当レポートは、英語による2024年11月20日発行の英語レポート「Can the momentum shift on plastic pollution?」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
はじめに
プラスチック汚染は、環境、生物多様性、そして人間の健康に長期的なダメージを与える、世界的に重大な問題である。人々の認識が高まり規制が強化されているものの、プラスチック廃棄物は増え続けている。待望の「国際プラスチック条約」は2024年末までに最終制定される見込みだが、これはライフサイクルを通じたプラスチック汚染対策としては世界的な法的拘束力を持つ初めての試みとなり、大きな期待が寄せられている。一方で、もっともなこととして、国家間の経済的・政治的利害の相違から、合意内容が期待を下回るのではないかとの懸念もある。効果的な解決策を推進していくためには国際協力、厳格な政策、そして大規模な資金投資が必要とされ、プラスチック汚染問題への取り組みは長く険しい道のりになるだろう。
重要な局面
プラスチックは、汎用性、耐久性、コストパフォーマンスによって人々の生活を大きく変化させ、社会に無数の恩恵をもたらしてきた。しかし、かつて現代社会の未来を担う素材と称賛されたプラスチックは、今では最も重大な問題の1つとなっている。プラスチック汚染は蔓延しており、マイクロプラスチックは我々が飲む水、呼吸する空気、食べる食品を汚染し、また、より大きなプラスチック破片は野生生物に身体的危害を加え、自然の生息環境を破壊している。
我々は今、プラスチック汚染対策の重要な局面にある。一方で、社会のプラスチックへの依存は未だに大きく、足元で依存を低減することができていない。プラスチック生産はかつてないほど増加しており、OECD(経済協力開発機構)が2024年10月に発行したレポート1によれば、新たな政策措置が実施されない限り、プラスチック生産量は2040年までに70%増の7億3,600万トンへと急増し続けると予測されている(チャート1)。このレポートが示す内容は明確であり、2040年までにプラスチック廃棄物の環境への流出を食い止めることができるのは、プラスチックのライフサイクル全体にわたって世界的に積極的な政策行動がとられる場合のみだとしている。
一方で、プラスチックによる被害に対する人々の認識は高まっており、この問題に対処しなければならないとの危機感は世界的に広がっているようだ。世界各国では、使い捨てプラスチックに対する新たな規制や、リサイクル・再利用の取り組みを促す規則を採用する動きが活発化している。欧州では、プラスチック廃棄物を削減し、循環型経済を推進するための幅広い取り組みの一環として、包装廃棄物・廃棄物リサイクル指令(PPWR)や使い捨てプラスチック指令(SUPD)が策定された。中国はプラスチック汚染に対処するために規制の取り組みを大幅に強化し、2025年までにプラスチック使用量を削減する5ヵ年計画を発表し、循環型経済の推進を国家の優先課題として、廃プラスチックの輸入を禁止した。こうした進展が見られる一方で、より循環型の経済に移行することは複雑なものとなっており、課題も残されている。プラスチック汚染の影響を特に受けている東南アジアでは、ここ数年の間に実施された地域や国の行動計画の一環として、規制が強化されている。
このように正しい方向に進んできてはいるが、その多くはプラスチック汚染危機の規模に真に対処するには十分ではない。また、その有効性は、規制の実施や市民の関与、支援インフラの整備にも左右される傾向があり、現状では地域によってまちまちとなっている。時間が経過し、プラスチック廃棄物が増え続けるにつれ、個々の国レベルの取り組みだけでは十分でないことが鮮明になっている。OECDは提言のなかで明確な見解を示しており、技術的、経済的、ガバナンス的な課題を克服するには、国際協力とリソースの動員が不可欠になるとしている。
協調的な取り組みが開始されているが不安要素も
コロンビアのカリで開催され、先日閉幕したCOP16(生物多様性条約第16回締約国会議)では、生物多様性の保全に取り組むとともに、「昆明・モントリオール生物多様性枠組み(GBF)」の実施に関する議論を行うため、200ヵ国から15,000人の参加者が集まった。GBFの23個の目標には、生物多様性を保護するためにプラスチック汚染を撲滅することが含まれている。しかし、新たな世界自然基金の設立をめぐる意見の対立により会議が突如終了したことを受けて、全体的にネガティブな雰囲気が広がった模様であり2、多様な政治的アジェンダと経済的利害を調整することの複雑さが浮き彫りになった。
