本稿は2024年12月5日発行の英語レポート「Asian fixed income outlook 2025」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
緩やかな金融緩和を背景にアジア諸国の内需は底堅く推移
2024年には、中国を除くアジア諸国は内需や輸出の好調に支えられて景気が底堅く推移した。比較的引き締め的な金融政策および食料品やコモディティ価格の上昇鈍化を受けてインフレが緩和されたおかげで、年の後半にはアジア域内の大半の中央銀行が利下げに動くことができた。
2025年に入るなか、中国を除くアジア諸国の景気は若干鈍化する可能性もあるが、堅調な内需に概ね下支えされる状況が続くとみられる。アジア域内における食料品価格の安定化を受けて、インフレは引き続き抑制されると予想する。足もとではアジアのほとんどの国でインフレ率が中央銀行の目標水準内に収まっており、潜在的な景気下振れリスクを軽減するために追加金融緩和路線を進んでいくことは明らかである。ただし、各国中央銀行は米国の経済・金融情勢を注視しながら、徐々に利下げを実施していく可能性が高い。
一方、米中関係の緊張を背景にグローバル・サプライチェーンの再編が進んできており、多国籍企業は関税による影響を和らげるとともに、中国製造業への依存度を低減するために「チャイナ・プラス・ワン」(生産拠点を中国以外の国・地域へも分散させる動き)戦略を採用している。このシフトはドナルド・トランプ次期米国大統領の就任後も続き、それによってアジア域内への海外直接投資(FDI)が下支えされて域内全体の成長を後押しするとみられる。
アジアの良好なファンダメンタルズ:財政健全化と総じて安定的な経常収支
アジア諸国の経済が新型コロナウイルス大流行の影響から回復していくにつれ、中国を除くアジア各国の財政政策は健全化路線へとシフトしている。インド、マレーシア、フィリピンをはじめとする国々は、中期的に財政規律を重視していく方針を再確認している。インドネシアとタイでは新政権の誕生を受けて短期的には先行き不透明感が生じる可能性もあるが、両国とも概して問題ない範囲内の財政スタンスを維持していくとみられる。
近年、テクノロジー分野の輸出が盛んな韓国、マレーシア、シンガポールなどの高所得国は、輸出の好調な伸びによって経常黒字が支えられてきた。今後、見込まれる米国の関税引き上げを受けて世界貿易が減速すれば、これらの国の経常黒字は縮小する可能性がある。一方、タイでは観光業の回復が手伝って経常収支の黒字を維持できるとみられる。対照的にインドでは経常赤字が続いているが、サービス収支の改善などを受けて安定的に推移する見通しだ。フィリピンにおいては、サービス輸出の増加や海外出稼ぎ労働者による国内向け送金の安定的な推移を受けて、経常赤字がより管理可能な水準に抑えられている。
2025年に好調な推移が見込まれるアジアの現地通貨建て債券市場
2025年のアジアの現地通貨建て債券市場は、インフレの落ち着きや経済成長の鈍化を受けた各国中央銀行による緩和的な金融政策運営が追い風となり、好調に推移していくと見込まれる。世界的に金融緩和サイクルが進んで金利が低下していくとみられることも、アジアの債券市場にとってのさらなる下支え要因になる見通しだ。さらに、米国のトランプ次期政権によって関税が引き上げられる可能性が高いことから、中期的には世界の経済成長が鈍化すると予想する。こうしたシナリオ下では概して債券市場が下支えされるとみられる。加えて、そうした不透明要因がアジア諸国の通貨にもたらす影響は、アジア地域の良好なファンダメンタルズや米FRB(連邦準備制度理事会)の金融緩和傾向によって和らげられる可能性も高い。過去2年間をみてみると、その経済のファンダメンタルズの強さを反映するように、アジアの債券と通貨は他の市場に比べてボラティリティが比較的低い水準にとどまってきた。
中国には政策手段が残されている
中国は経済構造改革の取り組みを継続する見通しである。具体的には、多額の融資を伴う不動産やインフラ部門への依存度を低下させる一方、テクノロジー、サステナビリティ、先端製造業をより重視していく取り組みを続けるとみられる。電気自動車(EV)やバッテリーなどの分野において中国は業界をリードする地位を確立しており、これらなどの戦略的重要分野への投資を継続していくだろう。トランプ氏の米国大統領再選を受けて、中国製品に対する関税引き上げの見通しが浮上しており、それが現実となれば中国経済の足かせとなる可能性がある。しかし、中国の政府高官も企業も今回はより準備が整っているだろうとみられる。
中国当局は、関税引き上げの影響を軽減するために、通商政策に関して米国と交渉を行うことを選択する可能性がある。また、厳しい外部環境の影響を和らげ、景気全般を安定させるために、より緩和的な政策を採用する可能性も高い。しかし、一部セクターの過剰生産能力、債務水準の高止まり、人口高齢化といった構造的問題を考慮すると、政策対応には慎重に取り組む可能性があり、大規模な景気刺激策よりも小出しでの対応を好むかもしれない。一方で、これらの構造的問題によって引き続きインフレが抑制され、中央銀行による金融緩和の継続余地が拡大する可能性もある。
