本稿は2025年5月23日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
投資適格債発行市場に再び動きが出てきたことは、市場のセンチメントや価格発見機能に好影響
サマリー
- 当月は、ドナルド・トランプ米大統領の経済政策を受けて債券市場に警戒感が広がり、米国債市場のボラティリティが高まった。月末の利回り水準は2年物の指標銘柄で前月末比0.28%低下の3.61%、10年物の指標銘柄で同0.04%低下の4.16%となった。
- アジア域内では、インド、タイ、フィリピンの中央銀行が米国の関税の影響に備えるべく利下げを実施した。また、域内のインフレ圧力は3月も和らいだ。
- 当社では、2025年のアジアの現地通貨建て国債市場は、インフレの落ち着きや経済成長の鈍化を受けた各国中央銀行の緩和的な姿勢が追い風となり、良好に推移するとの見方を維持している。域内では、マレーシア、インド、インドネシア、フィリピンといった利回りが高めの債券への投資意欲が、域内の他の債券市場と比べて引き続き旺盛になるだろう。
- 4月のアジア・クレジット市場は、米国債利回りの低下が信用スプレッドの拡大による影響を緩和して、前月末比で小幅に下落した(-0.03%)。格付け別では、投資適格債はスプレッドが0.11%拡大したものの月間リターンは0.25%となり、ハイイールド債をアウトパフォームした。ハイイールド債はスプレッドが0.46%拡大して月間リターンが-1.69%となった。
- 米国の経済成長や米FRB(連邦準備制度理事会)の金融政策が見通しづらい状況にある一方、大半のアジア諸国はボラティリティの上昇局面を迎えるなかでも、外部環境、財政、内需が比較的良好な状況にある。当社では、これらの要因が、今後見込まれる逆風の影響を十分に吸収するとみている。足元のように厳しさが増すなかでも、引き続き良好なマクロ経済情勢を背景に、関税上の脅威や地政学的動向の影響を受ける可能性がある一部のセクターや個別のクレジットを除き、アジアの企業や銀行の信用ファンダメンタルズは底堅さを維持するだろう。
アジア諸国の金利と通貨
市場環境
疑問視される安全な逃避先資産としての米国債の地位
当月の米国債市場は、トランプ米大統領が強硬的な貿易政策を発表し、金融市場に大きなストレスがかかったことを受けてボラティリティが高まった。また、同大統領が「債券市場を注視していた」と述べたことが報じられた。投資家も当月の債券市場の動向を注視した。月初は、「解放の日」と称される相互関税発表の日に、市場予想を大幅に上回る追加関税が示され、中国が報復措置を取るなか、安全な逃避先とされる資産の需要が大幅に高まり、利回りは大きく低下した。その後、米国債のイールドカーブは長期部分が大きな動きを見せて、大幅にベアスティープ化した。こうした動きは、関税が延期される可能性があるとの観測やインフレの大幅な上昇に対する懸念の再燃によって促進され、ストレス時に安全な避難先資産となってきた米国債のこれまでの地位が疑問視されることとなった。しかし、中国以外の国々に対する相互関税の90日間の発動延期が確認されたことで市場は落ち着きを取り戻し、パニックが収まるにつれて利回りは戻した。月末の利回り水準は、2年物の指標銘柄で前月末比0.28%低下の3.61%、10年物の指標銘柄で同0.04%低下の4.16%となった。
チャート1:アジア現地通貨建て債券のリターン
信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメント アジア リミテッドが作成
(注)リターンはMarkit iBoxxアジア・ローカル・ボンド・インデックス(ALBI)およびその各国インデックスに基づく。各国インデックスの債券のリターンは現地通貨ベース、各国インデックスの通貨とALBIのリターンは米ドル・ベース。グラフ・データは過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。
アジアの中央銀行は利下げ、3月の物価上昇ペースは総じて減速
