当レポートは、英語による2025年2月17日発行の英語レポート「Did DeepSeek cause an AI paradigm shift?」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。


主なポイント

  • 当社では、DeepSeekによる快挙は既存のトレンド、そしてAIの全般的普及および応用実践の次の段階を加速させるものとみている。
  • 収益化の可能性が最も高いのは、コンテンツ制作、自動運転、ロボティクス、業界特化型SaaSに携わる企業だと思われる。
  • 特定の業種では、収益化だけでなく効率性向上の余地も広がるだろう。
  • 市場では「BAT」として知られる中国のデジタル大手が「FAANG」に代表される米国の同業企業全般に比べて大幅に過小評価されており、バリュエーション面ではおよそ半分の水準となっている。
  • 地政学的緊張とデータ・プライバシーをめぐる懸念は、注視していくべき重要なリスクである。

DeepSeek:AI業界の新興企業

少し前まで、AI(人工知能)という言葉はSF小説の世界でしか見られなかった。カルト映画の名作「ブレードランナー」の原作となったフィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」や、同名映画の製作につながったアイザック・アシモフの「われはロボット」といった作品で大きく取り上げられていた。そして今日、この言葉はデジタル全般の代名詞となっている。自宅の床の埃を丹念に吸い取ってくれるスマート・ロボット掃除機から、投げかける質問にすべて答えてくれるスマートフォンのバーチャル・アシスタントまで、あらゆるものを包含している。

数十億ドル規模のAI産業は、結集することにより日常生活のあらゆる場面で上述のようなAIの応用を急速に普及させてきたが、インフラ整備やAIプログラムのトレーニングには巨額の設備投資と時間が必要だと想定されてきた。しかし、中国の杭州に拠点を置く独立系の小さな研究所が、この常識を打ち破ろうと挑戦している模様だ。起業家リャン・ウェンフェンによって設立されたAIスタートアップ企業のDeepSeekチャットボットは、テクノロジー界を騒然とさせた。DeepSeekは、Microsoftが支援するOpenAIのChatGPTやMetaのLlama、Amazonが支援するAnthropicのClaudeといったAIモデルに勝るとも劣らないパフォーマンスを示している。しかし、本当に驚くべきは、DeepSeekがAIモデルの構築に費やしたと主張している金額が600万米ドル弱(Metaが自社AIモデルに費やした金額のおよそ10分の1)であり、またこの偉業を成し遂げるのにかかった時間がわずか2ヶ月だということだ。

従来は、最適な結果に導きだすようAIモデルをトレーニングするのに、Nvidiaの高価な最先端GPU(「グラフィックス・プロセッシング・ユニット」、画像処理などに必要な演算処理を行う半導体チップ)であるH200またはB200を使用するのが常識とされてきた。しかし、DeepSeekのプログラマーたちは、旧型のGPUであるH800の性能を最大限に利用することで、今回の結果を出すことができたようである。この驚くべき公表はテクノロジー業界に衝撃を与え、これを受けてNvidia、Broadcom、Micronなどの半導体企業は株価が急落した。

当社では、こうした展開は特にコストと効率性の観点からAIモデルのトレーニング方法に変化をもたらし得るとみている。当該分野におけるDeepSeekのイノベーション(革新)によって、(必要な計算能力と時間がより少なくて済む)「混合専門家」(MoE)1アプローチは「報酬システム」2との組み合わせにより(より多くのリソースを必要とする)「思考の連鎖」3推論アプローチと同じくらい有効となることが立証された。

コストが低下すれば参入障壁が下がり、より多くの企業がAI開発に参加してエコシステムの成長ペースを加速させることが可能となる。加えて、DeepSeekのようなオープンソースのAIモデル(プログラムのソースコードが公開されているため一般の利用・改変が可能)が、今や巨大IT企業の自社モデルに勝るとも劣らないパフォーマンスを提供できると証明された。パラメータの規模が相対的に小さいオープンソースの推論モデルを使用する傾向は、今後も続くと考える。結果として、今後は企業と政府の両セクターでAIの採用・導入が拡大すると予想する。AIモデルの効率性・費用対効果の向上というテーマについては、以前のレポート「AIは根本的変化を遂げるか」で触れている。

Nvidiaのような半導体企業は、半導体チップが需要減少に見舞われるのではとの懸念から株価が下落したが、そのような企業を見限るのは時期尚早だと考える。DeepSeekのAIモデル・トレーニングは、古いハードウェアで行われているものの、依然としてNvidiaのGPUとCUDAソフトウェアが使われている。したがって、AIモデルのトレーニング競争が激化し続けるなか、そのような半導体チップに対しては好調な需要を引き続き予想している。

過小評価されている中国のテクノロジー・セクター

当社のみるところ、市場では、BAT(Baidu、Alibaba、Tencent)に代表される中国のテクノロジー・セクターが、FAANG(Facebook、Amazon、Apple、Netflix、Google)に代表される米国の同業界全般に比べて過小評価されてきた可能性がある。DeepSeekのように世界の舞台で優れた競争力を発揮できる中国の新興テクノロジー企業の潜在的価値を市場が認識し始めたのは、ごく最近のことである。バリュエーションで見ると、米国のFAANG企業の株価は中国のBAT企業に比べて約2倍割高な水準にある。

