本稿は2024年12月10日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
2025年のアジア債券およびクレジットのファンダメンタルズは堅調に推移すると予想
サマリー
- 11月は、米国債利回りが前月末比で低下し、米ドルは大半の通貨に対して上昇した。月初は、米国の大統領選挙で共和党が上下両院の多数派と大統領職を獲得して「トライフェクタ」が確実となるなか米国債は下落したが、ショートカバーが入ると、下落分の殆どを戻した。選挙後に、米FRB(連邦準備制度理事会)は0.25%の利下げを実施した。月末の利回り水準は、2年物の指標銘柄で前月末比0.02%低下の4.15%、10年物の指標銘柄で同0.12%低下の4.17%となった。
- 韓国の中央銀行は市場の予想外に0.25%の利下げを行う一方、インドネシアとマレーシアの中央銀行は政策金利の維持を決定した。10月の総合インフレ率はアジア各国でまちまちとなったが、引き続き総じて抑制的となった。その他、第3四半期のGDP成長率はタイ、シンガポール、インドネシア、フィリピンのすべてでプラスとなった。
- 2025年のアジア現地通貨建て国債市場は、低インフレや経済成長の鈍化を受けた各国中央銀行による緩和的な金融政策運営が追い風となり、好調に推移するとみられる。世界的に金融緩和サイクルが進んで世界の利回りが低下していくとみられることも、アジアの債券市場にとってさらなる追い風となるだろう。さらに、米国からの関税引き上げの脅威が見込まれることなどにより、世界の経済成長は中期的に減速するとみており、これが債券市場全体を下支えする可能性がある。
- 11月のアジア・クレジット市場は信用スプレッドが拡大したものの、月間市場リターンが0.46%となった。格付け別では、米国債の上昇を受けて投資適格債がハイイールド債をアウトパフォームした。投資適格債はスプレッドが前月末比でほぼ変わらずとなるなか月間市場リターンが0.56%となり、ハイイールド債はスプレッドが約0.15%拡大して月間市場リターンが-0.12%となった。
- 関税引き上げの脅威や米国の政策変更の影響を受ける可能性のある一部のセクターや特定の銘柄を除き、アジアの企業や銀行の信用ファンダメンタルズは良好なマクロ環境を背景に底堅く推移するとみている。全体として、収益の伸びはやや緩やかになるものの健全な水準を維持し、利益率は投入コストの低下を受けて安定的に推移する可能性がある。アジアのハイイールド債分野のなかでも特に脆弱な銘柄は淘汰されていることから、2025年にはデフォルト率が大幅に低下するとともに、アジアの投資適格債分野では投資適格級未満に格下げされるフォールンエンジェル銘柄の割合も低下するだろう。
アジア諸国の金利と通貨
市場環境
FRBは0.25%の利下げを実施
11月は、米国債利回りが前月末比で低下し、米ドルは全面高となった。月初は、米国の大統領選挙でドナルド・トランプ氏が勝利し、共和党が政権を掌握するとの見通しを受けて、投資家のあいだで経済成長の加速やインフレの高まり、財政赤字の拡大が予想されるなか米国債は下落したが、ショートカバーが入ると下落分の殆どを戻した。大方の予想通り、FRBは0.25%の利下げを実施した。発表された指標で10月のインフレの根強さや底堅い経済成長が示され、FRBの12月の年内最後の会合で追加利下げが行われるとの市場予想が後退すると、利回りは再び上昇した。さらに、ジェローム・パウエルFRB議長を含め、FRB高官が追加利下げに慎重な姿勢を示したことも、金融緩和見通しを後退させた。トランプ次期大統領が財務長官に財政保守派の人物を指名し、財政政策が抑制的なものとなる可能性が示唆されると、米ドルは反落して、米国債は上昇した。一方、ロシアとウクライナのあいだで緊張が高まるなか、長期部分の利回りに低下圧力がかかった。月末の利回り水準は、2年物の指標銘柄で前月末比0.02%低下の4.15%、10年物の指標銘柄で同0.12%低下の4.17%となった。
韓国は追加利下げを実施、マレーシアとインドネシアは政策金利を据え置き
