本レポートは、2019年5月発行の英語版「5G:SICILIAN DEFENCE, BUT WHO’S PLAYING WHITE?」の日本語訳です。
内容については英語の原本が日本語版に優先します。

米国の未来学者レイモンド・カーツワイル氏は相当に頭脳明晰で、未来予測の精度が80%を超えるという驚異的な実績を持っている。運用パフォーマンスが第1位四分位に入るファンド・マネージャーでも、65%の確率で予測が当たれば万々歳だということを考えれば、尚更そのすごさが分かるだろう。同氏は、2020年代中に医療用ナノボット(微小ロボット)や自動運転車、2030年代までにほぼリアルなVR(仮想現実)、2040年代中に人間の脳の新皮質のクラウドへの無線接続(人間の知的処理能力が10億倍に)が実現するなどと予測している。これらの予測において暗黙の前提となっているのが、いつでもどこでも利用できる超低遅延(応答時間が極めて短い)の高速無線通信ネットワーク、つまり「5G」(第5世代移動通信システム)だ。

まだ夢物語の段階か?

モバイル通信は、アナログ方式の通話サービスを提供していた1Gの時代から大きな進歩を遂げている。その過程で登場した2Gでは、アナログ技術とデジタル技術の組み合わせによりSMS(ショートメッセージ・サービス)機能が加わった。それに続く3G技術は、ビデオ通話やインターネット閲覧などのサービスを通じてデータ通信が可能となったことで大きな飛躍を遂げ、現在の4Gはインターネット通信がさらに高速化し、モバイルゲームや動画ストリーミングといった機能を可能としている。そして今や世界中で待たれているのが5Gの導入だ。

モバイル・ネットワークの歴史

モバイル・ネットワークの歴史

出所:Cisco Systems、UBS

最近では、数多くのニュース記事で5Gが取り上げられている。このモバイル通信技術には主に3つの特色がある。eMBB(超高速モバイル通信)、uRLLC(超高信頼低遅延通信)、そしてmMTC(大量・多地点通信)だ。5G技術は、単にモバイル端末が接続されたエコシステムではなく、「あらゆるものが接続された」エコシステムを実現可能にする。これによってSDN(ソフトウェアによってネットワークの構成や設定などを制御・管理する技術)を用いたネットワークの仮想化が可能となり、ユーザーは終端点に標準的なハードウェアを設置すればクラウド・ベースで中核的なネットワーク・エレメントを利用できるようになる。それは、ユーザーの視点からすると、5Gが通信速度の超高速化、いつでもどこでもつながるモバイル通信、IoT(モノのインターネット)の広範な普及をもたらすことを意味する。同時に、通信ネットワークの速度、柔軟性、拡張可能性、効率性も向上する。5Gを用いたネットワークは、自動車、繊維、ヘルスケア、ソフトウェアなどの幅広い産業を変貌させ得る革新的で破壊的な新応用を構築するプラットフォームとなる可能性がある。しかし、これはまた、ネットワーク・セキュリティ上の大きな課題ももたらす。なぜなら、5Gネットワークではソフトウェアの使用が大幅に拡大することになるが、大部分のソフトウェアはハッキング可能だからだ。

過去10年間において、モバイル通信サービスは各国経済にとって不可欠な要素となった。モバイル通信サービスは、長期的な所得拡大を促す主要因である生産性向上の重要なドライバーとなっている。このことは開発途上国に特に当てはまる。開発途上国では、携帯電話による経済成長へのプラス寄与が先進国比で2倍にのぼる可能性があると推定されている1。別の研究では、3G通信によるモバイルデータ使用は1人当たりGDPの成長率にプラス効果をもたらしていると結論付けている2。また、英国のような先進国においてさえも、4G LTEモバイル・ブロードバンドのおかげで生産性が全体で0.7%向上したと推定されている3。そして、5G技術には更に大きくより良好な影響が期待されている。オーストラリア政府の委託研究結果4によると、5Gは導入後10年間で1人当たりGDPを1,300~2,000オーストラリアドル押し上げる可能性がある。これは、足元の1人当たりGDP比で約2.5%の増加だ。