トランプ大統領の広範な関税措置によるさらなる不確実性に備えるべく、アジアの複数の中央銀行は4月に利下げを実施した。インドの中央銀行は政策金利を6.25%から6.00%に引き下げ、2026年度(2025年4月~2026年3月)のGDP成長率およびインフレ率の見通しを下方修正した。インドの3月のCPI(消費者物価指数)上昇率は、食品価格の上昇鈍化を受けて前年同月比3.34%となり、2月の同3.61%から減速して市場予想を下回った。インドの中央銀行の委員会は、利下げの実施に加えて政策姿勢を中立的から緩和的へとシフトした。これは実質的に、同中銀が追加利下げの意向を足元で強めていることを意味する。
同様に、タイの中央銀行は、経済成長のペースが予想を下回っていることに加え、世界的な貿易政策の不透明感による下振れリスクの高まりや観光客数の減少を理由に政策金利を0.25%引き下げ1.75%とした。タイの3月の総合CPI上昇率は原油価格の下落などを受けて前年同月比0.84%と、2月の同1.08%から鈍化し、中央銀行の目標を下回った。また、フィリピンの中央銀行も政策金利を0.25%引き下げて5.5%とした。同中銀はインフレ圧力の緩和を理由に、「より緩和的な金融政策スタンスにシフト」するとした。フィリピンの3月の総合インフレ率は、食品および非アルコール飲料価格の上昇鈍化を受けて前年同月比1.8%と、2月の同2.1%から減速した。シンガポールのMAS(金融金融庁)は、シンガポールドル名目実効為替レートの政策バンドの傾斜をやや緩やかに再調整した。
今後の見通し
キャリー水準が高めの債券を引き続き選好
アジアの現地通貨建て国債市場は、インフレの落ち着きや経済成長の鈍化を受けた各国中央銀行の緩和的な姿勢が追い風となり、好調に推移していくとの見方を維持している。米国の関税が景気にさらなる影響をもたらすかもしれないとの懸念は、アジア諸国の債券市場にとって一段の下支え要因になるとみられる。
域内では、マレーシア、インド、インドネシア、フィリピンといった利回りが高めの債券への需要が、域内の他の債券市場と比べて引き続き底堅く推移するだろう。また、インドやインドネシア、フィリピンでは中央銀行が2025年に追加金融緩和を実施すると予想しており、国債利回りがさらに低下する可能性がある。
トランプ政権にまつわる先行き不透明感が根強いなか、当面はアジア通貨全般に対して慎重な見方を維持している。しかし、域内の強い経済ファンダメンタルズがその影響を緩和するとみており、なかでもマレーシアリンギットに対して引き続き明るい見方をしている。
アジアのクレジット市場
市場環境
4月はリスクセンチメントに伴って信用スプレッドが変動
クレジット市場も4月にボラティリティが高まった。4月のアジア・クレジット市場は、米国債利回りの低下が信用スプレッドの拡大による影響を緩和して、前月末比ほぼ横ばいのリターン(-0.03%)となった。格付け別では、投資適格債はスプレッドが0.11%拡大したものの月間リターンは0.25%となり、ハイイールド債をアウトパフォームした。ハイイールド債はスプレッドが約0.46%拡大して月間リターンは-1.69%となった。
4月のアジア・クレジット市場の主な材料となったのは、やはりトランプ政権下の予測不可能な政策環境であった。月初は、景気後退懸念や「解放の日」に発表された関税引き上げを受けてリスクオフの様相となり、スプレッドが大幅に拡大した。中国の報復関税や不屈の姿勢が市場の懸念を増幅させた。米国政府が中国以外の国々に対して相互関税の発動を90日間延期することを発表すると市場センチメントは改善し、リスク資産は上昇した。その後は、米国と中国の関税一部除外の発表などが追い風となり、ハイイールド債分野を中心に一段と上昇をみせた。
このように混乱した1ヵ月となるなか、想定通り中国の政治局は4月末の会合の機会を捉えて、不安に陥っている市場関係者に安心感をもたらした。政策決定機関は、米国の関税の影響を和らげるべく成長支援策へのコミットメントを再確認した。これらには、利下げの可能性や銀行の預金準備率の引き下げ、技術革新、輸出、国内消費を支援する広範な財政・金融措置などがある。また、関税によって大きな打撃を受ける企業に対し、雇用を維持するための金融支援も提案された。