韓国の中央銀行は、政策金利が据え置かれるとの市場予想に反して、2会合連続で0.25%の利下げを実施した。また、輸出動向の低迷を主因に、2024年の経済成長率予想を従来の2.4%から2.2%に、2025年の予想を2.1%から1.9%へと下方修正した。同中銀はインフレについて、2024年は従来予想の平均2.5%から2.3%、2025年は従来予想の2.1%から1.9%になると足下で予想している。
対照的に、インドネシアの中央銀行は、米国の大統領選挙を受けて世界的な先行き不透明感が強まるなか、政策金利を据え置き、通貨の安定性を優先した。ペリー・ワルジヨ同中銀総裁は、世界の環境の変化により、同中銀の金融政策の緩和余地は抑制されていると述べた。また、FRBの合計の利下げ幅について予想を修正するとともに、米国債利回りの上昇によってもたらされるリスクを強調した。同中銀は2024年のGDP成長率予想を4.7~5.5%に維持し、経済成長を重視したマクロプルーデンス政策へのコミットメントを再確認した。
同様に、マレーシアの中央銀行は、年内最後の金融政策会合で政策金利を3%に据え置いた。政策声明では、これまでの会合と同様に中立的な姿勢が維持された。同中銀は、「世界的なコスト環境の緩和と過剰な内需圧力の不在」に支えられ、インフレは2025年も「管理可能」な状態が続くとの見通しを示した。しかし、特に政府補助金のさらなる合理化により、インフレ見通しに上振れリスクが生じる可能性について警告した。
10月の総合インフレ率は引き続き抑制的
アジア各国の総合CPI(消費者物価指数)の動向は、まちまちとなった。マレーシアの10月の総合CPIは、食品価格の大幅な上昇加速が一因となり、前年同月比1.9%と前月の同1.8%からやや加速した。しかし、コアインフレ率は前年同月比1.8%と前月と同水準となった。
タイの10月の総合インフレ率は、エネルギー価格や輸送費の上昇加速などを受けて前年同月比0.83%と前月の同0.61%から加速したものの、中央銀行の目標レンジである1~3%を引き続き下回った。10月のコアCPIは、大方の予想通り前年同月比0.77%の小幅な加速となった。
フィリピンの10月のインフレ率は、食品や非アルコール飲料が上昇を牽引して前年同月比2.3%と、低水準となった前月の同1.9%から加速した。政策当局は加速の一因として、天候悪化による混乱を挙げた。
インドネシアの10月の総合およびコアインフレ率は市場予想をやや上回ったものの、比較的落ち着いた推移が続いた。総合インフレ率は前年同月比1.71%と市場予想の同1.66%を上回ったが、前月の同1.84%から減速した。また、コアインフレ率は金の価格上昇が一因となって前月の前年同月比2.09%から同2.21%へと若干加速した。インドネシアの中央銀行は、インフレは今後「管理可能な状態が続くだろう」との強い見方を示した。
シンガポールの総合CPIは、住居費の上昇鈍化や民間輸送費の大幅下落、コアインフレの鈍化を受けて、前年同月比1.4%と市場予想を下回り、前月の同2.0%から減速した。10月のコアCPI(民間道路輸送費と住居費を除く)は前年同月比2.1%へと大幅に減速して、ほぼ3年ぶりの低水準になるとともに前月の同2.8%から鈍化した。政策当局は、鈍化の主因としてサービス、電気・ガス料金、小売品やその他の製品価格の上昇鈍化を挙げた。
第3四半期のアセアン諸国経済はプラス成長
タイの第3四半期のGDP成長率は前年同期比3.0%と市場予想を上回り、下方修正された第2四半期の同2.2%から加速した。経済成長の主因となったのは政府支出の大幅な拡大で、民間セクターの支出は個人消費の低迷などにより伸びが鈍化した。
シンガポールの第3四半期のGDP成長率は前年同期比5.4%となり、速報値の同4.1%から大幅に上方修正された。この修正の要因となったのは、製造業およびサービス・セクターがともに好調となったことであった。これを受けて、政府は2024年通年のGDP成長率予想を従来の2.0~3.0%のレンジから「3.5%程度」へと引き上げ、また2025年の成長率予想のレンジを1.0~3.0%に設定した。
インドネシアの第3四半期のGDP成長率は前年同期比4.95%となり、第2四半期の同5.05%を小幅に下回った。成長率減速の主因となったのは、家計消費の伸びの鈍化であった。