例えば、先ほど触れた5G技術の主な特色の1つであるeMBBは、1基地局あたり最大600のモバイル端末に対して光ファイバー回線と同等の通信速度を提供することができ、現在の固定ブロードバンド業界を根底から覆してしまう可能性がある。同時に、料金も大幅に安くなり、アセアンなどの地域ではコストが5分の1になると見られる。固定回線インフラが整っていないか老朽化している国々では、無線通信ソリューションがすべての問題の解決策となり得る。インドネシアでは、モバイル通信の普及率はほぼ100%だが、固定ブロードバンドの普及率はわずか9%だ。したがって、5Gの無線ブロードバンド・ソリューションが導入されれば、多額の費用がかかる有線通信インフラの欠如に伴う障害を克服できるだろう。また、eMBBはメディア業界に破壊的影響を及ぼす可能性もある。無料放送、DHT(衛星放送)およびケーブルテレビは今後、代替のコンテンツ配信方法である5Gと競争していかなければならない。ネットフリックスや愛奇芸(アイチーイー)、その他のデジタルメディア・プロバイダーの台頭は、メディア消費モデルが完全に書き換えられるであろうことを示唆している。そして、消費者関連業界におけるAR(拡張現実)やVRの可能性は計り知れない。世界各国が5Gサービスの導入に熱心な理由は容易に理解できる。

種を蒔いた分だけ収穫できるわけではない

種を蒔いた分だけ収穫できるわけではない

出所:各社データ、HSBC  注記:両チャートとも赤色棒グラフ(設備投資の対サービス収益比率、モバイルサービス収益の前年比変化率)は左軸、線グラフ(3Gおよび4Gの割合、モバイルデータ通信量の前年比変化率)は右軸を参照。

しかし、通信事業者の大部分は、5G技術の大きなポテンシャルを否定こそしないものの、それほど熱の入った反応を見せていない。通信ネットワークの世代交代への設備投資における経済的リターンが着実に悪化してきているからだ。各投資サイクルは次第に短期化しており、それに伴ってこれらの投資から利益を生み出せる期間も短くなっている。これを物語っているのが上のグラフだ。このグラフは中国の通信事業3社すべてのデータを合計したものだが、設備投資と売上げの勢いの間に際立った乖離があることを示している。こうした傾向は他の市場にも当てはまる。

5G商用化戦略はまだ固まっていない

5G商用化戦略はまだ固まっていない

5G商用化戦略はまだ固まっていない

出所:マッキンゼー・アンド・カンパニー

5Gのすべての特色を活かせるビジネス戦略は、まだ考案されている途中である。すぐに課金できると通信事業者が考えているのは、より高速なモバイル通信だ。これは、つまるところ単なる強化版4Gであり、「5G SA(スタンドアローン、単独運用を指す)」ではないことから業界内では「5G NSA(ノンスタンドアローン運用)」と呼ばれているコンセプトだ。通信事業46社を対象としてマッキンゼー・アンド・カンパニー社が実施したグローバル調査では、回答企業が商用規模での5Gの本格展開(5G SA)はおそらく2~3年先であると認めている(上記グラフ参照)。最近ニュースで報じられた韓国や米国での商用5Gサービス開始というのは、実際には本格的な5Gサービスではなく5G NSAサービスの開始のことを指している。これまでのところ、年内にも5G SAの試験運用を開始しそうな国は中国だけである。

成長をもたらす知的資本

今年に入ってから、フォーブス誌は「誰も聞いたことがない最も偉大な投資家」としてハーバート・ヴェルトハイム氏を紹介する記事を掲載した。このたたき上げの億万長者は、自身の巨額の財産を長期保有投資によって蓄えた。また同氏は、財務諸表の分析を行わないという独特の運用プロセスを編み出した。ヴェルトハイム氏は、財務諸表の分析を行う代わりに特許の理解に専念する。彼は、「私にとってより重要なのは、成長できるためにどのような知的資本を有しているかということだ」と述べたとされている。この基準を5Gの世界に当てはめたなら、中国はトップクラスにランクインするはずだ。

SEP(標準必須特許)とは、技術標準に準拠した製品の製造等を行おうとする者は誰もが使う必要が生じる特許だ。企業によるSEPの保有は、その企業が他社に機器やサービス提供できるかどうかには何の関係もない。SEPの保有者は、関係なく特許料を得るとともに、5Gの標準設定および将来の進展に関わることができる。

