当レポートは、英語による2025年1月16日発行の英語レポート「How Japan can safeguard against US Tariffs」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
米国の今後の政策、特に貿易相手国に課すかもしれない関税措置については、不透明な部分が多い。次期米政権の厳しい発言の矛先は特に中国に向けられている模様だが、中国は程度の差こそあれ日本など多くの国々の貿易相手国である。関税実施のスピード感や程度について、市場では気を揉む状況が続いているが、現時点では過去の関税措置の影響を検証しておくのが有益だろう。過去の関税措置とそれを受けた貿易相手国の対応が米国経済に与えた影響を理解することで、米国および貿易相手国双方による将来のアクションの潜在的方向性を見通せるようになるかもしれない。
関税を実施する理由
関税は米大統領にとって比較的簡単に実施できる措置である。米通商代表部などの当局者と協力し、1974年通商法301条を使えばいい。これは、特に米国の政府債務残高が対GDP比で120%近いことを考えると、議会の承認が必要な他の景気刺激策よりも迅速に実施できる。また、関税に対する一般的な見方としては、米国の雇用、延いては世帯の実質所得を守るのに一見手っ取り早い解決策として、「アメリカ・ファースト」などの例外主義的論法と整合しているように見受けられるかもしれない。しかし、過去の主要な関税措置の実績を見てみると、そのような意図に沿うものとはなっていない。
1930年の関税法は世界恐慌の影響もあって失策に
1930年の米国関税法では、自国の企業や農家の黒字を増やすため、課税対象輸入品する関税が平均6%引き上げられた。残念ながら、この措置は世界大恐慌の始まった時期に導入されたため、その後に景気が低迷する大きな原因となった。当時、米国の貿易相手国の多くが関税に対して報復措置を取り、米国の輸出は全体で28%減少した。ミッチェナー氏らの研究(2021年)1によると、特に報復措置として自国の関税で対抗した国への輸出は、最大で32%減少した。貿易戦争の間接的影響の1つとして、米国以外の国々のあいだで対抗的な貿易圏が形成され、これによって貿易への影響が米国以外の国々へも広がった。さらに、関税が米国の雇用の保護に貢献することは概ねなかった。1930年に8%だった同国の失業率は1932年~1933年には25%を超え、第二次世界大戦まで大恐慌前の水準に戻ることはなかった。
近年の「アメリカ・ファースト」貿易戦争では米国の企業および消費者がツケを払うことに
米国は2018年、中国をはじめとする貿易相手国に対して再び関税を発動した。その目的は、国内生産者の競争力を高め新たな雇用を創出することにあったとみられる。米国はおよそ2,830億米ドル相当の輸入品に10~50%の関税を課した。貿易相手国は報復として、米国からの輸入品およそ1,210億米ドル分に対し平均16%の関税を課した。アミティ氏らの研究(2019年)によると、米国の関税に伴うコストをほぼ全額負担することになったのは米国の企業および消費者で、その規模は追加の税金コストとして毎月30億米ドル、さらに効率面での死重損失として毎月14億米ドルに上り、また製造コストも平均で1%上昇した2。
ファイゲルバウム氏らによる別の研究(2019年)では、米国の企業および家計(輸入品の消費者)の損失はGDPの0.27%に相当する約510億米ドルと推定された3。関税によるもう1つの意図せざる結果は、全体として米国で新規雇用を創出するに至らなかったことである。オーター氏らの研究(2024年)によると、貿易戦争は米国で新たに保護されたセクターにおいて雇用の増加も減少ももたらさなかった。また、貿易相手国の報復関税は農業分野の雇用に明らかにマイナスの影響を及ぼし、農業への補助金もそれを部分的に軽減する効果しかなかった4。
関税が意図した通り外国の輸出企業に関税賦課前の輸出価格を引き下げさせるのに奏功した分野の1つは、鉄鋼業であった。このコストを負担することになったのは、EU(欧州連合)や韓国、日本といった米国の貿易相手国であった(アミティ氏らによる2020年の研究より)。しかし、海外の競合企業が世界の鉄鋼生産において優位を維持したため、関税は米国の鉄鋼業界にとってあまり追い風とはならず、米国経済全体の実質成長率が3%であったのに対し鉄鋼業界の利益成長率は2%にとどまった。したがって、関税により米国の鉄鋼業界で新たな雇用を創出するという試みは概ね失敗に終わったと言える5。
アミティ氏らの同じ研究では、貿易障壁の影響を完全に測定するにあたって当時の景気指標や収入指標に頼ることに対し、注意を促している。同研究によると、2018年の「アメリカ・ファースト」貿易関税によるインフレへの影響を消費者が実感した時には、同関税の発動から1年以上が経過していた。下のチャート1は、世界貿易における先行き不透明感と世界のインフレ動向とのあいだにタイムラグがあることを示している。実際、世界のインフレにおいて「最後の1マイル」を克服するのは難しいようで、多くの国では、物価上昇率を6~8%以上の水準から引き下げた後も、インフレが2~4%の範囲内にとどまっている(チャート2参照)。これらの研究は、米国の貿易障壁が過去にもたらした影響と有効性について貴重な知見を与えてくれるが、それによると同障壁は、当初の意図に反し、自国の消費者および企業に悪影響をもたらしてきたように見受けられる。