チャート1

一方、BaiduやZhipu、BytedanceのDoubaoといった中国企業がAIモデルをリリースするなか、中国国内市場での競争はすでに激化しつつある。テクノロジー大手のAlibabaは、自社のAIモデルQwenのバージョン2.5について、DeepSeekのAIモデルV3よりも優れていると主張さえしている。当社では、このような開発により、最終的にはユーザーがアプリケーションのモデルを低コストで切り替えられるようになると予想している。その一例として、サンフランシスコを拠点とする会話型検索エンジンの開発企業Perplexityのような国際的企業が、今やDeepSeekのAIモデルを自社のプラットフォームに組み込んで提供し始めている。

このような事象は、生成AIが大規模な設備投資を経て次の開発レベルに移行することの影響について論じた当社レポート「アジア株式市場2025年の見通し」の内容と一致している。

AIの普及拡大における障害

DeepSeekが主張している快挙の観点から見たAI利用の拡大を阻む主な障害は、米中間の地政学的緊張の激化である。世界の2大経済大国間におけるテクノロジーの軍拡競争は、AIの応用を世界的普及の最前線へと推進するエコシステム構築の進展を確実に妨げるだろう。すでにニュースでは、対中輸出規制にもかかわらずDeepSeekがなぜNvidia製のAIチップを調達できたのかを米国当局が調査しているとか、国家安全保障上の懸念から米国政府職員はDeepSeekの使用を禁止されたと報じられている。

米国がAIチップやAI技術の中国への流出を食い止めるべく輸出規制をさらに強化した場合、現在のところ中国の国内供給では不足分を補うことができないため、中国におけるAIモデルのトレーニングのスピードには今後影響が出るものと考える。したがって、中国がAI分野で前進を続けるためには、半導体チップの自給が引き続き優先事項になるとみている。

データ・プライバシーも重大な懸念事項である。AIがインターネットのあらゆる面に組み込まれるようになれば、そのようなシステムのデータ集約的性質から考えて、ユーザーがオンラインで収集されることを許可する個人情報の規制はさらに困難になる。

それから、AIモデルのトレーニングに使われたデータの不正確性や偏向性により、生成AIチャットボットが誤解を招くような情報やまったく誤った情報を作り出すという、AI「ハルシネーション」の問題もある。この問題は、コンピューター・サイエンス入門編の古くからの格言である「ゴミを入れてもゴミしか生まれない」(インプットするデータの質が悪ければ返されるアウトプットも質の悪いものになる、の意)を反映している。しかし、AI技術が成熟するにつれ、データの改善やアーキテクチャの向上、学習の強化、ガードレール・フィルターによってユーザー体験が改善していることから、当該リスクは後退しつつある。

最後に、最大の疑問として、AIをどのように収益化して企業のビジネス上の難問に対処できるようにするかという問題がある。当社では、AIモデルの普及拡大から最も恩恵を受けやすいのは、コンテンツ制作、自動運転、ロボティクス、業界特化型SaaS(サービスとしてのソフトウェア)に携わる企業だとみている。収益化の問題だけでなく、自動化やロボティクス、在庫管理、サイバーセキュリティ、ターゲティング広告といった分野でのAIによる効率性向上は、大企業の経営者にとって無視できない大きなメリットだ。当社では、底堅く持続可能な利益がもたらされる可能性が最も高いのは上述した分野だとみている。

AIの本格稼働

AIの応用は息をのむほどのスピードで日常生活の一部となりつつあり、DeepSeekの明らかな快挙はこの分野における避けられない根本的変化を加速させているにすぎない。当社では、このような快挙こそが持続可能な長期的利益に必要な主要素であると確信している。

また当社は、ジェボンズのパラドックス(技術進歩によって資源の利用効率が上がると、その資源の全体消費量は減るどころかむしろ増えるという経済理論)についても固く信じている。実例として、燃費効率の向上を受けて車を運転する人が増え、結果として世界の総燃料消費量は増加した。同じような現象は産業革命の際にも見られ、蒸気機関の効率性が向上しても石炭の消費量は減らず、石炭需要は大幅に増えることになった。AI産業も同様のパターンをたどる可能性が高く、AI応用の長期的需要はさらに拡大すると考える。


個別銘柄への言及は例示のみを目的としており、当該戦略で運用するポートフォリオでの保有継続を保証するものではなく、また売買を推奨するものでもありません。



1AIモデルを個別のサブネットワーク(「専門家」)に分割する機械学習アプローチ。

2AIアルゴリズムの行動に対して報酬や罰を与えることで意思決定を行うようトレーニングする方法。

3モデルが複雑な問題を個別に解決しやすいより単純なステップに分解できるようにするアプローチ。


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