一方、フィリピンの第3四半期のGDP成長率は前年同期比5.2%となり、上方修正された第2四半期の同6.4%から鈍化した。鈍化の一因となったのは農業セクターの縮小だった。国家経済開発庁によると、2024年第1四半期~第3四半期のGDP成長率は平均5.8%となり、政府が今年の目標レンジである6~7%をやや下回った。
S&Pグローバル・レーティングがフィリピンの格付け見通しを引き上げ
月末にかけて、格付け機関S&Pグローバル・レーティングは、フィリピンの現地通貨建て・外貨建ての長期債務格付けをともに「BBB+」に維持する一方、格付け見通しを「ポジティブ」に引き上げた。S&Pは、この引き上げは同国の財政改革の進展、インフラの改善、政策環境を反映したものであり、これらが過去10年にわたって力強い経済成長を支えてきたと述べた。さらに同格付け機関は、現在の経常赤字が予想通り減少した場合や政府が財政再建をより迅速に達成する場合は、格付けを引き上げる可能性があるとの見方を示した。
今後の見通し
アジアの現地通貨建て国債市場は2025年に好調となる見通し
2025年のアジアの現地通貨建て国債市場は、低インフレや経済成長の鈍化を受けた各国中央銀行による緩和的な金融政策運営が追い風となり、好調に推移するとみている。世界的に金融緩和サイクルが進んで世界の利回りが低下していくとみられることも、アジアの債券市場にとってさらなる追い風となるだろう。さらに、米国からの関税の脅威が見込まれることなどにより、世界の経済成長は中期的に減速するとみている。こうしたシナリオ下では概して債券市場が下支えされる可能性が高い。第2期トランプ政権に関する不確実性はあるものの、アジア通貨への影響は、域内の強固なファンダメンタルズやFRBの緩和路線によって和らげられる可能性がある。さらに過去2年間をみてみると、域内の経済ファンダメンタルズの強さを反映するように、アジアの債券および通貨は他の市場に比べてボラティリティが比較的低水準に留まっている。
FRBが金融緩和を進めるなか、実質金利水準が高いインド国債はますます魅力的になっている。加えて、インドのサービス収支は、ソフトウェアの輸出増加、旅行、ビジネスサービスに支えられて改善傾向にあり、それによって足元の経常赤字への圧力が緩和された状態にある。また、JPモルガンの新興国債券インデックス(GBI-EMインデックス)へのインド債券の採用も海外投資家からの持続的な資金流入を促し、需要をさらに押し上げるとみられる。また、最近になってインド準備銀行が中立的な金融政策スタンスに転換したことは、今後より緩和的な金融政策へと移行する可能性を示唆している。そして、S&Pはインドの格付け見通しを「ポジティブ」としていることから、中期的には待望の格上げが実現するかもしれない。
アジアのクレジット市場
市場環境
米国債利回りが低下するなか11月のアジア・クレジット市場は上昇
11月のアジア・クレジット市場は、信用スプレッドが約0.012%拡大したものの、米国の利回りが低下するなか月間市場リターンが0.46%となった。格付け別では、米国債が上昇したことを受けて投資適格債がハイイールド債をアウトパフォームした。投資適格債はスプレッドが前月末比でほぼ変わらずとなるなか月間市場リターンが0.56%となり、ハイイールド債はスプレッドが約0.15%拡大して月間市場リターンが-0.12%となった。
11月上旬に米国の大統領選挙でトランプ氏が勝利すると、米国のリスク資産のパフォーマンスが堅調となり、それが世界の他の資産クラスにも波及するなか、アジアの信用スプレッドは縮小した。米国の選挙直後に米国債が下落したことも、選挙を控えて様子見姿勢を続けていた利回りを求める投資家を引き付けた。
中国では、立法機関である全国人民代表大会(全人代)常務委員会の第12回会議に注目が集まり、同会議で政策当局は地方政府の債務問題への対処を目的とした10兆元のパッケージを発表するとともに、2025年に追加財政出動を実施する計画を発表した。しかし、消費を押し上げ、不動産セクターを支援するためのさらなる刺激策が示されなかったため、多くの投資家のあいだで失望が広がり、特に中国の不動産分野のハイイールド・クレジットに圧力がかかった。中国の経済活動データでは回復の兆しが示されたものの、市場ではこの回復の持続可能性が疑問視された。さらに、中国の信用の伸びが引き続き市場予想を下回ったことを受けて、センチメントが悪化した。