貿易をめぐる課題は残るが、中国の貿易収支は大幅黒字となっており、投資資金の流れの変動の影響を和らげるバッファーの役割を果たすとみられる。債務水準は高止まりしているものの大部分が国内債務であり、人民元相場に影響を及ぼす可能性をめぐる懸念も低下している。継続的な政策支援も考慮に入れ、中国経済は概ね安定した推移を続けると予想している。
インドとインドネシア:堅調なファンダメンタルズ、実質金利も魅力的な水準
FRBが金融緩和を進めるなか、実質金利水準が高いインドとインドネシアの国債はますます魅力的になっている。両国とも経常赤字が落ち着いており、インフレは緩やか、財政状態も健全だ。
インドのサービス収支は、ビジネスサービス、旅行、ソフトウェアの輸出増加に支えられて改善傾向にあり、それによって経常赤字への圧力が緩和されている。また、JPモルガンの新興国債券インデックス(GBI-EMインデックス)へのインド債券採用も海外投資家からの持続的な資金流入を促し、需要をさらに押し上げるとみられる。一方、最近になってインド準備銀行が中立的な金融政策スタンスに転換したことは、今後より緩和的な金融政策へと移行する可能性を示唆している。最後に、格付け会社S&Pグローバルがインドの格付け見通しを「ポジティブ」に引き上げていることから、中期的には待望の格上げが実現する可能性もある。
インドネシアでは、国内経済の好調が追い風となって景気が概ね安定した推移を続けている。プラボウォ・スビアント大統領は、スリ・ムルヤニ・インドラワティ財務相の再任を含む重要な閣僚人事を通じて政策の継続性を維持する姿勢を改めて強調した。この決定は、大統領が財政規律を重視していることを強く示している。さらに、新政権はインドネシアのEVサプライチェーンを発展させるという公約を確認しており、同分野は今後の経済成長の重要な原動力になっていくとみられている。
その他の有望な市場:フィリピン、マレーシア、韓国
フィリピンでは、とりわけ外国人投資家によるフィリピンペソ建て債券市場への関心が高まっているなか、中央銀行による追加利下げが見込まれ、現地通貨建て国債市場にとって魅力的な環境となっている。また、フィリピンが新興国債券インデックスへの採用に向けて引き続き取り組んでいることも、同国債券市場の魅力をさらに高めている。
マレーシアにおいては、好調な輸出と底堅い内需が引き続き経済成長を支えていくと予想する。政府は燃料補助金の合理化計画を打ち出しており、それによってマレーシアの財政健全性が改善し、延いては現地通貨建て債券が下支えされるとみられる。また、マレーシアの現地通貨建て債券は、国内投資家からの需要が安定しているおかげで、アジア域内の他の市場よりも低いボラティリティを示すと予想される。同時に、年金基金による投資が長期金利を安定させる役割を果たし、マレーシア債券市場の安定性をさらに強めてくれると期待される。
市場では、韓国の追加金融緩和に対する期待が高まっていない。しかし、国内経済が低迷しており、世界的に貿易が減速する可能性もあることから、追加利下げ実施の公算が高まって韓国国債への追い風になると期待される。また、韓国国債は2025年11月からFTSEの世界国債インデックス(WGBI)への採用も決定しており、その魅力が一段と高まっている。
シンガポール債券市場
シンガポール国債は米国債をアウトパフォームする見込み
シンガポール金融通貨庁(MAS)は、地政学的な緊張や世界各国の金融政策緩和ペースをめぐる不透明感に起因するリスクの存在により厳しい状況も見込まれるが、2025年のシンガポールの経済成長率は潜在成長率に近い水準で推移するとの予測を示している。総合インフレ率は住居費の下落を主因に鈍化すると予想され、コアインフレ率は輸入物価の安定や賃金の伸びの鈍化に伴って減速する見込みだ。こうした動向を考慮し、経済成長率とインフレ率の両方の鈍化が見込まれる2025年後半に、MASは政策を調整して引き締め姿勢を弱めると予想される。
米国の景気後退がない限り、シンガポール国債は米国債をアウトパフォームすると予想される。財政赤字をカバーするために国債発行を増やしてきた米国と異なり、シンガポールは均衡財政政策を維持しており、歳出財源を国債発行に依存していない。尚、シンガポールは2050年ネットゼロ目標(温室効果ガス排出量を正味ゼロにすること)を掲げており、政府や法的機関(statutory board)によるグリーンボンドの発行が増加していくと予想される。
金利低下とキャリーがシンガポールドル建てクレジットのリターンの原動力に
今後は、満期または初回コール日を迎える債券の残高が約170億シンガポールドルにのぼるなか、発行市場では2024年とほぼ同等の新発債供給が続くと予想される。また、為替による資金調達コスト削減の機会を捉えて起債しようとする外資系銀行などの発行体の動きを受けて、新発債供給が増加する可能性も高い。投資家が(利回りの低下する)短期国債から相対的に高利回りのクレジットものへとシフトしていくなか、新発債供給は容易に吸収されるとみられる。