2024年11月25日から12月1日まで韓国の釜山で開催される第5回政府間交渉委員会(INC-5)でも、似たようなことが繰り返されるかもしれない。この待ち望まれていた会合によって、UNEA(国連環境総会)の決議5/14の採択を受けて、プラスチック汚染に関する国際的な法的拘束力のある条約文書(世界プラスチック条約と呼ばれることが多い)を作成するために2022年3月に開始されたプロセスが終了する見込みとなっている。委員会は、2年にわたり複数回の会合を開催し(表1のタイムラインを参照)、プラスチックの生産、設計、廃棄を含むライフサイクル全体に対処することを目指して、この文書の策定に取り組んできた。
しかし、INC-4を受けて、参加国のあいだで大きな意見の相違が生じ、交渉の過程で2つの主要な対立勢力が生まれた。一方は、60ヵ国が率いる自称「高い野心を掲げる連合」4で、プラスチック汚染の規制や段階的な削減などライフサイクル全体にわたる対策を提唱している。もう一方は、生産量の制限への関心が低めな国やロビー団体で、論争の余地の少ない川下での取り組みに主眼を置いている5。残念なことに、このアプローチは、溢れた流しの蛇口を閉めようとしないことに似ている(プラスチック汚染では、問題の根本に対処することの重要性を強調するために、この例えがよく使われる6)。
このような意見の相違が続いているため、条約文書は2年前に設定された高い期待に届かないのではないかとの恐れが明らかに生じており、実際にINC-5に向けて危機感が出てきている。INC-4の後、一部の署名メンバーは「釜山への架け橋宣言」7を発表し、1次プラスチックポリマーの生産を持続可能なレベルに抑える取り組みへの期待を強調した。2024年8月には、臨時準備会合が開催され、INC-5の生産性を確保するために、技術的な議論を進め、主要な問題に関するコンセンサスを形成した。2024年11月初めに、INC議長は第3回となる非公式文書を発表し、同月下旬の交渉の土台となる点をより明確且つ簡潔に提示するように努めた。また、COP16の期間中、プラスチック廃棄物の最大生産者の一部である世界プラスチック条約企業連合のメンバーは、各国政府に対してプラスチック汚染に対処するための大胆且つ効果的な条約を制定するよう求めた。
条約は2年前に掲げた強い意向を満たすものになるだろうか、それとも期待に届かないものとなるのだろうか。最近の動きを見る限り、過度に楽観視することは難しい。プラスチック廃棄物削減に向けたライフサイクル全般にわたるアプローチを支持しようとしない国・団体が原因となり、効力の弱い条約の締結に終わる可能性も十分にある。おそらく、世界プラスチック条約が解決策になることを期待すべきではなく、むしろ、せいぜい世界の政策改革を強化するために必要な原動力となるものか、少なくとも誰にとっても必要な警鐘にはなるものとみておくべきだろう。あらゆる世界的な問題と同様に、プラスチック汚染への対処は、痛みを伴う、長く険しい道のりになりそうだ。政策当局の間だけでなく、あらゆるレベルで協力が必要であり8、官民の連携強化によって資金フローをシフトさせるだけでなく、金融機関を含む民間部門における協調と努力も必要である。
金融セクターの役割:公共・民間部門の関与、資金面のソリューション
プラスチック汚染問題に世界が効果的に取り組もうとする場合、プラスチック関連投資9の大幅なシフトが必要である。投資資金の流れをシフトさせることができれば世界中のプラスチック・ライフサイクル全体にわたる包括的な転換が可能となり、また、そのためには資金面において公的部門と民間部門の両方が貢献していかなければならない。OECDによれば、プラスチック廃棄物管理に必要な世界の投資は、2020年から2040年の間に2.1兆米ドルに達すると予測されているのだ。
このプラスチック汚染対策の重要な局面を進むなか、金融セクターは以下のステップを開始することで、重要な役割を果たすことができる。
- 積極的な政策の支援:投資家は、地域および世界レベルの厳格な政策を支持・奨励するべきである。過剰な規制は不必要な負担とみなされることもあるが、これらの投資はリスクが高めである場合が多く、また(再生素材ではない)バージン・プラスチックの代替となるものはより高価であるため、自発的な対策では不十分であることは明らかであり、プラスチック汚染を撲滅させるのに十分な効果があるとは考えにくい10。透明性が高く、実行可能な規則や規制を設けることによって、市場参加者に公平な競争の場を作り出し、プラスチック汚染に対処するプロジェクトや解決策に資金が振り向けられるよう支援することができる。
