当レポートは、英語による2025年7月10日発行の英語レポート「Sharia bonds: an overlooked diversification opportunity?」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
シャリア適格債(正式には「スクーク」)は、イスラム教徒が多数派を占める市場以外では魅力に欠しい、信仰に基づく金融商品だとして敬遠されがちだ。しかし、このように見逃されているが、スクークは分散 効果や強靭性、持続可能性を求めるグローバル債券投資家にとって格好の機会をもたらしている。
最近ドバイを訪問した際、筆者はあるカンファレンスに招待され、スクーク市場の機会が拡大していることや、サステナブルな債券投資と相性がいいことについて講演する機会があった。スクークの魅力を十分に理解するためには、まずその土台であるイスラム教の法的・倫理的原則を理解する必要がある。
スクークはどのようにしてイスラム法を遵守しているか?
イスラム金融では、利子(リバ)の支払いを伴う取引は、倫理的かつ公平な慣行と矛盾するものとして避けられている。しかし、スクークは、その点に対処するために借り手の資産を独立した信託に預ける仕組みとなっている。そして、この信託が投資家に固定の利子ではなく、あらかじめ決められたインカム収入を支払う。投資家から見ると通常の債券投資とほぼ同じ結果が得られる。定期的な分配金支払いと元本返済を受けられるとともに、リスク・リターン特性も伝統的な投資適格クレジットと同等の場合が多い。
新規発行は引き続き堅調
S&Pグローバルによると、2024年の世界全体のスクーク発行額は、現地通貨建てスクークの発行減少が外貨建てスクークの発行急増によって相殺されて1,934億米ドルとなり、前年の1,978億米ドルから若干減少するも安定的に推移した。1主要なイスラム金融市場における旺盛な資金調達ニーズや、外国から投資を誘致する取り組み、主要中央銀行の金融緩和開始を受けた世界的な資金流動性改善などにより、需要が下支えされた。そうした状況を総合的に判断して、S&Pグローバルは今年も発行額が2,000億米ドルに迫ると予想している。
一方、最も見逃されている点は、近年のスクークのパフォーマンスが従来型債券と比べて羨望に値するほどの良好な水準で推移していることだ。2019年1月から2025年5月までのグローバル債券(Bloomberg Global Aggregate Bondインデックス)のリターンは、金利上昇や根強いインフレが重石となって年率0.29%となっている。対照的に、中東のGCC(湾岸協力会議)諸国のスクーク(Bloomberg Emerging Markets GCC USD Sukuk Total Returnインデックス)の同期間のリターンは年率4.47%と好調だ。2こうしたパフォーマンスの乖離は、デュレーションリスクが相対的に低いことや、GCC諸国の政府による強力な支援を受けていること、先進国の金利ボラティリティ上昇の影響を比較的受けにくいことなどの要因が寄与し、スクークが相対的に底堅く推移していることを物語っている。
チャート1:世界全体の(米ドル建て)スクーク発行額は2024年も安定的に推移(2025年は予測値)
出所:Eikon、S&P Global Ratings(2024年現在)
スクークのグリーン実績
さらに、スクークの新規発行においてグリーンボンド認定されるものの割合が増えていることは、イスラム金融とESG原則は相性がいいことを証明している。フィッチ・レーティングスによると、2025年第1四半期に新規発行されたドル建て新興国ESG債券(中国を除く、米ドルのみ)全体のうち、その半分以上をESGスクークが占めている。シャリア法が重視する責任投資、社会福祉、危害回避は、サステナブルファイナンスの目的と重なる。したがって、利回りや信用の質を犠牲にすることなく、価値観に一致する投資商品を求める投資家にとって、スクークは適切な選択肢となっている。
国連開発計画が2025年5月に発表したグリーン・スクークに関する報告書3では、こうしたイスラム金融とサステナブル投資の融合に光が当てられており、社会正義、リスク分担、環境スチュワードシップを原則とするグリーン・スクークは、気候変動対策に特化した投資やグリーン・トランジション(より環境に優しい社会への移行)のために長期資金を動員する倫理的な手段であると指摘されている。グリーン・スクークやサステナビリティ・スクークの発行体による資金調達額は、2024年第1四半期においてすでに110億米ドルを超えており、予測によると2025年までに計300億~500億米ドルが動員され、SDGs(持続可能な開発目標)の資金不足分を埋めていく役割を果たすと期待されている。
グリーン・スクーク市場の成長加速に向けて、国連は各国政府がベンチマークとなるソブリン・グリーン・スクークを発行し、シャリア法の原則に基づいて認定される「グリーン」の定義を定めた統一的な分類法を確立するように推奨している。こうした枠組みを、EU(欧州連合)のグリーンボンド基準やICMA(国際資本市場協会)のグリーンボンド原則などのグローバルな基準と整合的な内容とすることで、曖昧さを減らして信頼性を高め、持続可能性にフォーカスしたSFDR(サステナブルファイナンス開示規則)第9条ファンドなどの投資家を惹きつけることができるだろう。
規制面の岐路にあるスクーク市場
スクークは様々な利点があるものの、流動性が課題となり続けている。主な障害となっているのが、スクーク分野ではインターバンク・ディーラーのサポートや活発なマーケット・メイキングが欠如している点だ。イスラム金融の中核的な地域以外では、それが特に顕著となっている。このようにセカンダリー市場のインフラが十分に発達していないことで機関投資家による市場参加が限定的となっており、ビッド・アスク・スプレッドは本来あるべき幅よりも広い状況が続いている。ディーラーがよりしっかりと関与するようになれば、市場流動性は大幅に改善し、グローバル債券ポートフォリオにスクークをより十分に組み込むことができるようになるだろう。
しかし、雲行きが怪しくなる可能性もある。その背景にあるのが、投資家への完全な法的所有権の移転が求められる資産担保型スクークへの移行案である。シャリア基準第62号として知られるこの案は、AAOIFI(イスラム金融機関会計監査機構)によって検討されている。スクーク発行の中核的市場であるサウジアラビア、アラブ首長国連邦、インドネシアなどでは、資産譲渡に関する法的ルールや制限が異なる。スクークの性質を変えてしまうと、法律面および政治面の多くの課題を生むことになる。投資家から見ると、スクークの所有構造が変更されると投資コストが高くなり、債券に相当する金融商品としての魅力が低下する可能性がある。また、格付け機関のフィッチ・レーティングスは、新しいスクークの構造は既存の標準的な信用格付けモデルによる要件を満たせない可能性があると警告している。そうなれば、信用格付けが付与された資産を保有する必要があるとともに、スクーク市場に最近参入したばかりの年金基金や政府系ファンドなどの機関投資家を事実上締め出してしまうことになる。
現在は業界からの意見を取り入れ中であり、今年中に最終版の基準を策定する予定だとAAOIFIは述べている。新たなルールが引き続きシャリア法の原則に忠実でありながら、政府や企業などのスクーク発行体がそれに従うことで市場の意欲を抑えてしまうことのない、実用的なものになることが引き続き期待される。
まとめ
スクークは、宗教に基づく異端的な存在として排除されるべきでなく、グローバルな舞台において存在意義が高まっている健全な金融商品とみなされるべき存在となっている。債券投資家は先進国の先行き不透明感の影響でリターンが損なわれる状況に慣れっこになっているなか、利回りの持続性や真のポートフォリオ分散効果、サステナビリティとの整合性を求める投資家にとって、スクークは真剣に検討する価値がある。
2Bloomberg(2025年6月6日現在)
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