SEP保有状況の比較

SEP保有状況の比較

出所:サイバー創研「LTE関連特許のETSI必須宣言特許調査報告書」

中国の企業は、3Gおよび4G標準の進展においては傍観者にすぎなかったが、5GのSEP保有においては最前線を走っている。SEPの技術的および経済的価値には大幅にばらつきがあるが、全般的には、SEPの所有は特許料収入を意味することから期待リターンの向上を示すと考えていいだろう。また、重要な点として、SEPを保有することにより技術的進歩の方向付けを行うことができる。SEPの所有となると、中国の旗手と言えるのはファーウェイ・テクノロジーズや(同社ほどではないものの)ZTEだ。

イノベーション支援に対する中国の明確な注力は、最近始まったことではない。固定資産投資が急速な工業化を経て生産性の上昇を既に概ねもたらした今、次の生産性向上をもたらし得るのは付加価値のより高い活動へのシフトしかない。中国が「中所得国の罠」(自国経済が中所得国のレベルで停滞し高所得国入りできない状況)を回避するには、全要素生産性(資本や労働といった量的な生産要素以外の質的な成長要因)の伸びが不可欠だ。

中国政府には、テクノロジーの進歩に注力するイノベーション推進が実を結ぶと信じるだけの理由がある。IMF(国際通貨基金)の調べによると、特許ストックの10%増は実質生産量と付加価値に約1.5%の伸びをもたらす。また、資本と雇用に同様の伸び、輸出額に4%の増加をもたらすともされている。このような生産性の向上5は、米国のデータを用いた以前の研究で言及されていたよりも3倍近く高い水準だ。

そこに問題がある。

中国は中所得国の罠を回避できるか

中国は中所得国の罠を回避できるか

出所:世界銀行

最高の時代か、最悪の時代か

「現在、世界には2つの大国がある。これらの2国は異なる地点からスタートしたが、同じ終着点に向かっているようだ…スタート地点が異なり、途中のコースも同じではないが、それでもそれぞれが地球の半分の運命に影響を与えるよう天命によって定められているようだ。」アレクシ・ド・トクヴィル氏は1840年、米国とロシアについてこのように述べ、冷戦をその100年も前に予見した。ロシアを中国に置き換えれば、同氏は現在の状況のことを言っていたとも言える。

5Gの世界におけるファーウェイやZTEの台頭は中国政府による後ろ盾の結果と見られており、中国と3Gおよび4G技術で優位であった企業を有する米国との間で地政学的勝負が大幅に拡大するなか、競争が激化している。ファーウェイの創業者である任正非氏は、中国人民解放軍の科学技術者であったが、ファーウェイが国策事業だとの見方を認めている。ZTEと国との関係はより明確だ。中国の企業はいずれも政府から情報収集を支援するように要請され得るため、ファーウェイやZTEの機器は世界中の企業や政府に対するスパイ活動に用いられる懸念がある。そしてこのことは、5Gのエコシステムではソフトウェアの果たす役割が大幅に重要性を増しており、実質的にあらゆる産業に影響を及ぼす可能性があるため、決して些細な問題ではない。このような安全保障上の懸念はもっともだが、一方でファーウェイやZTEの製品に限った話ではない。設計の問題やバグ、ループホールは複雑なソフトウェアにはつきものだ。モバイル端末のOS(オペレーティング・システム)の継続的なアップデートは、アップルやグーグルといった信頼できる米国企業ですら、そのような問題に定期的に取り組まなければならないということを思い起こさせる。

米国や日本、オーストラリア、ニュージーランドといった国々、およびブリティッシュ・テレコムやオレンジなどの企業は、ファーウェイとZTEの両社を5Gネットワーク配備から排除した。英国やカナダ、チェコ共和国、ポーランドといった他の数ヵ国は警戒的な発言を行っており、ドイツ・テレコムなど他の企業も同様だ。グーグルのアンドロイド・モバイル端末向けOSは世界における毎年のスマートフォン売上げの8割超を占めているが、そのグーグルが米国の法執行機関と「Sensorvault」のデータを共有していることは構わないのだろうか。「Sensorvault」は詳細な位置記録を含むユーザーのデータを世界中から収集するデータベースだ。ちなみに、「Project Maven」として知られるグーグルのドローン開発は、「非常に重要なインフラ安全保障情報」を有していることから、米国の連邦情報公開法の適用を免除されている。