- 投資先とのエンゲージメント:規制の負担の高まりをうまく乗り切り、それを活かしていくことができる状況にある企業は、大きな価値を有している。当社の投資先企業を積極的にモニタリングし、エンゲージメントを行うことで、特にプラスチック・フットプリントの低減や、製品設計およびパッケージングのイノベーションを促すことができる。このエンゲージメントには、当社が2023年にプラスチック汚染に関する投資家声明を支援したのと同じように、他の投資家と協調して要求水準を引き上げていくという方法も含まれる11。
- 資金面のソリューション:投資家は、プラスチック汚染の解決策に資金を提供し、変化をもたらすことができる。例えばグリーンボンドは、環境プロジェクトに明確に特化した資金を調達するための効果的な金融商品としての役割を果たしている。こうした環境プロジェクトには、生分解性素材の開発、リサイクル・インフラの拡大、海洋や水路のプラスチック廃棄物の浄化などがある。例として、NWB銀行がオランダの水道当局に融資するために発行したウォーター・ボンドは、水処理を通じてバイオプラスチックを除去するプロジェクトや、廃棄物からプラスチックの革新的な代替品を製造するプロジェクトなどに資金を提供することができる。
これらの例にとどまらず、現実として金融機関、政策当局、企業、個人はみな、プラスチック生産の削減、廃棄物管理の改善、持続可能な革新的素材の発展を含む多面的なアプローチに貢献しなければならない。プラスチック汚染対策は複雑で、課題が山積している。政策は大きな進展をみせ、人々の認識はかなり高まっているものの、この先の道のりを進むには持続的な取り組みや現実的な期待値設定が必要である。その道のりは長く険しいものになるだろうが、粘り強い努力と協力によってのみ、前進することができる。
1https://www.oecd.org/en/publications/policy-scenarios-for-eliminating-plastic-pollution-by-2040_76400890-en.html
2https://www.bloomberg.com/news/articles/2024-11-02/un-nature-summit-ends-in-limbo-as-countries-spar-over-funding
3Plastic Pollution INC-4 – Geneva Environment Network
4https://hactoendplasticpollution.org/
5At plastics treaty talks in Canada, sharp disagreements on whether to limit plastic production | AP News
6https://wedocs.unep.org/bitstream/handle/20.500.11822/42277/Plastic_pollution.pdf?sequence=3
7https://www.bridgetobusan.com/
8https://www.unepfi.org/wordpress/wp-content/uploads/2023/10/UNEP-FI-Redirecting-Financial-Flows-to-end-Plastic-Pollution.pdf
9https://www.unepfi.org/wordpress/wp-content/uploads/2023/10/UNEP-FI-Redirecting-Financial-Flows-to-end-Plastic-Pollution.pdf
10https://www.unepfi.org/wordpress/wp-content/uploads/2023/10/UNEP-FI-Redirecting-Financial-Flows-to-end-Plastic-Pollution.pdf
11https://www.vbdo.nl/en/2023/10/nikko-asset-management-joins-long-list-of-financials-calling-for-plastic-reduction/
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