一方、韓国では、憲法裁判所が尹錫悦元大統領の弾劾は妥当だと判断し、6月に選挙が実施されることとなり、政治が安定する可能性が示された。
マクロ経済情勢が変化するなか、格付け機関フィッチ・レーティングスは財政悪化を理由に、中国のソブリン格付けを「A+」から「A」に引き下げた。一方、フィリピンの格付けについては「BBB」に据え置き、見通しを安定的とした。4月末の信用スプレッドは、中国とインドネシアを除く大半の主要国で拡大した(前月末比ベース)。
4月の発行市場は閑散
発行市場の活動は3月に活発となったのち、4月はボラティリティの高まりやマクロ経済の不透明感の広がりなどを受けて急速に鈍化した。月中に、投資適格債分野の新規発行は計7件(総額35億米ドル)にとどまり、またハイイールド債は新規発行が行われなかった。
チャート2:過去1年のアジア・クレジット市場のパフォーマンス
信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントアジアリミテッドが作成
(期間)2024年4月末~2025年4月末
(注)JPモルガンアジア・クレジット・インデックス(JACI)(米ドル・ベース)を、2024年4月末を100として指数化。グラフ・データは過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。
今後の見通し
スプレッドのバリュエーション改善、信用ファンダメンタルズ面の追い風、良好な需給動向が中長期的にアジアのクレジット市場を下支え
貿易や関税をめぐって先行き不透明感が強まっており、加えて米国の経済成長やFRBの金融政策も見通しづらい状況にあることから、外需やアジア各国のマクロ経済のファンダメンタルズは当面ある程度の逆風に晒されるとみられる。インドネシアでは財政政策の転換が見込まれるなど、一部の国における動向も注視していく必要がある。しかし、アジア諸国の大半はこうしたボラティリティ上昇局面を迎えるなかでも、外部環境、財政、内需が比較的良好な状況にあり、この先の逆風の影響を十分に吸収することができるとみられる。
中国当局は、国内の消費や投資を後押しするとともに株式市場や不動産市場を安定化させるべく、財政政策やセクターに特化した政策の導入を引き続き進めている。さらに、アジア各国の中央銀行の大半は、内需を下支えするための金融政策の緩和余地が一定程度ある。厳しさが増すなかでも、引き続き良好なマクロ経済情勢を背景に、関税上の脅威や地政学的動向の影響を受ける可能性がある一部のセクターや個別のクレジットを除き、アジアの企業や銀行の信用ファンダメンタルズは底堅さを維持すると予想している。
4月後半にかけてアジアの投資適格債発行市場に再び動きが出てきたことは、市場のセンチメントや価格発見機能に好影響をもたらしている。しかし、通年でみると、アジアのクレジット市場における新発債の総供給量と正味供給量は落ち着いた水準にとどまるとの見方に変わりはない。また、アジア域内の投資家からの需要は堅調さを維持すると予想している。ボラティリティは高止まりする見通しであるものの、関税を巡る発言において強硬姿勢が和らいでいるほか、米国がインドや日本、韓国などアジアの複数の主要貿易相手国と暫定的な通商協定の締結に至りそうな兆しが見られ始めているなど、4月に比べると投資家心理が改善しやすい環境になるとみられる。また、長期にわたって縮小傾向を辿ってきたアジア・クレジットの信用スプレッドはここ2ヵ月で拡大しており、より魅力的な投資機会がもたらされている。信用スプレッドの水準が改善し、信用ファンダメンタルズが引き続き追い風になっていることに加えて、需給動向も良好であることなどが、中長期的にアジアのクレジット市場のパフォーマンスを下支えするだろう。
当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。