当レポートは、英語による2025年1月27日発行の英語レポート「BOJ hikes amid trade uncertainty: focus on AI’s indirect role in risk reduction」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。


日銀は1月24日に翌日物金利を0.25%引き上げた。これは予想通りの結果であり、金融市場は織り込み済みであった。今回の利上げによって無担保コールレートは0.50%と2008年以来の高水準に達した。また、2024年に日銀が金融政策引き締めに転換してから3回目の利上げとなり、合計利上げ幅は世界金融危機以降で最も大きいものとなっている。今回の決定は全会一致ではなく、政策委員会の中村豊明審議委員は企業の収益力の上昇を確認した後での利上げを支持し、反対票を投じた。一方、政策決定会合後の記者会見において植田和男日銀総裁は、12月のコアCPI上昇率が3%に加速したことを含め、最近の経済情勢を踏まえると、景気は概ね日銀の経済・物価見通しに沿って推移していると政策委員の大多数が判断したと示唆した。こうした経済・物価動向は、過去の会合で示された、金利正常化に向けて徐々にではあるが追加利上げを実施していくための条件を満たしている。

金利は引き続き緩和的な水準、実質賃金はプラス圏に戻る

植田総裁が記者会見で発したメッセージの1つは、金利は依然として緩和的な水準にあり、翌日物金利は0.50%だとまだ「中立的」な水準に達していないというものだった。中立金利について質問された植田総裁は、名目ベースで中立金利は1%から2.5%の間で変動する傾向にあるという過去データを示すだけだった。そうしたなか、市場では2025年内に0.25%利上げがもう1回実施され、政策金利が0.75%に達するとの見方が概ね織り込まれている様子だ。どのような経済においても中立金利は変動する傾向にあるが、以下のチャートが物語るように、実質金利は依然としてマイナス圏にあるだけでなく、日本の実質GDP成長率を大幅に下回り続けている。チャート1は、重要な指標である「r-g」(金利-成長率)の2024年第3四半期時点までの推移を示している。当該指標は、0.25%の追加利上げが実施されればそれまでより上昇するものの、頑なにマイナス圏にとどまるとみられる。

チャート1

日銀による当月の利上げ決定を強力に後押しした要因の1つは、実質賃金上昇率がプラス圏に戻ったことである(チャート2参照)。それに加え、春闘を受けて今年も名目賃金がしっかりと上昇する兆しがみられており、物価動向が良好であれば実質賃金のさらなる上昇に寄与することになるだろう。

チャート2

この先に潜むリスク:これで「中立」に0.25%近づいた

1つ確かであることは、これで翌日物金利が「中立的」な水準に0.25%近づいたということだ。利上げが行われる度に中立に近づいていくことから、「中立的」な金融政策への到達が今年中に実現するにせよ、来年になるにせよ、じきに日銀はデフレ脱却の勝利宣言を検討しなければならなくなるだろう。植田総裁の記者会見での発言のなかで、政府の意味するデフレ脱却にはより時間がかかるだろうが、日銀はデフレに逆戻りする可能性が(ゼロではないものの)「極めて低い」とみており、少なくとも日銀の長期的な物価安定目標であるインフレ率2%の達成という点からすれば、日銀は政府よりもデフレ脱却宣言に近づいていると説明した。金利が「中立的」な水準に達したと明示することに伴うリスクには2つの側面がある。第1に、金利正常化の道のりが終わったと宣言すると、その後の追加利上げは過熱する経済を冷やすための取り組みと受け止められるようになると考えられる。第2に、中立金利の見極めが遅れると、金融引き締めで後手に回るビハインド・ザ・カーブに陥るリスクがあり、将来的にインフレ期待を抑制するためにより打撃の大きい、より大幅な利上げが必要になる可能性がある。

日銀はコアインフレ見通しを上方修正、潜在成長率の推計値を下方修正

注目している点として、日銀は1月に公表した四半期レポート「経済・物価情勢の展望」で、当面のインフレ見通しを上方修正した。2025年度のコアインフレ見通しの中央値は前年比2.1%となり、10月時点の予想値の同1.9%から引き上げられた。その主な要因は、植田総裁によると想定以上に「順調」に進んでいる投入物価指数の上昇であった。また、他の経済指標も日銀の2%物価目標の安定的な達成により近づいている兆しを示しており、実際、インフレ率は総合指数とコア指数ともにほぼ3年間にわたって2%近辺で上下に変動してきている。

