当レポートは、英語による2025年5月22日発行の英語レポート「Trump’s first 100 days: a new economic regime takes shape」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

世界に不透明感をもたらした関税

トランプ米大統領の2期目が始まってから、節目となる100日が過ぎた。同大統領のこれまでに起こした最も重要なアクションは、4月2日に発表した世界的な関税だ。同大統領が「解放の日」と称したこの日、世界的な供給ショックが起こるのではとの懸念から市場は大幅に下落したが、その後90日間の関税発動停止が発表されると、世界の株価指数は回復し前月末とほぼ同じ水準で月を終えた。

この関税発動の一時停止によって、米政権には最も近しい同盟国と交渉を行う時間的猶予ができるだろうが、5月末までに特に韓国や日本といった国々とのあいだで有意義な進展がなければ、行き詰まりが長引くサインとなるかもしれない。そうなれば、これは単なる短期的な交渉戦術ではなくより長期的な貿易摩擦の始まりであるとの懸念が強まるだろう。したがって、4月にパニック売りを避けた投資家は比較的無傷で済んだかもしれないものの、関税ショックは株式市場のリスクプレミアムが世界的に上昇することを引き続き正当化している。

米国経済は依然主要な懸念材料

世界がサプライチェーンの深刻な混乱に直面するのは、これが初めてではない。しかし、例えばコロナ禍の時とは異なり、今回のショックは外的要因ではなく、貿易政策に対するトランプ大統領の特異なアプローチによって米国が自ら引き起こしたものである。その影響はすでに米国経済に波及し始めており、物流データによれば中国から米国への物品輸送は大幅に減少しており、またコンテナの予約は1年前に比べて大きく落ち込んでいる。中国製品の主な入港地であるロサンゼルス港は、5月上旬の入港貨物量が3分の1ほど減少すると見込んでいる。航空貨物の予約も減少しており、貨物データ分析会社のVizionによると、中国から米国への輸出に向けた標準的な20フィート・コンテナの予約は、4月中旬までに前年同期比で45%減少した。国際商業会議所のジョン・デントン氏が指摘するように、多くの企業は、米国と中国が協定合意に達することができるかどうかを見極めるまで、判断を先延ばしにしている。

今後も鍵となるのは米中関係

昨年のレポートで述べたように、トランプ大統領の関税アプローチは中国を最大のターゲットにしている。しかし、政局の逆風を受けて、同大統領は本人が望むよりも融和的なアプローチを取らざるを得なくなるかもしれない。2026年11月に中間選挙を控えて、共和党は対同盟国で手早い成果を上げ、願わくは同選挙までに株式市場を最高値に導く必要がある。もちろん、中国の習近平国家主席はそのような政治的圧力には晒されていない。関税戦略はエコノミストが「分離均衡」と呼ぶ状況を作り出すことを目的としている模様で、同盟国を米国側につかせて中国を孤立させながら中国の反応を試している。トランプ大統領のアプローチは習近平国家主席に面子を保てる余地をほぼ与えないもので、実質的に中国政府は報復措置を取ることを余儀なくされている。このように歩み寄りの余地が殆どないことから、膠着状態の長引くリスクが高まっており、経済指標の発表を受けて圧力が強まっている。

今後を見通すと、5月末までに供給混乱の具体的な証拠がさらに示され、その後まもなく発表される経済指標は厳しさを増すと予想している。注目すべきはインフレ面での潜在的な影響だ。当社の推定では、約4,250億米ドルの貿易額と(最終的な落ち着き先となり得る)50%前後の関税率に基づくと、相殺効果がないと仮定した場合、米国のインフレ率への直接的な影響は1ポイント程度になる。輸出入企業によるコスト吸収の度合いによって、実際の影響は0.3~0.7%といったところだろう。つまり、貿易戦争の経済的な影響はすでに顕在化しつつある。貿易戦争が長引けば長引くほど、米国景気の足かせとなるリスク、そして米FRB(連邦準備制度理事会)にとってインフレ期待の管理が難しくなるリスクが高まる。