2025年のクレジット市場は、信用スプレッドが引き続きタイトな水準で推移するなか、金利の低下と安定的なキャリーがリターンの牽引役になるとみられる。シンガポールドル建てクレジットについては、発行体のファンダメンタルズが良好なことからスプレッドの拡大余地が限定的とみられ、明るい見通しを維持している。オールイン利回りを重視する現地の長期投資家からの需要が旺盛であることに加え、シンガポール市場は安全な逃避先としての魅力もあることから、シンガポールドル建てクレジットには引き続き投資家の関心が集まる可能性がある。
格付け別では、スプレッドのバッファーやキャリーが相対的に高水準にあるBBB格付け分野を選好する。ハイイールド債分野のなかでは、ファンダメンタルズが良好な発行体による永久劣後社債や銀行資本性証券に注目している。
アジア・クレジット市場
アジア・クレジット市場は利回りが依然魅力的、スプレッドはレンジ圏で推移しキャリーがリターンドライバーに
アジアのクレジット市場のファンダメンタルズは2025年も堅調を維持するとみられる。前述の通り、中国は引き続き経済のリバランスに取り組むと予想される。加えて、米国による関税引き上げリスクを背景とする厳しい外部環境の影響を緩和し、景気全体を安定させるために、より緩和的な政策を採用する可能性が高いと考えられる。中国を除くアジア諸国のマクロ経済ファンダメンタルズは、輸出の伸びが圧迫されるにつれ、2024年にみられた良好な水準に比べるとやや弱まる可能性があるものの、概して底堅さを維持すると予想される。アジア諸国の中央銀行には、内需の下支えに向けた金融緩和余地が十分にある。
良好なマクロ環境を背景に、関税引き上げの脅威や米国の政策変更の影響を受ける可能性のある一部のセクターや特定の銘柄を除き、アジアの企業や銀行の信用ファンダメンタルズも底堅く推移すると予想される。全体としては収益の伸びが緩やかになるものの健全な水準にとどまる可能性があり、利益率は投入コストの低下を受けて安定的に推移すると期待される。アジアの大半の企業や銀行は、強固な財務基盤と十分な格付けバッファーを備えた状態で2025年を迎えることになる。アジアのハイイールド債分野のなかでも特に脆弱な銘柄は淘汰されていることから、2025年にはデフォルト率が大幅に低下するとともに、アジアの投資適格債分野では投資適格級未満に格下げされるフォールンエンジェル銘柄の割合も低下すると予想される。
2025年のアジアのクレジット市場では、米国債利回りの低下を受けてオフショア債とオンショア債の間の資金調達コストの差が縮小するなか、新発債の総供給量が過去2年間に比べて増加すると予想される。また、定期的に起債を行っている多くの発行体が、長期的なプレゼンスを維持するために米ドル建て債券市場での借り換えを望む可能性もある。しかし、償還が引き続き高水準で推移しており、正味供給量は抑制される可能性が高い。一方で、オールイン利回りが依然として高水準にあることから、アジア域内の投資家からの需要は底堅く推移すると予想される。
信用スプレッドは歴史的にみてもタイトな水準にあるが、マクロ環境や企業の信用ファンダメンタルズによる追い風に加え、需給動向も良好であることを受けて、2025年はスプレッドが概ねレンジ圏での推移を続けると予想される。BBB格とBB格に跨るクロスオーバー・クレジット分野については、スプレッドが200ベーシスポイント台前半から半ばで取引されており、慎重ながらも楽観的な見方を維持し選好している。2025年はキャリーがアジアのクレジット市場の主要リターンドライバーになると予想する。
金融劣後債、カジノ関連銘柄、中国不動産セクターの国有企業銘柄を選好
香港とオーストラリアを中心とする金融劣後債については、バリュエーションが魅力的な水準にあり、同等格付けの社債に比べ利回りが高いことから選好している。カジノセクターも選好している。同セクターは、各社が引き続き債務削減に注力しているなかで信用ファンダメンタルズが改善傾向にあるとともに、米国の同業他社よりも引き続き高い利回りを提供している。中国不動産セクターの国有企業の債券は相対的に高い魅力的な利回りを提供しており、厳しい環境のなかでも引き続き債務を返済していくことができるとみられる。
資本財・サービスや香港不動産セクターの債券、中国の長期債には慎重な見方
一方で、資本財・サービスセクターの一部の分野については、世界的な経済成長鈍化を背景に信用ファンダメンタルズが悪化しつつあり、持続的な改善の兆しが出てくるまで慎重な見方を維持する。ファンダメンタルズが依然悪化している香港不動産セクターや、バリュエーションが非常に割高な水準にある中国の国有企業やテクノロジーセクターの長期債についても慎重な見方をしている。
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