日本にとっては直接・間接両方の影響がある
米国が幅広い貿易相手国を対象として全面的な関税を発動すれば、日本は間違いなくその影響を受けるだろう。2011年の東日本大震災と津波を受けて原子力発電所の原子炉が停止し、海外からの燃料輸入への依存度が高まって以来、日本の貿易収支は黒字と赤字のあいだを行ったり来たりしている。しかし、日本の月次の二国間貿易収支における対米黒字は、他の貿易相手国との月次総合貿易収支における赤字を上回ることが多い。これは、日本の対米黒字に大きな混乱が生じれば貿易収支が赤字に転じる頻度が高くなることを示唆している。
貿易は日本の国際収支にとって重要であるが、投資はなお一層重要な役割を果たしている。チャート5を見るとわかる通り、近年の日本では投資所得が貿易収支を凌駕している。これには直接投資所得(国内企業の海外設備投資における利益など)とポートフォリオ投資所得(海外証券投資における利益など)の両方が含まれる。日本だけでなく米国にとっても重要なのは、これらの投資における期待収益が、当該投資所得が再投資されるか本国回帰するかを左右するということだ。
円安は、日本の消費者や輸入企業に輸入コストの上昇をもたらしたものの、ポートフォリオ投資家には特に過去2年において大きなリターンをもたらした。チャート6が示すように、60%をグローバル株式(MSCI ACWIインデックス)、40%を7~10年物米国債に投資したポートフォリオは、ドル・ベースでも、外貨エクスポージャーを1年物スワップで円にヘッジした場合でも、十分なリターンを提供したであろう。しかし、外貨エクスポージャーをヘッジせず為替差益をスポット・レートで反映させた場合、そのリターンは2024年3月期末時点で年間50%弱と、かなり大きなものになったとみられる。米国が輸出競争力の回復を図ろうとドル安を促す可能性があるなら、これは日本の投資家にとって為替差益による追加リターンを少なくともある程度は確保しようとするインセンティブになるはずだ。
政策によって日本を米国の関税障壁から守るには
日本は米国の関税の主なターゲットではない模様だが、日本の国内経済は非常に重要な転換期にあり、過去30年にわたる景気停滞を経てデフレを脱却した正常状態を徐々に回復し続けている。この転換期において、米国経済の実質成長が大きな打撃に見舞われれば、貿易収支を通じて直接的に、あるいは所得収支を通じて間接的に、大きな阻害要因となる可能性がある。とはいえ、日本には直接・間接的影響から自国を守ることができる選択肢があり、その大半は政策面の選択肢である。そのような選択肢6つを以下に概説する。
1. 原発再稼働は燃料輸入への依存度低下を通じて純輸出を増加させるカギとなり得る
先に述べたように、2011年の福島原発事故とそれに続く原子炉の停止は、日本の対外貿易収支に大きな影響を与えた。したがって、貿易黒字の減少から日本を守る方法の1つは、原子炉を再稼働させることである。実際、燃料輸入への依存度を低下させられれば、米国の関税による直接的なリスクよりも大きな違いを貿易収支にもたらし得る。2024年に日本エネルギー経済研究所(IEEJ)は、原発を1基稼働させれば、燃料輸入支出を0.1%削減しエネルギー自給率を0.8%向上させられると試算している。さらに他の原子炉を稼働させれば、貿易障壁の影響を相殺するとともに予期せぬドル高から自国を守ることができるかもしれない。
2. 金融緩和の段階的縮小
日本銀行は、金融緩和を縮小し金融政策を正常化するにあたり「敢えて利上げを遅らせる」ことを公約しているが、その目的はインフレを目標の2%前後に維持することにある。この理由から考えると、日銀の緩やかながら持続的な政策正常化アプローチは妥当であるように見受けられる。日銀が緩やかな利上げ路線を維持するのに必要となるのが、実質賃金の持続的上昇と消費支出の継続的拡大である。これらの要因によって内需によるバッファーを構築することができる。
3. 貯蓄から投資への資金シフトによるバッファーの構築
株式市場のボラティリティは2024年半ばに再び高まったが、米国の景気拡大の継続が疑問視されていることもあり、これが一時的な現象とは考えにくい。日本の株価指数の変動が激しさを増しているのは、日経平均株価に占めるテクノロジー関連企業の割合が高いことだけでなく、取引高の多くを外国人投資家が占めていることも影響している。外国人投資家は「キャリー・トレード」を活用し、株価の上昇とかつてないほど割安になった円での資金調達から同時に利益を得ている。