月の後半は、様々なアダニ・グループの複数の関係者が米国で起訴されたとの報道を受けて、市場の注目はインド企業に移った。その後、スプレッドは月末までほぼ横ばいで推移した。トランプ次期大統領が中国、カナダ、メキシコからの輸入品に追加関税を課す計画であるとの報道が打撃をもたらしたが、中国の新たな景気刺激策への期待で打ち消された。
当月は中国、シンガポール、韓国、台湾を除くアジアの主要国・地域のすべてでスプレッドが拡大した。月中に、格付け機関フィッチ・レーティングスはタイの信用格付けを「BBB+」に、見通しを「安定的」に据え置き、S&Pはフィリピンの現地通貨建て・外貨建ての長期債務格付けを「BBB+」に据え置く一方、信用見通しを「ポジティブ」に引き上げた。S&Pは、足元の経常赤字が予想通り縮小する場合や政府が財政再建の加速を達成する場合は、格上げの可能性があるとした。
11月の発行市場の起債活動は低調
11月の発行市場は比較的静かとなり、発行総額は109億米ドルとなった。投資適格債分野は、Alibaba Group Holding Ltdのディール(3トランシェで総額26.5億米ドル)、インドネシアのソブリン債のディール(3トランシェで総額27.5億米ドル)、中国のソブリン債のディール(2トランシェで総額20億米ドル)など、11件(総額90億米ドル)の新規発行に留まった。一方、ハイイールド債分野の新規発行は5件(総額19億米ドル)となった。
今後の見通し
アジア・クレジット市場は利回りが引き続き魅力的、スプレッドはレンジ圏で推移しキャリーがリターンドライバーに
当社では、アジア・クレジット市場のファンダメンタルズは2025年も堅調を維持するとみている。中国は引き続き経済のリバランスに取り組むと予想され、米国による関税引き上げリスクを背景とする厳しい外部環境の影響を緩和し、景気全体を安定させるために、より緩和的な政策を採用する可能性が高い。中国を除くアジア諸国のマクロ経済ファンダメンタルズは、輸出の伸びが圧力に晒されるにつれ、2024年にみられた良好な水準に比べるとやや弱まる可能性があるものの、概して底堅さを維持すると予想される。アジア諸国の各中央銀行には、内需の下支えに向けた金融政策の緩和余地が十分にある。
関税引き上げの脅威や米国の政策変更の影響を受ける可能性のある一部のセクターや特定の銘柄を除き、アジアの企業や銀行の信用ファンダメンタルズも、良好なマクロ環境を背景に底堅く推移するとみている。全体として、収益は伸びが緩やかになるものの健全な水準を維持し、利益率は投入コストの低下を受けて安定的に推移する可能性がある。アジアの大半の企業や銀行は、強固な財務基盤と十分な格付けバッファーを備えた状態で2025年を迎えることになる。アジアのハイイールド債分野のなかでも特に脆弱な銘柄は淘汰されていることから、2025年はデフォルト率が大幅に低下するとともに、アジアの投資適格債分野では投資適格級未満に格下げされるフォールンエンジェル銘柄の割合も低下するだろう。
2025年のアジア・クレジット市場では、米国債利回りの低下を受けてオフショア債とオンショア債の間の資金調達コストの差が縮小するなか、新発債の総供給量が過去2年間に比べて増加するとみている。また、定期的に起債を行っている多くの発行体が、長期的なプレゼンスを維持するために米ドル建て債券市場での借り換えを望む可能性もある。しかし、償還が引き続き高水準で推移しており、正味供給量は抑制される可能性が高い。一方で、オールイン利回りが引き続き高水準にあることから、アジア域内の投資家からの需要は底堅く推移するとみている。
信用スプレッドは歴史的にみてもタイトな水準にあるが、マクロ環境や企業の信用ファンダメンタルズによる追い風に加え、需給動向も良好であることを受けて、2025年はスプレッドが概ねレンジ圏での推移を続けると予想される。BBB格とBB格に跨るクロスオーバー・クレジット分野については、スプレッドが200ベーシスポイント台前半から半ばで取引されており、慎重ながらも楽観的な見方を維持し選好している。2025年はキャリーがアジア・クレジット市場の主要なリターンドライバーになるだろう。
当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。