脅威に晒されるFRBの公平性:パウエルの解任は近いのか

トランプ大統領は2期目の就任序盤から、パウエルFRB議長を任期満了前に解任できる法的理由を模索している様子であり、正当な理由を示すことなく解任が可能なことを示唆している。このところ、公にはパウエル議長に対する姿勢を軟化させている同大統領だが、FRBの今後の独立性については疑問が残る。

この問題の核となるのは、6月に判決が予想されている最高裁の「ウィルキンス対アメリカ合衆国」訴訟である。この訴訟は、大統領が独立機関の責任者を正当な理由なく解任できる権限を制限する1935年の「ハンフリーの遺言執行者」の判例を、事実上覆す可能性がある。最高裁がトランプ政権側につくなら、FRB議長を政治の干渉から守る重要な法的保護が剥奪されるかもしれない。仮に裁判所の判決がより限定的なものになったとしても、同判例は弱体化し独立機関に対する大統領のコントロールの強化が進む可能性がある。最も極端な結果となれば、トランプ大統領はパウエル議長や他の機関のトップを一存で解任できる権限を持つことになる。そのような動きは、FRBの機関としての健全性を損ない、(政治主導の金融政策が経済不安の一因となっている)トルコで見られているような中央銀行の独立性の崩壊に似た状況を招くだろう。

パウエル議長の現在の任期は2026年5月までで、再任される可能性は低く、後任はそのかなり前に発表されるとみられる。トランプ大統領は、自身の政策に追い風となるような積極的な利下げ意向の強いハト派候補を指名するとみられる。これによって、FRBは難しい状況に立たされることになる。金融緩和を求める政治的圧力が強まったとしても、FRBはインフレ再燃リスクを引き続き警戒していかなければならないからだ。時期尚早な、あるいは政治的動機に基づく政策転換は、金融政策の失策がインフレ・スパイラルを招いた1970年代の過ちを繰り返すことになりかねない。当面FRBは、この不透明感を受けて、インフレ動向と政局がともにより明確になるのを待ちながら、足元の金利据え置きの長期化を余儀なくされるかもしれない。

関税関連のリスクプレミアムはすでに織り込み済みか

債券市場では、関税関連のリスクプレミアムがすでにある程度米国金利のイールドカーブの長期ゾーンに織り込まれている。しかし、米国の長期債利回りを他の先進国の長期債利回りと比較すると、相対価値での魅力度が増し始めているのがわかる。「債券自警団」(政策当局による財政・金融運営の規律が緩みインフレ懸念が出てきた際、市場が国債などを売り浴びせ金利の上昇という警告を発する動き)とよく呼ばれるグローバル債券市場の懐疑的行動にも限界がある。

いずれ市場では、関税関連のインフレ・リスクを十分に埋め合わせるだけの投資機会が提供されていることが認識されるだろう。そうなった際、米国の長期債は、その利回りプレミアムだけでなく、経済成長が鈍化し得る環境で一定のプロテクションを提供する特性から、需要が高まり始めるかもしれない。ECB(欧州中央銀行)が緩和路線を続けていることから、米国・欧州間の長期金利格差は当面さらに拡大する可能性が高い。この乖離によって、特に米国債利回りに織り込まれたリスクプレミアムの魅力度が増すのに伴い、米国の長期債を選好すべきとの見方が裏付けられる。

ドルに対する下落圧力

4月はクレジット市場も弱含んだが、より差し迫った懸念は米ドルである。ドル指数は月中、3年ぶりの水準まで下落したが、現在の米ドルは、他国との金利差を考慮してもテクニカル的に売られ過ぎの様相を呈している。ファンダメンタルズ面では、米国には貿易赤字を削減するためにドル安を維持したいインセンティブがあるとみられる。