それほど明白ではないものの、もう1つの注目すべき日銀の見通しの変化は、GDPの潜在成長率の推計値が小幅に下方修正された点である。植田総裁のその後のコメントによると、これは主に、設備投資が上向いているにもかかわらず労働力の供給不足を受けて、回復しつつある国内の財・サービス需要を十分に満たせていないことが要因である。とはいえ、今回の下方修正はマイナス面ばかりではない。第1に、近い将来に潜在成長率を上回る成長を実現するためのハードルが低くなったことを意味するからである。第2に、そしておそらくより重要な点として、現在投資が進められている省力化技術の導入を含め、技術の進歩によって日本の潜在成長率が高まるかもしれないと日銀はみている。これは、国内の企業や家計、海外貿易相手国が考慮すべき重要なポイントである。

貿易不安は続くものの、最近の動向が示すように喫緊のリスクは低下

2024年12月に日銀が利上げを見送る要因となった海外の経済情勢や市場の先行き不透明感について質問されると、植田総裁は主なリスク要因の1つとして、米国の通商政策と貿易関税引き上げの可能性を挙げた。この先行き不透明要因が消えていないことは明らかであるが、2025年のダボス会議では米国大統領が対中関税引き上げをそれほど強く打ち出さなかったことから、米国は戦略的な行動をとっている可能性があるという印象を与えた。1月16日に発行した当社レポートで指摘した通り、全面的な関税引き上げは米国の消費者や企業に意図した以上の打撃をもたらしかねないという見解に米国が至る可能性もまだ残っている。

この点については、米国の通商政策が大きなショックをもたらすリスクは確かに存在するものの、低下しているという日銀の見方は合理的とみられる。というのも、日本との貿易関係において、米国が考慮すべきことは対日貿易赤字額だけではないからである。日本の対米投資を含め、米国が日本と共有する長期的な戦略的利益は大きい。2023年末時点において日本は米国への投資額が100兆円を超えており、対米直接投資額で首位となっている。

さらに、二国間貿易を通じて日本は米国のテクノロジー産業において極めて重要な役割を果たしている。テクノロジー産業は米国が大規模な投資を行ってきたものの、そのポテンシャルをまだ十分に発揮していない分野だ。現在、米国のテクノロジー産業には同国内屈指の株式時価総額規模の上場企業が集まっている。日本による米国製コンピュータソフトウェアの純購入額(日本の「デジタル赤字」として知られる)をみると、日本が米国の主要な技術を採用しているおかげで、米国が恩恵を受けていることが分かる。年率換算すると日本の対米デジタル赤字は約30億米ドルにのぼり(チャート3参照)、当然ながら今後も拡大し続けるとみられる。

チャート3

前述の通り、日本の潜在成長率は労働力不足を主因として若干の低下を示している。日本企業は引き続き、不足している労働者を引き付けて定着させるために賃金を引き上げ、回復しつつある需要に対応できるように省力化技術への投資を行っている。日銀が言及しているように、そうした投資によって生産性向上を実現する効率化技術の導入に成功すれば、いずれ潜在成長率の上昇をもたらすかもしれない。このことは、省力化技術への投資とその普及が続いていく必要があることを示唆している。チャート4が示す通り、日本の全要素生産性の伸び(10年移動平均ベース)は2010年まで大きく低下して底を付けたが、それ以降は低いながらもプラス圏にとどまっており、伸び率は1%未満で推移している。

チャート4

しかし、チャートをみると分かるが、全要素生産性(TFP)の伸びが1%を下回っているのは日本だけではない。同様に、米国のTFPの伸びは2000年代初頭のITブーム後にピークを付け、それ以降はシリコンバレーの巨大テクノロジー企業がイノベーションを牽引してきているものの低下傾向を辿っている。シリコンバレー以外でも大規模に進められている設備投資によって生産性向上が期待されているものの、米国経済の広範な生産性向上に至っていないことは明らかである。それが決して実現することはないというわけではないが、米国の労働市場の構造など、生産性向上の実現には障害が存在するかもしれない。米国の雇用は景気に敏感であり、また、米国の労働者は仮にAIが人間の労働力に取って代わる場合の永続的な雇用喪失を恐れ、自動化技術の採用に消極的になる可能性がある。

対照的に、先ほど言及した通り、デフレ下の「失われた数十年」から回復しつつある日本では、人口動態の問題や労働力不足によって省力化技術の導入が不可欠となっている。日本は米国よりも人手不足が深刻で、不況下でも人員削減につながりにくい雇用構造のため、省力化技術の普及への障害が少ない。

日本は米国への最大の投資国であるだけでなく、米国が生んだAIなどのソフトウェア技術にとっても最大の顧客となる可能性があると言える。したがって、その技術のポテンシャルを米国経済全体としてはまだ十分に引き出せていない状況にあるなか、米国はこの戦略的重要なパートナーであり同国の技術の消費国である日本に対して、慎重に対応していくことが賢明とみられる。


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