5Gのリーダーボード

最適な5G展開には、通信およびメディアの規制に対する集中した取り組み、立法府の支持、インフラおよびエコシステムの集中開発(スマートフォン、アプリなど)、そしてパイロット版を複数の産業にわたって運営する能力が必要となる。より技術的な考慮事項だがそれでも重要なのは、十分な周波数帯の入手可能性とコストだ。周波数は信号伝搬特性の決定要素で、周波数の低い方がカバー範囲が広くなる。中国では5Gは6GHz未満の周波数で展開されようとしているが、米国で現在使われているのは24GHz以上だ。一方、韓国では3.5GHzと28GHzを組み合わせて使っている。中国では周波数帯は規制当局によって通信業者に無償で割り当てられているが、米国やEU(欧州連合)を含むその他の大半の国では入札で最高入札者に割り当てられる。例えば、韓国では通信業者は3.6兆ウォン(32億米ドル相当)を支払い、米国の周波数帯入札総額は13億米ドルである。これらの材料が示しているのは、米国の通信事業者は5Gサービスを全国展開とするよりも都市部に集中させる可能性が高く、一方で中国の通信業者はより総合的な展開を行う資金的余裕があるということだ。

米国、EU、日本、韓国および中国はみな、5Gにおけるリーダー的地位の確立を優先事項と特定している。しかし、すべての必須要素を管理する統制経済であるのは中国だけだ。14億人近い人口と13兆米ドル相当の経済を抱える同国の国内市場は、5G技術の展開を実行可能とする規模を提供するとともに、中立的なテクノロジー・ベンダーの興味を惹き続けるのに十分な魅力を有している。中国の通信業者3社はすべて国有企業であるため、経済的利益や少数株主利益よりも国策が優先される。ファーウェイやZTEは、モバイル端末に加えて通信ネットワーク機器においても世界有数のメーカーだ。SA(端末が1つの無線技術で移動通信ネットワークに接続する形態)方式の5Gの実証試験において中国が最も先行しているのは、驚くことではない。ZTE、エリクソン、中国移動(チャイナ・モバイル)の3社は、ZTEとエリクソンのネットワーク機器を用いた4G・5G端末(ともにZTE社製)のビデオ通話に成功したことを発表している。中国電信(チャイナ・テレコム)、ファーウェイおよび中国国家電網は、SA仕様5G対応の実際の送電網における世界初の試験を完了したとしている6

もし模倣が心の底からの賛辞だとすれば、おもしろいのは米国政府が米国の5Gネットワークの管理に積極的に関わる計画をドナルド・トランプ大統領の再選陣営が掲げたことで、これはたちまち業界の強い反発を招いた。

真の5Gは世界を変えて生産性の大幅向上を促す力を持っている。変革をもたらす技術がいずれもそうであるように、展開初期においてすべての潜在的使用法を目にするのは難しい。しかし、いずれは、使用可能なリソースやプラットフォームを最大限に活用するようなビジネス・モデルや応用、サービスが開発される。その恩恵は転送や複製、適応が可能なため、大衆に広がりやすい。したがって、最終的にすべての人が5Gの展開から恩恵を受けるとすれば、今日の勝者が誰であるか、あるいは(チェスの場合のように)中国が先手を取っている模様であるかどうかは、本当に重要だろうか。

注釈:

  1. Leonard Waverman、Meloria Meschi、Melvyn Fuss共著 「The Impact of Telecoms on Economic Growth in Developing Countries」(2005年)
  2. Chris Williams、Davide Strusani、David Vincent、David Kovo共著 「The Economic Impact of Next-Generation Mobile Services」(2013年)
  3. キャピタル・エコノミクス社 「Improving Connectivity – Stimulating the Economy」(2014年11月)
  4. オーストラリア政府 通信芸術省 通信芸術研究庁「Impacts of 5G on productivity and economic growth」(2018年)
  5. 国際通貨基金の調査結果報告書(WP/16/249)「China’s Rising IQ (Innovation Quotient) and Growth: Firm-level Evidence」(2016年)
  6. https://www.huawei.com/en/press-events/news/2019/4/huawei-sgcc-first-5g-sa-power-grid-slicing (2019年4月10日)