しかし、日本の投資家が税制優遇措置を利用して(新NISAの非課税投資制度を通じ)貯蓄を金融市場へとシフトさせているなか、日本株における外国人投資家の保有比率は徐々にではあるが確実に低下している。長期保有型の投資が次第に増えても、投資家よりもトレーダーが支配的な高ボラティリティ環境下で株価の下落を防ぐことはできない。とはいえ、ボラティリティの高い相場が国内投資家に安値で買える機会をもたらすのも確かだ。チャート7は、新NISA施行後、2023年から2024年にかけて家計の資金がすでに貯蓄から投資へシフトしていることを示している。政策による取り組みとファンダメンタルズの改善によって国内資産への長期投資が継続的に促進されれば(そして海外投資がコア投資ではなくポートフォリオ分散の一環として行われるようになれば)、日本は米国需要の変動だけでなく(日本の輸出への需要に対する海外投資家心理など)二次的効果の変動に対してもバッファーを拡大させることができるかもしれない。
4. 日本の投資家は円安の恩恵を一部確定できる
年金基金や保険会社、地方銀行などの日本の投資家は、程度の差こそあれ、円安の恩恵を受けている。その恩恵が最も大きかった投資家が迫られている重要な選択は、投資の為替差益について少なくとも一部を確定するか否かだ。先にも指摘したように、今こそ、海外資産、特にインフレに弱い資産(債券など)で得た円安による利益の一部を、国内資産(特に株式)に再配分して本国回帰させるタイミングかもしれない。そのような動きは、構造的リフレに貢献すると同時にその恩恵も受けるだろう。
5. ガバナンス:改善傾向を継続
日本株のバリュエーションは、名目GDP成長率のプラス回復だけでなく、投資家への情報開示の改善とリスクに対するリターンの向上も追い風となっている。以前のレポート「日本のリスクプレミアムの重要な改善」で強調した通り、好調な企業収益、株主還元の向上、妥当なバリュエーションはいずれも、日本の株式リスクプレミアムを再び対米国で競争力のあるものにする役割を果たした。コーポレート・ガバナンスを重視し続けることは、政府にとっても株式取引所にとっても重要である。同時に企業は、情報開示の継続や株主還元の拡大、株式持ち合いの解消など、国内株式のリターン、延いては投資魅力を高めると想定されるポリシーを継続していく必要がある。そうすることで、引き続き国内投資家から資金を呼び込むことができる。
6. 消費を再び(かつて以上に)経済の推進力に
実質所得の増加が恒久的なものになり得るとの期待を追い風に、実質賃金の上昇が国内消費の拡大につながれば、日銀は成長の「好循環」を達成できたと勝利宣言を行うことができる。これが意味するのは、日本の経済成長が(日銀が0.6%程度と推定している)潜在成長率を上回るにあたり、消費がより重要な役割を果たしているということだ。消費者が実質所得の着実な増加を期待できるようにするには、賃金の上昇だけでなく、円安によって加速してきたインフレの抑制も必要である。政府がプライマリー・バランス(基礎的財政収支)の黒字化達成という日本の長期的コミットメントを損なうことなく講じ得る手段としては、(所得税控除枠の引き上げなど)緩やかな財政調整が有効かもしれない。政府から独立している日銀としては、緩和的金融環境を維持しながらインフレ期待を抑制し続けるという微妙なバランスの政策運営が求められる。
1クリス・ジェームス・ミッチェナー、ケビン・ヒョルツホイ・オルーク、カーステン・ワンドシュナイダー共著(2022年)「The Smoot-Hawley Trade War」(エコノミック・ジャーナル132巻647号、2500~2533ページ)
2メアリー・アミティ、スティーブン・J・レディング、デイビッド・ワインスタイン共著(2019年)「The Impact of the 2018 Trade War on U.S. Prices and Welfare」(全米経済研究所の研究論文25672号)
3パブロ・D・ファイゲルバウム、ピネロピ・K・ゴールドバーグ、パトリック・J・ケネディー、アミット・K・カンデルワル共著(2019年)「The Return to Protectionism」(全米経済研究所の研究論文25638号)
4デイビッド・オーター、アン・ベック、デイビッド・ドム、ゴードン・H・ハンソン共著(2024年)「Help for the Heartland? The Employment and Electoral Effects of the Trump Tariffs in the United States」(全米経済研究所の研究論文32082号)
5メアリー・アミティ、スティーブン・J・レディング、デイビッド・ワインスタイン共著(2020年)「Who’s Paying for the US Tariffs? A Longer-Term Perspective」(AEAペーパーズ・アンド・プロシーディングス誌110巻、541~546ページ)
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