台湾についても、世界的なテクノロジー需要拡大サイクルが追い風になっているとともにドル安が進めば恩恵を受けることから、有望視している。
- 日本株のスコアを引き下げ:日本株は、最近の円高進行を受けてボラティリティが高まっていることから、スコアを中立へと引き下げた。企業が設備投資や株主還元の形で資本の活用を始めるという構造改革ストーリーについては引き続き有望視しているが、円のボラティリティの上昇や(世界の主要中央銀行によるハト派姿勢とは対照的な)日銀のタカ派姿勢も、市場センチメントへの逆風となっている。ドル円がより高い水準で安定化すれば、日本株のスコアを引き上げるつもりである。
- コモディティ関連株のスコアを引き下げ:ボラティリティの高まりを踏まえ、コモディティ関連株全体のスコアを引き下げるとともに、資産クラス内ではMLPや米国公益事業などよりディフェンシブなセグメントを引き続き選好している。当該資産クラスについては、長期的にはインフレに対して優れた分散投資効果を提供し続けるとの確信を維持しているが、当面見込まれるボラティリティの高まりを考慮し、機動的にスコアを引き下げた。当該セクターのファンダメンタルズは、景気循環的にも長期的にも依然有望である。
ディフェンシブ資産
当月のディフェンシブ資産における2つの主なスコア変更点として、先進国ソブリン債と中国国債のスコアを引き上げた。最近の一連の経済指標が米国も9月に利下げの動きに加わるであろうことを示しているなか、世界的な利下げの流れを投資機会として捉えるために、主に市場平均に比べてデュレーションが長めの銘柄が多い投資適格クレジットのスコアをプラスにすることにより、デュレーションにおいて若干強気なスタンスをとっている。当社では過去6ヵ月間、FRBは市場が期待しているほどハト派的にはならないだろうという見方を維持してきたが、足元では利下げサイクルの開始がもたらす投資機会を捉えるべく、米ドル建て債券のデュレーションを長期化している。これに加えて、中国債券を保有する際の為替ヘッジ・コストが大幅に低下したことで、中国ソブリン債は他の先進国ソブリン債と比較して利回り面の優位性が鮮明となっており、ポートフォリオにおいて利回りを生み出すとともに分散効果ももたらす投資機会が生まれている。
中国債券、為替ヘッジ・コスト、人民元
過去12ヵ月間、世界的にソブリン債が低迷するなか、中国債券は軟調な景気と低インフレを受けて利回りが低下し好調なパフォーマンスを見せてきた。中国債券の利回りは過去4年間にわたって安定的に推移してきたものの、為替ヘッジ・コストを考慮した場合の利回りは極めて不安定な動きを示してきた。日本の投資家にとって、為替ヘッジ後の中国債券の利回りは、2020年には1.29%まで高まったと思えば2024年の初めには-2%にまで低下した。最近では、世界の債券市場の流れに沿って中国債券も利回りが低下してきているものの、為替ヘッジ・コストの大幅な低下を受けてヘッジ後の利回り水準は大きく高まっている。このため、中国国債はキャリーの観点から相対的な魅力度が高まっており、満期の短いクレジット物にも十分匹敵する存在となっている。
興味深いことに、こうしたヘッジ・コストの低下は円キャリー・トレードの巻き戻しに伴って起こった。過去12ヵ月間、米国と(同国に比べて金利が低い)アジア諸国とのあいだで金利差が歴史的水準まで拡大するなか、中国は積極的に自国通貨の防衛を試みてきた模様だ。金融市場では2022年以降円安が焦点となってきたが、下のチャート4は、中国も同様の市場力学へと深く引き込まれてきたことを示している。これを受けて中国は、不動産市場の苦境にもかかわらず、利下げが自国通貨に過度な下押し圧力をかけかねないとして、金融緩和に対し懸念を抱いてきたようだ。明るい兆しとして、米国金利が低下し始めることで、中国政府は金利差を拡大させることなく政策スタンスを拡張化させられるようになるかもしれない。
ポートフォリオの観点からは、こうした動向は中国国債への投資機会をもたらしていると考える。キャリー収益を求めている投資家にとって、中国国債は現在、ソブリン債市場屈指の高利回りを提供している。円相場については、日米金利差が縮小するにつれて引き続き円高が進むとみている。これは中国人民元にもプラスに働き、中国債券市場でプラスのキャリーが続く可能性がある。また、米国の債券と株式は2021年から2023年にかけて正の相関関係を示すようになったが、中国の債券は同期間においても株式とのあいだで非常に低い相関性を維持し、ポートフォリオに分散効果をもたらして先進国ソブリン債が下落した際にもポートフォリオを守り安定させる役割を果たした。中国は依然として成長加速に苦戦しており、不動産価格も下落傾向を続けていることから、短中期的に中国債券市場はディフェンシブな特性を維持するとみられる。したがって、戦略的資産配分において同国ソブリン債市場を引き続き選好していく方針である。
ディフェンシブ資産に対する確信度の強い見解
- 満期の短い投資適格クレジット:信用スプレッドは引き続き適正水準にあるが、多くの国で依然イールドカーブが長短逆転しているため、満期が長めのクレジット物は投資魅力度が相対的に劣る。イールドカーブがスティープ化し始めれば見解を変更していくつもりだが、現段階ではイールドカーブの長短逆転が続いていることから、満期の短い投資適格クレジット物の選好を継続する。
- 金はヘッジとして依然魅力的:金は実質金利の上昇やドル高にもかかわらず底堅さを示しており、地政学的リスクおよびインフレ圧力長期化に対するヘッジとしての有効性を証明している。
- デュレーションを長期化:主要国の中央銀行が利下げに転じていることは、世界の債券市場にとって追い風になるとみられる。利下げのタイミングを捉えるのは難しい場合もあるが、引き締め的な金融政策の終了は債券にとって好材料になると考えられる。
プロセス
リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:
個別銘柄への言及は例示のみを目的としており、当該戦略で運用するポートフォリオでの保有継続を保証するものではなく、また売買を推奨するものでもありません。
当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。