我々が目の当たりにしているのは、新たな経済体制の台頭である。これまで、為替の動きは金利差に大きく左右されてきた。しかし、トランプ大統領の政策の下ではドライバーが変わりつつある模様で、貿易動向と政治戦略が為替相場で中心的な役割を果たすようになりつつある。この新たな環境下では、ドルに対する下落圧力が続くと予想する。当社では経済指標の低迷がまもなく顕在化するとみており、そうなればドル安傾向はさらに強まり得る。また、FRBは次回6月の会合で金融政策の緩和を行う可能性が高いとみているが、現在のところ市場はこれを50%程度しか織り込んでいない。

ボラティリティについて

4月の初めに見られた市場ボラティリティの急上昇は、多くの投資家を不安にさせた。現在の市場では、リスクプレミアムは20年前と比べてはるかに迅速に織り込まれるようになっており、米国株式市場のボラティリティを示すVIX指数は、「解放の日」を受けて一時的に50を超える急上昇を見せた。このような水準は稀であり、通常は短期間しか続かない。世界金融危機やコロナ禍の初期にも同じような急上昇が起こったが、同指数が50を超えるようなボラティリティは従来持続しない傾向がある。「ボラティリティ売り」の魅力度が増す環境になれば、同指数はすぐに低下する。今回もこのパターンが再び起こっているようだ。

当初、株式市場の下落は「解放の日」の発表後まもなく底を打ったように見受けられたが、これはコロナ禍が始まった2020年3月に底打ちしたのとある意味似ている。当時、バリュエーションは予想ベースのPERで約16倍まで低下した。今回は、約19倍までの低下にとどまっており、またクレジット市場の混乱ははるかに小さい。マクロ面のリスクは残っているものの、現在の状況はまだシステミックな危機を示唆するものにはなっていない。

市場ポジショニングの観点からは、今や最悪期は脱したと言えるかもしれない。次に何が起こるかは、米国政府による同盟国、そしてさらに中国との貿易交渉のペースや方向性に依るところが大きい。最終的には、米中双方がどこまで譲歩するかにもよるが、米中関税は2桁台半ばに落ち着くと予想している。重要なのは、習近平国家主席が面子を保てるよう、トランプ大統領が少なくとも象徴となるような譲歩を示す必要があるということだ。それがなければ、持続可能な歩み寄りの実現はかなり難しくなる。今のところは、過去のパターンと現在のバリュエーション水準から、貿易摩擦がここから大きくエスカレートしない限り、市場は当面の底をつけた可能性が高いとみている。

今こそが、長期化しそうな不透明局面を乗り切るために、そして分散投資を求める投資家にとって、グローバル債券のアクティブ運用を検討する好機だと考える。債券利回りと地政学的リスクが高止まりするなか、現在の環境は、特に市場がインフレ期待の低下に適応するのに伴い、債券へのまたとない投資機会をもたらしている。


執筆者について

スティーブン・ウィリアムズ/EMEAグローバル債券運用ヘッド

スティーブン・ウィリアムズは、2024年3月にEMEAグローバル債券運用ヘッドに任命され、現在グローバルコア戦略のヘッド・ポートフォリオ・マネージャーと日興AMロンドンオフィスのマネージング・ディレクターを務めている。債券・為替投資委員会のメンバーであり、投資適格債、地方債、グリーンボンド、グローバルモーゲージ、グローバルボンドなどの各戦略を管掌するポートフォリオ・マネージャーを兼務する。日興AMへは2007年に入社し、主力商品であるグローバルソブリンボンド戦略の共同運用責任者を引き継いだほか、2016年には日本初のデンマーク・モーゲージボンド戦略を立ち上げ、2015年からは当社のグリーンボンド戦略を運用している。
当社入社以前は、ニューヨーク・ライフ・インベストメント・マネジメントにてクレジット・リサーチ・アナリストとして社債およびストラクチャード・ファイナンス証券を担当するなど、20年超におよぶ運用経験を持つ。ミシガン大学にて学士号を取得。デューク大学フュークワ・スクール・オブ・ビジネスにてMBA(経営学修士)を取得。ファイナンシャルリスクマネジャー資格保有者。

当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。